見るからに怪しいところに出た。
グラサンマスクの不審者は、数多の団員とポケモンバトルで戦うと同時に、徐々に蓄積していく疲労とも戦っていた。
今日マジで疲れてんだよ私。ここに来てからも疲れたけどまず前座の野球があるからね、忘れてるかもしれないが。ハイパーボール何十個も投げたんです。その時点で肉体は限界だった。いくら若いといえど湿布も無しではつらいんだよ。今すぐサロンパスが欲しい、突然降ってきたりしないかな…非現実的な事を考えている私が、これより数年後、イッシュで出会う変な忍者に外用薬を貢がれ続ける事になるとは思いもしないのであった。

膝をガタガタ言わせながらひたすらに進んでいると、何やら少し空気の違う場所に出たので私は一息ついて壁にもたれ掛かる。それまでとは打って変わってこのフロアに小部屋はなく、中心から機械音が規則的に響いており、そのせいで私の膝はさらにガクガクと震えていた。この部屋こそ破壊光線で壊せよ。
何ここ。控えめに言っても怪しいんだけど。動力室か?忙しなく機械が動く音だけでなく、ビリビリっていうか、ジリジリっていうか、バリバリダーというか、電気的な音も混じっていてまるで雷平原にいるかのような不穏さである。明らかに怪しいのだが、辺りに団員の姿は一人もなかった。

マジで何だろうこの部屋。主人公の勘的にはめちゃくちゃ核心に迫ってる手応えあるんだけど、誰もいないの?ここがゴールだったらすぐさまボスキャラがやってきて私を止めに来るはずなんだが…そうでないところを見るとただの飾りか…?フェイクルーム…?まさかそんな手の込んだ事をする組織ではあるまい。全員小学五年生くらいの思考回路だぞ。奴らにはカブトムシを育てるくらいの気持ちで接したらいい。
軽くロケット団ディスをしながら部屋の中央まで歩き、中に入ろうとすると、そこでようやく私はここの仕掛けを理解した。

鍵かかっとるやんけ。

わかった。わいの天才的な頭脳が正解を導き出したで工藤!
不可解な状況に納得して私はほくそ笑んだ。明らかに怪しい部屋、重要と思われる機械の音、一人もいない団員、いつもの杜撰なパターンかと思ったが…これは間違いない、密室トリックや!
つまり鍵かかってるから侵入者が来ても入れないという事だ。だから見張りの一人もいないというわけ。それだけや。工藤の出る幕はない。お引き取りくだされ。
ロケット団のわりには考えてるじゃねーのとロックされた扉を見て私は目を細めた。
ワタルの見立てでは、おかしな電波でコイキング達を操っているって話だったけど…これがその電波発生装置的なやつなのかもしれんな。不快なラジオの音を思い出すと身震いしたが、いつまでもあんなFM放送をさせるわけにはいかないので私は気合いを入れて膝を叩く。思いの外痛かった。つらい。一人で何やってんだ。
となると、ここの鍵を手に入れて中に侵入し電波を発生させる機械を壊せば万事解決というわけだ。やっと見えてきた明確な目標に少し気力も回復して私は再び階段を下り始めた。
いけるいける、楽勝でしょそれくらい。こっちには元四天王のヤンキーワタルもついてるんだぜ?きっと今頃ロケット団の下っ端を締め上げて鍵を奪ってるに違いねぇよ。完全に違法捜査。やだよ私もうあの人に驚かされるの…絶対カタギじゃないから今の職業…結局聞いてねぇけど黒の組織に違いない。どんどんワタルのイメージが暗黒の色に染まっていく中、さすがにこのままではよくないと思った私は彼の爽やかな面を探そうと必死に努力をした。
いや悪い人じゃないからさワタルさん…今もポケモンのために尽力してるわけだし…あんまりビビってるのも申し訳ないっつーか、二次創作での改悪が問題視される昨今、その辺には私も気を付けて相手の印象良くしておきたいっつーか。そういう気持ちは一応あるわけ。本当にね。ちょっと破壊光線はフォローできそうにないけど、さっきも死体、じゃなかった気絶したロケット団員その辺に転がしてたりもしたけど、でもあれは悪人に対して仕方なく行なった行動であって、普段は穏便に解決しているに違いない。間が悪かったのだ。私の間が悪かった、それだけの事。


なわけないですよね。

「やぁ、レイコちゃん」

爽やかに微笑むワタルと再会した私だったが、たくさんフラグを立てた甲斐あってやはり彼は持っていた、とにかく持っていたのだ。フラグを回収する力を。断ち切れない穢れをね、持ってた。強すぎる。
階段を下りた先に早速マントを見つけた私は、先程の怪しい部屋について話そうと軽快な足取りで彼に近付こうとした。しかしその時、彼がロケット団の下っ端を捕まえて胸倉を掴んでいるところを目撃してしまい、私は今すぐ引き返したい衝動に駆られて震える事となる。おそらく何かを聞き出そうと尋問しているのだろう、足が宙に浮くほど持ち上げられたロケット団は白目を剥いて泣いており、敵ながら気の毒すぎて何か私まで泣けてきた。マジでどっちが悪役かわからん。頼むからもっとポケモントレーナーらしい解決法で済ませてくれ。
言ったそばからこれなのでもはや何も語るまいという感じだった。この男、あれだね。確実に元ヤンだろ。もう絶対そう。どういうところでお育ちになられた?暴走族のヘッドでもやってたんじゃねーの。治安の悪いヤマブキで育った私でさえ怯えるレベルなんだが。
私に気付いたワタルはにこやかに微笑み、まるで何事もなかったかのように団員から手を離してこちらにやってくる。思わず一歩引いてしまった事など言うまでもない。

「怪電波発生装置を見たかい?」

しかも絞め上げていた件は完全スルーだし。マジモンだよこいつ。その筋のモン。
顔を引きつらせながら視線を下げて足元に転がるロケット団を見つめたのち、私は首を縦に振った。もう何が何だかわからないが、ただ一つわかっているのは怪電波発生装置とやらである。恐らくさっき見たやつがそれなんだろう。味方のはずなのに何故か私までワタルと話すと震えた。お願いだからこれ以上無垢な少女を怖がらせるのはやめてあげてよ。トラウマ作ってカントーに帰りたくない。

「…それらしきものなら見ましたけど…鍵のかかってる部屋ですよね?」
「そう。あの部屋のロックを解除するにはある人物の声を入力しなければならないらしい」

何というかあまりにも淡々と話しかけてくるものだから、さっきの光景は幻だったのではないかと思えてくるレベルである。
今のは…幻覚だった…?ホワイトスネイクに夢でも見させられてたっていうのかよ…?じゃあワタルの下で転がっている下っ端団員も全て夢…ではないな。夢じゃなかった。残念ながら夢ではないです。これが現実。
ワタルがスルーしているのならば私も触れずにいようと思い、この空間には私と彼の二人だけだと言い聞かせて何とか足元を見ない事を心がけた。触らぬ神に祟りなし、その言葉を噛みしめて震える。
これ以上ヤンキーを刺激するのはよそう。別の事考えようぜ!そう、さっきの部屋の話とか!何か言ってたな、ロック解除には誰かの声を入力しないといけないとか。ワタルの言葉を思い出して私は首をひねった。

とりあえずあれが怪電波発生装置で間違いないらしい。ワタル調べによると。あそこから謎の電波を出して湖のコイキング達に残忍な行ないをしていたという…何がしたいのかさっぱりわからないが、とにかくそれを止めるにはあの部屋に入る必要があり、あの部屋に入るには声を入力しなければならないと。何でそんな面倒な仕様なんだよ。エレベーターのキーとかカードキーとかRPGのお約束ばっかりだこの世界は。RPGだからな。しかも特定の人物の声を入力とかさらに面倒じゃねーか。探して捕まえて引きずって来なきゃならない。でもワタルがいるから大丈夫かな、得意だろ首に縄つけてバイクで引きずり回すの。ワタルのイメージがどんどん世紀末な方向に向かっていく件は全然大丈夫じゃないね。

という事はあそこの鍵は差して回すタイプではなく声紋認証ってやつになるのか?何故そんなハイテクな事をロケット団が…末恐ろしい…こんな事に無駄に金使ってるからヤドンの尻尾なんて売らなきゃならなくなるんだよ。あんなもん百万でマジに買う奴いたら見てみたいわ。ハナダの自転車だって百万するんだぞ、完全に弱虫ペダルガチ勢用。
全体的に面倒になっている中、それでそのロックを解除できる奴は一体誰なのよと私は目で訴える。口にしなかったのは単純に怖くて声が出せなかったからだ。あまり下手な事は言いたくない、まだ俗世を楽しんでいたいからな。するとワタルはそんな私の視線を察したのかドヤ顔を作ると、待ってましたと言わんばかりに集中線でもつきそうな迫力で答えを投げるのだった。

「その人物とは…ロケット団幹部のラムダ!」

ジョジョ的な効果音が散乱しそうな音量でワタルはそう言い、作画もなんか荒木飛呂彦チックになって現場は途端に杜王町だ。破壊光線を使うスタンドの使い手である彼に私はさらに首を傾げて、また新キャラが登場しそうな予感にいよいよテンションは最下位にまで落ちそうである。三年前は名もなき下っ端だった連中をこれ以上付け上がらせるのはやめろ。私の記憶力がもたないぞ。

誰なんだよ幹部のラムダって。聞き慣れない名前すぎて頭痛がしてきた。全然存じ上げねぇわ。正直サカキ以外の団員全部モブにしか見えてないから何一つ記憶にないよね。ヤドンの井戸で会ったあの…ロンギヌスみたいな名前のイケメンの事だって私全く知らなかったし。知らなかったも何もゲーフリがリメイク版から出してきたんだから知るはずもないんだけど。メタ発言もほどほどにし、とりあえずキャラデザが下っ端と違う奴を探せばいい事はわかったので無理矢理前向きな気持ちを作って背筋を伸ばした。
だるいけどそのラムダって奴を探すしかないか。地下も結構進んだし、残りの部屋も限られているならそう時間は掛からないだろう。私の膝に抱えた爆弾が破裂するのが先か、ラムダを見つけるのが先か、なかなかデンジャラスな賭けじゃねーの。全く笑えない。早く帰らせてくれ。
やや鬱状態になっている私だったが、ここでワタルが少しだけ救済の言葉を投げてくれたため、おかげで気分がわずかに晴れる事となった。

「奴はボスの部屋に隠れているという事を突き止めたよ」

彼の台詞に私は珍しく素直に感心して明るい顔を作った。
マジで!?やったじゃん!露骨に喜びすぎて思わず低俗なパーティーピーポーのようなノリになりそうな自分を律し、それでも緩んでしまう顔は抑えられずにおたふくソースのロゴみたいな表情でワタルを振り返った。
それならすぐ解決するじゃねーか。部屋まで行ったらあとはボコって連れてくだけっすね!さすがワタルさん!俺達にできない事をやってのける!そこに痺れる憧れるゥ!
ディオの取り巻きごっこをしながらテンションを上げる私だったが、不意に思い至る事があって真顔になり、それまでの急上昇テンションとは打って変わって不穏な気持ちを目覚めさせた。背中に冷や汗をかいて恐る恐るワタルの顔を見る。
待てよ…その情報の仕入れ先、聞いてみてもいいかな…?愚問だぞレイコ!と冷静な私が吠えたが結局好奇心には勝てず、足元を見ないようにして静かに口を開くのだった。

「…ちなみにどうやって突き止めたんですか?」
「そこの親切な人が教えてくれたのさ」

親切な人って、もしかしてあなたの足元で倒れて唇を震わせている子羊の事ですか。迫力、目力、腕力、バトル能力、全てが勝っているにも関わらず容赦なく胸倉を掴んで怯えさせていたその憐れな下っ端の事なんですか、ワタルさん!
私は心の底から下っ端団員に同情した。哀れ…哀れなり下っ端…こんな小沢仁志とタメはれるレベルのヤクザ男に脅されてさぞかし怖かった事だろう…安らかに眠れ…敵ながらあまりにも可哀相でたまらず合掌し、屍は振り返らず、この男だけは怒らせないようにしようと誓って私は曖昧に笑った。生きねば。

「だけど…ボスの部屋にもパスワードが仕掛けてあるらしいんだ…」
「やけに用心してますな、ロケット団のくせに…」
「昔から知ってるような口振りだね」
「とんでもござらん」

動揺しすぎてるろうに剣心みたいな口調になってしまったがそれも無理はないだろう。いきなり全てを見透かしたような発言をされて私は露骨に焦った。彼がどんな分野にどれくらい精通しているのかがますます未知数になり、今となってはワタルの現職を知りたいとは思わず、日本政府の闇的な仕事まで想像しながら、レイコはそれ以上、考えるのをやめた。
何この人マジで。いちいち意味深すぎだろうが。こっちは最初から滝汗状態なんだ、これ以上水難の相を刺激するのはやめてくれ。サッカー選手のユニフォームくらい水浸しになっちまうよ。仮にも私ヒロインだぞ。汗がナイアガラの滝と化す前に汗腺を遮断し私は白々しく肩をすくめた。
全く…こんな可憐な箱入り娘の私がロケット団なんかと関わるわけないじゃないの…シルフカンパニーとかタマムシのゲームコーナーとかトキワジムとか全然行った事もないし全然知らないね。本当。全く存じ上げてねぇから。ボスのサカキとかアニメでしか見た事ない、ペルシアン連れてる奴しか知らんわ。CV鈴置世代。
ワタルにとぼけた顔を向けながら、ここで不意にボスというキーワードで私は今さらながらサカキの事を思い出し、ようやく一瞬の緊張感を抱いた。

さっきから何回も話題に上げていたにも関わらずすっかり忘れていたけど、もしかしてサカキいんのか…?ここに…?こんな低俗なアジトにいるのかよ?いやまぁゲーセンという低俗で不浄な場所にもいたけど、三年振りの邂逅を果たしそうな予感にさすがの私も笑ってはいけない24時の方正くらいびびっちまって少しワタルの方へ寄った。
下っ端くらいなら雑魚だし顔の区別つかないモブだから恐るに足らずって感じだが、サカキがいるとなると油断はできない状況である。何たって奴はトレーナーというよりデュエリスト、直接プレイヤーへダイレクトアタックをかましてくるポケモン界の住人とは思えない暴漢だからな。いつもは、僕に触れられると思いましたか?って宗三左文字くらいの余裕マンの私ですけど肉弾戦は当然弱いんでチャカとか出されたら死にますよ。普通に死ぬ。即死。そんな事CERO:Aでさせるわけにはいかないので、私は敵ともレーティングとも闘わなくちゃならないというわけだ。ますます来なきゃ良かったと思う、こんなところ。ワタルへの体裁とか気にせず帰れば良かったぜ…主人公としてあるまじき行為だけど体裁より貞操の方が大事なの!私が暴漢に襲われたらどうしてくれんのよ!エロ同人誌みたいに!エロ同人誌みたいに!マジで前科持ってんだからなあのロリコン野郎。消せない罪だよ。北出菜奈も引くよ。

ボスの部屋があるという事はボスがいるという事だよな…と推察して珍しく恐れおののきながら意気消沈する。ワタルと一緒なら大丈夫かもしんないけど…でもこの男は私と一緒に行動できない奇病に罹っているので残念ながら期待はできそうにない。本当何なのその頑なさ。頑なにゲーム沿いな方向性なんなの?ゲーフリに親でも人質に取られてんのか?
憂鬱な事も増えたし、ボスの部屋のパスまでも解かなきゃいけなくなったからやる事も増えたしで結局何もいい事がなかったね、今回の収穫。前進したのに遠く感じるわい。疲弊し切った私とは裏腹にワタルはちょっとした松岡修造くらい元気なのでそれもまたしんどかった。あまりにもテンションが違いすぎる。2014年の暑いソチ五輪と大雪の日本くらい違うわ。そんな私を気遣ったのか、彼は柔らかい口調で声をかけるとこちらの肩にそっと片手を置いた。

「まずはボスの部屋のパスワードを探しに行こう」
「はいはい…二手に分かれてね」

こんだけ働いてんだから嫌味くらい言わせろよな、という気持ちでついに不満を吐露すれば、ワタルは一度首を傾げたあとようやく察したようで眉を下げながら軽く肩を叩く。誤解してもらっちゃ困るが別に一緒にいたいわけではなく、普通敵地で単独行動はしないだろという常識を説いているのであって本当変な意味とか全然ないんだからね!勘違いすんなよ!意識高い系のツンデレ攻撃を喰らわせてみるも、ドラゴンの皮膚のように強靭な精神を持つこの男、ニートの小娘の即席属性追加ごときではびくともしないのであった。

「大丈夫だよ。何かあったら必ず駆けつける」

余がツンデレする事で喜ばない者はいなかったというのにこの反応である。何が何でも一緒に行動はしないわけね。断固として。意地でも。か弱い乙女のささやかなお願いも叶えてはくれないと。お前…面白い奴だな…思わず夢小説界の跡部みたいな反応しちまったわ…全く笑えないけど。左様ですかと諦めて無の表情を作る私に、ワタルは顔を近付けてこちらの死んだ魚のような目を覗き込んでくる。足元で揺れるマントが見えた。

「それとも…俺を守ってくれるのかな?」

嫌味を嫌味で返されて私はついに平伏した。こりゃ勝てねぇなと頭でも心でも理解して苦笑いをする。どんな嫌味でも爽やかに言われるともう駄目。イケメンには勝てなかったよお…って感じ。その言い方だとまるで拙僧の方が筋肉うなってるように聞こえるけど普通にあんたの方がタキシード仮面なんだからな、ちゃんと守ってよねセーラー戦士の私を!頼むぜ本当!ピンチに颯爽と薔薇投げて駆けつけてくれ!いやピンチにはなりたくないが。そんないいタイミングで助けられたら惚れてまうやろ。喪女なめんな。

「…マントのお姫様は御免ですよ」

言い捨てると私はついにワタルより先に地下を駆け下りて、膝を駆使しながら自ら二手に分かれひたすらに階段を走っていったた。限界を超えた肉体を精神力だけで叩き起こし、いつまでも好きにさせてやる私ではないぞとサディスティックマントに怯える自分と決別する決意をしたのだ。
こうなったら絶対私が先にパスワード見つけてやる!でなきゃ私が手伝う意味マジで見出せないからな!でも次からは一人で解決しろよ!無駄に私を巻き込むな!恨みがましい気持ちを抱え、下っ端無限地獄と戦いながら私はパスワードを求めてひた走るのであった。
あー。ボスの部屋行きたくねー。

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