パスワード二つあんのかよ。聞いてねーぞ。

「何だよヤドンの尻尾とラッタの尻尾って…ふざけてんのか」

長時間閉鎖空間にいるせいで苛立っている私は、いつもより三割増しで下っ端達をタコ殴りし、ボスの部屋に向かっていた。
もうね、ずっとこんな地下にいたら普通に気が狂うってもんだよ。地下五十階の博多藤四郎掘りにいくとか狂気の沙汰だから。イラついてるけど別に更年期じゃないんで。閉鎖空間での僕は過激って決まってるでしょ。小野Dもそう言ってた。まっがーれ。

あれは今から数十分前。いかりの湖のコイキング達を狂わせているという怪電波発生装置を止めるため、装置の置いてある部屋のパスを知っているラムダとかいう幹部を探すも、ラムダはボスの部屋におり、しかもボスの部屋にもパスが掛かってるので、まずボスの部屋のパスワードを探さなければならないというおつかいにおつかいを重ねた段取りの悪い作業をしていた私は、ようやくそのパスがヤドンの尻尾だという事を突き止めてボスの部屋に辿り着いていた。
ワタルより先だったので自身の有能さに自惚れていたのだが、そこで突きつけられた現実「パスワードが足りません」の文字にマジギレし、二つ目のパスワードを知っているロケット団の下っ端をマウントポジションで再びボコボコにして、もう一度ボスの部屋に向かっているというのが現在の状況である。
もう完全に二度手間です。二つあるならあると最初に言えワタルこの野郎。脅しが足りないんじゃないのか。もっとしっかり聞き出しとけよ。
どんだけ重労働させる気なんだとうんざりしながらも、もうじきボスの部屋が見えてくるので私は深く息をつき、震える膝を何度か擦った。マジで生まれたての小鹿のような足だから…こんな足でよくここまで戦ったよ…海南戦のゴリくらいの執念を感じる…まぁ私ここにいる意味全くわかんないけどね。ワタル一人で何とかしてほしかった。

ようやくあの角を曲がれば…いやまっがーればもうボスの部屋、というところまで辿り着いた私は、直接的な恨みはなくとも間接的な恨みが有り余っている幹部のラムダとかいうのを撲殺天使する気持ちでエスカリボルグを振り上げている。マジで許さねぇからな今回の事件は。誰だか知らないけど赤いギャラドス捕獲で死ぬほど投球させられ、ワタルからのプレッシャーに怯え、半ば脅されるような形でこんなところまで連れて来られたら因縁のロケット団との邂逅ですよ。恨まない方がおかしいだろ。多少顔が変わるまで憂さを晴らさせてもらうからな。カビゴンさん!やっちゃってくださいよ!って感じ。私はもう筋肉痛で腕上がらないから無理。本体は弱い。

早く帰らせてほしい一心で角を曲がったその時、思いもよらぬ展開が訪れる事となる。
一歩踏み出した途端、瞬間的に人影のようなものを察知した私は、どれだけ疲労困憊でも旅で鍛え抜かれたこの反射神経により、何かを避けようと咄嗟に後ろへ下がった。また懲りずに下っ端か!とボールを構えたら、目の前にいたのは黒ずくめではあったけども団員ではなく、ジョウトに来て散々見慣れてもうこんなところでまで会わなくていいよって感じの!あの!シャンクスのような!赤い髪!

「ツ…」

ツンデレ小僧、と言いかけたがこらえた。あぶねぇ勝手に変なあだ名つけてるのバレるところだったわ。呼ばれたくなかったら名乗ってくれ。逆に何故ここまで顔を合わせているのに名乗らない。お前は伊吹コウジか。
角の先にいたのは、まさかすぎる場違いマン、私にやたらと絡んでくる赤毛のツンデレ小僧だった。相変わらずの目つきの悪さで、こちらに気付くとすぐに睨んでくる。慌てて変装用のサングラスとマスクを取った。ていうかやっぱ変装してても私ってわかるよね?何でロケット団員は気付かないの?毎回ムサシとコジロウの変装に気付かないサトシレベルなの?
アニポケのお約束の事など今はどうでもいいので、数秒睨み合いながら私は奇妙なところで出会ってしまったツンデレにどういうリアクションをすべきか考えあぐねていた。まずこのサングラスとマスクの説明をした方がいいか…?これは決して後ろめたい事があるわけではなく、全ては自衛のためにやっている事だからくれぐれも不審者として通報したりしないでくれよな。どちらかというとお前の方がよっぽど不審だ。ていうかそもそも何でこんな危ないところにいるんだよ、と指摘しようとした時、呆れた顔をしたツンデレの方が先に口を開いてくる。呆れたいのはこっちじゃい。

「…今度はこんなところをうろついてるのか」

お前がな。おめーだよ。こっちの台詞だっつーの。どう考えてもお前の方が場違いだから。本当にいつ会っても生意気な奴だなと顔を引きつらせてガンを飛ばす。説教の一つでもしてやろうかと思っていたが、どうせ聞く耳持たないだろうと思ったので早々に立ち去らせる方向で固めた。
何回も言うけど、マジに危ないから変な事に首を突っ込むのはやめなはれ。私だってできれば避けて通りたかった。避けて通れるイベントだったはずなのに…こんな…お前に聞かせてやろうか?チンピラに強引に連れてこられた私の悲惨な話を。涙なしには語れないよ。
好きでうろついてるんじゃないんだからねと反論しかけた時、毎度の事ながら私に絡んでくる連中は皆人の話を聞かないタイプであるため、例外ではない彼もまた勝手に話を始めるのであった。喋らせろ私に。RPGの主人公じゃないんだからよ。主人公だった。

「フン。お前そんなにロケット団が好きなのかよ」
「言うほど関わってませんけども」

一応指摘したが聞いちゃいないようだ。飾りか貴様の耳は。
どっちかって言うとツンデレ氏の方がロケット団に固執しているように見えるので、こんなところまでのこのこやってくるという事は何か並々ならぬ思いがあるのだろう。わけは知らんが早く帰った方がいい。ゲームはCERO:Aかもしれないけど俺物語は全年齢じゃない時があるらしいからな、危ない大人に捕まる前に出ていった方が身のためだぞ。
という忠告を心の中でし、こんな事をしている場合じゃないのでボスの部屋へと向かおうとすれば、まだ何か話したい事でもあるのか突然思い出したかのように苛立った顔をすると、ツンデレは強く拳を握りしめる。
ここの怪電波って苛立ちを促進する何かも出てんのかな?なんか私も三十過ぎた頃からイライラするし。浅倉南39歳じゃねーよ。

「…そんな事よりあのマントのドラゴン使い!あいつは何者なんだ?」

あしらおうとしていた時に赤毛の口から馴染みあるワードを聞き、私は思わず目を見開いた。縁ある人物を指されて反応しないはずもなく、何かあったのかとつい心配な気持ちになってしまう。
ドラゴン使いはみんなマントだけど、このタイミングならどう考えてもワタルの事だろ。
何?どうした、会ったの?ワタルに。何かされたのか?ま、まさか破壊光線…いやさすがにそれはないか、死ぬし。普通に死ぬ。
一緒に来た私ですらまともに会話してもらえないってのにお前とはしっかり交流してるなんて一体どういう事なんだ。何も納得できない。つくづくワタルに振り回されながらも、同行者という手前、ツンデレ君にチンピラのトラウマを植え付けられていた場合はきちんとフォローしておかなくてはならない。めっちゃ怖かったからねさっき。締め上げてたから下っ端を。夢に出ちゃう。
不思議な取り合わせに首を傾げつつとりあえず尋ねておいた。君たちポケスペでは仲良さそうだったけどね。こっちの話です。

「…ワタルのことか?会ったの?」

さんを付けろよクソ野郎と言われそうだが、本人がいないので大目に見てほしい。ワタルとか全然たしなめられるけど?みたいな貫禄を醸し出しつつ、実際はフリーザを前にしたベジータの如く涙している事などは内緒だ。
まさか私の知人だとは思わなかったのか、ツンデレは目を見開くとこちらに一歩近付いて詰め寄ってくる。余程何か屈辱的な事があったらしいな…女騎士みたいな、くっ殺せ状態とかになってなきゃいいけど。

「お前…知ってるのか」
「まぁ一応」
「どういう関係なんだ」
「ど、どういうって…行きずりの…」

何と言ったらいいかわからずつい口走ったら、何だかいかがわしいニュアンスになってしまい私は慌てて首を振った。
ちげぇ。行きずりは行きずりだけどそういう行きずりじゃねぇわ。赤いギャラドスを目撃した俺は背後から近づく黒いマントの男に気付かなかった。俺はその男に協力を依頼され、土産屋に行ったら…破壊光線が打たれてしまっていた!っていうのがたった一つの真実です。どうだ、間違いなく行きずりだろう。コナンもそう言ってる。
しかしまだ年若い彼が大人の複雑な状況を読み取れるはずもなく、白けた目が、大人なんて不潔よ!と痛烈に物語っていた。いかん、ただでさえ世捨て人のようなドロボーイにこれ以上この世が汚れていると思われるのはまずいぞ。この世界は希望に満ち溢れていて、働かなくても毎日遊んで暮らせるようなそれはそれは素晴らしい世の中…じゃねーわ。やっぱこの世は地獄です。江雪左文字が正しい。

「いや、その…ちょっとした知り合いっていうか…別にそれ以上の関係はないっていうか…私は自分より強い男にしか興味ないっていうか…成り行きで手伝う事になったっていうか…そんな感じ」

別に聞いてないけど、みたいな顔をして白けているツンデレに適当な言い訳を述べ、妙な空気に耐えかねて私は咳払いをした。
いや何を言わせてんだ全く。どうでもいいんだよそんな事は。本当は石油王にしか興味がない事もどうだっていいんだよ。ニートアイドル界を背負うNET48のセンターレイコはみんなの夢を壊さないために恋愛禁止って決まってるの!だから行きずりの関係とかないから!ご安心ください!そなたの夢は守られた。次回の総選挙もよろしくね。茶番はいい。全然さりげなくはなかったが私はそっと本題に戻った。

「で…ワタルと何かあったわけ?」
「…俺のポケモンでも全く歯が立たなかった」

バトルしたのかよ。
は?何してんのこの忙しい時に。素直に答えてくれたツンデレには微笑ましい気持ちになりながらも、ワタルに対してのストレスボルテージが上がっていくのを止める事はできなかった。
私が一生懸命ボスの部屋のパスワードを探してる時に何をやってんだあのマントは!行きずりの小僧とポケモンバトルしてる場合か!何しに来てんだマジで!サボるために私を呼んだとでもいうのか!もはや許してはおけん!妄想の中で成敗してくれる!怒りに震えながらもヤンキーの恐怖が身に染みている私は、本人の元へ直接殴り込みに行く事はできないのであった。小物かよ。
何にせよワタルに負けた事を正直に告白したツンデレにはきちんと応対しなくてはならない。何故私が愚痴に付き合ったりアジト乗り込みを手伝ったりしなければならないのか全くもってわからないけど、負けたと聞かされてさよならバイバイするほど白状ではないので、少しだけ眉を下げて悲しげな顔を作っておく。お気の毒に…チート使いとまともに戦って勝てるわけないよ…みたいな顔をね、しておいた。しておいたけどツンデレ氏は特に見てなかった。私もお前を負かしてやろうか。

「今日負けた事は別にいいさ。もっと強いポケモンを手に入れる事さえできれば、あいつになんか負けはしない」

そんなこと言うとお前もカイリュー勧められるぞ。通販番組みたいに。
冷凍ビームさえ覚えさせりゃ余裕で勝てるっしょ、と強者の怠慢としか思えない事を考えつつ、思ったより元気そうだなと負けても堪えていない相手を見て私は苦笑する。
なんだお前マジで愚痴りに来ただけか。ドラえも〜ん!またワタルにいじめられたよ〜!ってやつかと思ったけど道具は出さなくてよさそうだな。慰める必要性は皆無とわかったので、それならばもう無駄話に付き合ってやる義理はない。悪いがこっちは度重なるイベントのせいで立ってるだけでかなりしんどいんだ。BBAの体どんだけ駆使したと思ってんの?早くラムダとかいうのをボコって帰りたいわけ。それとも手伝ってくれんのか?目を細めてツンデレを見れば、彼はまた何か胸糞悪い事でも思い出したのか顔を歪めて舌打ちをしたので、これはお願いしても絶対に手伝ってくれないやつだと一瞬で理解した。はよ帰れアイフルホームに。

「それよりも気に入らないのはあの台詞…キミはポケモンへの愛と信頼が足りないだと。そんな生温い事を言う奴に負けたかと思うと腹が立って仕方ない…!」

何に怒っているのかと思えば、なかなか意識の高い事を言われて私は肩をすくめた。
これまで何回も会っている私の説教は一つも聞かないくせにワタルの説教には耳を傾けるその姿勢、一生根に持ってやるからな。何なんだこいつらはと敵地でバトルと説教をこなすワタルの余裕に私まで憤ってくる。あのマント男何しに来たんだ本当。働け。ニートの私に言われたら終わりだぞ。
そりゃ元四天王だから負けたって仕方ねーよ。腕を組んでワタルのチートドラゴン軍団の姿を思い浮かべながら私は溜息をついた。
確かにツンデレ氏、研究所から盗みは働くし手持ちに弱い弱いと罵声を浴びせるし愛と信頼は足りてないかもしれないけど、でもここまで付き合ってきた私はワタルの知らない事を一つだけ知っているぜ。それはこのツンデレが、ラッタをリストラしたどこかの誰かとは違い手持ちを一度も替えていないという事だ。ワニノコにゴースにズバットにコイル…見事な悪役編成だけど実に一途にやってきているわけ。まんざら愛と信頼に欠けているとは言い難いと私は思うね。
などという助言をしてやる義理はないから言わないが、あえて足りないものを指すならばそれはそう、私へのデレです。

「…生温くてもいいじゃん。それで強くなれるならさ」

正直愛と信頼だけで強くなれるなら超絶安いよ。本当はレベルと個体値種族値努力値なども必要だけど、それら全ての原動力がつまり愛だから。世界はそれを愛と呼ぶから。弱いと言いながらポケモンを切り捨てず、着々と強くなっている君にあと少し足りないのが愛と信頼だってんなら簡単だ、愛してやれ。やればできる!頑張れ頑張れ!お前は富士山だ!修造を見ろ!おのずと答えは見えてくる!知らんけど!
完全に人生相談みたいな展開になってしまい、何だか私より彼の方が主人公っぽいのが非常に解せないけど、でもまぁ…いいんじゃない、ライバルと出会い謎の男に助言され切磋琢磨し愛を知っていく要素、この物語には多少は必要だよ。今もうニート成分しかない。いいよな愛と信頼だけで強くなれる奴はさ。こっちは愛と信頼は有り余ってるのに親父の許可がないとニートになれないんだぜ?哀れなもんだよ。いろんな意味でな。放っといてほしい。
私の適当なアドバイスが響いたのか聞こえてなかったのかは知らないが、しばしの沈黙のあとツンデレはツンデレを発揮し、結局いつものように捨て台詞を吐き出すのであった。

「…フン!お前の相手なんかしてられるか!」

そして私を突き飛ばし、こっちがよろめいている間に立ち去っていった。そこそこの張り手に疲労の募った体は悲鳴を上げ、飛び出してきた武田鉄矢に一喝するトラック運転手の如く怒号を飛ばす。馬鹿野郎!

「突き飛ばす意味あんのかよ!」

もう何度目だこれ!お前の相手してる暇がないのはこっちの方だよ!ていうかお前ワタルにも同じ事やってないだろうな!下手したら破壊光線で殺されるぞ!
すでに姿の見えなくなったツンデレに舌打ちをし、あのクソガキ次に会ったら絶対泣かしてやると老体を震わせながらBBAは固く誓うのであった。そんなに年じゃねーわ。

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