アホ毛のツンデレにペースを乱されたりはしたが、本来の任務はもちろん忘れていない。
幹部のラムダを殴る、ではなく、怪電波発生装置を止める事だ。それを止めるためにまず…いやもういい説明したくない長すぎて。とりあえずラムダって奴から怪電波発生装置の置いてある部屋のパスを聞かなきゃならないのが現在の状況です。これだけですでに長い。
私はボスの部屋の前で、下っ端たちから手に入れたパスワード、ヤドンのシッポとラッタのシッポとかいうふざけた文字列を富士通のキーボードに入力し、扉の施錠を外した。パスワードとか誰が決めてんのか知らないけど、どんだけヤドンのシッポ重要視してんだこいつら?そんなにいい値で売れんのか。いくらだ、言ってみろ。別に私も売ろうとか思ってないんで。オーキド博士のポケモン講座でヤドンの生息地聞こうと思ったりなんてしてない。悪い大人になっちまったよ。

さらにもっと悪い大人がいるってんだからこの世は地獄ですよ。それを私みたいなか弱い乙女が成敗しなきゃならない世の中を早く変えて、アベノミクス。
私はボスの部屋の扉の前に立ち、意外にも緊張しながら開放のボタンに手をかける。幹部だか何だか知らないがそんな奴は別に歯牙にもかけてないんだけど、ボスの部屋って事はつまり…いるんじゃないですかね?ボスが。そうロケット団の絶対的宗教、ボスのサカキ。
走馬灯のように蘇る奴との思い出に頭痛がし、一度は伸ばした手をつい引っ込めてしまう。ポスターの裏のスイッチ、ダサいシルフスコープ、やたらと回転させられたトキワジム、そして危うく年齢指定になるところだったシルフカあー!お客様ー!困りますあー!あー!お客様ー!あー!ここから先は有料コンテンツです。
などが思い起こされ、あれから三年が経ち、私の身も心もより堕落したわけだが…果たしてサカキに勝てるのだろうか…リアルファイトで。絶対に無理だろうな。まともに戦って勝てる奴なんて武井壮くらいだろ。普通にポケモンバトルで全ての片を付けた方がよさそうだ。元々そのつもりだけども。
もう油断はしないぜ!とカビゴンのボールを構えたまま私はついに扉を開けた。一名様ご案内!

「御用改めである!」

幕末の動乱のような台詞を吐き、実際乱れてるのは電波以外の何物でもないが私は意を決してボスの部屋へと乗り込んだ。
真っ白な室内は、私の部屋が三つは余裕で入るであろう広さを誇り、ペルシアンではなく何故かヤミカラスの人形が置いてある謎空間の中央に、まさしく奴はいた。
多少の衣装チェンジは見られるものの、相変わらず黒の組織レベルに異次元からの狙撃手で、あんまり関わりすぎるとそのうちアポトキシンを飲まされそうな貫禄があるその後ろ姿、間違いない。
マジでいてほしくなかった男、サカキのボス!違うボスのサカキ!


うわ本当にいるし。やだもうテンション超下がるんですけど。なんでいんの?いやそりゃあボスだからボスの部屋にいるんだろうけどさぁ…一から鍛え直すって言ってたじゃん…まだ三年だよ?私は三年ニートしたけど全然ニート力鍛えられてないからね。もっと高みへいける。堕落の真髄を見たかったのだ。見たかったのにこんなところでこんな事をしている、それもこれもみんなロケット団のせいだよ…ヤンキーには絡まれるし…まぢ鬱…ゃみ…いい感じに盛り上がってきたところで私は一歩踏み出した。
文句言ってても仕方ねぇ。さっさと倒してさっさと帰る。これに尽きる。サカキ相手には何の意味もないであろう変装マスクをポケットにしまい、芸能人みたいなでかいサングラスを私は高橋尚子のように投げ捨てようとした。しかし、同時に振り返ったサカキが口を開いたため、私はひるんでその手を止める。充分な距離を保っているのにこの私をびびらせるとは…相変わらず只者じゃないぜ、サカキ。

「ぐっふっふ…よく来たな」

前言撤回。カメラ止めて。
おい何かとんでもない雑音が入った気がしたんだが気のせい?私は外そうとしたサングラスを今一度しっかりと掛け直し、我が耳を疑うサカキの台詞にたまらず首を傾げた。一瞬で緊張感を失って脱力する。
今なんか…妙な笑い声が聞こえませんでしたか?聞いたよね?ぐふふふとかって。ドラえもんかよ。
こちらを見据えるサカキは、三年前とは何かが違うような気がして私は別の意味で少し距離を取った。
なんだろうこの…小物感。もっとこう、立ってるだけでプレッシャーを感じるような凄まじいオーラがあったと思うんだが…三年で私の記憶が誇張されてしまっただけなんだろうか。それにしたってぐふふふはないだろ。そんなキャラじゃなかったぞ。一体何が…とコナンポーズで苦悩し、そして一つの答えを導き出す。

ヤクだ。お前、麻薬に手を染めたな?
全てを察して私は額を押さえる。なんという事だ…確かにロケット団はほぼ暴力団と言っても過言ではないけど、まさかヤクにまで手をつけているとは見損ないましたよ。売人が自ら麻薬に手を染め、法の穴である脱法ハーブの中毒になっちまっているとは。だってそうだろ、このサカキのラリピー具合、他にどう説明するってんだ?
脳内で流れる碧いうさぎを停止し、完全に目がイってるサカキを哀れに思いながら私は再びマスクを着用した。なんか変な菌とかうつったら嫌なんで。それ以上近付かないでもらえますか。
私を肉弾戦で苦しめた男の末路にドン引きしていれば、サカキは依然としてラリった態度でこちらに一歩踏み出してくる。どうやらグラサンマスクの不審者が私だと気付いていないらしい。そこまで耄碌しちまったとは逆に悲しいぞ。あの熱く、気高く、切磋琢磨し合った三年前の記憶を取り戻してよ。そんなものは元からない。私にまで幻覚見えてんじゃねーか。

「君がアジトに侵入した子供か…」
「はぁ」
「…おや?私が誰かわからんかね?サカキだよ、サカキ様だよ!ぐわっはっはっは!」

待って普通におかしくない?さすがに冷静になった私はシャブなどというふざげた幻想をブチ殺し、いくら何でも三年でここまで激変するかと我に返った。私が誰かわからんかね?はこっちの台詞だ馬鹿野郎。わかれ一瞬で。レイコ検定失格。
いやどう考えてもおかしいだろこれ。カイザー亮がヘルカイザーになったレベルのキャラ崩壊だぞ。闇のデュエルもしてないのにこんな事になるわけがねぇ。絶対何かあると今度は逆に近寄ってまじまじとサカキを観察した。
でも顔とか背格好は完全にサカキだし…三年前から全く老けていない点は気になるがこの業界じゃよくある話だ、驚く事もあるまい。そういやあいつはどこなんだ、ほらボスの部屋にいるってワタルが言ってた、幹部のラムダよ。普通ボスと対決する前に前座として幹部クラスとの戦闘があるはずなんだが…それもないというのはやはりどこかおかしいぞ…いよいよ怪しさも頂点に達し、じろじろとサングラス越しにラリサカキを凝視していれば、相手は焦ったように目を泳がせたので、ここで疑惑は確信に変わった。

「お前…ボスじゃないな」
「…あれ?全然似てない?サカキ様に見えない?」
「似てない。あ、いや知らないけど!全然知らないけど似てないんじゃないかなぁ!」

しらばっくれているとサカキもどきは後退し、ついにその正体を現した。

「くっそー。一生懸命練習したのに!」

そう言うと、サカキは着ていたコートを乱雑に手前に放り投げた。シーツのように伸びた黒い布に驚き、私は一瞬目を閉じて襲い来るコートを振り払う。しかし薄目を開けた時に視界に入ったそれをよく見ると、二十万はくだらないというあのバーバリーのトレンチコートで、なんてものを投げるんだ!と無収入のニートは憤慨した。お前これヤドンの尻尾売った金で買ったんだろ!やっぱ許しちゃおけねぇ!私もヤドン飼う!
尻尾で一山当てると決意した私は、自由になった視界の先にいる相手をサングラス越しに見た。すると現れたのは、ロケット団の制服を着た紫の髪のおっさんで、その驚くべき早業と変装技術に私は素直に驚いてしまった。
なんだこいつ!ルパンか!?

「俺はロケット団幹部のラムダだ!」

いやそんな事は言われるまでもなくわかってるからどうでもいいんだよ。この部屋にいる時点で他に誰だって言うんだよ。そんな事より変装の方!なに!どうやったの!明らかに現実では考えられない速度と技術だったように思える!私は目の前で起きた高速変装ショーが信じられず、顔も体格もサカキとはまるで違う人物が現れた事にただただ驚愕するばかりだ。
何だ、おい。ゲームだからって許容できるレベルじゃねーぞ。どう考えても人知を越えてる。こんな芸当ができるのはルパン三世か怪盗キッドくらいなもんだよ。それだけの技術がありながら何故演技が下手なのか、そして何故ロケット団などに在籍しているのか、私にはわからないしわかりたくもない。いろいろな事にドン引きしながらも、ひとまず本物のサカキでない事には心の底からホッとした。
いや良かったよマジにサカキじゃなくて。サカキだったらこんなに息切れしてまでマスク装着した意味ないもんね。どうやらこのラムダって男も私が三年前にロケット団を解散に追い込んだクソガキだとは気付いてないみたいだし。グラサン越しに凝視してみるも、私に対して特殊な反応は見られない。
バレてへん。ツンデレには一瞬でバレたのにどうして組織の仇の事を忘れてしまうのか。グラサンマスクにそこまでの効果があるとでもいうのか?そして何故こんな怪しい装いに誰も突っ込まない。今さらながら腑に落ちない事が溢れてきたが、疑惑を解消してくれる術はない上に幹部のラムダは次々と話を進めるので、私はそれ以上考えるのをやめた。というかこいつ早くぶん殴りたいしよ。

「どうせ怪電波発生装置の部屋に忍び込むつもりだろう?だがそうはいかないぜ」

このルパン、何だかノリノリである。そうはいくから来てんだろうが。私はチンピラみたいに顎を突き出しながら首を傾げると、相手はさらに得意気な顔で盛り上がり始める。この間ヤドンの井戸で会ったランスって兄ちゃんとはまた全然タイプが違う幹部だな。個性のぶつかり合いでそのうち自滅しそう、ロケット団。私の知ったところではないが。

「何故ならあの部屋は特別なキーワードでロックされているからな!」
「キーワード?」

またか。今度は何の尻尾なんだ。

「そのキーワードとは…サカキ様バンザイ!」
「尻尾じゃねーのかよ!」

何でだよ!納得がいかねぇ!ヤドンの尻尾、ラッタの尻尾ときたら次も尻尾で揃えるべきだろ!ロケット団っぽいポケモンで尻尾のあるやつっていったらアーボとかかな、なんて考えた私のクイズダービーが無駄になっただろうが!
誠に遺憾の意であったが、大事なキーワードをいきなりバラすという大事件をやらかしたラムダのドジっ子ぶりに注目しないほど私はこの業界、短くはなかった。

言っちゃったね普通に。それ大丈夫なのか?バラしたら普通にあの部屋入れるようになっちゃうんじゃないの?思わず二度見してしまうほどのあっさりとしたネタばらしに、私は半口を開けた。
本当にいろいろやばいよこの組織…なんですぐ警察に捕まらないんだよ…日本の警察ちゃんと仕事してんの?高木刑事みたいに恋愛にうつつを抜かしてるクソ野郎ばっかりなんじゃないのか?千葉刑事は許す。昔は痩せててイケメンだった。
こんな地下にアジトを作って変な装置をガンガン起動させている組織があるというのに、いまだ警察の手が伸びていない事を嘆かわしく思いながら、私はマスク越しに口をへの字に曲げた。呆れレベル35って感じ。意外と低いじゃねーか。
しかしこのラムダ、腐っても幹部クラス。キーワードをうっかり漏らすという下っ端でもやらないであろうミスを犯したのにはどうやら理由があったらしい。厳密に言えば、ミスではなかったようだ。強いて言うなら慢心。赤城。

「ふふふ…あっさりバラしたので驚いただろう」
「せやな。ドジっ子にしては取り返しがつかないなと」
「だがキーワードなんか知られても全然平気なのさ」

もはや慣れたが、この世界の住人達とは基本的に会話が成立しない。大体一方的に喋られて終わりだ。
なんだろう、こいつらみんな私の事RPGの主人公か何かだと思ってんのか?いや主人公だけどよ。でもドラクエやFFの物言わぬ主人公とは違うわけ!私は人間対人間の真摯なやり取りを求めているんです!我々は人間を作ってるんです!腐ったミカンじゃない!
腐っているのは性根だけで充分なので、ひとまず真人間アピールをするため私はおとなしくラムダの話を聞いてやる事にする。なんだ?声紋認証とかでロックかけてんの?

「何故なら、あのドアは俺の声でキーワードを言わないと開かないようになってるからな!」

当たってしまった。すまん直前に当ててしまったわ、私とした事が。江戸川コナンのような閃きで声紋認証システムに気付いてしまった私は、何と反応したらいいかわからず、数秒遅れて驚いた風のジェスチャーをした。何故敵の幹部にここまで気を遣わなくてはならないのか甚だ疑問だが、私の社交性が勝手にそうさせるのだから仕方がない。だって真人間だからね。一生言ってろ。
そのハイテクな装置もどうせヤドンの尻尾売って作ったんだろうが。お前らヤドンに足向けて寝たら承知しねーからな。何故かヤドンの尻尾にこだわっている私はさておき、決め台詞を吐いて満足したのか、ラムダは不敵に笑うとボールを構えて戦闘態勢に入る。
まぁ何にしても話は簡単だ。つまりお前を倒してドアの前まで連れていけばいいわけね。そのあとはワタルが適当に拷問してキーワードを言わせて完了でしょ。
…どっちが悪役なんだこれ?

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