「サカキ様、お許しください…」

悪役よりも悪役らしいヤンキー&ニートは負け知らずである。リアルファイトでも破壊光線を使ってお陀仏なのさ。どうして捕まらないんだろうワタルさん。
一瞬でラムダに勝った私は、どこかで誰かを締め上げているであろうワタルを思いながら苦笑した。そしてこのラムダもすぐにワタルの餌食となるのだ…哀れな幹部を見やり、同情の念を送って思わず合掌する。
貴様のせいでこんな長々と地下を行ったり来たりさせられたが…ワタルの破壊光線で全てチャラにしてやろうじゃないのよ。死ぬかもしれないけど。膝をつくラムダに近付き、私はバーバリーの高すぎるトレンチコートを見ながら気になっていた事を尋ねる。

「何でボスの変装なんかしてたわけ?」

マジで心臓止まるかと思ったし。体に悪いから二度としないでほしいわ。
別にボスとは何の因果もないけどちょっと気になったから聞いただけですが?的な顔をして私は相手を見下ろす。するとラムダは自嘲気味に笑い、肩をすくめて首を振った。

「サカキ様は三年前、ロケット団を解散させて姿を消したんだ…」

それは知ってる。割愛して。
わりと素直に答えてくれたラムダに素っ気ない態度を取りつつも、これで一つはっきりしたので、私はよりでかい態度で彼の前にふんぞり返った。
なるほどな。という事はつまり、サカキはまだロケット団には戻っていないという事だ。
ボスに変装していたのは趣味ではなく、ボスがいると見せかけるための小賢しい手口だったってわけ。危うくそれに引っかかってグラサンマスクを取りそうになったけど、こいつの演技が素人さんのように下手だったおかげで命拾いしたよね。山田孝之なみに上手かったら死んでたよ。その場合は役者目指せや。
大体ね、たかだか三年修行積んだくらいで私に勝てると思ってもらっちゃ困るって話ですよ。何十年も生きてて十数年しか生きてない私に負けてる段階で実力の差は歴然。おとなしく修行を続けるが良い。まだ見ぬサカキに上から目線な私に対し、ラムダは顔を上げると鼻で笑い、これからワタルにボコられるというのに随分と余裕な表情を向けた。お前知らないだろ破壊光線の恐怖。跡地とかしばらく草木生えないよ。

「だがきっとどこかで復活のチャンスを狙っているはず!」

強気に言い放つと、ラムダは起き上がって後ずさりした。

「…ふははは!お前なんかに負けたって痛くも痒くもないぞ!何しろ俺の声でなきゃ怪電波発生装置の部屋のドアは開けられないからな!」
「あっ」

ご丁寧にキーワードの仕組みをおさらいしながら、ラムダがいかにもすぎる球体を手にした瞬間、私はこれから起こり得るであろう事態を一瞬にして察した。が、体の方が間に合わなかった。
忍たまでよく見る焙烙火矢のようなものを投げつけられたかと思うと、地面に落ちた途端煙が噴出され、辺りが白い気体で充満する。煙幕だ。
おい何でわざわざ道具使ってんだよ、お前ドガース持ってるならそいつに煙幕吹かせたらいいじゃん。ここはポケットモンスターの世界、そういう細やかな設定を活かさないでどうするんだ。ダメ出しをしている場合ではない。
しまった、とすぐに煙の中から抜けたが、もうラムダの姿はどこにもなかった。部屋を見渡したが人の気配はなく、精巧にできたヤミカラスの人形だけが私を見つめている。
遅かったか、クソ。なんという早業。マジにルパンじゃねーかあいつ。近くにあったテーブルを蹴飛ばしながら、忽然と姿を消したラムダへの怒りを爆発させて私は唸る。
野郎…このあとワタルの破壊光線の餌食となる予定だったから殴らないでやったが…こんな事ならラリアットくらい喰らわせておけばよかった。テーブル蹴ったくらいじゃ気が治まらねぇ。しかしこの広い地下、一体どこへ消えたかもわからなければ、奴がいないと怪電波発生装置の部屋にすら入れない。逃がしてしまうとは完全にトチったぞ。やばい…私がワタルに締められちまう…意地でも探さなければこっちが死んじゃうよ。破壊光線は嫌だ…破壊光線は嫌だ…と組分け帽子に祈るような気持ちでもう一度テーブルを叩いた。ルパンを取り逃がした銭形警部の物真似をして怒りの声を上げる。

「おのれルパン!」
「ルパン!」

全く似ていない声で叫んだ時、こだまが返ってきた。それもただのこだまではなかった。
い、今のは…本物の銭形警部の声!?CV納谷悟朗!?
いや納谷さんは2013年に亡くなられたはず…!一体何者だ!と振り返るも、納谷悟朗も銭形警部もおらず、依然として部屋には私しかいない。息をひそめてみたが、誰の気配も感じなかった。
どういう事だ?え?なに超怖いんだけど。偽のルパンを追いかけて二次元からとっつぁんがやってきてしまったのか?もしくは私の幻聴?そこまで耄碌してねぇわと部屋をうろつき、テーブルの下を見たり棚を開けたりしてみたが、やはりどこにも人の姿はなく、ルパン三世のDVDさえ置いていない。
完全に曰くつき物件じゃねーか。何なんだここは。もう帰りたいよ。怪電波の部屋は破壊光線でぶっ壊したらいいじゃん。そうしよ。それですぐに帰ろう。私は背中に冷や汗をかきながら溜息をつき、ヤミカラスの人形を軽く小突いて部屋を出ようとした。
その時だった。

「…ん?」

触れた人形の手触りがやけにリアルで、まさか剥製とか…?と怯えて振り返った時、ようやく気付いた。

「本物じゃん!」

このヤミカラス、人形じゃねぇ!本物だ!
バッチリ目が合い、ヤミカラスがまばたきをした瞬間を目撃してしまった私は、さっきの声の主がこいつだと察して飛び上がった。
何だよ!全然動かないから普通に人形だと思ってたわ!なんておとなしいポケモンなの!うちのプテラとは大違い!至近距離で見つめても微動だにしないヤミカラスは、とぼけた顔で口を閉ざしているけど、鳥といえば人間の言葉を真似る事ができる賢い生き物。九官鳥やオウムが有名だが、セキセイインコなんかも舌の筋肉が発達しているのでなかなかお喋り上手だ。という事はこのヤミカラスだって喋れる可能性は十二分にある。というか絶対喋っただろ。お前以外に考えられねぇ、ネタはあがってんだから観念しな。以上レイコペディアでした。
こいつは使えるかもと私はヤミカラスを凝視して咳払いをした。銭形警部を完コピしたこのヤミカラスなら、ラムダの代わりに例の部屋のロックを解除できるかもしれない。祈るような思いで口を開き、個人的にはかなりの屈辱だが背に腹は変えられず、先程聞いたキーワードをヤミカラスに向かって吐き出した。

「サカキ様、バンザイ!」
「サカキサマ、バンザイ!」

完璧だ。見事ラムダの声真似をして復唱したヤミカラスにガッツポーズし、私はそいつを肩に乗せて勢いよく部屋を飛び出した。
馬鹿なラムダよ!パスワードを私に教えたりするからヤミカラスが覚えちまったとは知らずにのん気にトンズラしちゃってさあ!愉快すぎる!愚かなり!なんでこんな知能レベルチンパンジーしかいない組織なんだろ、逆に心配。
残念すぎるラムダを嘲笑いながらも、肩にしっかりと捕まっているヤミカラスの爪が食い込んで痛み、正直全くドジっ子の事を笑っていられる余裕はなかった。しかしワタルの破壊光線を喰らう事に比べたらこんな痛み…どうという事はない。威力150より余程マシなので我慢する事にする。何で今日はこんなに負傷案件多数なんだよ。水難の相どころじゃねーぞ。
2.1キロのヤミカラスを抱え、最後の力を振り絞って私は走った。筋肉痛になってもいい、明日じゃなく明後日に痛みがやってきてもいい、やっと掴んだチャンスなんだ!いいからテーピングだ!ゴリ顔で疾走しつつ、私にはテーピングをしてくれる人などいない事実を嘆きながら根性で例の部屋まで辿り着く。その速度、おそらくミニ四駆を超えた。すごいかどうかわからん。
マスクで息切れ、サングラスは曇り、全身は筋肉痛、おまけにタウンページ二冊分の重量であるカラスを抱えてよくここまで来たもんだよ。それもやっと報われる。これで帰れる!あの素晴らしいポケモンセンターに帰って寝られる!一刻も早く脱出したい一心で、息を整える事もせず、私は肩でおとなしくしているヤミカラスに例の言葉を促した。

「おい、ほら…あれ言え」
「奴はとんでもないものを盗んでいきました。あなたの心です」
「そっちじゃねーよ」
「サカキサマ、バンザイ!」

何故か銭形警部の台詞だけは流暢に喋れるヤミカラスに少し引きながらも、キーワードを発した瞬間、目の前の扉はすぐに反応した。解除、と画面に出たかと思うと、ゆっくり左右に頑丈なドアが開いていく。間違ってもコナンのアイキャッチの扉みたいに勢いよく開いたりはしない。これまでの苦労が報われた瞬間に、感動しない私ではなかった。
長かった。おつかいにしては長すぎたよ…どんだけ話数使ってんだ…ていうかワタルはどこで何してんだよ、先行くぞマジで。待ってられねぇわ。思えばあのマント野郎に目をつけられてしまったいかりの湖から全ては始まっていたんだ…度重なる戦闘に見舞われ鬱病一歩手前だったけど、それももう終わる。チョウジタウン編はこの6話で終幕だ!行くぜとっつぁん!
初対面にも程があるヤミカラスを、あたかもマサラタウンからのパートナーであるかのように肩に乗せ、私は意気揚々と怪電波発生装置の部屋に乗り込もうとした。
しかし、突然の咆哮でそれは中断させられる。後方から聞こえてきた謎の大声により、あれだけ走ってもびくともしなかったヤミカラスは驚いて私の肩から逃げ去っていった。飼い主に似たのか、逃げ足だけは驚異的な速さを誇り、空を見上げた時にはすでにカラスの姿はなかった。何だったんだあの鳥は。ただゲーフリの用意したシナリオのためだけに私に尽力したとでもいうのか。まぁいい。あばよ、とっつぁん。お宝はいただくぜ。

そんなヤミカラスに構っていられる状況ではない事を私は薄々感じていたため、後ろを振り返るのを躊躇っている。嫌な予感にいい加減涙が零れそうだ。
嘘だと言ってくれ。まさかそんな…ここまで来たってのに…もう終わりを確信したっていうのに…まさかこのまま…チョウジタウン編7話に続くなんて事…あるわけないよな?ここで終わりだって私…信じてるからね?
答えはCMのあと。

  / back / top