「そこまでよー!」

はい、引き続きチョウジタウン第7話をお送りしております。くたばれ。

後ろから聞こえてきた、決して若くはない女の声に私は嫌々ながらも振り返らずにはいられない。ようやく暑苦しいグラサンマスクともおさらばできると思ってたのにこのタイミングで水を差されるとは…どこまでも間の悪いロケット団に私の怒りはおさまりそうもなかった。後悔するぞ…この私を怒らせた貴様らには、ワタルの破壊光線が火を噴くぜ!他力本願。

苦節数時間、ようやくゴールが見えた先で私の前に、いや後ろに立ちふさがったのは、またしても憎きロケット団。他に誰もいないだろうけど。ツンデレはいたわ。
振り返った方向に立っていたのは、ちょっと他の団員とは違う白い服を着た、お世辞にも若いとは言えない女だった。派手な赤い髪に派手なピアスをしており、加えて取り巻きに下っ端団員を一人連れていた事から、一目で幹部だとわかった。その風貌に、ヤドンのランス、ヤミカラスのラムダよりは格上の匂いがしてすかさずボールを構える。だってキャラデザがモブと違うしな。ていうかロケット団って白服でもいいのかよ。黒ずくめの組織路線はどうしたんだ。もしかしてベルモットのポジションなの?
コナン完結するのか問題を抱えている私に、よく見たら結構厚化粧な女はゆっくり近付くと、こちらを指差して見下しすぎのポーズを取る。おいハンコック様が黙ってないぞ。

「あなたみたいな子供をいつまでものさばらせておいたら、ロケット団のプライドは傷付いて傷付いて傷だらけになっちゃうのよ!」

いきなり何を言うかと思えば、すでにプライドは手遅れなほど末期、ステージ4まで進行していると思うんだが、どうやら彼女に自覚症状はないらしい。もっと言う事あるだろと呆れる私はマスク越しに溜息をついて肩を落とした。
全く…何が何だか知らないが…とりあえず突然出てきて引き止めたからには、まず名乗りの口上ってやつが必要でしょうが。脈絡もなくプライドの話をされた私はいい加減人間と対話ができない事に多大なるストレスを感じ始めていた。ここにきて私が一番意思疎通できた相手誰だと思ってんの?ヤミカラスだよ。どうしてくれんだこの悲しい事態。本当にとんでもないものを盗まれたよ。双方のコミュ力です。元々ない。
私は呆れ果てながら幹部の女を睨み上げて腕を組む。お前あれか?さてはテレ東見てないな?毎週ムサシとコジロウとニャースが何だかんだ言ってるあれをやれっつってんだよ。そうでなくてももっと前振りは必要だと思います。古来より受け継がれてきた悪役の伝統をしっかり守る、それがこのポケットモンスターシリーズにおける悪の組織、ロケット団の役割でしょうが。
ストレスも限界に近かったため、ついに私は沈黙を破り社交性を捨て、この女にウザったい説教をしてやろうと口を開いた。もう我慢ならねぇわ。で?お前は何の尻尾売ってんの?今度こそアーボ?
尻尾の呪いから抜け出せないうちに女の方が先に喋りかけてきたので、私はもう流れに逆らわずに生きていこうと即行で誓った。無理もう何も考えたくない。わし疲れたよ本当。説教なんかしてる場合じゃねぇわ。何でもいいから早く全員倒して帰ろう、耐震性に優れた旭化成のヘーベルハウスに。

「…というわけで、そろそろ終わりにしましょ。いくらあなたが強くたって、あたくし達二人を同時に相手するとなればまず勝ち目はないでしょ?」
「いやそんな事はないと思うけど…」
「悪いけど覚悟してもらうわ!このアテナを怒らせた事、後悔なさい!」

聞いてねーし。そしてようやく名乗ったし。聖闘士星矢みたいな名前だし。
本名は城戸沙織かもしれないアテナと名乗った女幹部は、下っ端を従えてボールを構えた。
自分では言わないけどやっぱどう考えても幹部だよな、名前ある時点でそうだろ。どいつもこいつも厨みたいな名前しやがってよ。その点ワタルを見て?あんな厨すぎる格好してるのに名前だけは純和風だよ。完全にジャパニーズ。魔神英雄伝じゃん。ていうかどこ行ったんだよマジでワタル。いつまで単独行動してる気だ、このダンジョンもう終わるぞ。

なんて事を考えていた時、タイミングよく現れるのがタキシード仮面様というものである。誰かのピンチ、颯爽と駆けつける地場衛、孫悟空、比古清十郎。そこに新たに名を連ねる事になったこの男。一つ残念な点があるとすれば、それは私が特にピンチでも何でもなかったという事であった。筋肉痛的にはだいぶピンチだけどな。運動不足乙。

「ちょっと待った!」

足音と共に聞こえたその声に、アテナと下っ端は振り返った。どうでもいい話だが、私だったら自分のアジトにサングラスマスクマントの不審者が現れたら本当に嫌なので、ちょっとロケット団員には同情するし、これからワタルにボコられるのでもっと同情するんだな。
2対1の卑劣なバトルに颯爽登場!したのは銀河美少年ではなく、ドラゴン使いのワタル、満を持しての再登場である。
余裕の表情を浮かべながらマントを翻し、その堂々たる出で立ちにさすがの幹部もひるんだのか、歩いてくるワタルに圧倒されて何も言えないようだった。無理もない。グラサンマスクの小娘の次は厨二マントだ。絶句して当然だろう。放っといてくれ。
やってきたワタルは私の肩に手を置くと、何やらアイコンタクトで、お疲れ、的な仕草をしたので、危うく私は味方にブチギレて3対1の勝負に発展させてしまうところであった。

いやお疲れじゃねーわ。何やねんこいつ。今までどこにいたの?私がボスの部屋を往復して2.1キロのヤミカラスを抱えて走ってとにかく走って走ってメロスのように走ってここまで苦労したってのにお前は何をやっていたんだセリヌンティウス!いい加減にしろ!のん気にツンデレと戯れていた前科も知っている私は結構な量の青筋を浮かべていたが、こんなところで喧嘩を売って時間を割くわけにはいかない。そうワタルに構っている場合じゃないよ、私は帰るんだ。原付を置いたポケモンセンターに。一刻も早く布団にダイブして寝たい、あの快適なポケモンセンターに帰るんだ!押忍!よし!62秒でけりをつける!

何にせよワタルが来たからには怖いものなしなので、その点は安心である。絶対に敵に回したくないが味方だとこんなにも心強い。たとえリアルファイトに持ち込まれても圧勝だな。関係ないもんねこの人にそういうの。ポケモンバトルとリアルファイトの境目とかないから。何がきても全てを破壊し尽くす。そう、あの光線ならね。もうこのネタは許してやれ。

「2対1での勝負とはずいぶん不公平じゃないか。さすがロケット団、狡い事が大好きなんだな」

涼しい顔で言いながら隠し切れていない加虐性がワタルの声に表れていたため、段々と蘇ってきた恐怖に私は思わず一歩身を引いた。数々の悪事をはたらいてきたロケット団だって人に向かって破壊光線撃つ奴に言われたくはないだろうな、その台詞。どの口が言うんだと引いていれば、アテナも下っ端も全身から溢れ出る修羅場を千回はくぐったであろうヤンキーオーラにびびったのか、私同様、わずかに後ずさりをする。動物的本能が強者に屈し、体を後退させた瞬間であった。ていうか破壊光線の射程範囲内にいると普通に死ぬよ。気を付けな。

「俺とも遊んでくれないか」

マジで味方で良かった、この人。私あっち側にいたら泣いてたかもしれねー。
ボールを構えたワタルの声色が完全にカタギではなかった事から、現職はおそらくヤク…いや、止そう。仮にも元四天王、人の道を外れていない事を祈ろうではないか。とにかく胸を張れる職種には就いていないと思うので、余計な詮索はしないでおこうと固く誓った。まだ東京湾に沈められたくないしな。生きねば。
トレーナーの腕もトップクラス、種族値の暴力ドラゴン使いの中でもトップクラス、さらに改造厨の中でもトップクラスの実力を持つワタルに私もびびっているが、もちろん敵であるロケット団のお二人さんも完全に嫌な雰囲気を察しているようだった。しばらくワタルの強大な小宇宙に唖然としていたアテナも、戦女神としての自分を取り戻したのかすぐに髪をかきあげて冷静さを取り戻す。仮にも幹部、こちらもくぐった修羅場は少なくなさそうだ。私もそこそこだけどこんなヤンキーに凄まれたら普通に謝るよね。よく立っていられる。プライドは傷付きまくってるかもしれないけどメンタルはなかなかだと褒めてやるわい。何様。
それでもワタルの方は見ていられないのか、アテナは私を睨んで不敵に笑う。下っ端は俯いて怯えていた。お前が一番帰りたいよな。

「仲間がいたの…気に入らないわねぇ…サカキ様の留守を預かるあたくしが生意気なあんた達に教えて差し上げるわ。ロケット団に歯向かうとどうなるかって事を!」

ワタルのにらみつける攻撃にも麻痺らず決め台詞を吐いて、ロケット団幹部のアテナは勝負を仕掛けてきた!▼
話なげーなと思っていた私の前でようやく、ヤンキー対ギャングの抗争が幕を開けた。何も嬉しくないが。早く帰らせろ。
元々2対1で戦う予定だったから自然とタッグバトルの流れになり、びびっていた下っ端もしっかりボールを構えていたので私も負けじと応戦した。ていうかタッグ組んでバトルとかPSPのカードゲーム、遊戯王デュエルモンスターズGXタッグフォース以来なんだけど大丈夫か。つまり現実世界では初めてというわけだ。今さら初心者とは言えず、玄人ですけど?みたいな顔をして立ちながらも内心は絶叫である。
こちとら手持ちはカビゴン1体…互いにポケモンを2体ずつ出して勝負するダブルバトルすら未経験だというのに、いきなり他人と、それも個性の暴力ワタルと一緒だなんてプレッシャーにも程があるんだけど。ただでさえ二人とも協調性がないんだぞ。人に合わせる事もできない孤高のブラックジャックだ。どう考えても大丈夫じゃねぇ。
と思ったけど、普通に1体ずつ倒せばいいじゃんと協力のきの字もない結論に行きついて私はホッと胸を撫で下ろした。全然いらねーわ協調性とか。せーので倒して終わりっしょ。それがいいやと考えて、ワタルも特に打ち合わせを持ちかけないという事は瞬殺するつもりに違いない。互いに干渉しない、それこそが最高のコンビネーションであった。お前も友達いねーだろ絶対。

何にしても最後の一仕事だ。ワタルに連れてこられたアジトがまさかロケット団のものだと判明した時は驚いたけど、その浅からぬ因縁もここまでってやつだぜ…ボスの居ぬ間に何とやらよ。二度と復活できないようにマインドクラッシュしてやるからな。その前にワタルというトラウマで破滅しろ。
カメラを構えながら私は溜息をつき、走馬灯のように蘇るロケット団との思い出を浮かべて肩をすくめた。

「ロケット団に歯向かうとどうなるか知ってますよ私」

得意気な表情を変装越しに作り、ワタルにだけ聞こえる声で呟いた。

「シルフの社長からマスターボールがもらえるんです」

ワタルが笑っている間に勝負はついた。瞬殺チームワーク、最高。

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