ワタルに指示された通り別行動で、そう最後まで別行動で私たちはそれぞれの持ち場でマルマインをブン殴って気絶させていた。
強制労働を強いられている可哀相なポケモン達を、花京院典明のようなゴツい当て身でカビゴンがなぎ倒してゆく様を、私は見ている事しかできない。何の罪もない、ただ無償で働かされているマルマイン達は本当に本当に憐れだけど、でもこれで労働地獄から解放してあげられるんだ…目が覚めたら仲間の元へお戻り。達者で暮らせ。奴隷には優しいレイコであった。

結構な数のマルマインがいたけど、こちとらレベル100カビゴン所持の身…特に苦戦させられる事もなく、全員を気絶させるのにそう時間はかからなかった。それよりコードが多くて歩きにくい方が時間取られたしな。ただでさえ足パンパンなんだぞ、もっと簡単な配線にしといてくれ。タコ足配線ダメ、ゼッタイ。
全てのマルマインの目がアニメでよく見る渦巻き状の戦闘不能状態になったのを確かめたあと、私はカビゴンを連れながらワタルのいる方へと向かった。送電が途絶えたせいか機械音は随分静かになっている。ハウルの動く城なみにガチャガチャ言っててマジうるさかったわい。全くイケメンも住んでないのに騒音を立てるなんて非常識な…クレーマーかよ。

いかに40レベのチートカイリューといえども、さすがにこんな短時間でのマルマイン総撃破は叶わなかったようだ。隣から破壊光線らしき音が聞こえていたのでおそらく絶賛戦闘中なのだろう。これは巻き込まれないためにもゆっくり歩いた方が良さそうだぜ。同じ過ちは繰り返さない。さっきはお土産屋さんに入っていきなりブチかましてたからな、破壊光線。私じゃなかったら光線に当たって粉微塵になってた。ワタルさん絶対殺人未遂か何かで四天王左遷になったでしょ。それ以外に考えられないよ。今日一日、共に過ごしてわかった事はただ一つ。それは彼がカタギではないという事だけだ。お勤めご苦労様でした。

指とか詰めてなかったかなと思い、機械の影からワタルを覗けば、彼は海馬社長くらいアクティブにマントを翻してカイリューに指示を出しており、そこから見えた手にはしっかりと指が五本おさまっていたので私は少しほっとする。よかった、暴力団ではなかったみたい。いや四天王から暴力団へ転向とか逆に興味あるけどな。どこの選択肢を間違ったらこんなバッドエンドになる?
何にしても順調にマルマインを気絶させているらしい。残り一体となった社畜と対峙しているワタルの元へ、コードを踏みつけながら私は近付いていった。四天王クビになったわりに衣装が豪華になってる点は気になるけど…四天王より儲かる職種に就いたという事なんだろうか?ニート仲間かもしれないと期待したが仮にニートだしても何か…この人はジャンルが違う気がする…得体の知れない金をどこからか入手してきそうな…そういう何かがあるよね。どんなイメージ。
一向にワタルの印象が良くならない私であったが、そんな馬鹿なことを考えていられない事態が発生したため、急遽思考を停止させた。
誰もいないはずの後方から物音が聞こえた気がして、私は何の気なしに振り返る。カビゴンの足音かな?と思った矢先、のん気なニートの目に飛び込んできたのは、死、いや気絶したはずのマルマインが起き上がり、仲間になりたそうにこっちを見ているわけでもなく体を発光させている姿であった。
もしかしなくても、あの状態は度々目にした事があった。オーキド博士のポケモン講座でも言ってたし、アニメでも見たし、実際私も記録した覚えがある。1995年、世の女性たちを夢中にさせた美少年だらけの斬新なガンダムシリーズ、その名をW。主人公であるヒイロ・ユイの十八番であり専売特許でもあるアレを、マルマインはしようとしているのではないか?と思い至るまで、およそ2秒。ジョジョキャラなみの判断力には自画自賛せざるを得ない。もちろん自分アゲしてる暇などないぞ。
つまり自爆しようとしてるんじゃない?って話。任務完了。
やべぇ、と思った時にはカビゴンに目配せをし、私は本革マント男の元へ突っ込んだ。

「ワタル!」

お前ちゃんとトドメ刺しとけよ!破壊光線の威力落ちてんじゃねーのか!チートのせいで!
そんな思いを込めながら叫ぶと、振り返ったワタルはすぐ異常事態に気付いたようだった。
伏せろと言う余裕すらなく突っ込んできた私を受け止め、瞬時に状況を察した賢い露出狂は、自慢のマントで私の体を覆った。そんなもんが防御になるわけねーだろというのが本音だったけど、もしかしたら魔法防御がめちゃくちゃ高いのかもしれない。ドラクエの防具だって一見普通のローブに見えたりするし。言ってる場合か。
マルマインからは距離を取ったけど、カビゴンがバニーちゃんみたいに自爆装置を蹴り上げでもしない限り助からないような気もする。直接自爆に巻き込まれなかったとしてもこれだけ機械のある場所だ、誘爆という恐ろしい事態は免れないのではなかろうか。血の気が引いて私はワタルにしがみついた。
まさかここで…死…!?とこれまでのニート生活が走馬灯のように蘇ってきた途端、背後で爆発音が轟いた。ハウルの動く城どころじゃない轟音が鼓膜を容赦なく攻撃し、イケメンの腕の中も悪くないけどどうせなら布団の中で死にたかったと目を閉じる。さらば現世。あばよ俗世。来世では最初からニートになりたい!どこぞの御曹司的な!
ちゃんとマルマインの目が渦巻き状になったのを確認しなかったワタルの管理体制を恨みつつ、私は死後の世界で目を開く。あー…ここが天国…何か思ったより暗…いや暗すぎるでしょ。死んでからも人生暗いのか私は。いい加減救ってくれ。

そもそもニートは天国に行けるのか?とどうでもいい事を考えている間に、全ての音が止まった。爆発の音も、怪電波発生装置の音も止み、唯一聞こえてくるのはマント男の鼓動のみで、死んだにしてはおかしいぞと首を傾げる。わけがわからずフリーズしていれば、私の体からマントが滑り落ちて一気に視界が明るくなった。頭上にはバツが悪そうに笑うワタルの姿。
ニート、死んでねぇ。

「…ん?」

何がどうなってんだと振り返ったら、謎は全て解けた。
強化ガラスのように張られた透明で大きな壁が、我々の後ろにそびえ立つ。夜景が見えるガラス張りのホテルを彷彿とさせるそれは、わざマシン33で有名なあのリフレクターだった。物理攻撃を半減させる壁がマルマインの四方を囲んでいたのである。
当然、攻撃が最大の防御マンであるカビゴンはそんな技を覚えちゃいないので、ワタルのチートカイリューによるものだろう。てっきりチート技バリアーだけが防御かと思っていたが…こんなものまで覚えていたのか…多分ここ以外で使い道ないぞ。壁の手前ではカビゴンが我々の盾になっており、おかげで人体は無傷、機械にも衝撃は届かず付近の壁が吹っ飛んだだけで済んだようだ。多少は爆破の影響があったはずなのにカビゴンは体に付着した塵を払って平然としていたので、どうやら私は怪電波装置より恐ろしい兵器を育てちまったらしい。どんだけ強靭なカビゴンという戦うボディ?何にしても助かったぜ。今夜は焼肉だ。

事なきを得てホッとした私は、その場で脱力して深い溜息をつく。マジでもう…死んだと思ったわ今回ばかりは。走馬灯って本当にあるんだね、すごい勢いで人生を振り返ったよ。
初めて学校をサボり教育の義務を放棄したあの快感、夏休みの宿題をやらずに毎日だらけて過ごして先生に怒られた新学期、毎週見ていた月曜七時のコナンと金田一、いらないのにオーキド博士に図鑑をもらったあの日、その孫に絡まれ続けた1996年、のちの三年間のニート生活、ロケット団アジトでツンデレに突き飛ばされた痛み…いやこれは今日だった。などが蘇っては消えたね。あの一瞬で。
一気に老け込んだ気分で座り込んだまま動かない私の様子に、さすがのワタルも焦ったのか、こちらを覗いて心配そうに肩を揺らす。

「レイコちゃん、怪我は?」
「いえ…全く大丈夫です、けど」
「けど?」
「…もしかしてまた私を試したとかじゃないですよね?」

先程の、君が頑張っているのを見てちょっと出番を待ってみたのさ、というワタルのふざけた台詞を根に持っている私は、ジト目で相手を睨み上げながら疑惑をぶつけた。
実際有り得るからなこの人。マルマインの自爆にどう対応する…?とかニキータの任務なみに無茶振ってきそうなんだけど。これでハンター試験は合格だ!とか言いかねない。何なんだ?私を謎の組織に招き入れようとでもしているのか?
疑いつつ苦笑していると、ワタルは予想外の反応に驚いたのか呆気に取られたみたいに笑い、そのまま私を一瞬抱き締めてすぐに離れた。その姿は、天空の城崩壊後のドーラとシータのように慈愛に満ちた抱擁であったという。おいやめろときめきの導火線が着火したらどうする。

「まさか。俺の不注意だよ…すまない。怪我がなくて本当によかった」
「あ、いやこちらこそ…うっかり呼び捨ててすいませんでした」
「いいんだよ、そんな事」

せやろな。死にかけた事に比べたら呼び捨てくらい大目に見てくれ。さんを付けろよデコ助野郎と罵られることもなく許されてホッとし、完全停止した怪電波発生装置を見ながら私は立ち上がった。
いろいろと大変だったが…これで全て…終わったんだね…報酬がイケメンからの抱擁というのは本当に安すぎると思うがこの際帰れるならもう何でもいいわ。そういや地味に気になってたけどさっきスライディングした時に本革のマント破れたりとかしてないよね?してたら気付かれる前に帰りたいです。一秒でも早く。ベッドイン。
ポケモンセンターの、柔軟剤使ったんですか?ってレベルに柔らかい布団を想像して私はワタルに向き直る。ポケセンにも早く行きたいし、ワタルさんとも早く別れたいんだな正直。これ以上マントと一緒にいるとろくな事ないから。一緒にいても別行動だから。マジで意味がわからん。お開きの意思を声に乗せて私は低く呟く。

「…片付きましたね」
「ああ…ようやくおかしな電波も止まったようだし、これで湖も元通りの姿になるはず」

ワタルも締めの言葉と思われる台詞を吐いたので私はホッと胸を撫で下ろした。良かった、これでまだあれが残ってるよ、とか言われたらどうしようかと思ったぜ。その時はお前を殺して私も死ぬくらいの勢いで発狂したに違いないよ。ニートとは三時間以上働くと気が触れる生き物である。デリケートに扱ってくれ。マンボウのように。
コードを踏みつけながら部屋を出て、静かになったアジト内でワタルは柔らかい視線を私に投げた。破壊光線ブチかましてた時とは別人だなと乾いた笑みが漏れる。二重人格では?

「君の活躍のおかげだな」
「いや…まぁ…それほどでも…」

ありますけどね。いつだってある。

「ポケモンに代わってお礼を言わせてもらうよ」

あれだけ怖い目に遭っても、微笑まれればまんざら悪い気がしないでもないので、私も存外単純な人間である。イケメンの笑顔、プライスレス。金じゃ買えねぇよ、スマイル0円はさ。
まぁね、私もそこまで薄情な人間じゃありませんから、苦しんでいるポケモンや社畜させられているマルマインがいたら放っておいたりしないわけよ。慈善活動してる間に記録も取れるしさ。徳も積める。問題は、この件に関して果たして私の存在が必要だったのか?という点であってね、もう絶対こいつ一人で解決できたから巻き込まないでほしかったし。マジで最後まで疑問なんだけど何故呼んだ?一人よりは二人の方がいいと思ったから?ポケモン保護のためにはそりゃあ人数が多いに越した事はないけど、私は全く保護してもらえてないからね。未成年の、年頃の、か弱い可愛い女の子をロケット団なんていう犯罪集団の群れに一人で飛び込ませるという所業、まさにゲスの極み。私以外私じゃないのよ。勘弁してくれ。
最後まで納得がいかないながらも、これも力を持つ者の宿命か…と厨二めいた事を思って諦めていれば、不意にワタルが何かを思い出したかのように自身の手の平に拳を落とした。今でもいるのか、その閃きポーズ取る奴。

「そういえば…俺がグリーンに負けてレイコちゃんに負けてさらにレッドに負けた三年前のポケモンリーグでの事なんだけど」
「やめてください嫌味っぽい言い方は」
「レッドが君のこと探してたよ」

おとなげないワタルの物言いに引いている間にそんな事を言われ、私は一瞬何のことかわからず首を傾げた。しかしすぐに該当の人物を思い出し、同じ閃きポーズを取る。昭和か。

あ、レッド。レッドね。いや全然面識ないんだけどグリーンの幼馴染ってやつでしょ?マサラのド田舎の。二軒しかない民家の左側にお住まいのレッド氏。知ってる知ってる。お噂はかねがねですが、これだけ旅してても影すら見てないもんで案外グリーンが寂しさのあまり生み出した架空の友達かな?って疑ったりもしたけど、ちゃんと実在していたわけか。グリーンは別に精神病に侵されているわけではないらしい。つまり素面でバイビーボンジュールだ。人格に問題がある。それだけの事。
ふーん…と聞き流しかけたが、普通に考えて何かがおかしいと気付いたので私は唸った。
いや何で面識もないレッドくんが私に会いたがってるわけ?謎すぎるんだけど。首を傾げつつ苦笑すればワタルも肩をすくめて笑った。何だろ、グリーンから私の話聞いたとかかな?謎の美女ニートの噂を聞きどうしても会いたくなったと。そういうミーハー精神?嫌いじゃないね。何か知らんがサインくらいならくれてやるよなんてのんきに思っていれば、ワタルは想像と真逆の事を付け足してきたので、一気に不穏な気持ちになるのだった。

「まぁ三年も前の事だから、もう関係ないかもしれないけど」
「そうなんですか…全く会ってないですね」

ニートしてたからよ。

「結構…鬼気迫る様子だったな」
「…え?」

最後に意味深な言葉を投げられ、私はたまらず硬直した。
なに、鬼気迫る様子って。それ絶対いい意味じゃないでしょ。怖いこと言うなよと顔を歪めてみせたが、ワタルはもう我関せずといった態度である。やめろこれ以上人を恐怖に陥れるのは。今日あんたに怖い思いしかさせられてねーわマジで。それでも元四天王なの?夢と希望を与えてよ。私がほしいのは破壊光線の反動なんかじゃない!
えええー…と項垂れて私は額を押さえる。何それどういう事…もしかして私なんかしたのか?レッド氏に。いや顔も知らない相手に何もしようがないだろ。鬼気迫られる覚えとか全然ないから。お前の席ねぇから。しかし、私が知らないだけでどこかでレッドと関わりを持った可能性がないとも言い切れないのもまた事実であった。
案外、その辺の草むらで戦った野生のトレーナーの中にレッド氏がいて、適当に6タテした事などを勝手に恨みに思われているのかもしれない…やり場のない怒りを抱え修羅と化し、抜刀斎を探し続けている…四乃森蒼紫か。やめてくれそんな京都大火みたいな物騒な話。これ以上逆恨み買いたくないから。マサラタウン出禁になるの嫌だよ。特に用事ないけど。

よくわからんが背後には気を付けつつ、今度グリーンにレッドの事を聞いてみようと誓い、不吉な情報をくれたワタルには曖昧に笑っておいた。私こそあなたを恨んでもいいと思うよ、正当な理由で。笑ってるけど自爆の件だけは全く笑えないからね。川の向こうでご先祖様と愛ポケのゴローニャが手振ってるの見えたから。こんな遺体を誰にも発見してもらえなさそうなところで死ななくて本当によかったです。憎しみを込めつつワタルを横目に見て、私達は出口に向かって歩き始める。ここが地下何階なのかを思い出したらわりと絶望的な気持ちになったので、私はそれ以上考えるのをやめた。地上の星が遠い。

「レイコちゃんはずっと旅を続けていたのかい?」
「…え、あ、いや…ちょっと休息しつつ…最近またジョウト回ってる感じです」

レッド問題でまだモヤモヤしている私にワタルはいきなり話を振ってきて、危うくニートしてたんすよ〜と正直に口走るところであった。全く心にゆとりが持てない、この男といると。本人的には軽い世間話のつもりなんだろうが、私にとっては生きるか死ぬかのデスレースである。心臓に悪いトークはやめてくれ。溜息をつけば彼はまたしても痛いところを突いてきたため、もしかしてわざとかな?と不信感を強めるのだった。

「旅の目的は?」
「も、目的は…その…夢を追ってるといいますか…」

言えるわけねぇだろニートなんて!乙女の純情がわからないのか!?
世間体を捨てきれない私は濁した言い方をし、内心では半ギレしながら頭を抱えた。駄目だこんな疲弊した状態ではうっかりニートをバラしかねない。頭が回るうちにこいつを始末…じゃない、話題を変えなくては。物騒な男といると私まで物騒な思考になっちまうじゃねーか。感染予防必須。

「そのうちポケモンリーグにも行きますよ。あ、でもワタルさんもう四天王じゃないんでしたね…残念です」

煽るつもりもなく言い、自然な動作で肩を落として見せた。本当に残念でならねーわ、この恨みを6タテとしてぶつけられないのがな。どこまでも限りなく降り積もる雪とあなたへの恨み。少しでも伝えたくて届けたくてポケモンリーグにいてほしくて…って感じよ。
脳内globeをなだめつつ、これで話は逸れただろうとホッとしていれば、すぐにワタルは軌道修正してきたため、降り積もるどころか私の憎しみは猛吹雪となって押し寄せる事となった。不動だ。必ずや自分の話を通さなくては気が済まないらしい。CPUかよ。今のは限りなく正解だったので聞かなかった事にしてくれ。

「君の夢は…長くて険しいものになるのかな」
「はぁ…恐らくそうでしょうね」
「それでも目指すのか?」

どんだけ夢推しだよ。私の夢そんなに気になるのか?確かに夢と希望を与えてくれとは言ったが意味がちげーわ。真面目に問いかけてくるワタルに引きながらも、その真剣な視線に私は後ろめたさを覚えずにはいられない。
いや…そちらは私がポケモンマスターでも目指していると思ってるかもしれないけど、マジに全然違うからね。必ずなってやる系ではないから。憧れのポケモンマスターでも何でもないからそんな優しい眼差しで見ないでくれ。偉大なる元四天王のワタルさんに気を回していただくような崇高な夢じゃない、労働能力を持ちながらもその力を使わず無益に過ごすクソみたいな人生を夢とするニートの私に、そんな顔を向けないでくれ!頼むよ!耐えられないんだ!
罪の意識に苛まれつつも、私は己の中にある揺るぎない信念を握りしめ、純粋な眼差しに立ち向かう。そうだ、クソでクズなニートという夢は本当にクソでクズだけど、でもそれを追い求める気持ちはいつだって真剣なのだ。長くて険しかろうが関係ない、幼き頃から目指し続けている堕落の楽園、ニート。自宅警備の職に就くためならどこへでも行くし可能な限りなんだってやってやる。ああ憧れのポケモンニート。なりたいな、ならなくちゃ、絶対なってやる、というこの熱き思いだけはマサラタウンを出て十数年のサトシにだって負けないね!年数は負けているが。
ニートはさておき夢を追う気持ちは本物であるからして、私は堂々とした態度でワタルに頷く。力強く、さも純粋な夢を目指しているかのような面持ちで首を縦に振ると、何とか誤魔化せたらしくワタルも頷き返しながら笑った。よかった深く追及されなくて。あんまりしつこく聞かれたら君のような勘のいいガキは嫌いだよルートに入らなきゃいけないところだったよ。まぁ合成獣作ってそうなのはこのマントの方だけど。もう一つ質問いいかな、40レベのカイリュー、どこで手に入れた?

「…そうか、そうだよな。諦めるくらいなら最初から夢見ないよな」

ワタル・タッカーは納得したみたいにそう言い、ユメトーークはそこでようやく終了した。ハラハラしっぱなしだった私は胸を撫で下ろし、苦笑しながら溜息をつく。
そりゃあな。諦めるくらいなら最初から素直に働いてるってばよ。ニートは私にとっての人生だから。人生を諦めるわけにはいかないっしょ。何よりニートを掲げてないと連載終わっちゃうからね。このまま打ち切られても困る。俺達の旅はまだ始まったばかりだ!レイコ先生の次回作にご期待ください!いや始まっても困るけど。そろそろ終盤なんで。これ終わったらニート。絶対絶対。早坂好恵もそう言ってる。

金刀比羅宮レベルに段数の多い階段をのぼり続け、やっと見えた出口が天国のように思えた頃、私を振り返ったワタルはこちらにそっと手を差し出してきた。特に何も考えず反射的に掴み、それが別れの握手だと気付いた時には何だかもう涙が出そうで大変だった。
やっとこの疫病神から離れられるんだ…これで本当に…地上の星が見えるんだね…十年振りのシャバみたいな気持ちで握手を交わし、蟻の巣とタイマン張れるくらい深かった地下アジトを恨みながら私は手に力を込めた。しかし私はゴリラではないので、500キロもない握力ではワタルの手を握り潰す事ができない。無念だ。

「今日はありがとう。助かったよ」
「…本当は一人で解決できたんじゃないですか?」
「確かにそうかもしれないな」

認めちゃったよ。おい何認めてくれてんだ。そこは嘘でも否定してくれ。
皮肉を言ったつもりが皮肉で返され、確かに一人で解決できたとは思うがそこは肯定されたくないという複雑な乙女心を何もわかっちゃいないワタルに、もはや作り笑いを浮かべる気力すらなかった。普通に無。完全なる無。心を失ったね。ここにいる意味を半笑いで全否定された私は、ワタルの手に爪を食い込ませるという小さな仕返しをするも、相手は依然として平気な顔だ。もはやポケモンバトル以外でこいつに一泡吹かせる方法はないらしいな。今日この人少なくとも三勢力の恨み買ってるからね。ツンデレと私とロケット団。そりゃ四天王クビにもなる。極めつけに調子のいい事を言うものだから、もしかしたら私同様ワタルもポケモンリーグ出禁かもしれないと思ってしまうのだった。いや私は出禁じゃねーから。

「でも君と一緒にいたかった。この三年で成長した君の姿を見てみたかったんだよ」

何なの?デレれば数々の悪行を許すとでも思ってんのか?そんなに簡単なニートだと思わないで。実際簡単だからよ。破壊光線からの突然のデレとか惚れてまうからやめろや。さらっとストレートに好意的な言葉を投げられ、私は一瞬肩をすくめて失笑するも、まんざらでもない気持ちを抑えられずに結局口元を緩ませた。何だこいつチャラチャラしやがってさぁ。もう許す許す。知らんけどもう許すし。今ので八割方許したし。そういう事なら仕方ねぇなと単純な思考で照れ笑いを浮かべる私は、クズのヒモ男に引っかかるタイプだと我ながら痛感し悲しくなった。私がヒモになりたい。

まぁな、三年前ポケモンリーグに突如として現れた強すぎる新星が数年経ってどれだけ成長したか気になるのは仕方のない事だと思うよ。心身ともにより腐ったニートへと成長を遂げた私。ライザップでガチガチになった100レベのカビゴン。興味あって当然だよね。本当トレーナーの風上にも置けない。カビゴンの爪の垢煎じて飲みてぇわ。

「ちゃんと成長してましたかね、私」
「そうだな、きれいになったね」
「内面じゃねーのかよ」

お前はチャラい方向に成長したみたいだな。生え際の危機を感じて口説きに必死かな?と一瞬思った自分を私は即座に封殺した。顔に出したら殺される。生え際どころか髪一本も残らず消されちまうよ。
冗談なのかマジなのかわからない発言をしたワタルは、私のタメ口にも寛大な態度で笑い、先輩風を吹かせて深く頷く。いちいち掴めない男だ。リカちゃん人形の初代ボーイフレンドみたいな名前してるくせによ。微塵も関係ない。

「もちろんトレーナーとしても、だよ。判断能力も申し分ないし、何より君はとても勇敢だ。もっと自信持っていいんじゃないかな」

何だか普通に褒められてしまい、私も普通に照れ笑いを浮かべて頬を掻いた。
なにその普通な台詞。何の嫌味もなく自然に褒められたけど。いや、まぁ根はいい人なんだがちょっとサド寄りってだけなんだろうな…根のいい奴が人に破壊光線向けるかどうかは知らないけど。ワタルの言葉を素直に受け止めて私はようやく握手を交わしていた右手を離した。握手っつーか握力測定器を相手にしているような腕力でずっと掴んでたんだが、ノーダメージのワタルには手形の一つもついていない。お前も肉体改造してんの?

「俺も負けてられないな」
「何をおっしゃる…それ以上強くなられても困りますから私…」

種族値600族にガチ改造されたら本当困るから。マジで。私の無敗神話絶たないでよ。私には勝てない程度にレベルを積んでくれたまえ。上から目線な事を思いつつ、何だかんだとワタルのおかげでいい記録が取れたのでまんざら無駄足でもなかったと前向きに事態を収束させた。そうでも思わないとやってられねーわ。

「タッグバトルできて嬉しかったです」

最後に、実にいいチームワークだった事を思い出して私は笑った。そうよ、単独行動だらけの中にもあったじゃないか、初めての共同作業、実にトレーナーらしいタッグバトルというものが!
マジに最高だったなワタルとのタッグ。タッグという概念を覆した、ただ互いに目の前の敵を捻り潰すための実質1対1。協力も何もなく、連携プレイをする気すらない単独行動の集大成。考えている事は同じだった。とにかくさっさと倒す。これだけ。同時にKOにしたあたりとか本当息ぴったりだったね。これをチームワークとは呼ばない事を私は理解しすぎていて、ぼっち歴が長すぎた悲しい後遺症から目をそらすのであった。駄目だ微塵もタッグ向いてない事に気付いただけだった。とてもつらい。

「ありがとう。俺も楽しかった」

つらみを感じる私の横で爽やかに微笑むワタルが、この笑顔からは想像もつかないくらいアカン方向に楽しんでいた事を知っていたため、戦慄の時間を思い出した私は血の気を引かせるしかなかった。
本当にな。お前はいろいろと楽しみすぎだったから今日。破壊光線にツンデレ塩対応に女児のストーカー他余罪の数々。こんなこと楽しめるの変質者だけだよ。リメイクでは変更になったけどかつてポージングが露出狂だった事、私は知ってるんだからね。
今日一日のワタルの奇行に引きながら階段をのぼり、ついにアジトから出た私はそのまばゆい光に感極まってたまらず目頭を押さえた。待ちわびた解放の瞬間に何も感じないはずがなく、太陽の美しさを初めて心から理解できた気がした。神の光か、これは。いつもは日の光を浴びずキノコのようにじめじめと引きこもりたいと思っているけど、今回ばかりは例外。やっと会えたね…地上。どんだけ待ったと思ってんだよ。なんか今なら私も光合成できる気がするわい。草タイプの気持ちになって外の空気を吸い、その弾みで反った背からやばい音がしたが、私はそれを全力で無視した。何も聞こえない。何も聞かせてくれない。僕の体が昔より、BBAになったからなのか。明後日の筋肉痛がつらい。

全身大ダメージな私をよそに、ワタルはボールを取り出してチートカイリューを放った。私は背中をおさえながら思わず会釈をし、カイリューがいなかったら死んでたよと命の恩人に合掌せざるを得ない。いいよなカイリュー。ワタルも勧めてきたけどマジにカイリューなら飼ってもいい気がしてきたよ。空も飛べるし、両手があるから鳥ポケモンより勝手が良さそうなのもポイントだよね。まぁ捕獲難易度は長曽祢虎徹レベルだと思うが。置いてけ検非違使。

「それじゃあレイコちゃん、また会おう」
「ええ…機会があれば」
「俺はすぐに会えると踏んでるけどな」

最後に不吉な事を言い、これがフラグでない事を祈りながら私は去りゆくワタルに手を振った。カイリューの背に乗って飛び立っていく彼のマントが風に揺れ、どんどん小さくなっていく。見えなくなった頃に私はようやく脱力して、思わずその場にへたり込んだ。
…なんつーかもう…何も言えねぇ。今なら北島康介の気持ちわかる。何も言えねぇわ。あまりにも長い一日だったから思いを馳せるところすらないね。とにかくワタルにこき使われた。それしかない。私はお前の舎弟じゃないんだぞとマントマンが飛び去っていった空を見上げながら、とりあえず切に思う事が一つだけあったので、私は溜息まじりに呟くのだった。

「…マジで空を飛ぶ欲しい」

秘伝マシン2くらい置いてけ。バイト代に。

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