14.ラジオ塔

「うそ…福山雅治、結婚…?」

ラジオが元通りになった事を確かめるべく電源を入れたら、初っ端から衝撃的なニュースが流れてきて私は絶句した。
そんな…マジかよ…俺達のましゃが…結婚…?アミューズの株大暴落…?ひとつ屋根の下でチイ兄ちゃんを演じていた彼を夢中で見ていた私にとって、それは筋肉痛を忘れさせるレベルにはショッキングな出来事であった。
マジかよー。絶対結婚しないと思ってたわー。誰のものでもないと思っていた福山雅治…ついに…行ってしまったんだね…国分太一も行き、戸次重幸も行き、山本耕史も行き、ついに福山雅治まで行ってしまわれた。円環の理に導かれて。結婚ラッシュを旅先で聞きまくる日々にうんざりしながらも、私はちゃっかりチョウジジムのバッジを手に入れて憂さを晴らしていたのだった。石油王早く迎えに来て。

ワタルと恐怖の地下アジト捜査線を終えた私は、筋肉痛のピークを越え、ようやく人並みに歩けるようになったところでチョウジジムに挑戦していた。足腰立たなすぎて人類進化図の原人みたいな姿勢になってたけど、やっと新人類らしく一切の遠慮なしに3タテをかましてきたわけ。ジムリーダーのヤナギさんに、最近の子はわからん…と言われたけど、私だってわかんねぇよ…福山が結婚したなんて…まだ引きずってる。
どうか俺達のましゃを幸せにしてやってくれ、吹石一恵…と涙を拭いながらジムの危なすぎる氷の仕掛けを滑り抜け、私は次の街へ向かおうとしていた。本当このジムやばいからね、氷の上を滑ってジムリーダーまで辿り着かなきゃならないとか意味不明すぎるでしょ。何度すっ転んで壁に激突したか計り知れないよ。ジムトレーナーも引いてた。ヤナギさんは軽やかに歩いてた。何だあのジジイ化け物か。

最近あんまりいい事ねぇな、とここ数日の出来事を振り返りながら鬱になっていたところで、そんなに活用していないポケギアが突如鳴り響き、私は閑静な住宅街で迷惑極まりない騒音を轟かせる事となった。おい何だこの音量設定。妨害電波でイカレちまったんじゃないのか。それともポケギアも…福山ショック?
傷心のポケギアの音量を下げて画面を見ると、そこにはこの前エンジュで遭遇した時にちゃっかり連絡先を交換したマサキの名があった。本当嘆かわしい事だけど私のポケギア、実家と博士とショタと伝説厨とマッドサイエンティストしか登録されてないから闇深いよ。ヒビキくんしかまともな子いない。あとみんな闇。マジに家帰りてぇ。
マサキなんかに付き合ってらんねぇな、無視しよ、と電源ボタンを押しかけたが、まぁ怪電波事件もジムも終わって一段落したし、誰かと話せば福山ショックも紛れるかもしれない、何だかんだと傷心の私は、その疲れからか黒塗りの高級天然パーマの応答ボタンを押してしまう。全ての責任を負ったレイコに対し、パーマの主、マッドサイエンティストマサキに言い渡された条件とは…。

「もしもし?」
「あっ!レイコか!今すぐうちに来てくれ!」
「はぁ?」
「頼む!急いで来…」

切れた。
やれやれ世間話に付き合ってやるか、みたいな気分で応答したはずが一転、予想だにしない展開に、私はしばし呆然と立ち尽くして首を傾げる。木枯らしの吹くチョウジタウンで、黒くなったポケギアの画面が私の呆けた顔を映していた。

え?なに。何だったの今の。あまりにも一瞬で駆け抜けていったから黒塗りの高級車に当て逃げされて終わったんだけど。野獣先輩も驚きだよ。
全く現状が把握できず混乱するも、すぐに自我を取り戻して私は二秒で切れた電話を掛け直した。何やねんあいつマジで意味わかんねーわと顔を引きつらせて応答を待ったが、コール音すらせず、お客様のお掛けになった番号は…という例の定型アナウンスが流れるばかりでマッドサイエンティストの返事はなかった。ただの屍のようだ。

…いや、何?え?本当に何なの?どういう事?何回かけても同じ事で、いたずらにバッテリーを消費するだけのポケギアを切り私は原付に跨る。
どうなってんだよ、イタ電か?いい歳して何を考えているんだあいつは。暇かよ。悪いけど私はニートが忙しくて全然暇じゃないからくだらない事に付き合ってる余裕はないんだ。二十七回かけ直すくらいの余裕しかない。結構ある。
イタ電なら後日ブン殴るからまぁいいとして、だ。いまいち聞き取りづらかったけど、何やら今すぐ家に来い的な事を言っていた気がするので、私としてはそれが地味に引っかかっている。
いつもやかましいけど、今日はいつにも増してやかましかったというか切羽詰まった声だったというか、軽いSOSの気配を感じたけどこちらの思い過ごしかな?依然として折り返し掛け直される気配もないポケギアは、沈黙を貫き光を失っている。どう考えても嫌な予感しかしない事態に、私は目頭を押さえて唸った。

総合して考えると、緊急感がやばい。これ確実に緊急事態フラグですね?わざとらしいくらい話の途中で切れたし。音質も悪かったし。ドラえもんのび太とアニマル惑星で遠い星から地球ののび太に助けを求めるチッポの通信機器なみの音質の悪さ。これはもしかしたら私に助けを求めている最中に背後から犯人に殴られたとかそういうよくある展開のやつでは?勘弁してくれとヘルメットを叩き溜息をついた。

「大体なんで私なんだよ…」

項垂れて独り言を呟きながら原付の鍵を回した。緊急だとしたら普通私じゃなくて警察に電話するだろ。何が今すぐ来て!だよ。シンオウとかにいたらどうするつもりなんだ。飛行機乗ってる間に屍になるだろうが。警察差し置いて私に連絡してくるあたり怪しさは感じていたが、もし本当にピンチだったら目覚めが悪いので、結局私は原付を疾走させてマサキの家へと向かうしかないのであった。
ていうかコガネまで戻らなきゃならないのかよ。本気で空を飛ぶくれ。

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