既視感。それはデジャヴ。

「おお…レイコ…ほんまに来てくれたんか…早かったな…」
「お前が早く来いっつったんだろうが…」

私は床に座り込みながら、呼び出してきた本人に中指を立てて息を切らせている。
ここはコガネシティ。INソネザキ邸。さっきまでチョウジタウンにいた私が何故コガネにいるのか、その説明をするためには大体一時間前まで遡らねばなるまい。ノーカットでお送りするから覚悟しろ。
全くとんでもない地獄を味わったが、本当の地獄はここからだという事に、今の私はまだ気付いていないのであった。


ミッション1「自然公園を抜けろ」

突然のマサキからの呼び出しに、渋々ながらもわりと急いでコガネを目指し原付を飛ばしていた私は、早々に障害にぶち当たる事となった。
水辺を越えてエンジュに戻り、そこから南下して辿り着いた自然公園には、何故か人だかりができていたのである。浜崎あゆみのゲリラライブでもあったのかな?ってくらいの人数に気圧されながらも、こんなところで立ち止まっている場合ではないのであゆを無視して進もうとした。思えばここからフラグだった。
なんでこんなのどかすぎる公園に人集まってんの?BGMだけじゃん神がかってんのは。虫取り大会優勝賞品の太陽の石以外に目的がないんだが。それとも賞品がもっと豪華になった?二兆円?
そんな事はあるはずもないので、その辺で野次馬してる主婦などに話をうかがったところ、どうやらコガネ近辺で不発弾が見つかったらしく、ここからウバメの森あたりまで侵入禁止になっていると言う。そんな馬鹿なと思ったが、確かに付近に警官と思われる連中がうろついているので信憑性は高かった。

何故このタイミングで不発弾だ?嘘でしょどんだけ間が悪いんだよマサキの奴。黄色いテープが張られていくのを見つめながら私は一度エンジュまで引き返し、再びマサキとの通信を試みた。しかし依然として応答はない。
もう…いいかな、無視しても。だって嫌だよ私不発弾なんて恐ろしいものが埋まってるところに行くの。ワタルの破壊光線とはわけが違うからね。威力150どころの話じゃない。確実に死。悲願のニート達成まで死ぬわけにはいかないからよ。達成しても死ぬわけにはいかない。いくら緊急事態発生といっても不発弾よりはマシだろどうせ。悪いがあとは警察に任せて私はずらかるぜ…恨むなら生まれの不幸を呪うが良い。というわけで結構本気でチョウジまで戻ろうとしていたのだが、ある事に思い至り私は足を止める事となった。

待てよ。まさか不発弾騒ぎに巻き込まれているなんて事はないよな?
最悪の展開が脳裏に浮かび、薄情なニートに残っていた最後の血の気が引いていく。
避難勧告を受けたコガネ市民たち。そのパニックの最中トラブルに巻き込まれたマサキは、疲れからか不幸にも黒塗りの高級車に追突、じゃなかった、家に取り残され逃げられなくなってしまう。電話すら通じなくなった自室で彼は一人、救世主が助けにきてくれるのを待っていた。そう、私である。

いや何でだよ。警察に言えよ。感受性豊かに育ってしまった私の想像力は、脳内でどんどんマサキを死の淵へと追いやっていった。逃げ惑う市民、うっかり爆発してしまう不発弾、そこに不運にも居合わせたマサキ…そして死…ありそう。何か普通にありそうだな。考えれば考えるほどマサキの死がループしていくので、私はエンジュのポケモンセンターに原付を置いて溜息をついた。
SOSが来たタイミングでの不発弾騒ぎ、全く無関係とは言えなさそうだよな。結局こうなるのかと憂鬱な気分で、騒がしくなってきた街並みを見ながら腹をくくった。マジで不本意だし警察に頼りたいところだけど、警察には頼めないから私に電話をしてきたという事だと思うので、もう選択肢は残っていないのだ。私も人の子である。友人…いや知人が瀕死状態なのを見過ごせるほど世紀末なご時世でもないんでね。

「行ってやるか…」

コガネなんかに出戻ってくるからこんな事になるんだよ。ハナダのあのキチガイなカップル岬でおとなしくしてりゃよかったのに。
この自然公園包囲網を突破する唯一の策を思い浮かべながら、私の方が死にそうな心境になるのだった。


ミッション2「プテラを手なずけろ」

絶対無理でしょこんなの。早々に試合終了だよ。
エンジュのポケセンのパソコン前で、私は父からとあるモンスターボールが転送されてくるのを半泣きで待っていた。コガネに行くための作戦とはいえ、奴に頼らねばならない事は屈辱以外の何物でもなく、マサキどころか私の方が先に死ぬ可能性すらある、それはそれは恐ろしい賭けなのである。

待っている間に小耳にはさんだ情報によると、不発弾はコガネシティのどこかで見つかったらしく、発見はおよそ三十分前、今のところテレビのニュースなどにはなっていないようで、エンジュもやや騒がしいといった程度の状態であった。この平成の時代で不発弾というとんでも情報がまだ全国ニュースになっていないとは全く驚きだけど、そんな事を嘆いていられるほど私は冷静ではない。パソコンから光を放って転送されてきたモンスターボールに軽い悲鳴を上げ、私は震える手でそれを受け取った。

「お、オッス…」

私の作戦というのはそう、道路が封鎖されているので無法地帯の上空からコガネを目指すというあまり頭の良くない戦法であった。作戦でも何でもねぇわ。幼稚園児でも思い付くわい。
それに必要不可欠なのが空を飛べる鳥ポケモン。無論カビゴンオンリーの私は秘伝マシン2を持て余すだけの機械なので、父に頼んで翼を送ってもらったのだ。全く馴染み深くも何ともない、カントー1周の際にノリで手に入れた秘密のコハクから復元した、何故か私に懐かず父に譲り渡した恐怖の古代ポケモン、第一世代では微塵も使い物にならないオワコンこと、巨頭のプテラである。出ディスに定評のあるプテラ。特筆する事もないプテラ。メガシンカおめでとう。それ以上言う事はないよ。

こいつを使い、警官と野次馬の遥か上空を駆け抜けてコガネに向かうという、まぁただそれだけの作戦なんですけど。そんなね、チョロい作戦なんですけども。問題はプテラがやたら私に攻撃的であるというところにあるんですよね。よくわかんないけどマジに懐かないから。なつき進化する種類だったら絶望的だったね。ジョウトに来る時も乗せてもらってきたけど、かかるGが尋常じゃないからもう二度と乗らねぇと決めていたのにこのザマですよ。この憎しみはマサキに回す。覚えとけ。
なんで私がこんな事しなきゃならないんだと半泣きでプテラをボールから出せば、キグナス氷河のマーマが眠る深海なみに凍った目で私を見てきたので、すでに諦めの境地である。
無理でしょこれ。絶対乗れない。乗ったとしても上空から突き落とされて通天閣に体を貫かれるのがオチだな。そこまでして助けに行く価値がマサキにある?ない。ないです。許せやマサキ。私はまだ死にたくない。

冗談を言っている場合ではないので、プテラに土下座をして何とか乗せてもらった私は、十二回ほど振り落とされそうになるも、自然公園を抜けて35番道路上空まで辿り着く。この時の私と言ったら何度やられかけても脱出ポットで逃げ出し次の戦場に繰り出すルペ・シノなみのしつこさを発揮したが、いよいよ死ぬ時が来たようだ。コガネまでもう一歩というところで、ついに引っくり返ったプテラにしがみついていられず、遥か上空から真っ直ぐに落下させられて私は無事、死亡した。
不謹慎ジョークはさておいてね。死んでないので、ギリギリ死んでないので今ここにいるんだけど。もはや私が持っているのはカビゴンなのかトランポリンなのかわからないんだが、地面に叩きつけられる寸前でカビゴンを繰り出した私は、愛ポケの腹をクッション代わりにして事なきを得た。本来のカビゴンの使用用途とは異なりますのでご注意ください。

本当さぁ…私の手持ちがカビゴンじゃなかったらマジに死んでるからよ。それを見越して突き落としてるわけじゃないからあのプテラは。殺意の小宇宙が見える。あわよくばカビゴン繰り出せずに死ねと思ってる事は明白。絶対そんな恨まれるような事してないんだけど何故こんなに死の淵を覗き続けなければならない?もう二度と乗らねぇからなあんな奴。今度こそ絶対に乗らねぇ。時が来てもお前だけはメガシンカさせてやんないから!メガカビゴンを待ってる!


ミッション3「制服を奪い取れ」

プテラに突き落とされ35番道路にやってきた私だったが、当然このままコガネ入りできるほど現実は甘くない。
不発弾がすぐ近くに埋まっているこの35番道路を、当然警察が見張っていないはずもなく、ラピュタの如くコガネへのゲート前に突然降ってきた私とカビゴンに絶叫する婦人警官が二名ほどいた。完全に公務執行妨害で逮捕案件である。
正直詰んだとは思ったわけ。私の輝かしいポケモンニート生活、獄中で迎える事になるかな?と思ったりもした。補導歴も前科もない事だけが私の美点だったのに、それを奪われたらもういいところが顔しかないよ…とクソナルシストこじらせて絶望の淵に立ってた。でもそこから落ちなかったのは一筋の希望があったからなんだよね。そう、伝家の宝刀、トレーナーカードよ。
オーキド博士公認のトレーナーカード。こいつを掲げる事で文化財にも入れるという末恐ろしい印籠。今にも崩れ落ちそうな、ていうかちょっと崩れた危なすぎる焼けた塔にも入れたんだ。不発弾処理中のコガネにだって入れるんじゃない?そう思ったんです。これで駄目だったら普通に帰るけどな。さすがに帰るわ、すまんけど。警官倒して公務執行妨害で捕まってまでマサキを助けたいかと言うとそうでもないんで。帰ります。

こうしてる間にもマサキがピンチに、そしてDAIGOと北川景子が結婚しているかもしれない。焦った私は婦人警官にトレーナーカードを見せようとした。
しかしここで、二人の警官の様子がおかしい事に私は気付いてしまう。

「こ、こいつ…!例の…」

怪しい者ではないアピールをしかけた時、突然警官が二人とも顔色を変えて私とカビゴンを指差した。その上こいつ呼ばわりされ、日本の警察はこれだから信頼がないんだと愚痴を垂れかけたが、いくら信頼がない警察といえどいきなり一般市民をこいつ呼ばわりするわけがないとまともな思考で思い至る。
いやどんだけ失礼な奴だよ。こんな連中が警察官やってていいのか?もしかして知り合い?注意深く二人の顔を見るが、いくら私が123ポカンで人の顔を忘れる事に定評があるからと言ってこいつ呼ばわりしてくるようなタイプを忘れるはずがない。しかし面識はない。ここから導き出される事はつまり…?日本の警察…駄目すぎという事…?ふりだしに戻る。

何やら不穏な気配と、絶妙な距離感を保ちながら私は周囲を見渡した。よく考えてみれば何かちょっとおかしいな。こんな不発弾からめちゃくちゃ近い場所に警官が二人しかいないし、何かあのよくテレビで見る盾みたいなやつも持たず、ただ突っ立って、民間人の私に避難しろとも言わない。さらに思い出してみたらそもそも上空の警戒態勢が杜撰すぎだった。
鳥ポケモンで人々が自由に空を行き交う事ができるドラゴンボールみたいなこの世界、危険な事件が起きた際には、上空から侵入できないようエスパーポケモンがバリアを張ったりするものである。それもないし、地上もこのザマ、トドメの怪しい警官、私とカビゴンを見る不可解な目。まるで、あれって斉藤工じゃね?と思いながらも、違ったら恥ずかしいから声をかけられない悩める一般人のような目だ。もちろん私は斉藤工でも有名人でもない、ただある業界では有名になってしまった悲しい過去を持つ、残念なニートなのである。

これはもうあれだな。デジャヴを感じる。三年前の。

「警察の人じゃないですよね?」

私のその言葉が封切りとなったのか、婦人警官たちは顔を見合わせたあと、某錬金術師のごとく豹変した。

「…君のような勘のいいガキは嫌いだよ」

私、タイムリープしてね?
三年前にも同じ台詞を聞いた私は即座にカビゴンを前に出し、警官二人から距離を取った。
間違いない。もう間違いないわこれ。忘れもしねぇ三年前、ヤマブキを封鎖する警備員をぶっ倒して敵の群れへ飛び込んでいったあの日。今日のこいつらと全く同じ台詞を吐いた警備員は、変装を解いてその下に着込んでいた黒い制服を私の目に焼き付けさせた。そこからシルフカンパニー奪還作戦が始まったのだ。
もう完全にデジャヴ。何もかもが一緒だよ…最悪だよこれ…またあの組織なのかと落胆せずにはいられない。この前関わったばっかりだしやってる事も三年前と同じ匂いがするし何も成長してないじゃん…マジに私がタイムスリップしたんじゃないよな?歴史を繰り返している?SMAPの解散を防ぐべくキムタクも何度も同じ日を繰り返してるらしいし、私もそうじゃないよねホムラチャン?

くだらないこと言ってても仕方ねぇ。何にせよこれで一つはっきりした事は、この女達が警察官じゃないなら蹴散らしても私は公務執行妨害にならない、つまり逆転無罪の警視総監賞ものだから遠慮なく叩きのめせるってわけ。マサキを助けに行けそうになった事はちょっと面倒だけど、大きな貸しを作っておくのも悪くはないな。しかしどうしたって私は決着をつけなきゃならない運命にあるらしい。
ロケット団と。

「私が勝ったら制服もらうからね」

警官の衣装を脱ぎ捨ててRの文字を刻んだ黒服が出てきた時にはもう、カビゴンのワンパンが決まっていたのであった。サイタマみがある。

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