ヨシノシティまで引き返してきた私は、邪魔な卵を気遣いつつ、速度をセーブしてワカバを目指し走り続けていた。本物か偽物かわからないポケモンの卵を運送するのは、いろいろと複雑なものがあったけれど、でももし本物だったら下手な事はできないからな、慎重に行くに越した事はない。

ヨシノの町民全てが敵に見える緊迫した状況で、私は信号が青に変わるのを待つ。
全く本当…なんで私がこんなパシリみたいな事しなきゃならないんだ…。おっさん共にいいように使われている事が腹立たしく、こんなポケギアごときじゃ謝礼にならないだろとキレながらラジオを聴いた。明日の天気は晴れか。じゃあ次の町まで行けるかもな。めちゃくちゃ活用してんじゃねーかよ。

まぁ距離が近いからいいけど…と青信号を進もうとした時、突然何かが道路を横切るのが見え、私は慌ててブレーキを踏んだ。のどかな田舎道、人通りも少ないこの場所で、私はいきなりの超展開に巻き込まれていく事となる。
信号は確実に青だった。にも関わらず、堂々たる交通違反をされ、驚くどころの話ではなかった。

何!?信号無視か!?おいおい!こっちは身重なんだぞ!この馬鹿でかい卵が目に入らないのか!

「あぶねーな!」

死にてぇのか馬鹿野郎!と101回目のプロポーズで武田鉄矢が飛び出した先のトラック運転手のように叫び、後方の卵を確認する。私のブレーキテクのおかげで何とか無事だったが、一歩間違えれば人を轢いていた可能性もあり、危うく一生を台無しにされかけた怒りで目を吊り上げる。

一体どこ見て歩いてんだ!ド田舎だからって車やバイクが通らないと思ったら大間違いだぞ!だから田舎は嫌なんだよ!とガン付ければ、飛び出してきた人物と目が合い、その視線の鋭さに、私はハッと息を飲む。

こ、こいつ!この見るからに性格悪そうなガキは!

「お前、さっき研究所で図鑑もらってたな」

ウツギジュニア!全然似てない赤毛ボーイ!

驚いた事に、私の前に立ちはだかるよう飛び出してきたのは、先程見かけたウツギ博士の息子であった。覗きだけでは飽き足らず信号無視まで平気で行う不良ぶりに、もはや更生は絶望的だと感じて、ポケモン研究ばっかしてるからグレるんだよ…!と親を責めずにはいられない。

お前本当さぁ…!グレるのはいいけど人様に迷惑かけるんじゃねーよ!てかまず謝れよ!お前さっき図鑑もらってたな…じゃなくて!そういうお前はさっき覗きやってたでしょ!

まさかの再会に動揺し、しかし卵だけは守らなくてはといつでもカビゴンを出せる準備をした。
わざわざ危ない真似して立ち塞がってるという事は、私に用があるって事で間違いないだろう。また妙なのに絡まれて最悪だよ…博士の息子じゃなかったら無視できたのに…。世間体を気にせずにはいられない私は原付を降りて、一体何用なのかとクソガキの前に立つ。
すると私が図鑑をもらった事が気に入らないのか、とんでもない暴言を吐いてきて、本日最もショックかつ怒りを覚えるのだった。

「お前みたいな弱い奴には勿体ないぜ」

聞き慣れない台詞に、私は一瞬フリーズした。何かの間違いかな?と素で思うほど、私には当てはまらない言葉だったからだ。
しばらく理解できずに首を傾げ、徐々に噛み砕きながら、次第に感情が暴れ出す。

え…?よわ…え?弱い…?誰が…?まさか…私が…!?

さすがに有り得なさすぎたので、少年を五度見した。人違いじゃない?と何度も思い、けれども彼は真っ直ぐ私を見つめていたため、どうやら本気のようである。それでも半信半疑あっちこっちで、いやまさかね…と言い聞かせ続けた。
しかしそのまさかなのだから、現実とは恐ろしい。

「何だよ。なに言われてるのかわからないのか?」

めちゃくちゃ煽ってくるー!はぁー!?お前こそ何言ってるかわかってんのか!?ウツギ博士の息子のくせに私のこと知らないのかよ!?ご存知ないのですか!?私こそカビゴン1体でリーグの頂点に登り詰め、カントーのポケモン図鑑を完成させた超ニートシンデレラ、レイコちゃんです!
自分で言わされた屈辱なども相まって、私の怒りは頂点に達した。何なんだこのガキは!と全力の喧嘩腰で私も拳を握る。もはや卵があるから安全に行こうという配慮は消えうせていた。

だってこんな罵声を受けてキレずにいられるかよ!ニート、無職、すねかじり、ろくでなしと言われるならまだいい、真実だからな。でもよわ…弱いだって!?ありえねーよ!それは私だけでなくこの最強のカビゴンに対する侮辱でもあるんだ、ここで引いたらトレーナーが廃るわ!ニートだけどね!

謝るなら今だぞ、とチャンスを与えてやる私だったが、一度グレた息子がそう簡単に改心するはずもなく、引き続き無礼な態度が横行する。よし!殴ろう。

「だったら仕方ない、俺もいいポケモン持ってるんだ。どういう事か教えてやるよ」

そう言うなり、赤毛ボーイはモンスターボールを取り出した。あくまでも謝罪するつもりはないらしい。そういう展開に持ち込むってんなら願ってもない話ですよ。お前が弱いと言った私の実力がどんなものか、わからせてやる事ができるんだからな!

キレたナイフと化した私はボールを放り、遠慮なくやっちまえ!とカビゴンを繰り出した。
私を弱いと煽るくらいだし、ウツギ博士の息子である、凶悪なポケモンを使ってくる可能性もあったが、何が来ようと絶対に負けはしないといつになく燃え上がった。こんなに熱いの、ジョコビッチと戦ったとき以来かもしれない…そんな事実はねぇよ。

ギャラドスとかサイドンとか出してくんのか?と身構える私だったけれど、意外にも相手が放ってきたのは、1メートルにも満たない、小型の水ポケモンであった。
なんだこいつ、と図鑑をかざすと、ワニノコと表示される。
ジョウトのポケモンか、初めて見るな。巨大なカビゴンを前にしてもビビった様子はなく、実にふてぶてしい態度だったけれど、どう見ても強そうじゃないので、私は少し拍子抜けする。

…なんだ?これで…戦う気か?私の最強カビゴンと。別にいいけど…大丈夫?し…死なない?こんな見た目だけど実はめちゃくちゃ強いとかかな?
そうだよ、あれだけ自信気に煽りまくってきたのだ、きっと何かあるに違いない。可愛い姿に惑わされるなよ、とカビゴンにアドバイスしようとしたところで、容赦のないのしかかりが炸裂し、戦闘は一瞬で終わった。遠慮するなとは言ったけどガチすぎるプレイングには、さすがの私も引き気味である。

え…なに、秒で終わったけど。どういう事なの?なんだったの?そいつ弱かったんじゃないのか?それとも私のカビゴンが強すぎて、この世の全ては弱者に成り下がってしまうとでもいうのか。
何にしても秒殺できた事で私の気は少し晴れ、そいつ早くポケセンに連れてってやれよな…と気遣える余裕すらできたのであった。ポケモンじゃなかったら死んでるだろ、460キロのボディプレス。同情します。

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