煽り魔をあっさりと叩きのめし、私は好楽師匠よりもドヤ顔を晒しながら、ウツギジュニアを見下ろした。約束された勝利の剣は伊達じゃなく、このジョウトでも最強伝説を作っていけると確信し、ウォーミングアップにさえならなかったカビゴンをボールに戻す。

どうだクソガキ。これでわかっただろ、弱いどころか私がめちゃくちゃ強いという事が。
弱いと言われただけで容赦なく若い芽を潰す人間性のクソさなどもわからせてしまったが、ここで挫折を味わわせなくてはこのガキに成長はない、私はそう思うよ。どうせあの冴えない親父に甘やかされて育ったんだろうが、現実は厳しいという事を身を以て知るがいい。そして謝れ。すぐに謝れ。

ニートが現実の厳しさを説けるかどうかはさておき、純粋に罵倒した分、そしてド突いた分は謝っていただきたい限りである。私だって鬼じゃないんだよ、誠意を見せてくれたら全て許す、そのくらいの寛大さは持ってるから。しかしこいつが許すかな?ってライフルを構えたりしないから。
ジュニアが何か言うのを待っていたけれど、相手は倒れたワニノコを心配した様子もなくボールに戻し、挙句舌打ちまでしやがったので、さすがの私も面食らった。それどころかいまだ睨みつけてくる始末で、どういう神経をしてるんだと根っからの不良に慄くしかない。

な、なんだこいつ。頭おかしいのか?普通あんな一方的な勝負を見たらもっと腰が引けるだろ。それを…まだ闘争心が消えていないようなこの目…どういう事なの?のどかなワカバで育った目つきじゃねーだろ。

怖…とドン引きする私は、もういいから帰ってくれと願い始めた。何この手応えのなさ。印籠見せつけたのに誰一人として跪かなかった気分なんですけど。
どうやら関わり合いになっちゃいけないタイプのDQNだったらしい。試合に勝って勝負に負けたみたいな心境に陥る私を睨み上げながら、相手は冷たく、それでいてどこか熱い態度でこちらに向かってくる。怖いもの知らずの子供ほど恐ろしいものはないので、私の方がつい一歩引いてしまった。
この時、背中の卵が動いたような気がしたけど、それどころじゃないので構っていられない。もはや卵が本物かどうかなんてどうでもいい、今はこの本物のDQNをやり過ごす事だけが、私に課せられた使命である。
クソガキは冷淡な瞳で私を射抜いたまま、物怖じせず、自分の言いたい事だけを喋り続ける。

「俺が誰だか知りたいか」

ウツギ博士の息子さんでしょ。

今さら自己紹介かよ、と遅すぎるコンタクトに辟易していたが、彼はその斜め上をいく発言をして、私を完全に閉口させるのであった。

「俺は…世界で一番強いポケモントレーナーになる男さ」

最後にそう言い捨てて、ウツギジュニアはワカバタウンとは反対方向へと去って行った。今まさに世界で一番強いポケモントレーナーと対戦したばかりとは思えない発言に、文字通り絶句である。
残された私は棒立ちになりながら、何のリアクションもできずにただ体を震わせた。風の吹く町の真ん中で、数枚の枯れ葉が舞うのを眺めたあと、散々唸って出た言葉は、たった一言であった。

「やばたにえん…」

やばすぎだろあいつ。マジでどういう教育してんだウツギ。
去りゆく後ろ姿からでも感じるカタギじゃないオーラに、私は怯えた。子育て事情深刻すぎるって!どうしてこんなになるまで放っておいたの?もっとしっかり向き合っていれば救えたかもしれないのに…このままじゃ絶対いつか事件を起こすと思うわ。泥棒とか強盗とかさぁ。すでにその罪を犯している事などレイコは知る由もない。

恐ろしい…最近の子供…。あれが令和を生きるガキだっていうのかよ。ヒビキとあまりに違う性格に、田舎ってやっぱ闇が深いんだな…と結論付け、ようやくワカバに向けて再出発する。

何か本当に疲れた…疲れる事しか起きてないって絶対おかしいだろ。とりあえずウツギ博士には息子の異常行動を報告するとして、このおつかいが終わったら今日はもう休もう。卵届けたら終わりなんだ、あとちょっとだけ頑張ろう。もうひと踏ん張りだよ。
健気に自分を励ます私であったが、残念ながらまだ事件は終わらない事に、この時は気付くはずもないのであった。帰りてぇ。

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