「…というわけで、奪った制服を着て無事コガネに侵入できたのです」

お疲れ。長かったね回想。一話分使う必要性を全く感じなかったけど、私のこの死闘を誰にも知ってもらえないなんてのは耐えられなかったんや。こんなに頑張ったのにカットなんかできるかい。映画は完全オリジナル版よりある程度カットしてある通常版の方が面白いの法則は今どうだっていいんだ。どうだっていいから少し休ませてくれ。走りすぎて横腹が痛い。

「それでどうなってんの…この状況は…」

ロケット団のコスプレをしながらソネザキ邸へ潜り込む事に成功した私は、呼びつけた張本人であるマサキを睨み、身を屈めながら小声で話しかける。

コガネ入って衝撃受けたけど、まぁ案の定ロケット団だらけでしたよね。不発弾騒ぎからすでにロケット団のコガネ乗っ取り作戦が始まっていたらしいっすわ。警察の振りをして人を遠ざけ追い出し、空になった街をポケモンに見張らせ、正体を知られた民間人は捕まえて軟禁、万一警察に通報されちゃたまらないので電線を全て切断しているあたりは走りながら見て取れたが、そしてその図は三年前のシルフカンパニー占拠の時と全く同じであったが、今回は一体何が目的なのかまではさすがにわからなかった。この名探偵ニートをもってしてもね。ちなみに検挙率は0です。
しかしコガネとか特に有益な施設なかった気がするけど、こいつら何のために陣取ってるんだ?静岡のガンプラ工場乗っ取った方がまだマシなんじゃない?というレベルには何もないはずだけどどうなんだろう。失礼すぎだ我ながら。

強いて言うなら怪しい兵器を作らせるため世紀のマッドサイエンティスト、マサキを攫うという手段があるが、誘拐のためにわざわざ不発弾騒ぎをでっち上げて街を閉鎖するはずもないし…いやバカ組織だからやるかもしんないけどさ…冷静に考えている私であったが、SOSを出した当のマサキは何故か落ち着きがなくパニックに陥っているので、ひとまず天パの頭を叩いて状況説明を促した。全く何しに私を呼んだんだこいつ。茶くらい出せや。

「おい聞いてんのか?現状説明してくださいよ」
「そんな場合ちゃうねん…!妹が…」
「…妹?」

聞き慣れない代名詞に首を傾げながら、私は使い物にならないマサキを置いて勝手に人の家の食器棚を開けて茶を入れ始めた。クソニートがどんだけ全力で走ったと思ってんの。ロケット団の制服は女団員から奪って着てきたけどいつバレるんじゃないかと思って冷や冷やしてたし、ただでさえプテラで心身ともに消耗してんだからもう喉の渇きが緊張もあわさって尋常じゃないんだよ。満たしてくれ早く。
冷蔵庫から出した茶を湯呑に注いでいたら、それをマサキが横から奪ったので私の怒りのボルテージは一気に頂点まで駆け上がった。こいつ絶対に蟹を奢らせてやる。
妹が何やねんと苛立ちながら茶を飲んで一息つけば、落ち着いたのはマサキも同じだったらしい。その場に座ってようやく現状を語り始めた。るろうに剣心の追憶編みたいな貫禄で口を開いたが、残念ながら頭部が天然パーマなので何の迫力もなかった。縮毛強制を勧める。

「実はな…レイコ。コガネがロケット団に乗っ取られてしもうたんや」
「見たらわかる」

大丈夫かこいつ。痴呆かな?

「連中の狙いはラジオ塔…」
「ラジオ塔?」

ようやく有益な事を話し始めたマサキに近付いて、私はさらなる追求を得ようと口を挟んだ。
なるほどラジオ塔か。そんなもんもあったな。オーキド博士がポケモン講座の収録に行くというラジオ塔ね。あんなの乗っ取るためにわざわざ街まで封鎖するとは…無駄じゃね?それとも他にも何かするつもりなのか?頼むから地下通路とか地下倉庫とかを往復させないでくれよな。別にフラグじゃねーし。

「ラジオ塔乗っ取って何すんの?」
「知るわけないやろそんなこと。レイコの方が心当たりあるんちゃうか?どうせまた首突っ込んどるんやろ?」
「お前のせいで突っ込まされたんだが?」

憎しみで危うく湯呑を砕きそうになったが、ここは大人のレイコ、静かに深呼吸をしてマサキの頭を叩くに終わった。全然大人じゃない。

まぁひとまずはわかった。天才だから二言くらいで事情は察したね。ロケット団の狙いはラジオ塔で、マサキは何とか捕まらずに隠れながら咄嗟に私に救援要請をしたと。その辺はわかったよ。となれば無事に合流もできた事だし、何やかんやで脱出してあとは警察に任せたらいいんじゃね?長居する意味を感じない私は、茶を飲み干して外に出ようと立ち上がった。
マサキ連れて帰ろうや。そうしよ。もう用もないだろこんなサイエンスハウスに。ロケット団と決着をつける!とか意気込んだけど、関わらないならそれが一番ベストなんで。即帰宅の方向で頼むわ。いつまでもこんなところで茶飲んでたらロケット団に見つかるかもしれないしな。いくら変装してるといえど、私のような美しい団員が他にいるとは思えないからすぐにバレちゃうだろうしよ。ここに来るまで全然バレなかった事などは記憶の彼方である。

「助けに来てやったんだから早く出ようぜ」
「待て待て!ちゃうねん!レイコを呼んだ理由は他にあるんや!」

立ち上がった私を無理やり座らせてマサキは声を荒げた。馬鹿野郎見つかったらどうしてくれんだ。お前本当に今日のIQ62くらいだぞ。セーラーマーキュリーなみの賢さはどこ行っちゃったのよ。まぁ秀才ぶりとかいまだに見た事ないけども。
何だよ!と小声で怒鳴れば、マサキは両手をあわせて拝むようなポーズをしたのち、満を持して本題に切り込んだのであった。

「妹がラジオ塔におるんや!」
「はぁ?」

完全に帰り支度をしていた時にそう告げられ、帰宅モード一直線だった私の思考は停止し、咄嗟に失礼な事を口走るに至った。

「…妹って実妹?」
「バーチャルちゃうわい!」

またしても怒鳴られて私はマサキを叩く。声がでかいっつってんだろ。
顔の前に人差し指を立てながら、これはマジに面倒な事態じゃねーかと落胆せずにはいられない。マサキの重大発表に露骨に嫌な顔を向けるのも無理はなかった。
マジかよ何だよ妹って。ここにきて何故その設定を盛り込んだの?ていうか妹なんかいたっけ?いやでも何かそんなこと言ってたような気がするわ。気がするけど気のせいであってほしかったよね今回ばかりは。頭を抱えるマサキは床を見つめながら青い顔をして呟く。

「社会科見学でラジオ塔に行ってしもうて…帰ってきてへんしこれはもうロケット団に捕まったとしか…」
「…で?私に助けに行けってこと?」
「お願い!レイコにしか頼まれへんのや!」

半分土下座みたいな姿勢で頭を下げられ、まぁ顔を上げてくださいよとも言わずに私はその場で唸った。もっと大和田常務みたいに土下座して。そしたら二つ返事で行くわ。
冗談はさておき、思いのほか深刻な状況に、私は茶化す事もできず真顔で古畑任三郎ポーズを取る。
わざわざ人に連絡してきたってのは…そういう事かい。二次元ではなく三次元の実妹を助けるため、私に変装して単身ロケット団の巣窟となっている危険なラジオ塔に行けと。そうおっしゃるんだな?私だって年頃のか弱い女子だというのに、悪人どもが待ち構える恐ろしいところへ行くだなんて…あまりにも非情。そして正しい判断だ。もはやロケット団アジト行き過ぎてコンビニ感覚みたいなところあるもんな。ファミマの音楽とか聞こえてくる。幻聴乙。

バーチャルの妹だったら絶対に行ってないけど、ソネザキ邸の居間に飾ってある幼き日のマサキの写真の横に可愛らしい女の子の姿が写っているので、おそらくこれが妹、そして実在しているのであろう。合成だったら殺すぞ。絶対にだ。
兄弟のいない私にはよくわからないが、兄というのはいくつになっても妹が心配な生き物なんだろうよ…シャア・アズナブルもそうだったし…勉強ばかりやってきた非力なマサキだ、藁にもすがる思いで私に電話をした…そういう事なんでしょ?天才と言われる彼も今回ばかりは混乱して頭が回らなかったんだろうけど、私はあえて言うね。警察に電話してほしかった、と。

なんで私やねん。頭おかしいんじゃないのか?警察より私が頼りになるわけあるだろ。あったわ。そりゃそうだ。三年前にロケット団を壊滅させた安定の実績。そして今回はボス不在。負けるべくもない構図。どう考えてもジョウトの警察束になったって私のカビゴンには勝てないだろうからな。そりゃ呼ぶわ私を。早く来てくれ悟空!に匹敵する求められ度。

いい感じに気分を盛り上げたところで、私は重い腰を上げつつマサキには頭を下げさせたまま決意を固めた。
ちょうどロケット団の制服も着てるしね…こっそり侵入してマサキの妹を探そう。着るまで気付かなかったが結構この…体のラインがばっちり出る感じだから私が森三中だったら一瞬でアウトだったよ。婦人警官に扮してた女団員と服のサイズが同じでよかったわい。あの人達、だらだら見張りしてたところに突然三年前ロケット団を壊滅させたクソガキが落ちてきてさぞかしびっくりした事だろうな。おまけにワンパンで気絶させられた上追いはぎにも遭って本当に同情を禁じ得ない。加えてまた組織壊滅に追い込まれるからマジで救えない。はよ足洗え。私からは以上だ。
記録作業もできるしデメリットばかりじゃないだろう。顔を上げるが良いとようやくマサキに許可を出し、私は言った。

「いいでしょう」
「ほんまか!?」

目を輝かせて手を取ったマサキを即座に振り払い、ケチで有名なコガネ人に要求を申し立てた。言っとくけど、ニートは絶対タダ働きはしませんからね。タダじゃなくても働きませんけどね。

「ただし無事に妹を救出した際には…蟹を奢れ」
「もうタラバでもズワイでも何でも奢ったる!チューもしたるで!」
「いらねぇよ!」

そのパターン化もいらねぇから!カビゴンはワンパン、お前はワンパターンってか。今のは忘れろ。
セクハラサイエンティストを突き飛ばし、真っ黒の制服に身を包んだ私はボス不在のロケット団を今度こそ再起不能にしてやるべく、そして報道の自由を守るべく正義の使者としてラジオ塔へ乗り込んで行くのであった。
怪電波の次は電波放送局かよ。鬼門すぎ。

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