バカばっか、ってホシノルリじゃなくても言うから。

「お疲れ様でーす」
「お疲れー」

ラジオ塔の入り口を見張っている下っ端団員に声をかけ、私は杜撰さ溢れる警備の中をすんなりとくぐり抜けた。その滞りのなさと言ったら、信号が黄色に点滅し始める夜間の公道なみのスムーズな走行に等しく、ソネザキ邸からラジオ塔までの十数分を特に苦労もせず歩き通していた。誰一人として、私が下っ端団員の変装をしている組織の仇である事に気付かない。誰一人として、あれ?こんな美人の団員いたかな?と疑問に思う事もない。誰一人として、賢い奴がいない。それがロケット団であった。

いやマジに有り得ないでしょ。どういう事?本当この組織大丈夫か?大丈夫じゃないよね?偏差値25を余裕で下回りそうな知能レベルに何だか憐れみさえ覚えてくる。サカキ早く帰ってきてやれよ。こいつら一人じゃ生きていけないよ。

マッドサイエンティストのマサキに、妹を救出してくれ!と頼まれてしまった私は、倒した下っ端団員の制服を奪って華麗に着こなし、無事ラジオ塔へと潜入を果たしていた。
マジにバカばっかのロケット団だからね、ろくに人の顔も見ずに通したよ中に。何かみんな忙しそうだし福岡なみにドンパチやってたりもしたから下っ端の点呼取ってる暇もないとは思うけど、それにしたって三年前の組織の仇が顔出しして歩いてんだぞ。気付けや。それともそんなに記憶に残らない顔?嘘でしょ?クレオパトラの再来と呼ばれているかもしれない絶世の美女の私を忘れた…?解せねぇ。世界三大美女と噂されていたかもしれない私に対してこの扱いとはね。落ちたもんだよロケット団。存続の価値なし。壊滅させておこう。

ナルシシズムも行きすぎると道化でしかないので、自分アゲもほどほどにする事を誓いながら私は塔内を進む。一階フロアには階段前に見張りの団員が一人おり、あとはカウンターに両手を縛られた受付のお姉さんがいるだけで、ここも変わらず警備は杜撰なようだった。
いきなりわけもわからずラジオ塔を乗っ取られたパンピーの受付嬢は、当然ロケット団の格好した私を見て怯えていたので心底胸が痛む。マサキの妹と一緒に助けてやるからよ。今はこらえてくれや。焼ける塔に取り残されたシータを飛行機で助けに行くパズーなみにかっこよく救出するから待っていてほしい。
恐怖に怯える美女を捨て置くのは心苦しかったが、まずはマサキの妹が先決だ。戻ってきた時にまとめて救出の流れが最も効率的だろう。私はXYからの経験値手持ち全振り仕様には両手をあげて喜ぶ合理性重視の女…許してくれ受付嬢。

私は心を殺し二階へと上がる階段を目指した。その脇にいる見張りのロケット団員もどうせジミー大西くらいの脳みそだろう。難なく通れると私はタカをくくっていたのだ。いや実際難なく通れる予定だったんだけど、旅にアクシデントは付き物…もとい、私には憑き物がね、ついているんだな。ツンデレっていう憑き物が。

警備の交代時間なんで上にあがりますよ的な雰囲気を纏って自然なノリで会釈をし、見張りの下っ端に声をかけたその時だった。

「お疲れ様です」
「おう、お疲れ。ん?何だ新入りか?」
「え!あ、はい。実は入ったばかりで…」
「そうか。ロケット団の制服がよく似合ってるじゃねーか」

一瞬バレたかと思って焦ったが、微塵もそんな事はなかったのでホッと息をつき、顔が見えないよう軽く下を向いておく。びっくりした、ついに猿以上の知能を持った奴が現れたかと…馬鹿にしすぎでしょさっきから。わかってるよ世の中学歴じゃないって事はさ。でもこういうドロップアウトマン達が非行に走るから低学歴ながらも必死で生きている人達が馬鹿にされてしまう、そんな世の中をォ!変エダイ!その一心でええ!ァッハアァー!小卒のニートはロケット団をぶっ潰しに行くわけですよ。スキンヘッドは頭を野々村にしながらもね。
何の目的でここに来たのかすでに忘れている記憶障害の私は、道を開けた下っ端に会釈をしそそくさと二階へ向かおうとした。

「通ってよー…し!?」

通行許可を得たはずの私は、半端に途切れた下っ端団員の声を聞いて振り返る。
今度の今度こそバレたか?と、次バレたらもうブン殴って気絶させようと思っていた私は咄嗟にカビゴンのボールを構えた。しかし下っ端は私を見ておらず、床に膝をついて腹部を押さえながら唸っていたので、どうやら私に非があったわけではなさそうである。
一体何事?と顔を歪め、突然の腹痛に苦しむ彼の視線の先を見ると、そこにいたのは憑き物中の憑き物、何故ここに?という場所でしか出会わない事に定評のある、そう、あのアホ毛で赤毛のドロボーイ。

「ツ…!」

ツンデレ!と言いかけた口を慌てて塞いだ。
ツンデレだ。ツンデレがいる。本当どうしてこんなところに?お前マジに潜入能力高いよな?チョウジのアジトもここも完全に緊急配備状態だったじゃん。どうして変装もなく入れるんだよ…もうわけがわからないよ…何にせよ向こうは私に気付いていないらしい。まさかこんなところでも出会うなんて…ロケット団より余程鬼門だな。顔を隠しながら階段の隅で様子を窺い、大丈夫だとは思うがピンチになりそうだったら助けてやろうという心構えで私は息をひそめた。何だかんだで優しいのがこの私である。もっと評価されるべき。

「ロケット団!」

おそらくいつも私にしているであろうあの突き飛ばし芸を下っ端にも披露したに違いない、溢れんばかりの憎悪の眼差しを団員に向けながら、ツンデレは怒気を滲ませた声で言い放った。

「弱虫どもが寄り集まって…人に迷惑かけるような真似してるんじゃねぇ!」

1999年下半期、お前が言うなセレクション金賞受賞の瞬間である。
ガチ正論をかましたツンデレ氏に、お前が言えた事かと危うく突っ込みかけて私はきつく歯を食いしばる。
いやそれは本当に正しいけどお前もだからね!主に私とウツギ博士に迷惑をかけているから!飛来骨級の大型ブーメラン飛んだよ君の方に。即死してもおかしくない。君は団体じゃなくてピン芸人だけど、でも人のポケモン盗んだり、人を突き飛ばしたり、めっちゃ目つき悪いあたりはロケット団と酷似しているから。DNAが悪い。何か悪質なDNAを持っている気がする。知らんけど。セレビィイベントとかは知らん。
まぁロケット団よりは更生の姿勢が見受けられるけどね…と保護者面しながら市原悦子の如く顔半分だけ出していたら、不意に片目がツンデレの悪い目つきとバッチリ重なってしまい、私は露骨に焦って宮野真守風の変顔を晒しながら咄嗟に後ろを向いた。

やべぇ!悠長に観察してたら目が合っちまった!何やってんだ私は!マジで馬鹿かよツンデレなんか放っといてさっさと上にあがったらよかったのに!何だか目に見えないゲーフリの力によってこの場にとどまる事を要求されていたような気がしないでもないが、今となっては後の祭りである。
ひとまずグラサンとマスクを装着して…とポケットを漁っていたら、背後に迫る恐怖の足音に気付いて私は背筋を凍らせた。工藤新一じゃないから私にはわかるぞ!背後から迫る黒服の男の気配が!

「…あれ?お前…レイコ?」

はい詰みゲー。

  / back / top