突如としてやってきたツンデレに、変装が一瞬でバレてしまった私は、それまでのチョロさから一転して窮地に立たされる事となった。
詰んだ。これ詰んだね。あれれ〜?って言われたら詰みます。名探偵コナンのお約束。
モロバレしとるやんけと滝汗を流しながら、私はツンデレに背を向けたままどうするべきか必死に頭を働かせた。
いや絶対おかしいだろこいつ、何であの一瞬で私を認識できるんだ。ファンかよ。索敵能力高すぎ。え?ていうか何で私の名前知ってるわけ?怖すぎなんだけど。特定しましたじゃん。ほぼほぼストーカー。私はいまだにお前の名前知らないしここまで来たらもはや知りたくもないけど、とりあえず一言だけ言いたいのは、呼び捨てをやめろ、という点かな。殴るぞクソガキ。

「…人違いでは?」

ニャンちゅうの声マネをしながら咄嗟にごまかすも、津久井教生の独特なダミ声を出せるはずもなく私は撃沈する。やばいくらい似てなかったから今のは忘れてほしいな。チョウジのアジトでモノマネして散々な目に遭った事をもう忘れているあたり救いがないと言えよう。ニートになったら練習するわ。凝りねぇな。

顔を覗き込んでくるツンデレを執拗に避け続け、こんなところであの下っ端団員に正体がバレちまったら全てが台無しだよと焦る気持ちがヒートアップする。もしバレたらもう始末するしか…なんてどっちが悪役かわからない物騒な事を考えていれば、呆れたようにツンデレは言い放つ。もう完全にバレてるけど、人には通さなければならない嘘というものがあるんだ。どうしてそれがわからない。坊やだからかな?

「こんなところで何してんだ?」

1999年下半期、第二回お前が言うなセレクション金賞受賞の瞬間である。
マジでお前が言うなや。こっちの台詞すぎてもう言葉もねーわ。なに普通に友達みたいに話しかけてんだよ。いつもそんなフレンドリーな態度じゃねーだろ。頭を抱えて私は半分観念しながらツンデレの方を振り返る。
本当に何で?どうしていつも間の悪いところで間の悪い事をする?お前も地道にロケット団退治でもしてんのか?だったら代わってくれ…いっそ交代してよ。何かお前の方が主人公っぽい成長のしかたしてるしよぉ…とんだ茶番だよ私なんて…私は一体何なんだ…?こんなコスプレまでして何をしている…?自分を見失いかけながらも、マサキの妹を救出するという大事な使命を思い出して首を左右に振った。

茶番でも何でもいい、ぐずぐずしてる時間はねぇ。私はツンデレの肩を掴んで自分の方に引き寄せると、状況を把握させるべく下っ端団員には気付かれないよう説明を試みた。
こうなったら事情を話して仲間にするしかない…よく見ると仲間になりたそうにこっちを見ている気が…しないけど、ロケット団に対して敵対心を抱く気持ちは同じみたいだから、話せばきっとわかるはずだ。だって同じ人間だもの。みつを。
お前とは色々あったが今ならわかり合えるはず!と超時空ツンデレラに日本語が通じる事を期待した。しかしこの世界の住人は、基本的に私を物言わぬRPGの主人公だと思っている節があるようなので、大体いつも人が声をかける前に自己完結して口を開きやがるのである。それに例外は存在しない。悲しいけど、これってフラグなのよね。

「まさか…お前までそんな格好して強くなったつもりか?」

超思考乙。

「いや…元から強いんで私…」
「馬鹿馬鹿しい!そんな格好やめちまえ!」

残念ながら私のマジレスが届く事はなく、ツンデレは私の被っていた帽子を叩き落とした。そのスピード、競技かるたの名手を疑う速度で、一瞬にして私はちはやふるの世界に紛れ込んだのかと混乱する事となる。
え…?今…何が起きた?測定不能な速さに驚きすぎて、私は呆然とその場で立ち尽くす他ない。そうこうしている間に、ツンデレの肩を掴んでいた手を取られ、白い手袋をまたしても素早く剥ぎ取られる。追い剥ぎってこういう気持ちなんだ、私は冷静にそう感じた。言ってる場合か。

「ちょっ…何!?はぁ!?」

終いには服まで引っ張られてしまったので、さすがの私ものん気に静観していられなくなった。何だか公開ストリップを要求されているような気配に、公式の病気を確信せざるを得ない。誰だラジオ塔脱衣事件なんて名称付けた奴。捜査本部立ち上げてんじゃねーぞ。

そんな格好やめちまえとは言いつつも、さすがに超思考ドロボーイだって人の服まで泥棒はするまいと思っていた。何だかんだとここまで腐れ縁で繋がってきたお前がロケット団に染まるなんて俺は嫌だ、そういうツンデレに過ぎないと、早く着替えて来いよというメッセージだと、私は希望を持っていたわけ。こんな格好しなくたってラジオ塔取り返すくらい簡単だろ?的な。お前らしくないぜ?的なね。ツンデレのツンデレによるツンデレ全開の励ましかなって一瞬思ったよレイコは。私もある意味超思考ポジティブだからよ。
でもさすがにスカート捲られそうになった時は空手チョップをお見舞いするしかなかったな。

「やめんか!」

アホ毛を一刀両断する勢いで私はツンデレの脳天に手刀を喰らわせ、ストリッパーの道を絶つ事となった。

「お前…っ」
「わかったから!自分で着替えるからやめろやマジで!今日勝負下着じゃないんだからね!」

叫びながら私はカウンターを飛び越え、縛られている受付嬢の縄を解き、服を交換してくれと頼み込んだ。
もうマジで何だこのDQNは!?どんな思考回路してんのか微塵もわかんねーわ!さすがの下っ端団員もあまりの理解不能さに固まったまま動かず、何の茶番なの?と言いたげにまばたきばかりを繰り返している。だろうな。わかるでその気持ち。私も何が起きているのかさっぱりわからん。いやわからなくていい。DQNの気持ちなんてわかってたまるかい。お前何個前科作る気なんだよ。

追い剥ぎに遭う事よりもBBA一色の下着を披露する事の方が恥ずかしかった私は、何かよくわからないけど従った方がよさそうだな…的な顔をしている受付嬢とカウンターの影に隠れながら服を交換し、その下着どこで買ったの?ピーチジョンです、という和やかな会話をしてロケット団の変装を解いた。本当にわけがわからないけど、着替えなくてはどうしようもない状況だというのは私も受付嬢も下っ端も理解していたので、着替え自体はスムーズに済んだ。マジに私何しにここに来たんだろう…ピーチジョンの下着を羨ましがるためじゃなかったはずなのに…悲しみを背負いながらカウンターから出て、見違えた姿をツンデレの前に披露する。

なんという事でしょう。黒一色だった制服から一転、華やかな受付嬢へと早変わり。匠の手によって生まれ変わったレイコは、まるでベージュの下着を身に着けているとは思えないほど清楚な出で立ちをしているではありませんか。放っといてくれ。こんな劇的ビフォーアフター求めてなかった。

「これで文句ないだろ!」

ツンデレを怒鳴りつけながらポーズを決めていると、ようやくフリーズ状態から回復した下っ端団員が立ち上がり、ハッとしたように私を指差して声を震わせた。

「お、お前!新入りじゃなかったのか!」

当たり前だ馬鹿野郎。点呼くらいちゃんと取れやボケ。もはやランボー怒りの大変身状態の私は、開き直ってボールを構える。
やってられっかクソ。もう何でもいい、どうだっていいね変装なんて。変身中は攻撃しないという特撮の伝統を守る下っ端団員の律儀さもどうだっていい。こうなればヤケだ。
その服もどうなの?みたいな顔をしてくるツンデレを一睨みし、私は憂さを晴らすように下っ端のポケモンを蹴散らして目頭を押さえた。

本当…何の為にわざわざ変装をしてこんなところまで来たと思ってんの…悲しすぎるわ…あまりにも残酷…ヤドンの井戸、チョウジのアジト、そしてたった今までずっと正体を隠して頑張ってきたのにこんなところで終わっちまうのかよ…今は少年法に守られているから命拾いしたけどお前が成人してたら確実にアウトだったからな。どう考えても暴漢。次は獄中で再会するところだったよ。そうでなくても泥棒の前科あるから普通に獄中だわ。裁判の際は証言台に立ってやるから覚悟しておけ。
苛立ち半分にぶっ倒した下っ端を見下ろすと、相手はよろめきながら階段にもたれ掛かって恐怖に顔を引きつらせていた。まるで60m級の大型巨人でも見たかのような表情である。誰が和田アキ子やねん。

「お前強すぎる…それにそのカビゴン…まさかブラックリストナンバー0のレジェンドとは…」

おい何だそのアダ名。何勝手にブラックリスト入りの挙句恐怖の伝説にしてくれてんだよ。私の方が悪役みたいじゃねーか。やめて差し上げろ。

「このままでは計画が台無しだ…仲間に知らせないと…!」

台無しなのはこっちであったが、通報宣告をしながら下っ端は走り去っていき、私とツンデレと受付嬢だけが静かな一階フロアに取り残される。何この部屋とYシャツと私のような構図。私の方が消え去りたいんだけど。

「…そうか、変装して忍び込むつもりだったのか…」

ようやく人の計画を理解したらしいツンデレを睨み、邪魔したんだから謝りなさいよと目で訴える。血走った眼球がアホ毛を捉えていたが、本人は悪びれもせず知らん顔だったので私の怒りのボルテージはひたすらに上がるばかりだ。マジでもう親出せ。今日という今日は説教してやる。何か黒い服着てるタイプの親だったらお引き取り願うけどな。フラグじゃねーわ。

「そうだよ…その通りだよ…それなのにさ…」

恨みがましくツンデレを見やり、しばらく睨み合う事になった我々を、受付嬢がハラハラした様子で見守るという茶番が発生したが、美女をフォローしている心の余裕はないので私は盛大に溜息をついた。
本当マジ…やってくれたよなぁ…こっちはわざわざ下っ端女を気絶させて丁寧に追い剥ぎして恥を承知でミニスカ履いてたわけ。正義の主人公が悪の組織の制服を着る事がどれだけ屈辱であるか…そなたにわかるか?ジャージ教の私が他教の色に染められた悲しみなど…到底わからないだろうな…まぁ何着ても似合うけどよ…プライドも何もねぇじゃねーか。
無言の圧力で謝罪を促した私の気持ちが通じたのか、ツンデレはようやく口を開いてこちらから目をそらす。

「フン…弱い奴が考えそうな事だ」

反省ゼロ。何を言うかと思えば開口一番にその発言で、私の心は音速で死んだ。
見てこの姿勢。この一切の反省をしないクソガキの鑑を見てよ。独房入り覚悟でブン殴ってやろうか。
一瞬でも期待した私が馬鹿だったともう一度溜息をつき、全てを諦めて頭をかく。もう無理だ。こいつに謝罪を求めても私が疲れるだけだぞこんなもん。大体何しに来たんだよ本当…初心に戻って聞くけどさぁ。わざわざ邪魔しに来たわけ?いちいちロケット団絡みの時にやってくるのマジでやめてほしいんだけど。何なの?ロケット団に妹のチョロネコでも盗まれたの?それはBW2。

「…お前さぁ…ロケット団になんか恨みでもあんのか?」

ここは私が大人になろうと思い、冷静に、そして核心に迫ろうと穏やかに問いかける事にした。
そうよ私、喧嘩腰じゃ余計な敵を作るだけ…今はツンデレに構っていられる状況ではないんだ。もしかすると、ここで上手く和解しておけばマサキの妹救出作戦を手伝ってくれるかもしれない…まぁ期待はしないが。期待はしないけど一縷の望みに賭けて尋ねた私だったが、やはりツンデレは死ぬまでツンデレ、そう簡単に打ち解けてくれるほど良いお育ちをしておられないのであった。

「お前こそ…なんだ、ブラックリストって」
「え」

逆に私の方が核心に迫られてしまい、動揺という大海原で目を泳がせる事となった。隠し事ができないのもまた夢主人公に必要な属性である。しかしこんなところでそれを発揮したくはなかったよね、切実に。
こいつ何でいつもは圧倒的無視のくせに聞いてほしくない事に限って突っ込んでくるんだ。ピンポイントすぎてゾッとするわい。スポット狙わないでよ。
何だか意図的に話題を逸らされた気がするぞ、とじろじろツンデレを凝視してみたが、私と違い彼はボロを出す様子がまるでなく、相変わらずツンツンしていたので今回のデレは見送る事になりそうである。三話に一回くらいはデレほしいよね。今のところ九対一って感じ。割に合わねぇ。

「さぁ…何か…知らんけど」

ごまかす事さえ下手すぎる私は、さらなる追及を恐れてツンデレから露骨に目をそらす。知らんけどどころか心当たりありすぎてやばいんだが、わざわざやばい奴である事をツンデレに明言してやる義理はないので、それ以上は断固として口を開かぬ決意をした。
もう妙な事に関わりたくないもんね。ロケット団に何らかの因縁がありますと顔に書いてあるような小僧に三年前の武勇伝を話せるほど私の神経太くないんだよ。武勇伝っつーか何か昔はワルだったアピール感あって寒いしな。放っといて。

犯罪組織一つ潰した偉大な功績も、私だと何故か寒くなってしまう悲しみに打ちひしがれていたら、ツンデレはあんな適当なごまかしにわりとあっさりと引き下がったので、逆にもっと来いよという気持ちを抱える事になるも私も口を開かなかった。余計なこと言うとまた脱がされそうだし。逮捕。

「…まぁいいさ。ここはお前に任せてやる」

どの口から出る?その台詞。上からマリコすぎるわ。

「俺はマントのドラゴン使い…ワタルって言ったっけな、あいつをぶっ倒す」

何様だよ案件に腹を立てている間にもツンデレラストーリーは進展していくので、私は必死に追いつかねばならない。待てよ早すぎるだろうが。キレる間も与えてくれないのかお前は。
ロケット団に執着しているかと思えば標的にワタルも追加されていたので、一体あのアジトで二人の間に何があったのだろうと私は思わず生唾を飲んだ。

ワタル…ワタルね。マント使いのドラゴン。絶妙に間違えたけどドラゴン族なみに恐ろしい男よ。私がチョウジのアジトでツンデレと会った時にはすでにワタルはツンデレと遭遇していたようなので、加えてポケモン勝負までしていたようなので、それはまぁボコボコにされたんだろう。想像に難くないよ。めっちゃ煽られたのかなって感じ。煽られて説教されて破壊光線。生きて帰っただけでも儲けもんだな、運のいい奴よ。私はワタルを何だと思っているんだ。A.チート。
せっかく生き永らえた命を、ワタルを追う事でまた失いかけているとも知らぬツンデレは、血気盛んに闘志を燃やして怒りの小宇宙を纏っている。まぁよく知らんけどどうせ軽い説教を煽りと捉えて逆恨みしているんだろうよ。確かにワタルの煽り芸には人をブチギレさせるプロフェッショナル性があるけども、今戦っても返り討ちに遭うだけだからやめた方がいいと思うね。マジレス。
などという助言をしてやるほど、今日の私は甘くない。それほどまでに計画を台無しにされて怒っているわけや工藤。わかってんのかお前。あ?
もちろんわかっているはずもないので、本日も変わらず普通に宣戦布告をされてしまう。わかれ。

「そしてワタルの次はお前だ。覚悟しておけよ」
「そっちこそ…破壊光線に気を付けろよな」

結局助言をしてやる優しい私を睨み上げ、ツンデレは足早にラジオ塔を去っていった。珍しく突き飛ばされる事はなかったが、脱衣事件の挙句ド突かれたんじゃたまらないので静かに深い溜息をつく。
もう…何か…すでに疲れた。まだ何も始まってないのにこの疲労感。どうしてくれんだよマジで。で結局何しに来たんだあいつ。最後までわからなかったじゃねーか。服脱がしに来て終わったけど。もうゲーフリの真意が何もわからない。何も聞かせてくれない。僕の体が昔より、BBAになったからなのか。
三年前より衰えた肉体を憐れみながら私は背筋を伸ばし、あらゆる負のエネルギーを背負って二階へと上がる階段を見つめた。

もういい。こうなったらさっさと行ってさっさと片付けるに限るね。三年前もそうだったんだ、ニートレベルの上がった今の私にできないはずがないよ。
この三年、ニートとして生きてみてますますそのだらけた生活への執着が増した気がする。もっとごろごろしていたい、もっと寝ていたい、一歩も外へ出たくない。そんな思いは日に日に積もり、迫り来る旅立ちの日が一生来なければいいと心から願った。でも駄目だった。あまりにも中途半端だったのだ、三年前の私は。中途半端に図鑑を集め、中途半端にロケット団を倒し、その結果がこのザマである。
今度こそだよ。今度こそね、本気のニート狙っていくから。二度と私に関わらせないよう、完膚なきまでにロケット団を叩きのめし、絶対に復活できないレベルまで滅ぼしてやるから覚えておれ。
関節を鳴らしながら不敵に笑う怪しい私に、取り残された受付嬢は当然引いていた。引いていたけど、つい育ちの良さが出てしまったのか、やさぐれた私の心に彼女は潤いを与えてくれて、ツンデレられまくった精神にひと時の安らぎが訪れるのであった。

「あの…」
「ん?」

乗り込もうとする私に受付嬢は、スタッフオンリーと書かれた扉を指差してこう言った。

「あっちに…動きやすい服ありますよ」

天使かよ。

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