ひたすらにフロアを駆け抜け、ひたすらに階段をのぼり、ひたすらに下っ端を倒して、ひたすらにカビゴンにPPマックスを与え、私は進む。四階あたりに差し掛かるとテンションも何かハイになっちゃって、カビゴンと競走しながら局長室を目指したりもした。そして普通に負けた。何故脂肪だらけの巨体に足の速さで負けるのか、今の僕には理解できない。

筋肉痛をアンインストールしたい気持ちに駆られながらも、何だかんだで五階まで辿り着いた私は息を整えて壁に手をつく。なんかもっとこう…たった一文、レイコは局長室に辿り着いた、とかで済ませてほしいわ本当。ワープさせてくれ。人生は小説のように上手くはいかない事を嘆いていても仕方はないが、こう毎度毎度運動不足が露見するのも夢主としてどうかと思うんだな…全ては原付移動をやめれば解消されるという事実に、私は一生目を瞑って生きていくのであった。

息をひそめて私はドアに耳を当てる。中からは人の声的なものが聞こえてるけど、さすがラジオ塔、防音設備が整っているので何を言っているかまでは確認できなかった。状況さっぱりわかんねーな。カビゴンも真似して耳をすませていたけど、何も聞こえねぇって感じに肩をすくめていたため、空を飛べるポケモンに次いで耳のいいポケモンもほしくなる私である。不審者事前に察知できそうだからマジにほしいね。
私は賢い女子なので、局長が人質に取られてるって話だったし、迂闊に乗り込んで拳銃などを突きつけられてしまっては手も足も出せなくなる事を危惧していた。いやさすがに私がピンチになったら出すけど…局長には悪いが私のために死んでくれ。代わりにラジオ塔救ってやるから。本望だろ。
まぁ何にしたって他に道はないんだ。きっとCERO:Aの世界でチャカが出てくる事なんてないはずよ。行くぞ!とエジプトへ発つジョースター一行なみの強い意気込みとは裏腹に、私は音を立てないようそっと扉を開け、隙間から明るい室内の様子をうかがう。

案外狭い局長室で、部屋の中心に座る人物はすぐ目に入った。局長じゃなかったら紛らわしすぎるって感じのジェントルスタイルな中年男性が椅子に掛けており、何やらぶつぶつと独り言を繰り返していて、早々に救出する気が失せそうになる。
何だあいつ。一人演劇みたいな事やってんだけど。局長?局長だよな?時折立ち上がっては発声し、座ったと思えば首を捻ったりして、完全に挙動不審であった。

あれが…局長…?私が社員だったら絶対にこんな局長のいる会社辞めるわ。いっそ潰れた方が市民のため。辺りを見回すが、他に誰もいないしロケット団でもなさそうだからまず間違いないだろうけど、ていうかそもそも何でロケット団いないんだよ。局長はロケット団に捕まってるんじゃなかったのか?謎の放置プレイに、誤情報掴ませやがったなと私は倒した下っ端を帰り際にはさらにブチのめしてやる事を誓った。絶対に許さん。

しかし私は忘れていたのだ。チョウジのアジトで遭遇した、ラリっちまった清原、違ったサカキのあの姿を。

「ゴホンゴホン、あーあー…えー我輩は局長であーる!今日から我がラジオ局ではロケット団を褒め称える素晴らしい番組を放送していくことになった!」

あ、この感じ見覚えあるぞ。
喉の調子を整えながら、発声練習と思われる台詞を繰り返す局長を見て私は目を細める。
何だろこのデジャブ。このパチモン感わりと最近どこかで感じ取った気がするんだが思い違いかな?そんなわけねぇ。思い当たりすぎて困惑するレベルだわ。引き気味に覗いている私に気付きもしない局長もどきは、なんか違うな…などと呟き絶妙に声色を調整している。
いや声じゃないから調整箇所は。演技の方!なんでそんなに下手なの?もっと上手くやれよ。SMAP解散騒動の生放送よりひどい違和感ですよこれは。ここまで完全にデジャブだと、もはやあれが本物の局長でない事は明白すぎてこそこそするのが馬鹿らしくなる。
確信を得て私は一歩踏み出した。

こいつあれでしょ、チョウジのアジトでサカキに化けてた変装の達人。これだけできれば他に道もあっただろうに何故かロケット団に在籍している、変装は上手くても演技は下手なことに定評のあるリアルルパンこと、ロケット団幹部のラムダ!
無駄に親切に説明させないでくれるか?

「見つけたぞルパン!」
「うわっ!」

懲りない私は似てない物真似を披露し、怒鳴りながら部屋へと乗り込んだ。勢いよく開けたドアが跳ね返ってカビゴンにぶつかるというマヌケな事態にはなったが、幹部のラムダはそれどころじゃないと思うので今のはなかった事にしてもらいたい。お互いのためだ。

大袈裟に驚いたラムダは、飛び上がったあと私を意味深に二度見する。いや何びっくりしてんだよ、鍵もかけずにあんな大声で喋ってたら誰か入ってくるに決まってんだろ。私がお前の直属の部下だったら心配になって覗きに来るわ。薬とか…やってないっすよね?的な。疑惑を抱いて様子を見に来る事は確実。来ないのはもちろん私が全員ブチのめしたからです。そして誰もいなくなったんや。お前も観念しろ。

何故ドアに鍵もかけないような杜撰な組織が町を占拠した上にラジオ塔を乗っ取る事ができたのか甚だ疑問でしかないけど、その天下もあと二時間くらいで終了よ。借金の取り立てに来たチンピラみたいに部屋に入ってきた私とカビゴンを指差し、ラムダはようやく全てを把握したのか局長フェイスを歪ませて声を張り上げた。

「お前!もしやチョウジのアジトの時の!」

正解の音を脳内で鳴らしながら、TV版エヴァの最終回の如く拍手を送った。
おめでとう。ようやく気付いてくれたわ。やっとかよ。もう一生気付かれないかと思ったし。どんな杜撰な変装をしてもバレない、お前のような変装な達人にもバレない、なのに何故かツンデレにだけはいつもバレるという悲しみに満ちたこの状況からやっと脱却できた事実に、私は打ち震えた。まぁあそこでツンデレに会わず変装したままだったらいまだにバレてなかったと思うけどな。顔認証能力低すぎ。

私というよりは私のカビゴンを見て思い出した感じだったが、ついでにもう一つ重要なことも思い出してくれたようなので、長年のモヤつきも解消されそうである。

「部下から連絡が来てるぞ…お前ただのトレーナーじゃないな…どこかで見たと思ったら三年前の…!」

全てのピースが揃ったとでも言いたげに拳を握りしめる局長INラムダは、被っていた帽子を私の方へ投げ、それを避けている隙に相変わらずの早業で変装を解いた。紳士風のおじ様から一転して髭で垂れ目のおっさんが出現し、マジにどうしてそんな芸当ができるのかそればかりが私はひたすらに気になってしまう。だって絶対におかしいからね。ポケモン界だからという一言で解決するにはあまりにも早業すぎる。手何本あっても足りないでしょ。千手観音にも無理だよ。

組織の仇の出現にやや焦り気味のラムダであったが、私は様々な肩の荷が下りてようやく本調子という感じであった。息をついて手の関節をポキポキと鳴らす。ヤンキーかよ。

いやもうこれでやっとこそこそしなくて済むわー。考えてみたらこそこそ隠れるよりは正面からぶっ潰した方が楽だったかもしれないよ今となっては。ヤドンの井戸の段階で力という力を見せつけていればこんな面倒事にはなっていなかったかもしれないし、ワタルに怯える事もなかったかもしれない…全てが悔やまれる…その憂さ晴らしを…今ここで…するね。
ぶっ潰してやるよと湘北バスケ部に乗り込んできた三井寿のような顔で一歩踏み出せば、ラムダは追い詰められた鼠が如くボールを取り出し、果敢にも私のカビゴンに向かってゆく。絶対に負けられない戦いがそこにある…と日本サッカーのキャッチフレーズを背負ってそうな姿に、私は呆れながらもそれを態度には出さなかった。

その熱意、もっと他に向ければいいものを…何故悪の道に走るのだろう。変装技術を活かせばインターポールとかで活躍できるんじゃないの?知らんけど。横文字はATMしか知らん。
やはりサカキという絶対的カリスマ宗教力に魅了された者は、もう真っ当な世界には戻れないのだろうか。思い出したくないボスの姿を走馬灯のように蘇らせて私は唸る。覚醒剤と一緒で…一度死んだ脳は元には戻らない…そういうこと?恐ろしい男だサカキ。まさに歩くシャブ。信心深くなくてよかったとホッとしていればラムダはボールを投げて吠えた。

「くっそー…せっかく局長に成りすまして各地をロケット団色に染めてやろうと思っていたのに!何度邪魔する気だ!」
「ちげーよ!お前達がいつも私の進路を邪魔してるんでしょうが!いいから早く本物の局長出せ!自首しろ自首!」
「それは俺に勝ってから言いな!今度こそ本気の本気の勝負だ!」

ロケット団幹部のラムダが勝負を仕掛けてくる音楽が鳴ったので、私はカビゴンを前に出し、やれやれと肩をすくめて仕方なしにバトルに応じた。
いつも思うが、こいつらのアホなところは総じて次なら勝てると思い込んでいるところにあるんだな。チョウジのアジトでは本調子じゃなかったし、やられたと言っても三年前の話だから今度こそ余裕、的な慢心ね。愚か者。慢心はいかんと赤城も言ってただろうが。DIOも慢心して承太郎に負けた。全てはそこ。必ず勝てるという油断が敗北を生む、よく覚えておけ。特大のブーメランを受けながらカビゴンにゴーサインを出し、勝敗の見えすぎるバトルに慢心している私は、これだけラムダの顔をまじまじと見ても、三年前にいたかどうか全く思い出せない自身の記憶力を今はただ嘆くのであった。
仕方ねーか、当時は下っ端全員同じモブ顔だったし。メタ乙。

  / back / top