15.地下通路

障害物レースIN地下通路を疾走中の私は、ただでさえ行く手を阻まれ続けているというのにさらなるオプションが追加されてしまった事態に、いよいよ激昂せざるを得ない。

「待てよ」

様々な苦難を乗り越えて地下通路に辿り着いた私を呼び止める人間など、この世には存在しないはずだった。というか、早々に終了したはずだったのだ。こいつとのイベントは。

ラムダから局長の居場所を聞き出したポケモンニートのレイコは、地下倉庫を目指して地下通路を爆走している。我ながら地下地下うるせーなと思っているのであえて指摘はしないでほしい、傷付くから。私だって行きたくて行ってるわけじゃねぇ。帰らせて。

まず地下通路に行くまでがすでにしんどかったよね。ラジオ塔出たらいきなりガーディの火炎放射が目の前を横切って死ぬかと思ったし。ここは福岡か?
どうやら警察もやっとロケット団のコガネ乗っ取りに気付いたらしく、パトカーの音は鳴り響き、SATも出動し、応戦するロケット団は煙幕をまき散らし、まぁ言ってしまえば世紀末。これが乱世か…って思わず世を儚むくらい警察VSロケット団のドンパチが繰り広げられていたわけ。
さすがカントーと違って血の気の多いジョウト、ジュンサーさんが「いてこましたろかワレェ!」と咆哮しロケット団とサシでやり合っていたもんだから、通りすがる私の方が怯えるみたいなね、事などがありつつ、道なき道を行き、地下通路に潜り込み、ロケット団かただのチンピラかもわからないトレーナーを蹴散らして、さらなる深層部に辿り着いたのが今回のハイライトです。
しかし、まさかここでまた一波乱あるとは思わなかったわな正直。よりによって奴と。ツンのデレと。

ロケット団以外アウトオブ眼中だった私は、一度消えたはずの奴が背後に迫っている事に気付かなかった。地下倉庫までの道を阻んでいる下っ端をなぎ倒し、局長からカードキーをもらうのみと油断していたところに突然声をかけられ、聞き慣れたその生意気ボイスに、普段の奇襲より数倍は驚く事となった。

普通、さっきラジオ塔で会ったばかりの人間と、こんなに早く再会するなんて事は、ゲーフリの仕様上ありえない事だ。早くても次の街、特に彼はほぼ全部の街で一回ずつ会っているから、まぁ次はフスベっしょ、くらいの認識だったのだ。その油断を見事につくゲームフリーク。まさに鬼畜。これが…これがお前らのやり方か!

私は背後に忍び寄る存在を震えながら振り返り、お前は死んだはずの!とアヴドゥルでも見たかのような形相で相手を見つめた。

「お前…マント使いのドラゴンを探しに行ったんじゃ…」

上擦る声を向けた先にいたのは、マジにさっき、本当に一時間にも満たないくらい前に会った、ツンデレ脱衣ボーイだった。脱衣ってのは露出狂の方の意味ではなく私の服を脱がせようとしてきた事を指しているので、余計にタチが悪い犯罪者である。本当にギリギリだったからな、レイティングなめてると痛い目に遭うぞ。

いやでも本当なんで?何でいるの?色々と間違えたけどドラゴン使いのマントこと生え際トレンディエンジェルのワタルのところに行くって言ってなかった?服を脱がされそうになりながらもツンデレの動向はしっかりチェックしているため、先程の発言を思い出しながら指摘する。
そうだよ、俺はあいつをぶっ倒す…って決め顔で言ってたじゃん。何なの?意見をころころ変える優柔不断な人間だったかねキミは?DQNだけど一本筋通った芯のある犯罪者だったじゃないか。そういうところ別に買ってはいなかったけど、気分屋は感心しないな。私のようにニートという一貫性を持った人間を見習いなさいよ全く。こちら一貫性の悪い例になります、ご確認ください。

正直走ってきたせいで息が切れまくっている私は、ツンデレの相手をしてやれるほどの余裕もなく、できる事ならこのまま顔を合わせただけで帰っていただきたい心境で彼と向かい合う。
いやマジに。心身ともに余裕は皆無ですからこっちは。さっきはちょっと、ワタルのような現職が何かもわからない不審な男に絡んでいくツンデレ氏が破壊光線の餌食になってしまわないか心配していたところはあったけど、今となってはもうワタルが相手してくれるなら万々歳って感じなんでね。事情が変わった。あとは若い二人で…とワタルとツンデレの背中を押して退席する、そういうお見合いババアに劇的ビフォーアフターしたんじゃ。それくらい激戦区。汲んでくれワシの気持ちを。ていうか普通にこんなところにいたら危ないし。何回言ったらわかるの?それとも危険を冒してまで私に会いたい理由でもあんのか?

しかしもうやる事ないっしょ。脱衣もした、邪魔もした、あとは心置きなくワタルを倒しに行ってくれたらよくない?それとも何か?もしかしてもうワタルを…?倒したとでも言うのか…?
一抹の不安に顔を歪めるも、そんなわけないかとすぐに思い至って首を振った。
それはねーな。さすがにない。この短期間であのチート王を倒せるわけがないし、神出鬼没の変態マントがそう簡単に捕まるとも思えず、加えてチョウジのアジトでワタルにボロ負けしてからまだ日も浅いわけですから、ツンデレ氏の実力がそんないきなり急上昇してるなんてありえないと思うんですよね。精神と時の部屋じゃあるまいし。短期間で苦手なドラゴン族なんか克服できるわけねーだろ、進研ゼミかよ。

というわけでまだワタルには会っていないと推測される。にも関わらず私のところへやってきたというか尾けてきたって事は、心変わりしたか、何か目的があるかのどちらかだろう。
いや無いな、私に会う目的とか一つも無いでしょこのクソガキには。基本的に偶然出会ってチンピラみたいに喧嘩吹っ掛けてくるだけじゃん。偶然にしては出会いすぎだけど。

まさかこれが…運命だとでもいうのか…?ハッとしながら私は背景に宇宙を背負い、ワカバタウンからの歴史を振り返る。
初めの印象は最悪、会うたびに口論、しかし相手の抱えるセンチメンタルな部分を垣間見てからは徐々に気になる存在となり、やがて…的なやつ。思い出を走馬灯のように蘇らせ、ラブコメの女王・メグライアンが時折脳をかすめながら私を戸惑いの渦へ叩き落としていった。
やばいぞここまでの道のり、完全にラブストーリーの王道じゃねーの。今や相手の男が犯罪者であろうとも関係ないからな。レオンや羊たちの沈黙やカリオストロの城も大雑把に言えばそう。まさかここに来て私のヒロインスキルが発動されてしまった…?疲れからか黒塗りの高級車に追突してもおかしくないほど疲弊し切っている私は混乱しながらも、不敵に笑うツンデレの顔を見て気付く。

そうだ、王道だ。いやラブストーリーの王道ではなく、私とお前の中での王道展開があるじゃないか。今頃気付いて露骨に顔を歪めてしまったが、それも仕方がないというものだろう。何も今ここでそれを持ちかける事ないじゃんと私は額を押さえて脱力するしかなかった。
お前と私のワンパターン、それは育ちの悪さが濃厚に出ている例のド突きと、あれである。

「さっきはああ言ってお前を油断させておいたのさ」

疲れ切ってミイラみたいな顔をしている私の問いに、ツンデレは謎の頭脳プレイを利かせドヤ顔で答えた。私を油断させる事に一体何の意味があるというのか。背後から鈍器で殴りつける予定でもあったのかお前。だったら話しかけない方がよかったと思うぞ。マジレス。

「そうやってあとを尾けていけばあのワタルって奴と会えるんじゃないかと思ったが…ちっとも現れやしねぇ!」

半ギレでそう言うツンデレに顔をしかめつつ、私は額を押さえてどこから突っ込めばいいのか心底悩ませられた。こんなに悩んだのはストレスで口内炎が一気に八個できた時以来だぜ…何科に行ったらいいんだよ。歯科か?精神科か?

一応当初の目的はちゃんとワタルだったんだなと理解し、所詮マントを釣るエサ程度にしか思われていないらしい私は、今完全にラブストーリーの舞台から降板が決まった。いや元々予定もなかったけどよ。あってたまるかい。石油王一択なめんな。
大体お前…何なんだその超理屈。私の行く先にワタルがいると思われてるの心外なんですけど。会わないから!極力会いたくもねーわあんなチート王。壁に耳あり障子に目あり、マントあるところに騒動あり、だよ。仮にまたこんなところで会ったとしてもどうせ単独行動だからね。結局私のようなか弱い乙女が事件を解決しなくてはならない、それがゲーフリのシナリオなんだ。手の平の上で転がされているだけの私がワタルと合流なんてするわけないだろ。現場からは以上です!

いや以上じゃねぇ、まだあるぞよく聞け。ていうかあとを尾けてたってどういう事、この私をこそこそ尾行していたというのか?どこから?私がカビゴンに競走で負けたところや、ラムダの繰り出す数多のドガースに引いていたところ、地下通路のチンピラとの勝負に勝って賞金を半ばカツアゲ気味に巻き上げていたところなんて見てませんよね?どっちが犯罪者だよ。
もう尾けてたんならいっそ加勢してよ加勢!何を黙って付いて来てんだよ!ちょっとは手伝ってくれたらさぁ、こんなに疲れてなかったと思うなぁ私!そういう気概を見せてくれればワタルと再会した時に連絡してあげようかなって気持ちになるじゃん?そういう事。そういうのが大事です、人間関係は。どの口が言う。
逆ギレしてきたツンデレに逆ギレで返し、私は一刻を争う事態に忙しない気持ちで彼をあしらった。また付いてこられたら困るからな、ひとまず私を尾けていてもワタルとは会えないって事だけはご理解いただいてご帰宅願おう。ツンデレの森へお帰り。

「だってワタルとは別に友達でも何でもないし…中二病仲間なだけだから…」

そしてお前も同じ病気を持っているぞ。

「…フン、まぁいいさ」

相変わらずレスポンスが圧倒的に不足しているツンデレ氏は、ついに私が予想していた行動を取り始める。尾行するほど私に執着があるわりには微塵も対話に意識を向けてくれない彼だけど、私の何に固執しているかを考えたらおのずと答えは見えてくるよね。何故わざわざお目当てのワタルもいないのに声をかけてきたのか。真実はいつも一つ!

「順番が逆になるが、先にお前から片付けさせてもらうぜ!」

叫んだと同時にツンデレはボールを取り出し、私にいたってはすでにカビゴンを放っていた。

やっぱりな!そう来ると思ったし!これまでのパターンから分析して、ツンデレがポケモン勝負をしないという確率は限りなく低いと察した私は、相手の一歩先をいき早々にモンスターボールを構えていた。
大体二回に一回はバトル仕掛けてくるからなこのツンデレ。突き飛ばすかバトルかみたいなところあるし、ワタルを探している時点でバトルに積極的な気分である事は明白、代用に私を使う事など考えなくてもわかるわい。あの登場BGMが鳴った時点でプレイヤーはみんな覚悟してんだ、ゲームボーイ世代なめんな。

私はカメラすら構えず、迎撃の体勢も取らず、早急にカビゴンをツンデレのポケモンに向かって突進させた。
マジで今はお前と遊んでる時間はねぇ。街はポリスとギャングの徹底抗戦、今はまだ無事かもしれないけどいつマサキの妹たちに被害が及ぶかわかったもんじゃないし、閉じ込められてる局長もどういう状態なのか不明、何よりも三年前に組織を解散に追い込んだ私が再び現れたと奴らに気付かれてしまったんだ。お前のせいねこれ。だから何らかの対策を打たれる前に早く、とにかく早く、ラジオ塔の頂上に辿り着きたいわけです。もたついてる間に巨神兵とか連れて来られたらどうすんだよ絶対死ぬよ。ポケモンバトル至上主義の世界観が保たれているうちにここを通してくれ。

完全に気が短くなっていたので、私はツンデレの様子がいつもと微妙に違う事に気付かず、少々大人げない態度で勝負をさっさと終わらせてしまった。地下倉庫の鍵を握り締めながら、悪の組織から世界を救うより、不良少年を一人救う事の方がよっぽど大変だなと、あとになってしみじみ思うのだった。

  / back / top