本気の俺はすげーんだからね、とでも言わんばかりに、蛍丸なみの一撃をお見舞いしたカビゴンは、数分も経たぬうちにツンデレのポケモンをなぎ倒した。
大地は轟き、空気は震え、私が育てているものこそ巨神兵では?と疑わざるを得ない、それほどまでにカビゴンのパワーは圧倒的だった。

どう考えても引くほど強いんだが何で私に従ってくれてんの?トレーナーって末恐ろしくない?とんでもない怪物を所持している責任感に怯えながらも、迅速に勝負がついた事に安堵して私はカビゴンをボールにしまう。
私でさえびびっちまうカビゴンの猛攻を喰らったら、さすがのツンデレ氏ももう尾行しようなどとは思わないだろうよ。わしだったら泣きながら詫びるしな。プライドゼロか。
私は彼の前で仁王立ちし、時間を気にしながら早口でまくし立てる。

「何度やっても同じだよ、百回でも千回でも私が絶対勝つからよ」
「…何故だ。何故負ける」

何故じゃねぇ。明白すぎだろ。
まだ私の強さに気付いてないんかワレェ!と怒りかけたが、俯くツンデレからただならぬ気配を感じ、鈍感夢主をやってるさすがの私も異様な空気に気付いて口を閉じた。
何だか犯人が自供するBGMでも流れてきそうな俯き加減に、思わず動きを止め、フリーズしたハムスターのような姿勢になる。

えっ、なに。どうしたの。何かいつもの威勢がないけど一体どうした。何事。
バトルが終わったというのに舌打ちすらされず、そのまま立ち尽くす彼の様子に焦って、何故かよくわからないが気まずい思いを抱えながら私はカビゴンに寄り添った。
なんだ?え?本当にどうしたの?いつもなら、フン!お前と遊んでなんかいられるか!つって突き飛ばして帰るはずだが…?どうしてか今日に限って退場を引き伸ばしてくるツンデレに、焦る気持ちと戸惑う気持ちが綯い交ぜになり、つまりは混乱した。そしてレイコはわけもわからず自分を攻撃した!いてぇ。

まさかカビゴンの強すぎる攻撃の爆風でかまいたちが発生し近くにいたツンデレに怪我を負わせてしまったのでは?瞬殺バトルの光景を思い出してハッとした私は、怪我なんてさせたら慰謝料請求されちまうよと慌ててツンデレに駆け寄り、長髪の隙間から顔を覗き込む。
もしそうならとんでもねぇぞ。悪質なバトルとみなされたらトレーナー資格剥奪も有り得るからな。ただでさえあちこち出禁でトレーナー協会に目をつけられているこの私、人身事故なんて起こしたらもう何も残らないぜきっと。没収されるトレーナーカードとバッジ、野に帰るカビゴン、家から追い出される身一つの私…絶望だ。あまりにも無慈悲。
何とかしなくては…とツンデレの全身をイジリー岡田とタイマン張れるくらいの気持ち悪さで舐め回すように見てみたが、どうやら心配は杞憂だったようで、生傷一つ確認できなかったことにホッとする。
よかった、完全に無傷じゃん。驚かせやがって…いや怪我がないのは何よりだけど、ていうか何で無傷なの逆に。トレーナーのわりに傷一つないんだが?どうして玉のような肌?私の体ゴルゴ13なみに傷だらけなんですけどこの違いは何だよ。誰もスナイパーなんてやってねーわ。

ヒロインなのに身も心も傷だらけな私のことはさておき、怪我をしていないなら何故こいつはこんなにおとなしいんだと再び疑念が胸中に渦巻く。
何なんだよ、一体何がそんなにお前をここにとどまらせる?まさか…いやまさかとは思うけど…もしや…お、お、落ち込んで…いるのか…?あのツンデレが…?私に負けて…?
自分で考えて笑いそうになるも、影を落としたツンデレ氏の顔からはやばいくらいに表情が読み取れず、新展開に息を飲む他ない。
私の大人げなさがついに子供を泣かせてしまったのか、と長髪を暖簾みたいにかき分けて顔を覗きたい衝動に駆られた時、ついにツンデレは口を開く。涙声でなかった事には安心したが、依然として状況は思わしくない事態が続くようだった。

「…最強のポケモンも揃えた。手加減もしていない。なのにどうしてだ?」

独り言みたいに呟いたツンデレの声は、何というか、素だった。いつもの虚勢も威圧もなく、本当に理解できていないといった感じで、思いがけない彼の言葉に私は目を細めながら呆然と立ち尽くしてしまう。

ど…どうしてって…マジか…お前…マジ…?一体どう対処したらいいのか私の方がわからないくらいだけど、とりあえず言いたいのは、お前今まで手加減してたの?という点かな。
まさかの?嘘でしょ?普通に全力でいいわ。いや手加減されてる雰囲気は特に感じ取った事ないけども、何だろうな、まぁなめられていた事は間違いないわな。ごく自然に。息をするようになめられていた。完全に馬鹿にされていたし見下されていた事は明白。ブン殴るぞ。
しかし今回は、それもなかったと。手加減もせず、クソニートを馬鹿にもせず、服を脱がしもせず、めっちゃポケモンも育てて頑張ったのに、負けたと。そういう次元の話だね?
次ならいけると思い私に挑んだのが負けて、心が折れてしまい、ここに来て大きな挫折を味わったらしいツンデレを、超絶忙しい私もさすがにスルーできず、心苦しい気持ちで見つめるしかなかった。散々ド突かれて邪魔されて、今も進行形で邪魔されているけど、何だかんだここまで腐れ縁で繋がってきた仲。たとえクソガキであろうとも無下にできはしないだろう。私は心優しい主人公だからね。心優しい主人公は開幕一撃で相手をブチのめしたりしないかもしれないけどあえて言うよ。それもまた優しさであると。もちろん嘘だ。

私はツンデレの肩に手を置き、慰めるように言葉を紡ぐ。お前のようなDQNは私という最強のトレーナーに負かされて灸を据えられた方がいいんだよと思ってはいたけどさぁ…ここまで露骨にダメージ受けられると何か…罪悪感に押し潰されそうだよ…今日は特に急いでるから雑にバトル終わらせちゃったしね。トレーナーの風上にも置けない所業、本職はニートと言えども反省はしている。だからお前もストーキングと脱衣と泥棒と暴力を反省してくれ。ほぼ全部じゃねーか生き様を変えろ。

「…今回は負けたけど…君、充分強いと思うよ。何だかんだでここまで付き合ってきた私だからこそ成長してるのがわかるし…泥棒の前科があるとは思えないほどしっかりトレーナーやってるし…」

前科っつーかまだ償ってないけどな。全力で自首を勧める。
これまでのツンデレとのバトルを振り返り、ふてぶてしい顔のワニノコを脳裏に浮かべてちょっとイラつきながらも私は冷静に分析した。私の記録作業に貢献してくれたツンデレのポケモン達…総員目つき悪い連中だったけど今となってはいい思い出…となるのはまだ早いな。十年後くらいにやっと許せそうだわ。どんだけ心狭い。

初めて会った時は、まだ5レベだった図太い顔のワニノコ。いつの間にかゴースとズバットが増え、ワニノコはアリゲイツに進化し、次に会った時にはコイルも増え、で今ニューラが増えてて諸々進化してたしね。この短期間での急成長。さすがCPUって感じの強化具合じゃん。今のは忘れてくれ。
というわけで、決してツンデレ氏は弱くないし、その辺の野生のトレーナーより実力も目つきの悪さも飛び抜けている事くらい、カビゴンがチートすぎて互角のバトルもろくにした事のない私にだってわかるわけ。だから問題はそこじゃないんだよ。君が強いとか弱いとかじゃなくて、私が、ただ、あまりにも、常軌を逸して、誰より、マジに、世界一、本当に、強いってだけなんだよな。

「でも私には絶対に勝てないから、諦めな」

慰めながら、同時に私は現実を叩きつけた。それはあまりにもガチすぎる事実であった。

だって絶対無理だもんよこんなの。どう考えたって勝てるわけないだろ、地球人がサイヤ人に挑むみたいなもんだよ。無理ゲーすぎる。コンボイの謎以上の難易度、なめてもらっちゃ困るぜ全く。
さりげなくもう極力絡んでこないでくれアピールを込め、ツンデレから手を離そうとすれば、その前に彼は私の腕を力強く掴んできた。わずかに震える手の、弱々しいように見せかけて結構ガチで痛い握力に顔を歪めつつも、私はそれを振り払わずに空気を読んで感傷に浸る。その姿勢は、どこに出しても恥ずかしくない、まさに主人公の鑑であった。でも血止まりそうだからほどほどにして離してくれよな。壊死する。

思えばあの日あの時あの場所で、君が私に絡んできた時点で運命は決まっていたようなものである。ウツギ研究所で図鑑をもらう私の姿を見ていなければ、君が研究所の覗きなんてしていなければ、そもそも私がジョウトになど派遣されてこなければ。君は私の存在を知らずにジョウトで最強になれていたかもしれない。私がちゃんとニートにさえなっていれば…家から一歩も出ずにいられれば…こんな…恨むなら親父を恨んでくれと責任転嫁し、ツンデレが手を離してくれるのをただ待った。

実際うちのクソ親父が全ての元凶だからな。害悪すぎる。今すぐ研究職から足を洗って隠居してほしいわい。忘れかけていた父への恨みを甦らせていた頃、ツンデレは再び口を開いた。私のことを認識しているかどうかすら怪しいくらい独り言めいた声色には、さすがにニート願望以外の感情を失った私も心を揺さぶられずにはいられなかった。

「あのワタルって奴が言うように…俺にはポケモンへの愛情が…信頼が…足りないから勝てないってのか」

私は今猛烈に感動していると同時に、途方もない悲しみも抱いていた。
あのツンデレ氏が、対比で言うとツンツンツンツンツンデレくらいのツンデレ氏の口から、あ、愛と…し、信頼…?
あまりにも聞き慣れない言葉に動揺して一瞬奇声を上げてしまったが、それも無理はないというものだろう。愛と、信頼。愛と?信頼?あの血も涙もないド突き魔泥棒の口から…愛と…信頼だって…?
ただ闇雲にレベルを上げるだけだったツンデレ氏の物語が、今ここから新たに始まろうとしている。その予感に私は息を飲み、そして、どうしていつもワタルの説教は聞くのに私の話は聞かないんですか?という疑問を抱いて何とも言えない気持ちになった。
私が自首しろっつっても全然聞かねーくせによ。何なんだお前。マジに私のことなめてるらしいな、お察しだよ。まぁいいよもういいです、何か自首より大切なことが見え始めているようだし。使えないポケモンだぜ…とか言ってた君が愛と信頼という言葉を覚えただけでも立派や。何せ私とカビゴンも愛と信頼だけでここまでのし上がってきたからね。何か文句あんの?

思い悩むツンデレ氏に、どうせ私の話は聞かないんでしょ、と卑屈な気持ちになりながらも声をかけずにはいられない。今ここで邪険に扱ったらなんか一生グレそうな気がする。ここが彼のターニングポイント、夜のネオンをバックに紫のスーツを着て舎弟を連れ歩くコガネの帝王になってしまう前に、引き止めたい。私が。ワタルではなく、今度こそ私がね。無茶すんなコミュ障。

「…好きじゃないの?自分のポケモンのこと。盗んででも手に入れたかったんじゃないのかよ」

いよいよ血が止まりそうだったので、今度は私がツンデレの手を掴んだ。私は大人なので握力測定器みたいには扱わなかったが、わずかに握り返された時は思わず力を込めてしまい、自分でびっくりする。何してんだババア。落ち着け。

沈黙の中を俯きながら、もはや時間を忘れて私はツンデレの応答を待った。
何か上手く言えないけど、ないよりは全然あった方がいいと思うな、愛と信頼。私もカビゴンのこと好きだしよ、絶対に勝利をもたらしてくれると信じてるから向こうもそれに応えてくれるし、ポケモンのことに限らずさ…私と君の関係も同じや。さっきまでは死んでも泣かすぞこのクソガキって思ってたけど、今は何か…頑張れ!って感じになってるからね。頑張れ!やればできる!お前は富士山だ!みたいな気持ち。本当。修造。
ポケモンバトルって、そういう気分になれるだけでも価値があるものなんだなって、今私も思いました。おわり。

脳内で作文を書いてる私の方がポケモンバトルの本質を理解し始めていたが、ツンデレにはまだその小宇宙が見えないらしい。俯いたまま首を振ったツンデレは、数多の大きなお姉さん達が悶えたであろう台詞を小さな声で吐き出すのであった。

「…何のことだかわかんない」

わかんない。言い方。
一瞬でも萌えかけた自分を、私はすぐに殺した。愛と信頼という重すぎるテーマに真正面から向き合った青少年の回答は、何のことだかわかんない、この一言に集約されるのであった。

わかんない。わかんないて。わかんないのか?ちょっと待ってよ、わかんないのか?本当に?微塵も?
ちょっとした心の闇を垣間見てしまった気がして、私は息を飲み押し黙る。
愛と信頼…なんか別に哲学的に理解せずとも、何となしにはわかるもんじゃん、そういうのって。親から愛を受けて育ち、おつかいと称して山に登らされたり、海に潜らされたり、崖から落ちたり、そういう普通の環境で育っていれば自然と芽生えてくるもんなんじゃないのか?どこが普通だ。
自身の家庭環境にもやや問題はあるが、もしかしたらツンデレ氏はもっと複雑なところにいるのかもしれない。これまでの彼との思い出を振り返って、確実にカタギではなさそうな言動や行動に今ようやく納得がいきそうだった。
やばそう。何かやばい家で育ってそう。親はおらず、親戚の家をたらい回しにされ、誰からも疎まれ、施設に預けられても打ち解けられず、やがて脱走、泥棒…そういう系なんじゃないのか、そんな家なき子なんじゃないのかツンデレ!ちなみに私の中では名前もないぞ!名乗れ!

CERO:Aでこんなに複雑な事情を折り込むなんて…と勝手に任天堂の思い切りの良さを感心していれば、ようやくツンデレは私の手を振り払った。熱が離れると何だか一気に冷たく感じ、私の方が落ち込みそうである。

「だがこのまま終われるかよ…こんな事で最強になるって夢、諦められるかよ…」

とどめの一言に、私は結局ろくな励ましも慰めも叶わず、去りゆく彼の姿を見送ることしかできなかった。地下通路から出ていくツンデレは、赤い髪を揺らして一度も私を振り返らず、拳を握り締めたまま姿を消す。馬鹿力で捕まれていた腕には完全に手形をつけられたけど、もはやそんなことは気にならなかった。

ツンデレ氏…お前…夢追い人だったのか。私は感慨深い気持ちで立ち尽くし、天を仰いで息をついた。
夢。最強になるって夢か…私にも夢がある。スケールがあまりにも違いすぎて恥ずかしいけどよ、ニートっていう子供の頃からの大事な夢があるんだよな。
お前がどんな気持ちで最強になるという夢を追っているのかは知らない。知らないけど、私だって、こんな事でニートになるって夢、諦められるかよ…って感じなんですよ。クソガキの挫折と成長を見て、何だか勝たせてあげたくなっちゃうな、という気分になりながらもさ、同情で揺らいでいられない夢があるんだ。私にも。

今まさに成長を遂げようとしているツンデレに私もちょっと感化され、しんみりした気持ちでカビゴンを見上げた。
なんかさっきは私と出会ったのが運の尽みたいな事言ったけど、でも私に会って成長したでしょツンデレ氏。デレも増えたし。ド突く回数も減った。少しずつ大人になってるんだな。私も大人になろう。クソガキを通じて得たものを胸に、大人になろうや。カビゴンと共にね。
何だか最終回みたいな雰囲気を醸し出しつつも、まだまだ終わらない地下通路の冒険が待っていることを思い出し私は溜息をついた。ツンデレが去っていった方向を見つめ、ラストスパートにかけて力強く頷く。

「愛と信頼があれば…きっと勝てる…と思う…」

私以外にはな。
大人になろうと思ったそばから大人げない事を考え、やっぱ人ってそんなにすぐ変わらねーわと痛感するニートであった。成長して。

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