地下通路を抜けると、デパートだった。

川端康成のような情緒は一切ない景色に、私は眩しさを感じて俯きながら息を整えている。
何ここ?デパ地下?急に明るいところに出たせいで目が死んだわ。ムスカかよ。
何でこんなところに繋がってんだと悪態をつくと同時に、どれだけの距離を走らされたか痛感して、私は一層ロケット団への恨みを募らせた。解散だけじゃ飽き足らねぇ、一匹残らず刑務所に送ってやるわあいつら。網走は牢屋を空けておけよ。

「き…君は…?」

シャトルランを走り切った奴みたいな格好で膝をつく私に、紳士風の男がおどおどしながら声をかけた。そう、そもそも何でこんな地下通路を駆けてデパ地下まで来たかというと、ラジオ塔最上階の部屋に突入するためのカードキーを倉庫に閉じ込められている局長から受け取るためだったんだよね。長い。道のりどころか説明も長い。時間がないんだから無駄なことをさせないでくれ。

というわけで、お待たせしました偉い奴、これがラジオ塔の局長様である。
私は息を切らしながら局長の前にトレーナーカードをかざし、息苦しくて喋れない代わりに自己紹介と怪しい者ではないアピールを済ませた。

もう無理もう絶対走れない。私の足死んだわ。地下通路でツンデレをあしらい、ロケット団の下っ端とかカタギとは思えない連中などと戦闘を繰り返し、意外と広かった地下通路で大幅に時間をロスしながらも、何とか倉庫に辿り着いて局長の救出に成功した、というのが今回のハイライトである。今回っていうか今ね、今。ナウの出来事。
本当マジで長かった。これで倉庫の鍵がなかったら爆ギレしてるところだよ。ラムダが意外と親切でよかったぜ…まぁ奴の言う通り、ここに来て鍵が必要とわかったら顔の原型がわからなくなるほどカビゴンにラムダを殴らせていただろうからな。命拾いしたね。

局長は特に縛られたりとか暴行を受けたような形跡はなく、デパートの倉庫と思われる地下室で真っ白に燃え尽きながら座り込んでいた。あまりの覇気のなさに局長かどうか怪しかったけど、私を見るや否な世間体モードに切り替えて立ち上がったので、どうやら全然元気ではあるらしい。よかったわいここにいてくれて。自力で脱出とかされてたらカードキーもらえずに詰むところだったし。まぁゲーフリはそんな事しないだろうけどな。メタ乙。

コガネデパートのローカルなBGMが流れる中、全力疾走してきた不審な私を完全にやばい奴として見ていた局長だったが、トレーナーカードを確認すると即態度を改め緊張を解く。
オーキド博士公認の印が押してあるこれは、簡単に言うと水戸黄門の印籠みたいなものである。よくわからない人でも、あの有名なオーキド博士が公認してるってことはなんかすごいトレーナーなんだろうな、という事で気を許してくれるわけだ。大丈夫かこの世界。

「トレーナー…?助けに来てくれたのか…」

尋ねる局長に頷き、息を整えて私は震える膝を叩いた。応対できるようになるにはもうちょっと時間がかかりそうだから待ってくれ…息切れすぎて日本語が話せない。どこかの部族みたいにウホウホ言うのが限界だわ。
助けに来たわりには息絶えそうな頼りない私を見て、局長は明らかに不安げだったけれど、しかしそこは大人。社交辞令でも礼を述べ、軽く頭を下げる。
こんな得体の知れないクソガキにもこの対応、やはり偉い人は偉いだけの理由があるね。ニート感動しました。うちの親父が出世できない理由もこの辺だよこの辺。人格が底辺すぎるからだよ。リモコン取ってやった時も礼言わないしよ。まぁ私も言わないけどな。蛙の子は蛙を身を持って痛感するレイコであった。放っとけ。

「ありがとう…礼を言うよ」
「いえ…大したことでは…」

あったけど。大した距離だったよ本当。絶対全員刑務所にブチ込んでやるからな。

「そ、そうだ!ラジオ塔はどうなってる!?」

私の呼吸が整った頃、思い出したように局長は身を乗り出した。食い気味に問われて、その必死さから答えてやりたいのは山々だったけど、正直あまりのんびりしている時間はない。さぞや心配しているであろう胸中を思うと私がどれだけ大変な道のりを歩んできたか延々と聞かせてキャバクラのように相槌を打ってもらいたかったが、残念ながらそんな余裕は本当になかった。早くしないと当日のうちに筋肉痛がくるかもしれないだろ。何もかもが押してんだ。早くカードキーくれ。
さっと行ってさっと行って帰るつもりだったのにこの距離とツンデレ拘束によりただでさえタイムロスである。私は適当に要点だけまとめてあとは局長の理解力に投げた。

「簡単に言うと…ロケット団に占拠されてますね…仕切ってる奴が最上階にいるとかで」
「最上階?あそこはカードキーがないと行けないはず…」

それだー!
私は局長を射殺す勢いで指差し、目的のブツを押収するべく年配のおっさんに迫った。
傍から見れば援交を疑う図であるが、私がせびっているのは金ではなくカードキーである。本題であるそれを局長の方から言ってくれたので、交渉がスムーズに済みそうな予感に私はガッツポーズし、顔の前で合掌した。

「それだそれ!それがないと最上階にいる奴をブン殴りに行けないんですよ!だから貰いに来たんです局長に!」

画風が変わるほどの剣幕で訴えかけると、局長は苦笑しつつも納得の表情を浮かべた。さっきは助けに来たとか言ったのに本当はカードキーを貰いに来ただけという事をうっかりバラしてしまったが、まぁカードキーの譲渡がイコール局長の救出に繋がるので何も間違ってはいないだろう。何より私の尋常でない気迫に、口を挟ませる隙はどこにもなかった。切羽詰まりすぎて顔面が伊藤潤二の作画みたいになってる。夢主のしていい顔じゃない。
人質も待ってるし外ではドンパチやってるし早くカードキー出してくれと、どっちが悪の組織かわからない圧力をかけていれば、局長は懐からついに念願のアイテムを取り出した。
カードキーにしてはクレジットカードみの強いデザインだったが、別に間違えてゴールドカードを寄越してくれても私は全然構わないからね。翌日には残高0になってるけどね。
自分が本当に正義の主人公なのか怪しくなったところで、こんな私にも局長はまた優しい言葉をかけてきたものだから、心底自分の下劣さに反省の念を覚えるレイコであった。

「き、君は大丈夫なのか?そんな危ない連中と戦うなんて…」

優しい。何この貴重な優しさ。ポケモン世界ではあまりない現象に、私は思わず感涙しそうになった。
聞いた?大丈夫なのかって。心配してくれたよこのおっさん。あまりにも普通の感性を持って接してもらえた事実に、ゲスの極み乙女である私もさすがに良心を取り戻さざるを得ない。
これだよ。これが通常でしょどう考えても。私のような可憐な美少女が危ない連中と戦うなんて…誰だって心配になるじゃん、そうだろ?お前に言ってんだよワタル。アジトの件は一生根に持ってやるからな。次会ったら本革のマント台無しにしてやる。覚えてろ。
ワタルに苦汁をなめさせられた点に関してはツンデレ氏と共通しているので、まぁあのマント男を見かけた際には連絡してやってもいいよ的な感じだった。連絡先知らないけど。まず名を名乗れや。

不安げな局長に胸を張り、私はジョウトで獲得した七つのバッジを見せ、説得力を持たせながら告げる。

「大丈夫です。この通り、私エリートですので」

嘘。ニートです。エリートトレーナーから最も遠い場所に位置するニートレーナー、それが私だ。覚えなくていいぞ。
いくら本質はニートといえど、印籠なみのトレーナーカードとこれだけのバッジを見せつけられては私の実力を疑う事もあるまい。多少老眼が入っているのか、局長は目を細めてバッジの数を確かめたあと瞳を見開き、この子供…只者ではない…という表情と、しかし実力はあってもまだ子供…という表情を交互に浮かべ、それらがせめぎ合った結果、ようやく苦渋の決断を下したようだった。いっそ気絶させて奪った方が早かったかもしれんってくらいには悩んでいたよね。どこまでゲスの極み?

「…わかった」

局長が出したファイナルアンサーは、掌の上に詰まっていた。

「このカードキーを君に渡そう」

カードキー、ゲットだぜ!
ようやく差し出してくれたそれを受け取り、私は脳内で吠えた。今までゲットした何よりも有り難かったかもしれないアイテムを大事にしまい込み、もう用は済んだので早急に退散する姿勢を取る。
いやもういいよ時間かなり押してるから。正直またラジオ塔まで戻るの憂鬱すぎて途中でだらける時間も込みで配分してるからね。今すぐ出ないと本当にまずい。だらけるのをやめるという選択肢はない。
軽く頭を下げて礼を言い、ひったくりくらいのスピードで立ち去ろうとしたが、一応忠告はしておこうと思いとどまって局長を振り返る。ここは静かだけど、地上はかなりマッドマックスな状態だからな、うっかり出て流れ弾に当たりでもしたら大変だよ。餃子チェーンの社長のようになってほしくはない。

「あの…外危ないんで、ここにいた方がいいと思いますよ」

拳銃を撃つジェスチャーをして外部が世紀末である事を暗に伝えれば、局長は優しげに微笑んだのち、私に頭を下げながら言った。

「頼む…ラジオ塔を乗っ取られたら何をされるか…おかしな電波を流してポケモンを操る事だってできてしまうかもしれない」

それもうチョウジでやったわ。手遅れ乙。

「ラジオ塔を…全国のポケモンを助けてくれ」

妙齢の偉い人に腰低くお願いされて、いくら無気力ニートの私といえど心動かされないはずもなかった。謝礼金、の三文字が頭に浮かんだとかそんな事はなかった。本当だぞ。
ラジオ塔の局長という巨万の富を得ているであろうジェントルの低姿勢に、私は心底感服する。正直マジだるいしロケット団は刑務所にぶち込みたいけどぶっちゃけマサキの妹助けに来ただけだったわけで、にも関わらずこんな得体の知れないニートに大事なカードキーを預けてラジオ塔を託してくれたんだ、さすがの私も胸打たれてゲスの極み乙女から脱却するには今しかないっしょって感じであった。
あとは敵をなぎ倒すのみだし、と気合いを入れ、しっかり謝礼には期待しながら私は大きく頷いた。任せとけよ局長。このレイコ、負けない事には定評が有り余っているからな。ただし謝礼としてシルフの社長みたいにマスターボールとか寄越したらマジにどうなるかわからんから覚悟してくれ、この私をがっかりさせないでいただきたい。どこから目線。

「いいですけど、でもロケット団退治したの私だってバラさないでくださいね」
「え?」
「謎のヒーローの方がかっこいいでしょ」

軽く手を振り、私は震える膝を叩いて地下倉庫を駆けた。
少し格好つけてみたが、実際は警察の聴取を受けたくないだけだという事を悟られる前に逃げたよね。だってコガネのジュンサーさんガチで怖かったからな。いてこましたろかワレェ!ってロケット団にガンつけてたし、あの迫力で来られたらやってもいない罪を認めそうだよ。それでも僕は、やってない。
それに私は由緒正しきニート、ラジオ塔を救った英雄が実は自宅警備員だったなんて知られたらイタズラ電話とかめちゃくちゃかかってきちゃうじゃん、やめろや。吉良吉影同様静かに暮らしたいんだニートは。ネット社会すぐ個人情報出回るからよ。謎の美少女戦士の手柄にしておいて、個人的に局長から小切手をもらうという形で大丈夫だから。ね。
ゲスじゃん。最後まで。

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