16.ラジオ塔上階

「お待ちなさい!」

あー、誰だっけこの人。

聞き覚えしかない声に顔を上げた私は、現在、ラジオ塔に出戻っている。
本当ね、外出るたびにビビらしてくれるわコガネシティ。狂気の街ですよ。

局長からカードキーをもらった私が地下通路から出ると、外は戦場でした。
火炎放射をまき散らしていたガーディはウィンディとなり、対抗して煙幕を出していたドガースはマタドガスとなり、視界も定まらない中で足場の不安定な道を通り、クラッカーでも鳴らしてんのかってくらい軽快なリズムで響き続ける銃声に涙目になりながら、私はやっとの思いでラジオ塔に辿り着いていた。

マジで何だこの街?福岡かな?容赦のない警察VSロケット団の仁義なき戦いのヒートアップぶりに、散々危険な目に遭わせられてきた私もさすがに怯えるしかなかった。
大丈夫かよ本当。住民の避難とか完了してんの?ここにか弱い少女が逃げ遅れてんですけど。よく見てジュンサーさん。私別に傭兵じゃないから。放置しないで保護してほしい。
実際は保護されたら困るのでこそこそと歩いていたのだが、ラジオ塔内はまだ警察が踏み込んでいない上、私が蹴散らしたので表よりは静かだったけど、意外にも増援は来ていたのでまたしてもちぎっては投げちぎっては投げを繰り返すはめになったよね。一体何人いるんだよロケット団って…下っ端だけで刑務所一つ埋まっちゃうんじゃないの。見るからに怪しい格好してんだから普段から職質かけて少しずつ逮捕していってくれ。税金分くらいは働いてくれよなジャパン警察。まぁ私払ってないんですけど。親父持ち。

そんなこんなでカードキーを使用する場面が訪れたのだが、これで動作しなかったらどうしようかと思ってすごいドキドキしてたけど無事扉は開いてホッとし、目の前に現れた頂上へと続く階段を、私は死んだ目をしながら登っているというのが現状です。
正直なんで全部階段なんだよって思ったし、エスカレーターとかエレベーターとかで行かせてよってガチギレしたし、これ以上歩いたらどうなるかわかんねぇよって泣き言を言ってたけど、原始的な移動手段についてカビゴンに愚痴を零す寸前で声をかけられ、私は踊り場で足を止めていた。

下っ端が溢れ返る下階とは違い、封鎖されている上階は驚くほど静かだった。
まぁカードキーがないと通れないせいもあるだろうが、それ以上に、警備が手薄でも問題がないという意志の表れが感じられ、言ってしまえば自信があるのだろう。何が来ても大丈夫という、自身の実力に確信を持つ連中で砦を成しているってわけ。俺一人で充分だ的な大倶利伽羅ばっかりってこと。それはこっちの台詞だが。
待ちなさいと丁寧語で呼び止められ、聞き覚えもあるし見覚えもあるんだけど絶妙に名前を思い出せないその人を見つめながら、私は苦し紛れに呟いた。

「幹部…」

そう。上階を守るのはロケット団復活を指揮する、幹部連中である。もれなくみんな私に一回ずつ負けているけども、下っ端など必要ないと言わんばかりに少人数で最上階までの道を守る慢心だらけの幹部です。少しは学んでほしい色々と。成長してなさがスタジオYOUなみだよ。

侵入して早々に私を出迎えたのは、イケメンなので顔だけはしっかり覚えている、ヤドンの尻尾を切るのが性癖のキチガイこと、ラ…なんだっけ、ロンギヌスじゃなくて…ランサーでもない…こんなFateみのある名前ではなかったけど確かそれに近い感じの奴!
適当すぎる記憶の糸を手繰り寄せながら考えていれば、向こうも私を見て思うところがあったらしい。目を細めると首を傾げ、同様に痴呆を展開した。

「おや…?あなたどこかで…」

どこかで…じゃないよ仇だよ組織の。お前は覚えてなきゃ駄目だろ馬鹿。全員ボケてんのかこの組織。
心外すぎるイケメン幹部の発言に、さすがの私も腹を立てながら心配になった。
この組織の人達みんなおかしいよ。何で三年前に組織を壊滅させた奴の顔忘れちゃうの?そしてラムダから連絡は来ていないの?ほうれんそうはどうした。社会の基本もなってない奴が組織なんて仕切れるわけない、諦めて自首しろ早く。人間らしく生きて。
更生を願う私をよそに、幹部のイケメンは見覚えのある顔を凝視しながらこちらに近付いたり遠ざかったりを繰り返している。一方の私もあと一歩でイケメンの名前が思い出せそうなので、じろじろ見ながらしばらく対峙し、結果、記憶力勝負を制したのはゴリラ知能の私ではなく、名前を呼んではいけないわけじゃないのに思い出せなくて呼べないヴォルデモート亜種の方であった。無念。

「あ!さ、三年前の…!ブラックリストナンバー0!」

だから何なんだよそのアダ名は。本当にやめて。永久欠番の殿堂入り扱いマジに嫌だから。この先あなた方と関わる事ないんでリストから外してよ。
決め顔で指差したイケメンに舌打ちし、もっとハートフルな名前にしてくれと乙女のレイコは心底願わずにはいられない。
なんやねんブラックリストナンバー0て。数字で呼ぶな。人造人間か。よく見てよこの容姿端麗才色兼備なポケモンニートをさぁ。こんなにプリティでキュアキュアな人間捕まえてブラックリストはないでしょ。日曜朝にも余裕で出られる風貌。もっと私に似合った可憐さ溢れる…キュアプリンセスとか、キュアフローラとか、キュアハートとか、いかにもヒロインらしい二つ名があるというのに。何なら変身ポーズやってやろうか?ひだまりポカポカ!キュアロゼッタ!

そこまで考え、私はハッと思い出した。
せや!ひだまりポカポカキュアロゼッタの!お供妖精の!そう!

「ランス!さん!」

両手で指を差して私はウェイ風に叫んだ。
思い出したー!ランス!そうだよランスだよ!めっちゃスッキリした!何せヒワダタウンで会ったのとかもはや遥か遠い過去のようだからね。そりゃ忘れるわ。
いきなり指差されて名前を叫ばれたランスはもちろん驚きつつ引いていたが、刺さっていた小骨が取れた私は気分よくボールを取り出し天を仰ぐ。
いやーよかったよかった。ここまで出かかってるのに!って時は正解を聞くより自分で思い出した方が俄然すっきりするんだよな。己の記憶力の良さに感服するわい。普通は一度戦った相手は忘れないものだが、瞬殺バトルのレイコにその理屈は通用しないのであった。

一方的にすっきりしたところで自称冷酷に向き直り、実は私が三年前の悪魔だけではない事を思い知らされてやろうとドヤ顔を晒す。

「一度ならず二度までも私の邪魔をするとは…」
「三度ですよ」
「え?」

とぼけた顔のランスに、快適な旅を邪魔されたのはこっちだと言いたい気持ちをこらえて私はリュックからサングラスとマスクを取り出した。それを素早く装着しチンピラ風に構えれば、ランスは死んだはずのフリーザが生きてたと知ったクリリンみたいな顔をして驚き、一瞬声を上擦らせながら叫ぶ。

「ヤドンの井戸の!」
「ファイナルアンサー?」
「え…あ、ファイナルアンサー…」

変装道具を取り、私は神妙な顔でランスを見つめた。これを逃すともう百万円には戻れないと言わんばかりの気迫が、数秒二人の間に流れ、私の心がみのもんたと一つになった時、そのジャッジは下る。

「正解!」

局内のラジオから正解の音が流れたと同時に、私はランスに拍手を送った。
おめでとう!一千万円獲得おめでとうございます!こんな茶番に付き合ってくれるあなたの頭もめでたい!何だこれマジで。絶対大丈夫じゃないだろこの組織。いっそ解散させてやるのが優しさみたいな気持ちになってきたがな。
無駄にノリのいいロケット団に引きながらも、ランスは安堵したように息をついていたので、こんな慢心だらけの幹部じゃ他に就職先ないんだろうな…と私は同情の視線で相手を見た。ニートに就職について心配されるなんてさぞかし屈辱だろう。まぁお前らもニートみたいなもんだろうけどな。福利厚生くらいつけてもらえ。

「…そんな顔をしてたんですね、てっきり般若のような女かと…」
「失敬な。三年前から美少女ですよ」
「まぁ自分で言うほどではありませんが…」

じろじろと人の容姿を見ながら応えたランスを、完膚なきまでに叩きのめしてやる事を私は誓った。
どこまで失敬なんだこの野郎。お前も言うほどイケメンじゃない事もないぞ!クソ!イケメンです!顔面偏差値に嘘はつけない、それが私であった。
般若でもないし誰も言ってくれないんだから自分でくらい言わせてくれ。それとも何だ?自分で言うほどではないが客観的に見ればそれなりに美女、という意味か?だったら好感度爆アゲだわ。早く言え。
ロケット団のくせに審美眼はあるらしいな…と評価を改めていれば、ようやく茶番に嫌気が差したらしい。ランスは話題をすり替え、いかにも悪役な事を言いながら客観的美女の私を指差した。

「とにかく!三度も邪魔をしてまで私を怒らせたいのですね」
「いやそんな趣味はないけど…強いて言うならイケメンの顔を見る趣味はあるかな…」
「…その手には乗りませんよ」

どの手だ。ハニートラップとでも思ってんのかこいつ。宮なんとか崎議員かな?
ちょっとまんざらでもない顔をしたランス議員に苦笑を隠せない私は、別にイケメンの顔を見る趣味もない事を思い出したので、早く終わらせようと煽りの手招きをした。

「怒った顔の方がイケメンだってんなら怒ってくださいよ」
「いいでしょう…お望み通り、ロケット団幹部の怒りを見せて差し上げますよ!」

イケメンな事を全然否定しないランスに若干イラついてきたので、いつもより二割増しのスピードで相手を叩きのめすよう私はカビゴンに伝えた。少しは謙遜しろや。私が言えた事じゃないけどな。

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