ド田舎タウンに戻ると、何故かウツギ研究所の前には人だかりが出来ていた。この過疎地の一体どこにこれだけの人が…と驚いたのも束の間、パトカーが研究所の横に停まっているのを発見し、只事ではないと察する。

え?何?まさか…事件…!?こんなド田舎で…!?
裏の林に死体でも遺棄されてたのか、と無駄にリアルな想像をし、人混みをかきわける私は、この時、自身の脳に天才的な閃きが走るのを感じた。
ウツギ博士、セキュリティの杜撰な研究所、やばい息子、覗き…これらから導き出される事は…!

ウツギ博士、息子に殺されたんじゃ…!?

ポケットモンスターから一気に逆転裁判と化した作風に、私は慌てて黄色いテープの前まで行く。
嘘でしょウツギ博士…!さっき会った時はあんなに元気だったのに…せっかく卵だって持って帰ってきたんだよ…!?何かの間違いだって言って!博士に私のチャーハンを食べてもらおうと思って…練習してるんですからね!

混乱のあまりバーナビーになってしまう私だったが、ともかく事実を確かめなくては、と入口の警官にトレーナーカードを見せ、関係者である事を示し、研究所へと小走りで向かった。
すると想像していたより深刻な雰囲気はなく、私が着いた頃には鑑識も撤退を始めており、全体的に収束感があった。さすがに全年齢ゲームで殺人はないか…と思い直し、荒らされた形跡も血痕ないし、もちろん江戸川コナンもいない事から、博士の生存ルートは確立できそうである。

よかった…いくらやばい息子とはいえ殺人まではさすがにね。考えてみれば、最強のトレーナーになるとか言ってた奴が人殺しなんてするわけないか。
とんでもない犯罪に巻き込まれずに済んだ事へはホッとしつつ、しかしそれなら一体この騒ぎは何事なんだろう。博士を探して歩き回っていると、不審な単独ニートの存在に気付いた一人の警官が、訝しげな目つきで声をかけてきた。

「何だねキミは?」

立ち塞がるようにして現れたそいつは、いかにも態度だけでかい新人という様子で私を睨んだ。確かに家族でも就労者でもないニートを怪しむのは当然だと思うけど、わりと横柄な感じに来られたのでイラついた。お前こそ何なんだね。こちとら最強ニート主様だぞ。

「今はポケモン盗難事件の取り調べ中なのだが…」
「ポケモン盗難事件?」

早々に事情を察せそうなネーミングを、私は復唱した。説明的なモブのおかげで、謎は八割解けたって感じだ。

もしかして…研究所のポケモン盗まれたのか?セキュリティがカスすぎて?
予想できなくもなかった事態に私は溜息をつき、殺人まではいかなくてもなかなか深刻な状況は、素直に心をざわつかせた。だから言わんこっちゃない…と田舎をなめすぎたウツギ博士たちに、もっと早く警笛を鳴らすべきだったと後悔する。

いや私もまさかこんな田舎で事件なんか起きるわけないよね…と思ってはいたよ、思ってはいたけどやっぱ鍵もかけずにいるってのは駄目だったと思うな!時代は令和、何が起きるかわからないデンジャラスな昨今だからね。危機感を持つ事の大切さを思い知るべきだったんだよ。この事件をきっかけに、少しでも博士たちが認識を改めてくれたらいいなって思ってる…平成最後に言えるのはそれだけよ。

私は一体何様なんだよと自らの人格を疑問視しながら、ひとまず怪しむ警官をやり過ごすべくトレーナーカードを提示しようとした。しかし直前で、相手はハッとしたように目を見開くと、一歩引いて素っ頓狂な事をほざきやがった。

「捜査の法則その一。犯人は現場に戻る!という事は…まさか、キミが犯人!?」
「何でやねん」

何だこいつ。毛利小五郎か?
帰って早々いきなり犯人呼ばわりされた私は、もちろん気を悪くするどころの話ではなかった。濡れ衣を着せられた怒りで無能警官を睨み、こんな奴に私の税金が支払われているのだと思ったら、日本の未来は暗黒である。

馬鹿かこいつ。どんなに貧しかろうと親父の財布以外からは一銭も盗まねぇ、それがニートのプライドなんだよ!おまけにポケモン盗難ですって?そんなもん盗んでどうすんだ!食費がかさむだけじゃないか!
家計圧迫カビゴンを抱える私は溜息をつき、いいからウツギ博士に会わせてくれと交渉を続けた。何が捜査の法則だ、マニュアルに縛られ融通も応用も利かない、お前のような奴が警察の品位を落とすんだよ。恥を知りなさい。

恥だらけのニートを棚に上げる私と警官の押し問答はしばらく続くかに思われたが、そんなループを救う存在が颯爽と現れた。それは蒼井翔太ではなく、ワカバに降りたたった一人の天使…。

「ちょっと待って!この人は関係ありません!」

警官と睨み合う私の後ろから、天から木漏れ日が差し空には虹が架かり人々が感動の涙を流すような尊い声が響いた。それは荒んだ私の心を一瞬で癒す、眩しく輝く純粋な少年!

「ヒビキくん…!」

ワカバに舞い降りた天使、ヒビキ。唯一神である。
颯爽と現れ、そして私を庇ってくれるという神プレイングは、出るとこ出てこの警官を窓際部署に追い込んでやると意気込んでいた私の心を、一瞬で入れ替えさせた。わざわざ駆けつけてくれたんだと思ったら、感動で涙が出そうである。

ヒビキくん…!なんて優しい子なんだろう。大人の間に割って入るなんて勇気がいるだろうに、我が身を顧みず私の無罪を主張してくれるなんて…!もうヒビキくんが信じてくれるならそれでいい…そして君が無事で本当によかった…!
ウツギ博士の安否はもうどうでもいいや…とフグ刺しより薄い情を披露しながら、ヒビキに感謝の念を送っていると、彼は私の潔白を証明しに来ただけではない事がすぐに発覚した。警官の無能が嘘のように有能さを発揮すると、同時に私の無能さまで露呈する事になってしまうのだった。

「僕…見たんです!真っ赤な髪をした奴が、ここを覗いてるのを!」
「…え?」

ヒビキの口から飛び出た言葉に、私はきれいな二度見を決めて驚いた。何故ならヒビキくんが、そいつをまるで初見のように語ったからである。
どういう事?と頭を抱え、彼のリアクションに戸惑い、私は自分がとんでもない勘違いをしていた可能性にやっと気が付いた。ヨシノシティで出会った状況が鮮明に思い出され、点と点が今、しっかりと太い線で繋がった。

その男の子なら…私も見たしド突かれたし何ならポケモン勝負までしたけど、でも…そいつが犯人なわけないよな?だって…あれは…。

「あの子…ウツギ博士の息子さんなんじゃないの…?」
「全然違うよ!似てねーじゃん!」

最もな指摘をされ、私はようやく己の愚かさを知った。この無能警官をディスれないほどの馬鹿さ加減に、心の底から落ち込みそうである。

マジかよ…マジかよ!あいつ、博士の息子じゃなかったのか!

衝撃の事実は、饒舌な私から言葉を奪った。

いや確かに似てないとは思ったよ!どのパーツも遺伝してないからな、不審に思わなかったといえば嘘になる。でも母親似かもしれないじゃん!突然変異だってあるかもじゃん!家の敷地にいたら、博士のご家族だって思うのが普通じゃん!息子いるって言ったし!

ようやく不審行動の辻褄が合い、勘違いの連鎖から解き放たれ、私は消沈した。
クソ…!なんてこった!博士の息子じゃないと知ってれば数発殴ってやったのに…!度重なる無礼の御礼参りができなかった事を悔やんだが、全ては後の祭りである。
つまり奴がここを覗いていたのはポケモンを盗むためだったって事か…。みすみす窃盗犯を逃がしてしまった負い目もあり、私は事情聴取に協力した。話を聞いてるうちに、あのワニノコこそ研究所から盗まれたポケモンだと知って、ますます申し訳ない気持ちになる。

そうとは知らずカビゴンの全体重をぶつけてしまって…本当にすまない…でも盗まれたわりには別に普通にしてたな。ていうかふてぶてしかったし。ドロボーイの言う事もちゃんと聞いていた姿を思い出しながら、自分が盗まれた事に気付いているのかさえ怪しい様子のワニノコに思いを馳せる。
盗まれたのが他のポケモンじゃなく、あの図太いワニノコだったのは不幸中の幸いだったかもしれないよ…と他人事のように考え、いずれにせよ取り返すまでは奴のたくましさに期待するしかない。強く生きろ、と内心で励まし、あとはジョウトの警察の力に任せた。私が探してやる義理もないし。見かけたら多少はまぁ…尽力しよう。通報とかな。雑。

一通りの聴取を終え、ようやくウツギ博士の元へ行くと、向こうもちょうど聞き取りが終わったらしく、落胆した様子で私に声をかけてきた。さっき会った時とは別人のように疲弊し切っている。無理もない。セコムにすら入っていなかったせいでポケモン盗られたわけだからな。今すぐ施錠しろ。

「レイコさん…大変な目に遭ったよ」
「ご愁傷様です」

完全に枯れている博士は、やはりあの赤毛とは似ても似つかないので、何故こいつらを親子と勘違いしてしまったのか、あの時の私の心境が今となっては謎である。得意気に名推理を披露してたけど全部外してたわ。どうか誰もワカバタウン第二話を読み返しませんように…。

まぁ誰も怪我がなくてよかったですね、と慰めると、博士は力なく笑みを浮かべた。今はその健気さが切なく、普段の幸薄さも相まって同情心が湧き出てくる。
確かに今回の件は残念だったけど…ワニノコ図太そうだったし、あのガキも最強のトレーナーになるとか言ってたから、無下にはしないんじゃないだろうか。いやわかんないな…人の事いきなりド突くし…躾と称した暴行を加えているかも…。
嫌な想像をしながら、それでもCERO:Aを信じる事しかできない私に、ウツギ博士は突然何かを思い出したように顔を上げた。

「あ、そうそう…ポケモン爺さんの大発見って何だったの?」

投げやりな感じに問われ、私も思い出す。
そうだ。そういやそんな事もあったな。

背中の重みを忘れるほどの大事件のせいで、すっかり記憶から消えていたが、わざわざここまで戻ってきたのはこれを届けるためだったのだ。
私はリュックを下ろし、パンパンに詰められた箱を取り出して、それを机にそっと置いた。人混みをかきわけて来たから、正直状態が心配な部分はあったけれど、中を開けるとヒビ一つ入っていない卵が現れたため、無事におつかいを済ませられた事に安堵する。

よかったー。これで卵まで壊れてたら博士に会わせる顔がなかったよ。スクランブルエッグにして食べずに済み、届けた物を見て首を傾げる博士へ、私はポケモン爺さんの言葉をそのまま伝える。

「爺さん曰く、ポケモンの卵らしいです」
「ポ…ポケモンの卵だって!?」

心底驚いたように飛び退くと、ようやく博士も調子が戻ってきたらしい。私はもう散々卵に関してはコメントしたので、今さら何も言う事はないが、とりあえずこの世紀の大発見のおかげで博士が元気になるなら良い事だと思うよ。まぁきっと偽物だろうけど。現実は非情である。

この驚き方を見るに、どうやらポケモンの出生は本当に謎めいているみたいだ。いまだに信じ難く、どう考えてもおかしいけど、あの爺さんやオーキド、そしてウツギ博士までもがそう言うんだから、人間の力ってのにも限りがあるって事なんだろうよ。多くの知恵を得ても全てを解明できるわけではない、それを痛感するレイコであった。ぼーっと生きてるだけだと思うけどな。

一通り驚いたあと、博士は冷静に卵の観察を始める。中の音を聞き、動いている事を確かめ、神妙な面持ちで息を飲んだ。

「た、確かにこんなもの見た事がない…しかし…いやでも…これがもし本当にポケモンの卵だとしたら大変な事だよ…」
「ですね」
「ポケモンがどうやって生まれるのか、その疑問が解決されるんだからね…!」
「ですね」

恐ろしく適当な私の相槌も耳に入らないくらい、博士は興奮した様子を見せる。落ち込んでたってポケモンが戻ってくるわけじゃないし、これで気が紛れたならまぁ苦労して持ち帰った甲斐があったって事だな。実際は微塵も苦労していない私は微笑みを浮かべ、軽くなった肩を回しながら研究所をあとにした。

「卵の件はこっちで調べてみるよ、ありがとう。また何かあったら連絡するから!」

最後に博士はそう言ったが、ぶっちゃけ一切興味がないので連絡は不要である。本当どうでもいい。卵が本物だろうと偽物だろうと、そうですか…以外に感想を言えないからコミュ障は。語彙のなさ舐めないでくれよ。
適当に頷いて、まぁポケモン泥棒が捕まった時は教えてくださいと手を振った。カビゴンが叩きのめしたワニノコの安否は気になるところだしね。どうしよう、次会った時になかやまきんに君みたいになってたら…もうお前が最強のトレーナーでいいよ。

旅が始まって早々苦い気持ちにさせられたが、ニートは自分のすべき事をやるのみである。
気を引き締め、夕陽が出始めたワカバの町を出発しようとすると、研究所のそばにヒビキくんがいるのが見えた。反射的に近付く私は、飼い主に駆け寄る犬が如く軽やかな足取りである。すっかり飼い慣らされてんじゃねぇよ。

さっき庇ってくれたからな、お礼を言わなくちゃ。無能警官から解放された私を出迎えたヒビキは、笑みをたずさえつつも浮かない顔だった。

「ヒビキくん、さっきはありがとう。おかげで容疑も晴れたよ」

お世話になった感謝を述べれば、照れたように頷いてくれたけれど、心優しい彼は事件のことが心に残り続けているみたいだった。心配そうに眉を下げ、見知らぬポケモンの身を案じる。

「大丈夫かな…盗まれたポケモン」

なんていい子なんだ。常軌を逸したこの優しさ。あの泥棒に爪の垢煎じて飲ませてやりてぇよ。
善のガキと悪のガキを交互に見せつけられ、その落差の激しさに、人間とは何故こうも違うのだろうと神に問いかけそうである。
神…どうして…人をこのように作った?みんながヒビキくんみたいにいい子なら世界は平和だってのに…。血筋や環境で人格を決定するなんて残酷だよ。あいつの親もどうせろくでもない奴なんだろうな。どんな面してるか見てやりたいぜ。三年前に見ている事などもちろんレイコは知る由もない。

株上昇中のヒビキを慰めるべく、私はヨシノシティの一部始終を思い出しながら、気休めにしかならない言葉を投げた。そこには若干、私の希望も含まれていたりする。

「盗んだからには何か理由があったのかもしれないし…きっと大丈夫だよ。ふてぶてしそうな顔してたしな、あのワニノコ」

楽観的にも程がある発言だったが、ヒビキくんは微笑みかけてくれた。天使さえも膝をつくであろうその無垢な表情に、逆に私の方が慰められた気分である。

し、沁みる…優しさが…!微笑みだけで戦士が剣を捨てる尊さ、君はいつかジョウトのマザーテレサと呼ばれるだろうね。当たらない予言をしながら、ヒビキくんがこんなに心配してるなら、少しはワニノコの事を気にかけてみようかな…と善の心に感化されるレイコであった。ニートは混沌・悪だよ一生。

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