六階のわりに最上階は相当高く感じた。景色もそうだけどのぼってきた体感的には二十階くらいあったわ。ちょっと誇張したけど。
ジャッキー・チェンが清掃してそうな窓ガラスの前に、一人の男が佇んでいる。まるで手に入れた街を見下ろしながらも、代わりに失ったものを思い出して虚しさを抱いているかのような後ろ姿は哀愁があり、これまでのポンコツ幹部とは一味違う雰囲気があった。
こいつがラスボスか。私が来ても動揺する事なく窓の外を眺めているあたり、相当な実力者なのだろう。カビゴンの地響きで気付かないはずないから。つまり無視だから。失礼すぎだろ。
誰だろうと負ける気はしないけど、あのサカキの代わりにロケット団を束ねている相手である。いきなりリアルファイトを仕掛けてくる可能性がないとも言い切れないため、私は適度な距離を保って臨んだ。
なんか最後と思ったら緊張してきたな…三年前に組織を壊滅させ、ここまで筋肉痛以外ノーダメの私を前にしてもこの余裕…只者ではない気がする。
一体どんな顔をしているんだと神妙な面持ちで構えていれば、相手はついに振り返った。スローモーションで体を傾けた幹部の姿やいかに…!

「ついにここまで来ましたか」

え、普通ー。普通だー。
ぶっちゃけゴルゴ13のような強面を想像していた私は、現れた男の醤油顔に二度見をする。
え?普通じゃん。インテリ系の端整な顔立ち。前髪の短さがちょっと三戸なつめを彷彿とさせるが、サカキとは正反対でちょっと驚いた。だってボスっていうからめっちゃ厳ついのかと思って覚悟してたんですよ…またリアルファイトかもなって…でもこれなら勝てそう。いや勝てねぇよ筋肉痛クソニートじゃ。
膨張色である白の服に身を包んでいても細身に見えるその男は、足も長けりゃ首も長く、タートルネックを優雅に着こなし、スタイルの良さを惜しみなく披露している。程ほどにイラついてきたわ。体力が資本のボス、そんな痩せ型でやっていけると思ってんの?私のように六階まで階段駆け上がっただけでバテても知らないからね。何の忠告。
昭和ボス体型のサカキに代わり、平成体型のボスは私を意味深に見つめると、至極丁寧に挨拶をする。

「私はアポロ。今回の作戦を指揮しています」

そしてどえらい名前だな。ポルノグラフィティ世代が一斉に立ち上がったわ今。
僕らの生まれてくるずっとずっと前にはもうロケット団復活計画はスタートしていたとでもいうのだろうか。いかにも最終幹部っぽい響きに息を飲み、私も自己紹介した方がいいかどうか考えていたところで、明治のチョコは話を続けた。

「連絡は届いていますよ。三年前からあなたは優秀なトレーナーだったようですね」

お前のところにはちゃんとほうれんそうが行き届いてんだ。下の幹部は約一名届いてなかった奴いたけど。ランスさんハブられてんの?かわいそう。微塵も思ってないです。
最強の私を優秀という過小評価にとどめておく点に関しては不満だったが、それを上回る自信があってこその発言なのかもしれない。ここまできて負けるとは思わないけど…でも風貌的にチャカ持ってそうだし…下のアホ連中とは違いそう…なんたってボス代理だからな。警戒していたのにいきなり頭を撃ち抜かれるなんていうテラフォーマーズみたいな事があるかもしれない。CERO:Aなのも忘れている私はカビゴンという肉壁から離れられない。
体力もぼちぼち限界だから一気に畳み掛けたいところだったけど、最終決戦ともなると対話は必須。二倍速でお送りしたい気持ちを堪え、私はアポロの話に耳を傾けた。しかしここに来てようやく、私はこれまで抱えていた不満を解消される事になり、さすがボス代理と相手を見直す事になったのであった。

「あの日から…あなたの顔を一日たりとも忘れた事はない」

瞬間、私の心に風が吹き抜けた。
決め顔で放ったアポロの言葉に、募りに募ったモヤつきが一瞬で消え去った。それはずっと私が欲していた台詞だったからだ。
やっと。
やっと会えた。
やっと会えたね…私を覚えてくれていた人…!

崩れ落ちそうな膝を押さえ、私は震える。
ここまでの道のり、長かった。ヤドンの井戸に始まり、数々の戦闘員をなぎ倒してきたが、誰一人として私のカビゴンを見ても、あれこいつ三年前に組織壊滅させた奴じゃね?と気付く事はなかった。ランスには若干バレかけたが馬鹿なのでごまかせた。最強の名を欲しいままにし、一度見たら絶対に忘れないであろう圧倒的実力を持った私を、まさかここまで全員キレイさっぱり忘れていると知った日には、さすがの私も自信を喪失しそうになったものである。え?私本当はそんなに強くないの?なんてビビった日もあった。でも違った!
ロケット団員、全員壊滅的に記憶力がなかっただけなんだ!
奇跡かよ。揃いも揃ってよくこんな馬鹿集められたな。お前も大変だったろうこんなアホ組織をまとめ上げるのは…サカキの苦労もお察しするぜ。あるいは馬鹿だからこそ、ロケット団に身を置くしかなかったのかもしれない。憐れな事だ…同情する。ニートに同情されてる事にも同情する。無限ループ。やっぱりそんな悲しい組織はね、終わらせなくちゃならないよ。何より私のこと忘れてるような団体に存続の価値なし!
本音が出たところで気合いを入れ直した。覚えてる奴が一人いたってだけでもう思い残す事はないね。その記憶力に免じて苦しまないようあの世に送ってくれるわ。主人公とは思えない発言をお詫びして訂正もせず、肉壁の後ろから私は前へ出た。あなたは私を覚えていたが私はあなたをちっとも覚えていない事に関しては謝罪したい。しょうがないだろ全員下っ端のドット絵だったんだから。許せや。
一日たりとも忘れた事がないほど恨まれていた事は恐怖だけども、己の身の安全のためにもやはり因果はここで断ち切らなくてはならない。牢獄送りする気しかない私とは裏腹に、アポロは野望を語り出した。次のページに行く頃には負けているとも知らずに。

「我々はラジオ局を乗っ取り、全国に向けて復活を宣言するのです。そうすればどこかで修行中のサカキ様も戻られるに違いない」

乗っ取りの目的それだったのか。
何の為にこんなところまで来させられたのかをようやく明示され、私は次々にすっきりしていく。なるほどね。確かに多くのトレーナーが持っているであろうポケギアにはラジオが搭載されてるから、サカキの耳にも入りやすいかもしれない。でもこう思ってしまうのは私だけだろうか。テレビの方がよかったんじゃね?と。
野暮なので指摘はせず、アポロの長い話をやり過ごすべく私は今は亡きサカキに思いでも馳せておいた。勝手に殺してしまった事は目を瞑ってくれ。
しかし修行か…そんな真面目なことやってんだねサカキ様。余程私のような小娘に負けた事が悔しかったと見える。プライドもバッキバキだろうな。私だってクソガキニートに負けたら怒りではらわた煮えくり返るだろうよ。うるせぇな。
それに引き換えこの私…なに?三年間なにやってました?ニートだっつの。何だろうな…悪の親玉でさえ真面目に修行してるのに私こんな…ふらふらして最強をキープしてるだなんて…いくらなんでも罪深すぎるだろ。チート。才能。圧倒的カリスマ。自分で自分が怖いわ。
各地を旅してきて、真っ直ぐに努力を重ねてきた人々を見てきた身としてはちょっと胸が痛んだけれども、しかしそういう人たちの平和を守るためにも私はやっぱりここで、この不届きな連中をぶっ倒さなくちゃならないんだって思うよね。それが才能を与えられた者としての使命…そして快適なニート生活を送るための試練。高尚な事を言ってみたが結局は自身の平穏を乱されたくないだけである。レイコはクズであった。アポロの話をいまいち聞いていないクソでもあった。ごめんて。

「昔の栄光を取り戻すのです…あなたに奪われた栄光を」
「栄…光…?」

しっくり来なさすぎて感情のないロボットのような声を出してしまった。コ…コロ…?
栄光なんてあったの?的な反応をついしてしまうと、アポロもようやく私を睨みつける。冷静だったがその内に宿る憎しみの炎はどうやら果てしなく熱いらしい。逆恨みもいいところだ。栄光なんて印刷所くらいしか知らないし、そんなもの昔も今もありゃしない。人に散々迷惑かけといて栄光も何もあるかよ。悔い改めてよね。この三年で何回私が警察に聴取されたと思ってんだ。もう実況見分でシルフに行くのは嫌!安い週刊誌でいまだにシルフ事件の真相を特集してるのも嫌!ロケット団を壊滅させたのは赤い帽子の子供!?ニートとの噂も…みたいな煽り文を見てドキッとするのも嫌なの!早く風化させたい!この事件!
断ち切る!と意気込めばアポロもとうとうボールを構えた。

「これ以上邪魔はさせませんよ。あなたを倒して取り戻す!サカキ様のロケット団を!」

いつの間にかラジオ放送の止んだ塔内で、繰り出されたデルビルの咆哮と共にアポロが吠えた。サカキ様…サカキ様…とすすり泣く声が聞こえてきていたこの幽霊塔ともようやくおさらばできそうな気配に、私はホッと胸を撫で下ろし、同時にまたしても行き場を失った憐れな犯罪者たちに思いを馳せた。私という最強クソニートに敗れても、ロケット団は永久に不滅だ!と巨人軍みたいな事を言い続ける団員共の顔が走馬灯のように浮かんでは消える。
サカキ…姿はなくとも恐ろしい男だった。三年も行方をくらましているにも関わらず、いまだ部下からの信頼が厚いカリスマ性に満ちたオッサン。普通こういう場合、デスピサロに取って代わろうとしたエビルプリーストの如く、サカキに代わり組織を乗っ取ろうと企てる輩がいるものだけど、ランスもラムダもアテナもアポロも下っ端たちもみんなサカキの帰りを待っているわけだ。他に居場所がないとでも言わんばかりに。圧倒的人望。同じニートとは思えないこの差。やかましいわ。
別に恨みがあって解散させたわけじゃないけどさ、と私は溜息をつく。いや私の旅の進行を阻んだ恨みはあるけど…そうだよ。犯罪組織とか関係ないね。善良な市民だろうとクソガキだろうと関係ない。お前たちがどれだけこの日を待ち焦がれていたかも関係ないし、サカキがロケット団再興を目論んでいようと関係ないんだ。
誰であろうとも、たとえ組織でしか生きられない人であろうとも、私の前に立った以上、負けてもらわなくちゃ困るのだ。
最強っていうキャラ付けのためにな。

「サカキ様…お許しください…」

キャラ付けのために倒された最後の一体をアポロがボールにしまい、三年に渡る私達の因縁にようやく、ケリがついたのであった。

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