マジで私フスベの出身じゃなくてよかった。

「来たわね」

もう何も耳に入ってこねぇ。あまりに衝撃すぎて思考回路はショート寸前よ。
フスベに着いた私は早々にジムに挑み、トレーナー達を蹴散らして、いつものことながらさっさとジムリーダーの元へ辿り着いていたのだが、現れた女の風貌に度肝を抜かされフリーズした。したっていうかしてる今も。なう。
いやもうこれだけは言いたくなかったけどさ。私だって万年ニートジャージだし、しまむらブランドだし、人のファッションに口出せるような人間じゃないんだけども。

でもお前の格好はおかしいよ!

叫びかけた言葉を寸前で飲み込み、私は呼吸を止めた。
そりゃこの辺りの人は全員おかしかったよ。安定のマントだったしさ。ワタルの下位互換って感じで異質な街ではあったけども。
でもこの人はすごくないか!?突き抜けてる!一皮剥けてる!
堂々と私の前に立ちはだかるフスベジムのジムリーダーは、ドラゴンの似合う美しい女性だった。最後のジムに相応しいと感じる凛々しさと自信を持ち合わせ、カビゴンが歩く事で発生する地響きにも狼狽えない、やはり他のトレーナーとは一味違うぜ…と思わせるだけの気迫があった。
でもその格好はおかしいよ!

駄目だ、堂々巡りだ。何なんだこの街は。マントで人の注意をそらす作戦でもあるっていうのか。わざと遅刻して相手をイラつかせて勝ったという宮本武蔵を彷彿とさせる図に、私は翻弄されているのかもしれない。
え、この街ではその服を着るのが決まりなのかな…それとも自分の意思で?女のドラゴン使い他にもいたけどここまでではなかったですよ。こんな…なに?素材がサムスみたいな服。ポケモンじゃなくてあなたがスマブラに出れるレベルのボディスーツ&マント。グラマーだからいいのか?私がこれ着ろって言われたら迷わず故郷捨てるぜ。
まぁ別に似合ってるからいいのかもしれない…という感覚にまで辿り着いたところで、私はようやくジムリーダーとしっかり対峙した。顔だけ見る事を心がけ、これが終わったらカイリュー、これが終わったらカイリュー、と頭の中で唱え続ける。ジム戦動機がいつにも増して不純であった。
そしてこんなに文字数を使っておいて自己紹介すらまだという事に気付いた私は、服弄りの申し訳なさから若干食い気味に名乗る。

「レイコと言います。本日はよろしくお願いします」
「私はイブキ。世界で一番のドラゴン使いよ」
「一番?世界で?」
「そう。実力もポケモンリーグ四天王にだって負けてなんかないわよ!」

それピンポイントにワタルじゃね。ポケモンリーグ四天王でドラゴン使いっつったらワタルじゃねーか。辞表出してらっしゃったけど。
どうやらテンション高めの美女らしい。そりゃハイテンションじゃなきゃそんな服着てられないよね…駄目だまた服をディスってしまった…集中。全集中の呼吸をするんだよ。
いきなり大きく出たイブキは、相当自信があるらしい。でないと世界で一番とか四天王に負けてないとか言えないよ。私もたぶん世界で一番強いけど、謙虚だから口が裂けても言えないな。慎ましやかだから。大和撫子だから。それが和の心だから。ツッコミ不在でお送りしております。
本当にワタルより強いのかなぁと疑問を抱きつつも、結局私が勝つからわりとどうでもよかった。そんな事より世界で一番のドラゴン使いなんて恐れ多い事を言って破壊光線がどこからともなく発射されないかどうかの方が心配である。トラウマ。

「どう?それでもまだ戦うの?」
「そのために来たんで…」
「そう…わかったわ。じゃあ始めましょう!私もトレーナー、どんな相手だって全力でぶつかってあげる!」

自信げな表情でイブキはボールを構えた。私もファッションチェックをしている場合ではないので、本来の目的を思い出し、カビゴンの地響きで体を揺らす。
なんか…いろいろやりづらいな…目のやり場もそうだけど、こうも自信満々で来られるとブチのめしにくいっていうか、どんな結果になってもいい勝負だったよ!って笑顔で言ってくれない感があるというか。アカネちゃんの傷も癒えていない私は警戒し、刺されやしないか心配になって少し距離を取った。しかしまさかこれが功を奏すとは思わなかったわけだ。


一体、また一体とワンパンでなぎ倒し、二体のハクリューを沈めたあたりでイブキの顔色が変わって、キングドラを潰した頃には完全に形相が大変な事になっていた。
凛とした美女から一転、山岸由花子なみの豹変オーラを纏った彼女から、憎しみの波紋を感じる。次のポケモンを出さなかったので、恐らく私の勝ちだろう。だよね?勝ったよね?それさえもわからないくらいイブキは呆然と立ち尽くして、恐怖のあまりカビゴンをしまえない私は、息を飲みながら様子を見守った。
え、なに…怖い…怖いよ!なんで黙ってるの?バッジくれよ!アカネちゃんパターンなのか!?
倒れたキングドラを一言も発さずボールに戻したイブキが、私のトラウマを呼び起こさせる。こちとらまだ華の十代、目の前で年上に号泣されてみろや、一生物の恐怖だぞ。お願いだからあっさりバッジちょうだいよと祈るような思いでカビゴンの影に隠れていたら、イブキはようやく口を開いた。恐ろしく低音で。

「この私が負けるなんて…信じられない…何かの間違いよ…」

正解の音なんですよお!間違ってないよお!だって私強いから!ワタルにだって勝ってるんだから!
嫌な予感が確実のものとなり、私は怯えた。やばいよこれ怒ってるって…やっぱドラゴン使いって強いんだろうな、ジムリーダーになるくらいなんだから相当の修行を積んで挑戦に来る雑魚トレーナーを蹴散らしてきたんでしょう、ろくに負ける事もなく。そして膨れ上がったプライドが今、クソニートによって砕かれた。言ってる意味がわかるか?
フスベのバッジは!そう簡単に!もらえないって事なんだよ!

「私は認めないわ!」

ほらねー!?何か言い出したでしょ!わかる!攻略記事見たから!メタ乙!
認めないってどういう事だよ!と憤りたい気持ちは抑え、今にも人を刺しそうなイブキを刺激しないよう、私は低姿勢を貫いた。
意味がわからん。ポケモン勝負はトレーナーやポケモンとの触れ合い…というのもわかってはきたけど、でもジム戦は勝利と敗北の二つに一つ、負けたらジムリーダーはバッジを渡すのが決まりなんですよ!十六回挑んだ私が言うんだから間違いないね!内二回はリーダー不在、一回は施錠、そしてバッジをもらえなかったのが今回で二回目だ。お前ら仕事しろ。
ヒステリーそうなボディスーツ女に恐怖を抱きながらも、私は早くカイリューがほしいのである。勇気を振り絞り、バッジくださいと言うつもりで前へ出た。かなり成長した。アカネちゃんの時と比べたら雲泥の差よ。私自身の戦闘スキルも上がってきたからな…ラジオ塔の往復で体力もついたし、万一殴りかかってきたらこの護身用のスタンガンで返り討ちだぜ。戦闘スキル関係ない。
しかし、物騒な考えの私をよそに、イブキは非戦闘員だったらしい。少し冷静になったのかしっかりと日本語を話して、けれどもジムリーダーにあるまじき悪あがきを繰り出すのだった。

「負けて言うのも何だけど、あなたの考え方ではポケモンリーグ挑戦なんて無理に決まってるわよ」

無理じゃなかったから!実績あるから!人が黙ってりゃ付け上がりやがって!スタンガンぶちかますぞ!
いよいよ我慢ならなくなってきたところで、私はチャンピオン有段者である事を伝えようとした。しかしこの様子だと信じてもらえない可能性が高いと気付き、歯を食い縛って耐え忍ぶ。嘘乙とか言われたら本当にスタンガンの刑に処しかねない…ニートから一気に受刑者ですよそんな事したら。暴行容疑で逮捕。起訴。実刑判決。保釈金を出さない父。規則正しい刑務所での日々。耐えられない。夜中に寝て昼に起きる生活ができないなんて私には無理!頼むよ!耐えられないんだ!
ここは佐伯瑛改め子犬のような目で見つめながら、どうしてもバッジもらえませんか…?と同情に訴えるべきか、と思ったところで、先方から提案が飛んだ。

「そうだわ!このジムの裏に龍の穴と呼ばれる場所があるの」
「えっ、龍の穴?」

聞き捨てならないフレーズに、私は背筋を伸ばして反応した。龍の穴といったら、ワタルがカイリューをくれると言った場所だったからだ。
え?マジ?龍の穴ってジムの裏にあるの?探さずに済んだじゃん。本当か?ラッキー。え、そこ行けるんだったらさ、別にバッジとかいらなくない?それともフスベのバッジがないとカイリューが言うこと聞かないとかそういう制約があるのかな?そもそもどうやってカイリューもらえるんだろ。まぁ行けばわかる事だからいいけど。空を飛ぶへ一歩前進した事が、私の荒んだ心を癒し、スタンガンを収納させた。物騒。
それにしても一体何故いきなり龍の穴なんだろう、と疑問を抱き始めた私に、タイミングよくイブキはネタばらしをする。NPCとして優秀。何でもないです。

「中央に祠があるからそこへ行ってごらんなさい。もしあなたの考えが認められたなら、私もあなたがジムバッジを渡すに相応しいトレーナーだと認めてあげるわ!」

何やら意味深な台詞だったが、ひとまずバッジがもらえない事は把握した。薄々勘付いてたけど確定。アカネセカンドインパクト発動。
深い溜息をつき、私はもう抵抗する気力も失って、イブキの言う通りにする事を決意する。
ジムバッジってさ…ジムリーダーの独断で渡すか渡さないか決めていいもんなんですかね…もしこれでさらに駄々こねられたら抗議して大丈夫か?悪質なジムとしてトレーナー協会に訴えても大丈夫ですかね?次来た時は録音させてもらいますよ。このハゲー!って私を罵るところをな!
某議員化するイブキを想像しながら、私はフスベジムを出た。苦労して氷の抜け道を脱出したと思ったら次から次へと本当に…やってらんないよ。激ヤバ衣装で目潰しもしてくるし。恐ろしいジムだった。まだ終わってないけど。
ジムから出てもマントだらけの街に視覚を奪われつつ、私はカイリューだけを心のよりどころにしながら、龍の穴に向かうのであった。

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