イブキの言ってた台詞で気になる事がある。それは、あなたの考えが認められたなら、というやつだ。
なんだ認められるって。祠に行けって言ってたけど…もしや祠にドラゴンの神としてカイリュー様を祀っていて、そいつに勝てたらバッジをあげるというポケモン的なイベントでもあるんだろうか。それなら余裕だな。ポケモン勝負だけで全て解決できる世の中、非常にチョロくて好きです。
勝手な想像を膨らませて龍の穴に足を踏み入れた私は、その名の通り厳かな雰囲気を放つ空間に、思わず感心の息を吐いた。
龍の穴って感じするー。専用BGMもあるし。氷の抜け道と近いからかな、空気も冷てぇ。
洞窟はほとんど湖状態で、澄んだ水の中を優雅に泳ぐコイキングと視線が合ったりしながら、奥に見えている祠を目指した。イブキの口振りから試練的な雰囲気を感じていたけれど、思いの外すぐに目的地を見つけ、逆に罠かと疑ってしまう。
木造の建物っぽいぞ…意外と小さいな。あの中にカイリューはさすがにいないか。厳島神社を彷彿とさせる佇まいに、私のようなニートが来て大丈夫だったんだろうかと不安を覚えるも、ジムバッジ、そしてカイリューゲットのためである。迷わず進むしかない。たとえ何が待ち受けていようとも!
いざ空を飛ぶ!と上陸した勢いそのままに、私は祠の扉を開けた。結構大きな音を立ててしまった事を恥じたのは、普通に中に人がいたからであった。

え、まさか人ん家?

開けて早々、私の目に飛び込んできたのは、かしこまって正座をする三人の老人であった。松明の灯りだけが照らす室内に、怪しげに座るじじい&じじい&じじい。
え。なに。どういう事?なんで?
まさか人がいるとは思わなかったため、私は露骨にテンパった。
だって…何故こんな辺鄙なところに…!?しかも薄暗い!井戸端会議か!?ここで!?
場所選べよ!と言いたい気持ちを堪えていれば、突然の来訪者に驚くこともなく、一番奥の老人が私に微笑みかける。友好的な様子に、やっとホッとした。

「よく来たのう」
「ど、どうも」
「なーに、心配するでない。何も言わなくてもわかっておる。イブキの奴に言われてここまで来たのじゃろう?」

名探偵。ずばり言い当てられ、私は縦に大きく首を振った。
そうなんですよ。バッジくれないって言うからイブキさん。ていうかあっさり見破られたって事はあの人自分が負けるたびここにトレーナー派遣してんの?往生際悪すぎかよ。アカネちゃん越えたわ。
何にしても話が通じそうな爺さんでよかった。ちょっと宗教っぽい雰囲気醸し出してるから、いきなり塩とか撒かれるんじゃないかって心配したじゃねーかよ。紛らわしい。奇人に会いすぎて感覚が狂っている私は、導かれるがまま爺さんの元まで歩き、よくわからない龍のオブジェみたいなもので囲んである内装に引きつつ進んだ。ドラゴン使い全体的にセンス狂ってるだろ。

「あの娘にも困ったものよ。まぁお主には申し訳ないが少し試させてもらうぞ」
「試すって…バトルとかですか?」
「いやいや、わしの質問に答えてもらうだけじゃよ」

瞬間、私は戦慄した。優しそうな爺さんじゃん、と油断したのも束の間、試練内容がまさかのポケモン勝負でなかった事に驚き、思わず後ずさってしまう。
馬鹿な。このポケモンバトル至上主義の世界で、質問…だと?
戦慄だよ戦慄。冗談だろ?乾いた笑みすら出てしまい、私は現実を受け入れる事ができない。
いつだって、あらゆる試練は最強のカビゴンが解決してくれた。それは全ての基準がポケモン勝負の勝敗に委ねられていたからだ。勝った者こそ正義!負ければ悪!そんな恐ろしい図式の中、私は日々拳を振るっていたわけである。
それがこんな…質問?私の人間性を真っ先に問われる…質問ですって?

正直に言うわ。自信/Zeroよ。
イブキが言ってた認められるだの何だのはこういう事だったわけかい。とんでもない女ですよ奴は。のん気にカイリューゲットでピッピカチュウとか言ってた数分前の私、ピエロやで。
どうしよう…あなたは神を信じますか?系のやつだったら。一切の正解がわからないよ。なんでジムは撃破したのにこんなところで詰まなきゃならないんだ…カイリューもどこにいるのかわからないし…脇のじじい二人は微動だにしないし…もう嫌だ。怖い。帰りたい。
残念なことに老人とはマイペースな生き物である。泣き言を言う私を待ってはくれないので、早々にジャブ通り越してストレートを喰らわせてきた。

「お主にとって、強さとは?」

詰んだよ〜抽象的すぎるよ〜。
目を光らせた老人の問いに、私の脳は死んだ。ご臨終です。
永遠の課題と言うに相応しいそれを、容赦なく私のような小娘にぶつけてくるあたり、ドラゴン使いってのは自分にも他人にも厳しい種族である事を痛感した。ぬるま湯に浸かってきた私も、いよいよ年貢の納め時というわけよ。
こんな難易度の高いクイズミリオネアある?と半泣きでカビゴンのボールを握りしめる。
どうしよう。なんて答えたらみのもんたに一千万とバッジもらえるんだ。なんて答えたらカイリュー手に入れられる?
必死に頭を回転させ、不意に老人を見た時、その瞳の鋭さに、一瞬ワタルの面影を見て私はハッとした。

ちげぇよ。今考えるのはクイズの答えじゃなくて、強さとは何なのかって事だよ。
小賢しい真似は止せレイコ。心のままに、思うままにやってきたじゃないかいつもいつも。計算なんてらしくないぜ。どうせ馬鹿な小卒なんだから何やっても無駄。うるせぇよ。
これまでの出来事が走馬灯のように蘇り、最後に会ったツンデレ氏が、ワタルに言われた愛と信頼の意味がわからないと言っていた事を思い出した。偉そうに説教垂れたくせに、自分はちょっと突かれてこのザマかい。笑わせやがる。
愛と信頼か…わかるぜ。それを貫くのも強さだよな。でも愛と信頼が足りてないのはツンデレであって、私じゃない。私の強さってなんだろう。ニートへの執着心なら間違いなく宇宙一だと自負してるけども。
ボールを見つめながら、私はしばらく黙り込んだ。考えては首を振り、それを繰り返す。
え…なんだろう強さって…ググっても全然違うこと出てくるしな…人それぞれってわけ?あるな。それでいくか。いやでもじゃあお前のは何?って聞かれたら詰むから駄目か。もうなんでそんな難しいかつ答えに困ること聞くの?手抜き?まだ因数分解の方が希望あったよ…1%くらい。どっちにしろ詰み。

どれくらい経っただろうか。私は立ち尽くしたままボールを見つめ、かつてない窮地に心はほぼ無の状態に陥っていた。常にカビゴンが助けてくれていたこの旅。しかし今日ばかりは己の力で這い上がらなくてはならない。
いやもう無理だよ。だってカビゴンがいてこその私だもん。神様、仏様、そしてカビゴン様の三大神で私の世界は成り立ってるからね。そりゃ自分だけでやらなきゃならない時もあるよ、ポケモン勝負はカビゴン神に頼りきりだけど、道中の登山とか素潜りとかボルダリングとかは私がやるっきゃない。何故なら空を飛ぶが使えないから。原付と二本の足で進むしかねぇから。
それでも挫けずにいられたのはやっぱニートへの執着と、そしてカビゴンがいてくれたからじゃないですか。開いてるか開いてないかわからない不二周助のような瞳で、常に傍にいてくれたから私はここまで来てるわけ。こんな辺鄙でセンスのない祠に!パンピーなら怖気づくようなイブキの眼光を乗り越えて!共に目指す夢のために来てんだよ!つまりそういう事!

「私は…強い…!」

言い聞かせるように発し、すぐに首を振る。もう語彙がない。元々ないんだからどうでもいい!

「いや弱いんだけど!でもカビゴンと一緒だと…強くあれるというか…」

きつくボールを握りしめ、嘘偽りない気持ちを伝えた。揃いも揃って沈黙している老人三人は正直恐ろしかったが、やるしかないから仕方ねぇ。ツンデレ氏だってよくわからない愛と信頼を模索してるんだ、私も頑張らないと。次会った時めちゃくちゃ内面が成長してたらショックだしよ。守りたい、大人の威厳。

「ポケモン勝負だけじゃなくて…一緒なら何でも出来そうな気がする…そういう気持ちにさせてくれる…」

あとは…と指折り数えてカビゴンと育った日々を思い出していく。
本当いつも頼ってばっかで悪いけど、カビゴンがいたおかげで親父のクソ鬼畜課題もやり遂げられたし、今回もきっと何とかなるはずだよ。おつきみ山でピッピが記録できなくて心がバッキバキに折れてた時も、まぁ巡り合わせだからこういうのは…的な顔で励ましてくれたしさ、洞窟で迷って腹減って死にそうな時だって、こっちより腹減って死にそうなカビゴンがいたから、私がしっかりしないと…って奮い立ったし、そういう風に支え合って生きてるわけ。二人だから扉も開くわけ。エルサの心の氷も溶けるわけ。そう!強さとは!ディズニーがいつも教えてくれる!これが答えよ!

それ以上言葉が出ず、真面目な空気に耐えられなくなった私は脳内で着々とふざけ始め、魚雷ガールに叱咤される事を恐れながらジャッジを待った。微動だにしなかった左右の老人たちも、審議中みたいな顔で中央の爺さんを見やり、審判の時が近付いてくる。
お願いだからもう許して…バッジもカイリューもほしい、そしてニートにもなりたい!これって我儘ですか?そんなわけねぇ、まずバッジは絶対くれなきゃおかしいから!そうだよだって勝ったんだもん!強気に出てもよくない!?訴えたら勝てる事ない!?
調子を取り戻し始めてふんぞり返った私に、老人はついに頷いた。心臓が口から飛び出そうなくらい緊張していれば、仏のような微笑みを向けられ、この瞬間、私のヌルゲーのような人生の継続が確定する。

「レイコよ、今の気持ちを忘れるでないぞ」
「えっ…」

それはつまり…?ていうか私そもそも名乗ったっけ?話通してあったの?個人情報はデリケートに扱ってくださいよ。
どうでもいい事に引っかかっていた時、突然扉が勢いよく開けられた。後ろから響いた轟音に肩を揺らして、あまりの音に何かの襲撃かと身構えたら、そこにいたのは公式からも衣装いじりをされる、ボディースーツ&マントのイブキであった。お前もっと静かに開けろよ。
したり顔の彼女はマントを翻し、負けたくせに勝ち誇った顔で私に並び立った。近くで見ると余計…すごいな…圧が…すごい。小池栄子のような存在感。この老人たちは特にマントなどは着用していないのに何故彼女だけこの衣装を強いられているのだろう…キャラデザがあるから…?ジムリーダーも大変だな…同情する。
バッジをくれなくて困っているというのに、衣装への同情心からいまいち憎めない私は、イブキの高圧的な態度も生暖かい目で見守ってしまう。

「結果はどうかしら?聞くまでもないと思うけど、あなたでは無理だったでしょう?」
「え…えっと…」

合否を聞く前にお前が入ってきて私もまだわかんねぇんだよ。NPCなんだからちゃんと時間通り入ってきて。服もタイミングも規格外かよ。
イブキは捨て置き、私もちゃんと結果を聞きたいと思い、恐る恐る老人を見た。最後のリアクションだといい感じだったように思うのだが…?わりと適当なこと言ったし何なら答えになってない気もしたけども、とにかくもう何でもいいからこの空間から解放されたい。センスの狂ったこの魔境から!一刻も早く!
私が失明する前に!と祈るような気持ちで老人を見た。みのもんたより長い溜めを息を飲んで待ち、そして願いが通じたのか、老人はゆっくりと頷いた。それは合格なの?合格の頷きって事でいいの?みのさんみたいに正解って言ってくんなきゃわかんないよ!
戸惑いキレる私だったが、こっちが声を上げる前に隣のボディスーツが突然吠えた。

「え!」

あまりの大声に私はまたしても肩を揺らした。ちょっともう何…!いきなりフォント200くらいの声出すのやめてよ…アニマル浜口じゃないんだから…京子も困ってるでしょ!
耳を押さえ、何やら驚いた様子のイブキから私はそっと離れる。その感じだとあれか…やっぱ合格でいいのか…正直な感じが好印象だったのかもな…就活はスムーズにいくかもしれん。しないけど。ニートはすぐそこまで迫っているぞ。

「合格…?そんな!嘘でしょ!」

どうやら合格っぽい。セーフ!まさかこの旅で人徳が必要とは思わなかったわ。反省を活かし今後はもうちょっと真面目に生きます。無職以外で。そこだろ。
ガラスの仮面のように白目を剥いて驚くイブキは、私と老人を交互に見ながら絶望の表情を浮かべている。そしてこちらに迫りながら叫んだ。

「わ、私だってまだ認めてもらってないのに!」

どんな回答したんだこの女。私のあれで通ったんだからわりと難易度低いだろ。

「こりゃイブキ!この者、技も心も見事なものじゃ。観念してライジングバッジを渡さんか!」

すると先程まで穏やかだったじじいが突然怒鳴り出し、どいつもこいつも声がでかくて私は完全に怯え切っていた。帰りたい欲がピークに達し、イブキの前に手を出してバッジを催促する。寒いし怖いしセンス悪いしもう頼む、解放してくれ。疲れたよパトラッシュ…普段使わない頭使ったから脳が死んでるんだ…死んでるからあのじじいがどうして私を絶賛しているのかわからない…そもそも技は見てないだろ…私が繰り出した技は悪あがきだけだわ…何故か勝ったしな。主人公補正の力ってすげー!
老人の一喝が効いたのか、イブキはあれだけ自信げに上げていた眉を下げ、悔しそうに唇を噛む。この期に及んでまだバッジくれないの?といっそ衝撃を受けていたら、とどめの叱咤がじいさんから飛び、私まで驚くはめになった。

「さもないと…この事をワタルに言いつけるぞ!」

聞き慣れた人物の名に、私は顔を上げた。やっぱワタルこの土地と関連あるんだ、と納得し、という事はカイリューにも信憑性が増して、少し希望の光が見え始める。
ワタルもここで修行したのかな。口振りからして相当偉い人っぽいぞ。まぁ四天王だしね。元な。元四天王。トレーナーとしても実力者だし、正義感も強いし、ここでも一目置かれてるっぽいし、何とも謎の多い人だよ。
また会えるよね、的なことを言われた気がするが、できればあまり会いたくないのでこの土地からも早く去りたいものである。イブキさんもいい加減バッジくれよ…と見上げたところで、私は菅田将暉も驚く、見たこともない景色を見た。
ワタルの名前が出た途端、あれだけ高圧的だったイブキは嘘みたいに縮こまり、隣でガタガタと震え出したではないか。あまりの変わり様に私も鳥肌を立たせ、マジで何者なんだよワタルは!とますます会いたくなくて会いたくなくて震えた。
あのイブキさんをこんなにさせるってどういうこと!?大体名前が脅しに使われるってどんな奴だよ!確かに人に向かって破壊光線撃ってたけど!殺人未遂だと思うけど!こんなとこでも恐れられてんのかよ。あんなに軽いノリで関わっていい人だったのか?関わってきたのは向こうだけどな。
どうやらドラゴン使い界でもサディスティックエンジェルだったらしいワタルに恐れをなしたのか、イブキは震える手を私に添えた。

「わ、わかりましたわ…」

声も震えとる。かわいそうに。この分だと破壊光線向けられた人はPTSDになってるかもしれないな。

「…さぁ、これがライジングバッジよ…さっさと受け取りなさい」

無造作に渡されたバッジを受け取り、苦労して手に入れたそれを大事にしまって私はやっと息をついた。いまだ悔しそうなイブキだったが、ワタルへの恐怖には勝てないのか途端におとなしくなり、静かに肩を落としている。恐ろしい。こんな事になるなら早く渡しとけばよかったって思ってるでしょ絶対。私もそう思う。
何だかワタルのおかげで後味が良くない感じになったけどとりあえず!最後のジム!ライジングバッジ、ゲットだぜ!
カメラに向かってポーズしたあと、何事もなかったかのようにイブキと老人に向き直って私は帰るタイミングを窺う。もうカイリューはまた今度でいいや…というかここにはあまり来たくない…語彙のなさや人間性のなさを思い起こされてつらいわ。
疲弊する私をよそに、老人からのイブキへの説教は続く。

「イブキよ、お前になくてこの者にあるもの…それが何かをよく考える事じゃ」

美的センスかな?
最後まで服が気になるすぎる件を回避できない私に、突然じじいが話を振ってきて心臓に悪かった。というかまだ帰れない事に驚きを隠せないよ。

「ところで…」

隣で説教を一緒に聞かされるのかと絶望していると、じいさんは穏やかさを取り戻して私を見る。身内に厳しく他人に優しい、それがドラゴン使いなのだろうか。他人に破壊光線を撃ってた奴いるからそんな事ねぇな。

「キミじゃな、チョウジタウンでワタルと会ったというのは」

ちょうどワタルのことを考えていた時にそんな事を言われ、私は大きく頷いた。
なんだこいつ、さっきからめっちゃワタルの話してくるやん!やたら推すな!そりゃ元四天王なら当然かもね!まぁ倒したんですけど!昔の話さ。あの時の彼…すごく優しかった…変わっちゃったね…ワタルさん…私見てられなかった…あなたが殺人未遂罪を犯すところなんて…。
脳内で元彼感を勝手に出してしまったけど、そもそもこの人ワタルとどういう関係なんだろう。イブキは完全にブルっちまってるが、じいさんは呼び捨てにしてるし、謎の多い連中だよね、ドラゴン使い。なんでか私がチョウジでワタルと会った事まで把握してる始末。情報網もやばそう。やっぱ関わらないに限るな…と苦笑していれば、老人は禿げ気味の頭を突然深々と下げた。

「色々と世話になったようじゃな」
「あ、いえ…それほどでも…」

ありますけども。もっと感謝して。
私もお辞儀をし、忌々しいチョウジタウンでの出来事を思い出して歯を食い縛った。
あれな…もう…絶対私の協力いらなかったから…ワタル一人で解決できたでしょ、怪電波事件。あそこから私の転落人生始まってんだから…やってらんないね。似てないモノマネは聞かれるし、グラサンマスク姿見られるし…恥ずかしい…一番弱味握られたらまずい人だったのではないか。
激しく後悔していると、それまで沈黙していた脇の老人二人が急に喋り出した。もはや置き物とさえ思ってたから普通にびっくりしたわ。告知して。

「長老様に認められた者を見るのはワタル様以来久しぶりじゃ…」
「…長老?」

そしてワタル様。様て。サカキ以外に様をつけられる男がこのポケモン界にいたとは。
驚いたのも束の間、気になるフレーズ、長老の二文字に私は目を見開いた。ようやく全ての謎が解け、正面にいた爺さんを再び見据える。
そうか。やけに偉そうだと思ったらこの人…長老!長老だったのか!
一人だけ分厚い座布団に座っていたから怪しいとは思っていたが…そういう事かい。イブキに説教するしワタルは呼び捨てだしおかしいと思ってたんだよな。ワタルを認めたっていう事はワタルより偉いのか。まぁ長老だもんな…このご時世長老とかいるんだドラゴン使い…やっぱ古風な文化の残る人達なんだね。そしてあの質問で脱落していく人が多すぎる事にも私は驚きを隠せませんよ。どんな外道な回答してんの?怖すぎなんですけど。

「ワタル様は若い頃の長老様にそっくりじゃ。血は争えないものじゃのう…」
「…え?」

ドン引きしていたところにドッキリのセカンドインパクトがきて、私は特に知りたくもなかったワタルの個人情報を続々と入手するはめになってしまう。血は争えないなんて言われたらもう考えられることは一つだった。

長老、ワタルの祖父疑惑。
パズルのピースが一致したよ。父親にしちゃ老けてるから…爺さんだろうな。いま全てわかったわ。長老の頭皮を見て確信した。ワタルの生え際、隔世遺伝だね!間違いない!
イケメンのトレンディエンジェルな末路を見てしまった事に、私は悲しみを隠せない。いずれこうなるなら何もオールバックにする事ないのに…どうして…ワタル…ポケスペのあなたの方が素敵よ…ハゲるかもしれないけど、それを隠すことができない正直さが長老に認められた一因なのかもしれないね…知らんわそんなもん。破壊光線男の老後なんかどうでもいいんだよ。
え、てことはワタルここの出身なの?関西人!?どうりでガサツだと思ったよ!人に向かってポケモンの技使うしさ!これだから地方の奴は…!完全なる偏見。お詫びして訂正いたします。都民ファーストで申し訳ございませんでした。
長老の孫なんて責任重大で大変だな…と同情しつつも、それであの貫禄かと納得もした。動揺したとこ見た事ないし、人をおちょくってはくるけど基本クールでいい人だしね。まぁ変わり者ではあるけどこの街の人はみんなそんなもんだろ。隣の激ヤバスーツを見ながら目を細めていたら、長老は溜息まじりにワタルの愚痴を零した。

「あとは嫁でも貰ってくれたら安心なんじゃがのう…なかなか落ち着かんようでな。どうじゃレイコ、見合いでもしてみんか」
「え」
「だ、駄目よそれは!」

強引なフラグ立てに介入してきたのは、意外にも怯え切っていたイブキだった。いまだ止まらない震えを押して、私と長老の間に割って入る。急展開の連続に私はほぼ棒立ちだ。
疲れてんだよマジで。なんか私いつも疲れてねぇか?原因はわかっています。あなた達マントの民です。鬼門。
ただでさえ帰りたいのに見合いなんてするはずもない私は、苦笑まじりに間に合ってます、と返して丁重にお断りをした。絶対嫌だよワタルの嫁。毎日マントのアイロン掛けが待ってるんでしょ?気が狂うわ。囚人かよ。
こっちにその気は一切ないのに何故かイブキは必死の形相で迫ってきて、この人もしかしてワタルのこと好きなのかな…と服だけでなく男の趣味さえ疑っていれば、青ざめた顔で私の両肩を掴む。

「あなたなら他にいくらでも相手がいるわよ!」

突然のデレ。
あんなにツンケンしてたのがいきなりデレられ、私はいっそ百合展開を警戒し、イブキからそっと離れた。もうフラグの乱立は御免だった。
なに、どうした。どうしたの。なんで突然褒めたの。そりゃ私にはいくらでも石油王とかが寄ってくると思うけど…あなたがそれを言うなんて意外というか…そもそも私のこと全然知らんだろとか…いろいろ思うところはあるがとりあえずサンキュー。貴重なデレ、胸に刻んだわ。
やめなさい、絶対にやめなさい、と震えながらうわ言のように繰り返すイブキは、嫉妬というよりガチめの忠告をしているように感じて、私はゆっくり頷いておいた。これ以上破壊光線の犠牲者は出させない…と言わんばかりの気迫に、この街が抱える闇を垣間見た気がし、私はそれ以上考えるのをやめた。ここは楽しい地獄かよ。

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