結局カイリューもらえなかったな。
恐ろしい試練とワタルの怖さを噛みしめたところで、私はようやく祠から脱出した。大して動いてもいないのに汗は出るし体は重いし、全くとんでもないところだったよ…マジにジムとして問題あると思うな、ここ。ジムとしてっていうかジムリーダーに問題がありすぎ。絶対クレーム入れてやる。
何にしても無事にバッジは手に入ったので、早くこんなところからはおさらばしたいものである。うかうかしてたらまた何か言われるかもしれないからな、一秒でも早く逃げたい。こういう時って向こうから、やぁレイコちゃんじゃないか!ってワタルが来たりするお決まりのパターンが待ってたりするし…それはクリア後イベント。

「お待ちなさい!」

あああびっくりしたワタルかと思った!
不吉なことを考えていた時に声をかけられ、私は漫画みたいに飛び上がって驚いた。もうやめて!私のライフはゼロよ!今日だけでどれくらい心臓に負荷がかかったか考えたくもない私は、嫌々ながらも声の主に応えるため振り返る。だから早く帰りたかったのに…と嘆いたが、すぐに考えを改めさせられる展開が待っていた。

「イブキさん…」

やたら響く声の主は、本日私を散々追い詰めてくれたボディスーツだった。まだ文句でもあるのか、帰る私を引きとめた彼女は目の前に立ち、圧倒的プレッシャーを放ってくる。
いやもう本当…慣れないから…慣れないんだよその服…目のやり場にも困るしさ…別にどんな服着ててもいいんだけど…でも、圧ってのがあるじゃん?林家ペーパーが目の前にいるの考えてみ?それくらいの圧。一緒にしてやるな。
せっかく手に入ったバッジを取られまいと大事に懐にしまっていたが、どうもイブキの様子がおかしい。バツが悪そうに俯き、頬を染めたかと思うと、小さな声で呟いた。

「…今回は悪かったわね」
「え…いや…別に…」

まさかの謝罪。もうデレが止まらないよ。
反省してくれ、などと言えない私は反射的に会釈をし、イブキの無礼非礼をあっさり許す事となった。案外いい人なのかもな、と思い直し、仏のような笑みを浮かべておく。
まぁジムリーダーになるくらいだし悪い人じゃないのはわかってるんで…ワタルも本当…やばい人じゃないのはわかってるから…まぁ…ね、大丈夫です。お気になさらず。今後はあまり挑戦者を困らせないよう頑張ってください。私を最後の犠牲者にしてよ。こっちはトラブルなんて日常茶飯事で慣れてるから。気にしないで。いや気にしろ全員。
ツンデレの奴もこれくらい素直になってくれたらいいのに…と遠い目をする私は、イブキが謝罪だけのために追ってきたわけではないことを直後に知らされる。

「これ…長老があなたにって」

解放の時を待っていれば、不意にそんな事を言われて一瞬身構えた。まさかワタルのお見合い写真じゃないだろうなと恐怖を抱き、若干の興味には駆られつつも、どうやら全くの別件らしい。イブキが取り出したものを見て、私は今日一番テンションが上がった瞬間を肌で感じた。それはここ数日、焦がれて焦がれて鉄屑になるくらい求めていたものだったからだ。

「あなたになら任せられるって言ってたわ」

イブキが私に差し出したのは、一つのモンスターボールであった。
頭の中で小惑星が次々に通り過ぎ、スペースキャットの顔で思わず思考が宇宙に飛ぶ。衝撃だった。全ての努力が報われた瞬間だった。

これは…このモンスターボールは…!まさか!
龍の穴でもらえるとワタルが言ってたあの!マッハ2で飛ぶ!種族値600族の!
チートポケモン、カイリューでは!?

震える手で受け取り、落とさないようしっかりと握りしめる。
ま、まさか…最後にこんなどんでん返しが待っているとは…嬉しさのあまり言葉が出なかった。どうしよう…ホリプロスカウトキャラバンでグランプリ受賞した時より嬉しいよ…!そんな経歴はない。
ぶっちゃけ半信半疑だったしさっきまで都市伝説とさえ思ってたけど、ワタルの言ってたことは本当だったんだ!ありがとう!ありがとうワタル様!あなたのために毎日マントにアイロンをかけます!ありがとう!ありがとう!喜びに我を忘れ、私はイブキに何度もお辞儀をした。若干引いてた。こっちだってお前の服にドン引きしてたっつーの。
これで空のモンスターボールをプレゼントとかいうオチだったらマジで祠破壊して帰るからな。神にも悪魔にもなれる私は感涙の涙を拭き、続きをどうぞとイブキに会話を促す。
超嬉しい。あとでキミに決めた!ってやつやろう。

「これでバッジも8つ目よね。あなたポケモンリーグの場所はわかる?」
「あ、はい。セキエイ高原ですよね。トキワのゲートから…」
「ジョウトからだとゲートは別なの。ワカバタウンから海を渡って行くのよ」

何それだるいな。統一しろや。別にその辺の設定曖昧でいいだろ。何でもかんでも馬鹿の一つ覚えみたいにゲーム沿いにすればいいってもんじゃないんだからね。こっちの話です。
大人の事情でまたあのド田舎に戻らなきゃならないのかよ…と憂鬱になる私だったが、そもそもポケモンリーグに行く必要があるのかどうかもわからず、ボール片手に唸る。
だってチャンピオンロードもう三年前に記録終わってるしな…でもワタルが四天王やめたならリーグの顔ぶれは変わってるって事で、それならまぁポケモンリーグだけは挑戦してデータ収集する必要があるのかもだけど…洞窟とかは行かなくてよくない?ぶっちゃけ行きたくねぇし。誰も好きこのんで行かねぇよあんなところ。石マニアとかなら行きたがるかもしれないけどさ。そんな奴はいない。いないんだ…そんな奴は。いない。ホウエンとかにもいない。
未来予知の攻撃を受けて参っている私に、突如イブキが喝を入れてくる。もはや大声にも慣れた。慣れたくはなかった。

「ちょっと、何その顔」

いきなり生まれつきの顔面をディスられたのかと思ったが、どうも私は相当神妙な顔で唸っていたらしい。高圧的美女のイブキは眉を吊り上げ、こちらを指差しながら怒鳴る。

「しっかりしなさい!この先なにをするにしても諦めたら許さないからね!」

急にめっちゃいい人じゃん。ツンは仮の姿だったの?それともこれが本当のツンデレで、私がいつも見ているツンデレは、ただのツンドラ…?
衝撃の事実に気付いてしまった私に、デレの追い打ちが止まらない。

「そうでないと負けた私が惨めになるでしょ!」

イブキの激励で、私は目を覚ました。その発想はなかったと目を見開き、一層気を引き締める事となった。
そうか、夢のために全てをなぎ倒してきた私が夢を諦めちゃったら、今まで倒れた人達の犠牲は無駄になっちゃうんだ。
この上ない励ましに、またしても感動の涙が溢れそうである。

「ありがとう…」

口元を押さえながら感謝の意を述べ、私は決心する。
わかった。絶対諦めない。親父にどんな非道な試練を与えられようとも、どれだけ過酷な道でも、変な組織に関わっても、DQNのガキに絡まれても、私絶対諦めない!
倒れたみんなの思いを背負い、決して挫けずやり遂げる。ニートの夢、絶対叶えてみせるから!
いい感じに台無しになったところで、イブキはマントを揺らしながら去っていく。最後に一度だけ振り返り、デレのバーゲンセールは終了するのだった。

「…頑張って」

どうやら長老共々私を認めてくれたらしいイブキに、ポケモンリーグに行くかどうかはわからないけどな、なんて野暮なことを言うのは、さすがに自重しておく私であった。怒られるわ。

  / back / top