再びワカバタウンを出発した私は、ヨシノシティの先にある町、キキョウシティを目指して原付を走らせていた。
疲れたからヨシノで泊まりがてらいろいろ調べたけど、キキョウシティにはジムがあるらしい。あらゆるポケモンの記録を強いられている私は、三年前からジムにも挑戦してバトル風景を撮りまくってるんだけど、今回の旅でもそれは必須イベントなので、積極的にこなしていかなくてはならなかった。
なんか…普通に面倒臭いな…ジム戦。撮影許可も取らなきゃだし、カントーのジムは私のあまりの強さからドーピングを疑われて出禁になったりもしたから、今回もそうなりそうで不安である。
ただだらだら生きてたらカビゴンが勝手に強くなっていっただけなのに…と現実を嘆きながら、まぁそのおかげでジム攻略も一瞬なので、恩恵を得られている部分の方が多いのは間違いない。カビゴンいなかったら本当にただのニートだからな。排気ガスしか生み出さないゴミ。生きてる価値のないカスよ。そこまで言う事ないだろ。
この世に生まれた以上誰しも生きる権利はあるんだから…なんて自分を慰めている間に、キキョウシティに辿り着いた。行ったり来たりしたから遠く感じたけど、実際距離的にはそこまで長くなさそうだったな、ワカバからキキョウまで。
この分だとあの泥棒もさっさと高飛びしてるかもしれない。昨日の今日だからまだこの辺に潜伏してるかも…と思ったが、その可能性は低いと踏み、無駄に通行人をじろじろ見て赤毛かどうか確かめるのはやめた。大体盗人が堂々と歩いてるわけないしな。
残念ながら堂々と歩いている姿を見かけるのは、これから数分後である。
フラグを立てている事に気付かない私は、キキョウに来て早々、ある場所へ訪れていた。マタツボミの塔である。
マダツボミの塔とは、修学旅行でお馴染みの観光スポットだ。二階から上はポケモンが出るので、トレーナーでない者は一階しか見学できないけど、それでもその人気は日本国内のみならず、海外にまで及んでいた。
理由はこの中央で揺れる巨大な柱。その昔、三十メートルを超えるマダツボミが支柱になったと言われており、以来片時も揺れがおさまる事なく、ずっと前後左右にふらふらしまくっているというのだ。そんなものを見るためにわざわざ海外から？と思うだろう。私も思ってた。実物を見るまでは。
「マダツボミのちからってすげー…」
私は揺れる柱を目で追いながら、そのでかさに括目していた。
三十メートルなんて大した事ないと思ってたけど、結構高いな。マンション十階建てくらいはあるんじゃないか。
てっきりマダツボミみたいにひょろひょろの塔かと思っていたけれど、それは広くて大きな古き良き木造建築であった。確かに観光目的で来るなら興味深い場所かもしれない。しかし私はポケモンの記録に来ているので、広ければ広いほど憂鬱なのであった。つらい。
どうして真面目に塔のレポなんてしてるんだろう…と自分を見失いながら、気を取り直して記録に勤しむ。
マジでスタートから最悪だったからな、プテラには破壊光線撃たれるし卵運ばされるし泥棒に会うし…いい加減に運気を上げたいよ。
巨大な柱に合掌して、どうかお助けください…と祈った甲斐あってか、道中は至って順調であった。修行の場にもなってるらしく、坊主がやたらと勝負を仕掛けてくる以外は平和で、誰にも邪魔されず、孤独の記録をこなしていく。まるで嵐の前の静けさみたいで、逆に私は緊張した。
いまだかつてこんなに順調だった事があっただろうか…。私は周囲を見回し、柱の揺れる音を聞きながら息を飲む。
考えすぎかな…。このところ事件ばっかりだったから神経質になってるのかも。何気ない日常に幸せを感じるようになってしまったデンジャラスニートは、事件に巻き込まれる方が稀なのだと言い聞かせ、上を目指し続けた。
しかし高いな…何階まであるんだよ？
４６０キロのカビゴンが暴れてもびくともしない塔に恐れ入りつつ、やっと最上階へと続く階段に辿り着いた。道中絡んできた修行僧によると、一番上にはマダツボミマスターの長老がいるらしく、その人を倒すのを目標としてみんな上まで進んでいるようだった。今も誰か戦っているのか、上から騒がしい音が聞こえている。
腕試しならジム行きゃいいだろ…と元も子もない事を考えながら階段をのぼった私は、そこで衝撃の光景を目にする事となった。
武天老師様みたいな老人が膝をつき、少年の前で倒れているマダツボミをボールにしまった。あれがマダツボミを極めし長老か。他に人いないから間違いないだろう。観光地とは思えないほどの過疎っぷり、いかに坊主どもが行く手を阻んでいるかが如実に現れている。邪魔すんなや。
私が驚いたのは、何も老人がハゲ散らかしていたからではない。ジジイの前に立つ少年の後ろ姿に、見覚えしかなかったからだ。てっきり高飛びしたとばかり思っていたそいつとは一体…！？答えはＣＭのあと！