みんな本当にこんなにしんどい事してんのか?

「…いつ進化すんの?」

45番道路を駆け抜ける私は、いまだ青き龍の姿におさまっているミニリュウに向かい尋ねた。もちろん伝わるはずもないので、つぶらな瞳は不安げに潤んでいる。自分に聞かれましても…って感じだ。だろうな。すまんね。

フスベから南下してワカバタウンへ向かっている私は、ひとまずレベル上げというものをやってみようと思い、初めての試みに怯えながらも、何とかイシツブテを倒しまくって先を進んでいる。さすがドラゴンの里で貰ったとっておきのミニリュウなだけあって、その辺の野生ポケモン相手には負けるべくもないって感じだが、いつもみたいに一撃で倒せない事が心臓に悪く、終始敗北に怯えていた。私が戦っているのは本当にイシツブテなのだろうか、倒すべき相手は野生のポケモンではなく、不敗神話に縋り付く無様な私なのではないだろうか。そう自問しながら、神経をすり減らしていく。真面目にレベル上げろ。

技マシンや秘伝マシンは父の所持品に死ぬほどあるからまぁ…冷凍ビームと波乗りを駆使してその辺のイシツブテやゴマゾウくらいなら何とかなるんだけど、でも…地味すぎないか?防御の努力値稼いでるわけでもないのに、こんな地味なことを…どうして…?
私は知らなかった。世のトレーナーが、地味にこつこつ野生ポケモンを倒し、トレーナーと戦い、やっとの思いで経験値を積んでいる事を。やってみて初めてわかる、この過酷さ。
そりゃ負けてショック受けるはずだよなみんな。こんなに一生懸命やって勝てないとかショックだよ。だからって負けてやる気はないんですけど。負けないしな普通に。なんかカビゴン強いし。
そう、カビゴン。カビゴンが最初から強かった事がそもそも、私のトレーナーとしての地盤ができてない事の原因だよね。通常は皆、初心者用のポケモンをもらい、試行錯誤を繰り返しながら育成のコツなどを掴んでいくもんだ。それが私ときたら…ミニリュウが一撃食らっただけで動揺ですよ。何年トレーナーやってんだよ。もしかしてトレーナーじゃなかったの私?ニートでした。解決いたしました。

そんなこんなで、私はミニリュウとマンツーの特訓を繰り返した。
岡ひろみと宗形コーチのように、愛と厳しさを持って戦った。目指せカイリュー。あの大空を飛ぶために、お前は戦い続けるんだよ!今日からお前は…富士山だ!くよくよすんなよ!頑張れ頑張れもっとやれるって!そこだ諦めるな積極的にポジティブに頑張れ!北京だって頑張ってるんだから!などと励まし続けているうちに、いつの間にか私はワカバタウンにいた。
のどかな町のBGMが、私の中から松岡修造を追い出していく。防御の努力値を積み続けたミニリュウはガッチガチになり、その辺はまた調整させてもらうとして、地味な作業の甲斐あってか、時々現れるドンファンも尻尾一つで薙ぎ払えるレベルにまで到達した。成果が見られた事への感動に私は打ち震える。
なんか…さすが種族値600族の片鱗というか…頑張れば強くなるんだなポケモンって。知らなかったわ。何だかまともなトレーナーになった気がし、あれだけカイリューじゃなくてがっかりしたミニリュウにも、着々と愛情が湧いてくる。
よく見たら顔も可愛いじゃん。きれいなアナコンダだと思ってたけど、盛らなくてもデカ目だし、耳もなんか魚のエラみたいで素敵だね。褒める気あるの?
私の語彙のなさは置いといて、着実に強くなっているというのに、戦闘後のミニリュウはいつも不安げだった。様子を窺うよう私を振り返っては、巨体を縮こまらせて俯く。どうしたんだと聞いても応えない。当たり前。
なんだろう、強すぎるカビゴン先輩に委縮してるんだろうか。パイセンみたいな強い人と同じ土俵でこんな雑魚がしゃしゃり出てサーセン…みたいな心情だったりすんのか。まぁ団体戦で他の選手は強いのに自分が弱いせいで負けちゃうのつらいもんな。知らんけど。

「必ずカイリューにしてやるからよ。頑張れ富士山!」

再び修造を召喚してしまった私の激励にも、ミニリュウは静かに目を伏せるのだった。


「あ!レイコさん!」

涼しげなワカバで一人だけ暑苦しい私に、声をかけてくる奇特な少年がいる。
リーグに行くかどうかはさておいて、ひとまず研究所で金券をもらおうと歩いている最中、癒しの波動がド田舎に響き渡った。私を呼ぶこの変声期前の心地良い音色は、忘れかけていた夢、希望。青雲。それは、君が見た光。
足を止めた私に向かって歩いてくる少年の存在を、どれほど待ちわびた事だろう。最後にコガネの育て屋で会って以来、クソガキにしか絡まれていなかった私は、久しぶりに視認したまともな子供を見て、声を裏返らせながら叫んだ。

「ヒビキくん!」

健全な少年!
帽子を後ろに被り、特徴的な前髪を揺らしながらこちらへ向かってくるのは、ジョウトのオアシスことヒビキくんだった。ワカバで出会って以来、好印象を保ち続けている稀有な少年である。手を振りながら近付いてくる彼の愛らしい笑顔といったらもう…ショタコンに目覚めちゃっても仕方ないよね…いや私は違うけど。別に旅先で似た少年を見つけて声をかけようとしたけど別人だと気付きがっかりするみたいな事ないけど。人混みの中ヒビキくんと同じ髪した子だけ見てるとか全然ないけど。ときめきの導火線着火してるじゃねーか。

「ワカバに来てたんだ!」
「ちょうど今着いたところだよ、元気?」
「はい!」

見て?この輝かしい笑顔。見える?心が荒んだ人ほど輝いて見えるのよ。誰とは言わないけど雲泥の差。赤毛の奴とは雲泥の差よ。誰とは言わないけど。言わないけどツンデレも見習ってほしい。
疲れが一気に取れ、温泉のような効能のあるヒビキくんに微笑みかける私もまた、この瞬間は慈愛に満ちていた。これが…母性…?まともな子の前ではまともな私になれるんだよ。コルダの柚木先輩もそう言ってた。
駆け寄ってきたヒビキくんは早々に、私の後ろにそびえ立つ巨大な龍を見上げ、大きな瞳を輝かせた。ポケモンが大好きと言わんばかりの表情に、やっと正規のポケットモンスターらしさを見出して私は一人頷く。君がいなかったらポケモンという世界観を忘れそうになるな。ヤンキー、マフィア、ニート等々とばかり関わっている現状に嘆く他ない。実は龍が如くの夢小説じゃねぇんだわこれ。

「ミニリュウだ!珍しい…」

感心の声を上げられると、私もまんざらでもない気持ちになって、まぁね?なんて気取ったりしてしまう。
まぁね?じゃねぇよ。何だそのさも自力で手に入れたかのような態度は。質問に答えて頂戴した、いわば応募者全員サービスみたいなもんだぞこいつは。
防御力が異様に高いミニリュウに手を伸ばし、ヒビキくんはそっと体に触れる。やぶさかではないミニリュウも頭を下げ、ヒビキくんに素直に撫でられているから、私はちょっと引き気味に見守る事となった。
え…私も撫でた事ないのに…そんな頭を突き出して撫でてくれ的な態度…トレーナーには全く取ってくれないんですけど。どういう事やねん。まさかお前…ショタコンか…!?
手持ちの性癖など知りたくもない私は首を振り、どうやらまだミニリュウとは距離があるみたいだなと結論付け、それ以上深く考えるのをやめた。止そう、考えたっていい事ないよ。ポケモンは飼い主に似るとかいうのの実証になるだけだからやめよう。本日はお疲れ様でした。
私はショタコンじゃない、私はショタコンじゃない、と脳内で言い聞かせ、不意にヒビキくんに声をかけられてビビるも、気持ちを強く持った。私はショタコンじゃない、優しくされるとチョロくなるだけなんだ…。闇深すぎだろ。

「新しいポケモン育ててるんですね」
「まぁ…いろいろあってね…」
「あ、そういえばレイコさんに貰ったトゲピー、進化したんだよ!」

嬉しそうに言ったヒビキくんは、ボールを取り出して私に見せる。健忘症の私は、トゲ…ピー…?と心を知らないロボットのように首を傾げるも、すぐに卵のことを思い出して手を叩いた。
あれか!ポケモン爺さんのところから貰ってきた卵!が孵ったのをヒビキくんに押し付けたやつ!
こおろぎさとみの声で鳴くポケモンね、と頷き、進化したなら記録させてくれやと図鑑とカメラを取り出した。トゲチックと表示されたそいつは、幸せポケモンだなんて呼ばれているらしく、マジで私の元にいなくてよかったなとしみじみ思うばかりである。一気に不幸ポケモンへ急降下よ。やかましいわ。
何か懐き進化しそうな顔してるし、ヒビキくんに預けたのは英断だったと当時の私を褒め称える。おかげで記録もできたしな。ありがたい限りですよ。頭上がらないヒビキくんには。疲れたニートの心を癒し、まともな人間がこの世界にいる事を思い出させ、ポケモンに慈愛の心を持って向き合う姿に胸打たれる…彼を見ているだけで荒んだ気持ちが洗われるような…そういう存在よ。どっちが主人公だった?
己のアイデンティティを疑問視し始める私だったが、次のヒビキくんの台詞で早々に気分が切り替わる事となった。

「レイコさんにもらったポケモンだから…大事にしてます」

着火だわこんなもん。着火した。ときめきの導火線、体中を走っていきます。
あまりの萌えに、私は雄叫びを上げたい気持ちをこらえ、必死で歯を食い縛った。照れたような少年の物言いは、いっそ罪深さすら感じる。
お前本当マジで知らんぞ、そんなに可愛くてどうするの?お前が可愛すぎるのがいけないんだよ!って犯罪者に逆上されてもおかしくない。私が守ってあげるから。あなたを苦しめるすべての事からCause I Love You…まぁ現状一番危ないのは私だけどな。うるせぇよ。
駄目だ、ヒビキくんといると自分を見失ってしまう。大事にしてるなんて言われたら卵ポケモンを押し付けた事への罪悪感が一層募って血反吐を吐きそうだったけれど、何とか気を鎮めて話も逸らした。空を飛べそうなトゲチックのフォルムに心の傷も疼き、私は遠い目をしながら愚痴をこぼす。

「私も早く進化させたいな…結構強くなったんだけど」
「いつ捕まえたの?」
「昨日」
「昨日!?」

ミニリュウを見上げながら答えた私に、さっきまで輝いていたヒビキくんは漫画みたいに二度見を決め込んだ。信じられないものでも見ているかのような眼差しに、数々の失言を繰り返していた私といえども動揺を隠せない。
え、なに…!何かやばいこと言ったか?ヒビキくんにドン引かれたらこの上ないショックなんですけど。カイリューもらえなかった事の比じゃないよ!
苦笑まじりに吐き出される言葉を、私はドキドキしながら待つ。

「昨日今日で進化するわけないよ…すごく強そうだけどさ」

レイコさんちょっと抜けてるよね、と呆れながらも微笑まれた事に安心しつつ、思わぬマジレスに私はごついミニリュウを触る。
まぁ確かに…そうかもしれんな。意外とガンガンレベル上がるからいけるかと思ったけどそんなに甘くないか…初代赤緑とか30時間くらいあればクリアできるらしいから一日で進化も可能とばかり…メタ発言もその辺にしてもらおうか。
どうやら空を飛ぶのは相当先になりそうだと溜息をつく私に、ヒビキくんはまたしても質問を投げた。

「レイコさん、ワカバに戻ってきたって事は…もしかしてポケモンリーグ挑戦?」
「うん…一応バッジ集まったから…考えてるところ」
「すごいなぁ…きっとレイコさんならチャンピオンになれるよ!」

なったしな。詳しくは三年前参照。

「なんたってラジオ塔の事件解決しちゃうくらいだもんね!」
「…えっ」

無邪気なヒビキくんの言葉をそのまま流しかけたところで、私は違和感に気付き目を見開く。するとヒビキくんは、しまった、という顔をし、口元を押さえたため、場に緊張感が走った。
何故。何故私がラジオ塔のロケット団事件を解決した事を知っているんだ…!?その情報はトップシークレット、関係者には厳重に口止めをして誓約書まで書かせたというのに…?まさか漏れてる…?マスコミが実家に殺到?私の平和なニートライフ崩壊?
最悪の想像をしていると、突然ヒビキくんは頭を下げた。鋭利な前髪が空を切り、風圧で私の服が少し揺れる。かまいたち起きそうな勢いだったんだが。

「ご…ごめんなさい!」

そしていきなり何の謝罪なんだ!
怯える私は、ひとまず顔を上げてくれとヒビキくんの肩を揺らす。何なの、どういう事なの?まさか…み、見てたの?ツンデレに服を脱がされそうになってるところや、私がラジオ塔と地下通路の往復で筋肉痛になっている無様な姿を、キミ、見てたのか…!?
ストーカー慣れしているとはいえ繊細な年頃である。ただでさえワタルに似てない物真似を見られていた傷が癒えてないというのに、ヒビキくんにまで無様なところを見られてたとしたら私…もう…!顔を覆い、羞恥で死にそうになっている私だったが、ヒビキくんの謝罪は決してストーカーに対するものなどではなかった。

「レイコさんの記録動画…ウツギ博士のところに送られてくるでしょ…?博士がチェックしてるのこっそり見ちゃって…その時にロケット団と戦ってるのが映ってたから…」

ビビらせんなー!ストーカー増えたかと思ったわい!自意識過剰乙!
今世紀最大の焦りと安堵が同時に来たね。私は大きく息を吐き、それなら別にいいよ…と力なく返事をした。びっくりさせないでよ本当…ていうかどんだけ管理が杜撰なんだよウツギ研究所…マジで民家じゃねーか…戦闘記録だけなら私は映ってないからやばい姿は見られてない…大丈夫、大丈夫…そう言い聞かせて自分を保った。必死すぎる。
内緒だからね、と念押しし、平穏が保たれたままである事に感謝した。よかったー私の事がお茶の間に流れてるとかじゃなくて。マスコミの力は恐ろしいからな…事件の英雄、ニートだった!みたいな見出しつけられて個人情報特定された日にはもう終わりですよ。きっと世間からはバッシング、ヒビキくんには軽蔑され、研究を依頼したオーキド博士などにも迷惑をかけてしまうに違いない。様々なものと戦いながら、やはりこれ以上妙な組織とは関わるべきではないなと結論付け、一刻も早いニート化を決意するのであった。
三年前のシルフの件は何故かレッドとかいう子供が解決した事になってるらしいが…レッドってグリーンの友達のあのレッドの事なんだろうか?不意に浮かんだ疑問を遮るよう、ヒビキくんは純粋に私を褒め称える。

「みんなのために大活躍だね、レイコさん。僕も何だか嬉しいよ」

もっと鼻が高くなってもいいのよ。褒められると悪い気はしないので、まぁたまには悪党退治もいいかな、と調子のいい事を思う私だった。秒で決意覆してんじゃねぇよ。
これ以上いい子オーラに浄化され続けたらニートでいられなくなってしまうかもしれない。人の形を保っているうちに、私はヒビキくんから離れようと口を開いた。名残り惜しいけど…あんまり君と関わってるといざツンデレが出てきた時のがっかり感が半端じゃないから…もう終わりにしましょう、私達。いやツンデレの方と終わりにしてぇわ謎のライバル関係。
尚、このあと歌舞練場で会うはめになる事を、この時のレイコはまだ知らない。

「ありがとう…ところでウツギ博士って研究所にいる?」
「あ、はい!首を長くして待ってますよ」

アローラナッシーみたいになってんのかな。
引きとめちゃってごめんなさい、と律儀に謝るヒビキくんにまた萌え狂いながら、正直もう博士とか金券とかどうでもいいなと思いつつも、別れの時は来てしまう。またね、と手を振り、最後になってしまったが、去りゆくヒビキくんに感謝の念を伝えた。

「トゲ…なんだっけ、卵のポケモン!大事に育ててくれてありがとう。おかげで図鑑埋まったよ」


家へと向かう彼にそう告げると、ヒビキくんは照れたように笑っていた。守りたい、この笑顔。自然とそのフレーズが浮かび、特に守りたくはないウツギ博士の元へ、私も歩みを進めていく。
本当にヒビキくんに押し付け…いや卵預けてよかったな。結構珍しいポケモンだったんじゃないか?道中チョゲプリィィィも進化系も一回も見なかったし、これはきっと行くべき人のところに行ったって事なんでしょうよ。押し付けを正当化しつつ、荒んだ気持ちが回復した事を清々しく思う私であったが、ウツギ博士からのプレゼントが金券でなかった事に関しては、人一倍にキレてしまうのであった。いい加減報酬くれ。

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