18.スズの塔

あれは今から三年前。シルフを救ったお礼に、とあるものを社長から貰った事を、皆は覚えているだろうか。
そう、それはマスターボール。どんなポケモンでも必ず捕まえられるという、人権ならぬポケ権を無視した恐ろしいアイテムだ。シルフの新製品だからね、と特注のやつをもらったわけだが、それが何故かまた私の手の中にある。無論、三年前にもらったものとは別のボールである。

「いいものってこれかよ…!」

ウツギ研究所を出た私は、田舎で一人叫んだ。わざわざワカバまで来いって言うくらいだからどんなすごいものかと思ったのに、まさかのマスボ。見覚えのある球体が出てきた時にはさすがに硬直したね。
持っとるわすでに!三年前!故郷の誇りの大企業から頂戴したから!いらん!いらんけど超サプライズみたいな顔で渡されたらいらねぇとか言えなかった!いい子だからね!ありがとう!
そりゃあ普通のトレーナーだったらこの上ないプレゼントかもしれないけど…私捕獲とかしないからさぁ…ただの荷物。金庫行き。持て余してます三年前から。
これ本当どうしたらいいの?もし我が家に物取りが入ってマスボ二つも盗まれたりしたら大惨事ですよ。だってどんなポケモンでも捕まえられちゃうんだぜ?そんな何個も生産しちゃ駄目だって…一応ポケモン研究を認められた人にだけ記念品感覚で渡してるらしいが、お前盗難事件があった研究所にそんなもん贈ってんじゃねぇよ…危機管理能力が底辺。研究所ソムリエがいたらここは一つ星だからな。悔い改めて。
ワカバの風に吹かれながら、このタイミングでもらったという事はマスターボールを使うイベントでもあるのだろうかと嫌な予感を覚えつつも、ひとまず今後どうするかを私は考えなくてはならない。金庫行きのお荷物をリュックにしまい、父に進路相談の電話をするべくポケギアを取り出した瞬間、それは鳴った。

「うわびっくりした!」

視線を向けた途端に着信が来て、私は反射的に通話ボタンを押してしまった。相手が誰かも確かめずにタッチしたため、携帯会社の勧誘とかだったら即座に切りたいところである。
ていうか…マスボもらって研究所出たら着信とかこれはもう何かのイベントが動き出している気がするけど!?私は怯え、歯を震わせながら静かに目を閉じた。
い、嫌だ…もう嫌だ!ロケット団の次は何なんだよ…これ以上塔や洞窟に籠城したくないよ…気が休まらない…ただでさえ新入り加入で手持ち事情も慌ただしいってのに。また変なことに巻き込まれるくらいならポケモンリーグに行った方がマシだね!
恐怖のあまりポケギアを遠ざける私だったが、聞き覚えのある声が呼んでいる気がし、やっと着信相手の名前を見た。

「もしもーし!おいレイコ!聞こえてへんのか?」

マサキじゃん。びびらせるんじゃねぇよ。
お前かい!とポケギアを叩き、私は拍子抜けしながらもホッとした。何故なら、着信の主がマサキなら、まずイベントは無いと考えていいからである。だってほぼモブだし。金銀でのお前の出番はエンジュのポケセンとイーブイ譲渡のみ!勝ち確。何もないな。安心して対話できる。
失礼なことを考えつつ、溜息まじりに私は応えた。

「聞こえてるよ」
「ほな無視かい!」
「いろいろあるんだって私にも…」

マッドサイエンティストのお前にはわかるまい、主人公補正ゆえの葛藤など…。悲劇のヒロインを気取って私は涙を拭う真似をした。
一応説明しておくと、マサキは怪しいコガネ人である。苗字がソネザキだったり木戸だったり表記揺れの激しい男よ。以上。雑。
適当な解説をされているとは知らず、マサキはいつになくしおらしい声で、先日の事件の礼を述べた。そう、この間のラジオ塔事件はマサキの妹を救出するために首突っ込んじまったんだよな…礼とか謝罪とかはもういくら言われても言われ足りないから逆に言わなくて大丈夫ですよ。礼を言うなら金をくれ。

「妹の件はすまんかったな…ほんまありがとう」
「いいよ別に…蟹奢ってくれたらそれで」

現金な奴やな…と引いているマサキが、まさかただ礼を言うためだけに電話をしてきたはずがないので、私は用件を急かした。ていうか事件のあと実家に訪問済みだからな。ソネザキ一家から盛大な歓迎を受けて礼も散々言われたから本当にもういい。私がニートになったら蟹を実家に送ってくれ。タラバ、ズワイ、マツバ、何でも大丈夫だから。ん…?マ…ツバ…?ウッ!このあと何かイベントがある気が…!

「それで…何か用?」

起きながらにして予知夢を見る私は、ビジョンを掻き消すよう相手に話を振る。するとマサキは、おそらく得意気な顔をしているであろう声を出しながらトークを繰り出したため、私を若干イラつかせるのであった。

「恩人のレイコちゃんにええ情報持ってきたんやないか」
「情報ー?」
「今な、エンジュでえらい大きいポケモンの影が目撃されてるらしいわ。伝説のポケモンやないかって噂されてんねん」

伝説。その単語で、私の進路が決定した。
同時にリュックにしまった羽根のことを思い出し、大慌てでそれを探し求める。
あれか!あれだよ、あれあれ!伝説といえばあれ!どこにしまったっけ、ラジオ塔救った時に局長からもらったあの、虹色の羽根とかいうアイテム!
わいの見解では恐らく…とか雑学を披露するマサキのインテリトークを聞き流し、私は貴重品のことで頭をいっぱいにしていく。
いや私の見解こそ聞いてよ、間違いなく虹色の羽根と関連するポケモンでしょそれは。局長が言っていた言葉を思い浮かべながら、ようやく七色に輝く羽根を見つけて天に掲げた。心なしか光っている気がする。キミに決めたの映画でサトシが持っていたもののように。

エンジュには、スズの塔と呼ばれる場所がある。
一応ジムバッジ持ってたら途中までは入れるんだけど、記録のために行こうとしたら塔の入口で坊主に弾かれたんだよな。資格がないと無理的な理由で。伝家の宝刀トレーナーカードをかざしてみたりもしたが、とにかく無理の一点張りで入れてもらえなかった。なんでだよ!ってブチギレ寸前だったけども、その資格ってのが虹色の羽根を所持してる事だったんだよな、きっと。局長もそう言ってたし。
で、そのスズの塔ってのが伝説のポケモンが舞い降りる場所なんだよ!
で、マツバが言ってた真の実力を備えたトレーナーの前に現れる伝説のポケモンってのが、そのスズの塔に来る奴なんだよ多分!
で、今エンジュに巨大なポケモンの影が見えるってことは!つまり!
記録の!大!チャン!ス!明るいニートの未来、見えたで工藤!

「さすがインテリ!役に立つ!」
「褒めてんのかいなそれ」
「すぐ向かうわ。ポケモンリーグ行ってる場合じゃねぇな」
「お、なんやもうバッジ集まったんか。相変わらずえげつないなぁ」

どういう事だよ。もっとマシな褒め方しろや。言ったあとにブーメランな事に気付いたけど。いやでもインテリはだいぶ褒めてない?小卒の語彙にしてはまずまずじゃない?放っといて。
納得いかないながらも、えげつなく強い事は間違いないのでひとまず不問にした。イエローカードです。

「まぁね。でもチャンピオンロードもポケモンリーグも三年前に行ってるし…記録しなくてもいいんじゃないかなって思ってるところ」
「それは行かなアカンやろ。チャンピオンロード言うたらかなり前から地形変わってるらしいし」
「えっ、なんで?」
「いやぁ…なんか当時住みついとったファイヤーが散々暴れて壊しまくったっちゅー話や。そんで工事して生態系も変化してんねん」

あいつかー!余計なことしやがって!
マサキの話に私は肩を落とし、確かに三年前その姿を見たことを思い出して、あの時のフラグが今ここで回収された事に深く絶望した。
いたわファイヤー。チャンピオンロードにいた。主人公補正で会えてラッキー!って思ったもん。確かにめちゃくちゃ暴れてチャンピオンロード破壊してたな。ジュンサーさんもすごい動員数で避難誘導してたけど、私はこの機を逃すまいと記録に走って超怒られた回ね。あの時は申し訳ございませんでした。反省しています。二度としないとは言えませんが。
まさにグッドニュースとバッドニュースだったなと落胆し、結局またチャンピオンコースだと未来を見据え、原付に跨った。どうしよ…リーグってカンナさんとかまだいるのかな…カメラ設置したらすごい冷ややかな目で見られたの結構つらかったんだよな…心の弱い私は挫けそうになりながらも、すべてはニートのためである。やり遂げなくてはならない。この先何が待ち受けていようとも!私は戦う!そして永久無職を勝ち取るんだ!
気合いを入れ、エンジンをふかしながらポケギアに向かった。

「だるいけど頑張るよ…わざわざありがとう。また何かわかったら教えてくれ」
「任しとき!レイコも寂しかったら電話くれてええんやで」
「一生ないだろうな」

関西人の適当なジョークを流し、私は電話を一方的に切った。情報はありがたいがマサキに構ってる暇はねぇ。今はエンジュ一択よ。これを逃したらいつになるかわかんないからな、伝説のポケモンの記録なんて。幸いにもキキョウを通ればエンジュはすぐなので、空を飛ぶがない事を悲観せずに済みそうである。地理に感謝。ゲーフリは空を飛ぶ禁止縛りに優しいな。そんなんやってるの私だけだろうけども。
ジョウトに来た頃、テントを張って連日記録に明け暮れた道路をすっ飛ばし、私はひたすらに北西を目指す。
ひとまず、マツバに会おう。私の知り合いではあのヤンデレ疑惑が一番伝説ポケモンに詳しいだろうからな。何か会いたがってたし、私が勝手に一人でスズの塔行くのも気が引けるんで…とりあえずマツバ。そのあとはマツバが何とかしてくれるだろ、仙道彰のように。人任せにする方向で固めながら、ふと思い出す。
でも伝説のポケモンって、真の実力を備えたトレーナーの前に現れるんだよな…マツペディアによると。真の実力という点に引っかかりを覚え、私は目を細めた。
なんだろう…真の実力って。フスベの長老に強さについて問われたが…真の実力ってのも多分ただポケモン勝負が強いだけじゃダメなんだろうな。マツバが追ってるポケモンって確か神様として祀られてたんだっけ、いくら羽根が巡り巡って私の手元に来たといえども、そういう神々しい存在が私のようなクソニートの前に現れてくれるとは思えないから、やっぱ修行積みまくったマツバみたいな人とか、ウユニ塩湖くらい澄んだ心を持ったトレーナーが呼び寄せるって事なのかね。
厳重梱包した虹色の羽根に思いを馳せ、私は決意する。
もし、マツバなり他の誰かなりが伝説のポケモンに見初められたってんなら、私は羽根を譲ろう。その条件として、どこかしらから記録をさせてもらう。これでいくわ。絶対飲んでもらわないと無理だから。私のニートがかかってるから。こっちは遊びでやってんじゃないんだよ!神聖な場にクソ条件を持ち込みやがって…と非難されようが、私は戦うね!己の夢のために!何なら坊主を倒して無理矢理塔に入ってやるからよ!不法侵入。逮捕です。そうならないよう、選ばれし者が条件を飲んでくれる事を祈るばかりである。
ラジオ塔も救ってみるもんだなぁと羽根をもらえた幸運に喜びながら、後の私はこの時の楽観的な自分を呪うはめになるのであった。

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