マツバがいない。電話も出ない。

エンジュに辿り着き、私はまずポケギアでマツバに連絡を取ろうとした。直接あの怖いジム行くのわりと嫌だったんで。あそこのイタコどう考えても気が狂ってるだろ。目を合わせたら終わりだよ。
しかし何度コールしてもマツバは出ず、一瞬私のような喪女はついに着信拒否されてしまったのかと思ったが、どうやらそういうわけでもないらしい。イタ電が如くポケギアを鳴らして、結局ジムにまで行ったけど、出かけているとかで不在だった。やばいイタコとは目を合わせないようにしながら居場所を聞くと、少し前に歌舞練場とやらに向かったと言う。
どこだよ歌舞練場って。街の真ん中にある劇場の事か?縁のないところだと思って前は行かなかったけど、なに、この大事な時期にマツバの奴…日本舞踊でもやってんの…?なんて緊張感のない男なんだ。金髪のくせに和の心も取り入れてんじゃないよ。ギャップ萌えするだろ。
興奮している場合ではないので、私は制限速度を守りながら、夕焼けに染まった街を原付で駆け抜ける。それらしき建物を目指し、伝説のポケモンの噂があるわりには静かな周囲を見渡した。

なんか…別に日常と変わりないというか…全然騒がしくないな。本当に伝説のポケモンの影見た人とかいるの?まさかガセネタ掴ませたんじゃないだろうなマサキの野郎。マツバは優雅に日本舞踊やってるし、その辺にいるのは観光客ばかり。とても伝説ポケが舞い降りる雰囲気じゃないぞ。どうなってんだエセコガネ人!
カイリュー詐欺に次いで伝説詐欺かよと半ギレしながらも、辿り着いた歌舞練場の駐輪場で私は空を見上げた。日が沈みかけているので、どことなく不穏といえば不穏な淀み感である。雲の流れも怪しい。ミュウツーの逆襲もルギア爆誕も悪天候だったから伝説ポケモンは晴天の日には出ないというジンクスがあるけど…これは微妙なところですよ。
どっちにしてもマツバには会っておいた方がいいだろう。劇場から聞こえてくる和楽器バンドみたいな音につられ、私はふらふらと入口に向かっていく。敷居の高そうな空間だ。私のような一見ニートさんが入ったら秒で追い出されるんじゃないの。エンジュ人って図々しい人嫌うって言うし…お茶漬け出したらハ・ヨ・カ・エ・レのサインだってドリカムも歌ってた。そんな恐ろしい土地で堂々と歌舞練場に入る勇気、いま試される。
人類皆平等だろ!と強気に構え、ケモノは居ても除け者は居ない精神で私は歌舞練場の戸を開けた。すごーい!キミはニートが得意なフレンズなんだね!うるせぇよ。

「いって!」

しかし私のジャパリパークデビューは、突然の衝突によって出鼻を挫かれる事となる。
なんだってんだよー!と言わんばかりの勢いで、誰かが私にぶつかってきたのだ。扉開けた瞬間すぐだった。人の頭が顎を強打し、厳かな楽器の音色に私の汚い悲鳴が混ざる事となって、何というかもう悲惨。五感すべてが狂った瞬間を見たね。最初にやられたのは痛覚だったが。
どこ見て歩いてんだ馬鹿野郎!とチンピラのように、私は突っ込んできた相手を責め立てようとした。こちとら2メートルの龍を抱えた身重の体、加えて育ち盛りのカビゴンを養わなきゃならない身なんですよ!顎の骨折れたらどうしてくれんだ!慰謝料払ってもらわないと困りますね!
神聖な場で、私はぶつかってきた相手に気付かなければ、危うくヤクザまがいのイチャモンをつけるところであった。怒鳴るべく開いた口は、衝撃のあまり別の単語を発してしまう。

「ツ、ツンデレ…」

あ、やべぇついに呼んでしまった。変なあだ名つけてるのバレたわ。名乗らないお前が悪いんだからね!べ、別に名前教えてほしいとかじゃないんだから!こっちがツンデレになってんじゃねーか。変な事やらすなよ。
歌舞練場から出てきた石頭は、驚くべき事にジョウトナンバー1不審者ことツンデレだった。こっちは歯が折れるかと思うくらい痛烈な一撃を食らったというのに、相手は平気な顔というか、俯いたまま微動だにしない。相変わらず謝罪もなしで激怒案件である。
お前…こんなところで何してんだよ!人類平等とは言ったがお前は駄目だろこの泥棒!こんな日本の文化が厳かに保たれている清らかな場所に犯罪者が入るんじゃないよ!自重しな!通報されても知らないからね!子供相手にヤクザ絡みしようとした事は棚に上げて進行しております。
つくづく変なところで会うなと溜息をついたが、前回に引き続き何やらツンデレの様子がおかしい。そういえばこいつ…地下通路でちょっと思い詰めたような雰囲気だったけど…あれからどう?元気?まさか…お前も日本舞踊を…?
冗談はさておき、若干心配していると相手もこちらに気付いたのか、俯いたまま人の両腕を掴んできたので、ついに暴力を振るわれるかと思い私は身構えた。何しろこいつは前科一犯、他にも余罪があるかもしれないからな…いくら打ち解けてきた感があったとしても油断はしないぜ。
とはいえ突き飛ばすわけにもいかず、私は硬直した。状況もわからないから佇むしかなく、するとこっちがおとなしくしているのをいい事に、何故かツンデレは肩口に額を寄せてきたため、私はいよいよ混乱である。

「なんで、なんで…」

え、なに。どういうこと。こっちが何でだわ。
震えながらうわ言を繰り返すツンデレの態度が、何かの事件性を物語っており、私は急に思春期の子供への正しい対応を求められた気がして、こっちの膝まで震えてくる。
うそ、まさか、ここにきての…デレ?
どうした。どういう事だ。イブキさんという真のツンデレを見た以上、お前がただのツンツンである事に私は気付いてしまったわけだが…確かにこれまでの行動、ほとんどツンだったと思う。突き飛ばす等の暴行を加えられた恨みも忘れてない。そんなお前が!私に縋り付き!傷付いた心を剥き出しにしているなんて!これはもうあれしかない!
ワタルの破壊光線を喰らったんだろ!

「なんで俺は勝てないんだ…相手はただの舞妓さんじゃないか…」

全然違った。ワタルのこと付け狙ってたからてっきりやられちまったのかと思ったけど杞憂だったわ。紛らわしい事しないでください。
見た感じ外傷はないようなので、ダメージを受けたのは精神らしい。もろに破壊光線喰らったらたぶん塵一つ残らないだろうしな。サイコパスなの?
彼の言葉から察するに、恐らく歌舞練場の中にいる舞妓さんに負けたって事なのだろう。私は己の状況把握能力の高さに恐怖した。いや、真にすごいのはこの言葉だけで察せるようシナリオを書いたゲーフリなのかもしれないな…メタ発言もそこそこに周囲を見渡して、付近に人がいない事を確認する。
パッと見だと私が子供泣かしてるみたいだからな…違うんです、アカネちゃんだって別に私のせいじゃないし、みんな勝手に泣くんだよ。そういうゲームなのこれは。マジに泣いてんのかな?と顔を覗き込もうとしたが、長髪が仇になって何も見えない。切れ。りゅうちぇるみたいな髪型にしてやろうか。
まさかこんな優雅な音楽が流れる劇場で激戦が繰り広げられているとは思わず、普通に入るのが嫌になってくる。私の想像する歌舞練場って…日本舞踊とか楽器を習ったりする場所だったんですけど…衝撃のバトルフィールドなんですか?勘弁していただきたい。一気に印象が変わってしまい、華やかな舞妓も脳内でクロスフィットトレーナーAYAなみのマッチョに変貌した。
怖い。わりと成長していたツンデレをブチのめす舞妓、恐怖でしかないだろ。なんて恐ろしいところに行ってしまったんだマツバ!と恨んでいれば、ツンデレは多少落ち着いてきたのか額を離し、年齢不相応の顔で自嘲する。震える手はまだ私を掴んでいた。

「…そうだよ、俺は勝てなかった。舞妓さん五人抜きなんて簡単だと思ったのに…」

いや五人は普通にきついだろ。プチポケモンリーグじゃん。
そんな恥じる事じゃないですよと嫌味みたいなことを言いかけたが、ツンデレの奴が舞妓はさん付けなのに私の事は呼び捨てという衝撃の事実に気付いてしまって、たまらず口を閉ざした。
おい。どういう事だよ。なんで私だけ敬称略?舞妓は職業名なんだから別に呼び捨てでもいいだろ!私は固有名詞だから!失礼すぎじゃね?お前が失礼なのは初対面から知ってたけども!納得いかねぇよ!絶対ジョウトにいる間にお前にレイコさんと呼ばせてやるからな!教育を覚悟しておけ!
旅の目的がすり替わっている私をよそに、よほどショックだったのかツンデレはまだ舞妓さんを引きずっていて、睨み上げるよう私を見て言った。特に泣いてはなかった。よかった。号泣、駄々こね、トラウマです。

「…どうせお前も舞妓さんに挑戦しに来たんだろ」
「え…」

ちげーわ。やめてくれよ余計なフラグ立てるような発言は!マツバを探しに来ただけ!尋ね人!金髪のイケメンがいただろ?用があるのはマッチョの舞妓じゃなくてイケメンのジムリーダーの方だから!このあとポケモンリーグ行くのにここでも五人抜きなんてやってられっかよ。
とはいえ、五人抜きとか余裕だけど私はやらないね、などと正直に言える空気じゃなかったから、顔を引きつらせて曖昧に流しておいた。
ていうか、ここって本当にそういう感じの場所なの?歌舞練場とは名ばかりでマッチョの舞妓を倒す修行場だった可能性が微レ存…?マツバに会うには全員を倒さなくてはならないとかだったら普通に鬱だ。そうこうしてる間に伝説のポケモン舞い降りてきちゃったらどうするんだよ。だって五人抜きでしょ?一人一秒で倒せるから間に合うな。余裕。慢心。油断ぶっこいてられるのもここまでだという事を、この時のレイコはまだ知らない。

「ロケット団を潰したからってあんまり調子に乗るなよ…ここの舞妓さん達、バカみてぇに強いからな」

やっぱり腹筋割れてるんだ。もう帰りたいよ。
調子に乗っていることは事実なので反論はないが、珍しく助言なんかを寄越すツンデレに私は驚きを隠せなかった。しかも脱衣時と地下通路で会っただけなのに、当然のように私がロケット団を潰したと認識しているところもびっくりである。
あれだけ雑魚呼ばわりしてた私を…客観視できるまでに成長しやがって…私の実力を知り、己の実力を知り、舞妓さんにも負けて、バッキバキに折れたプライドを、きっと今拾い集めているところなんでしょう。そんな人生のターニングポイントとも呼べる時に、何故、お前は私と会ってしまうのか?ニートは苦悩した。健全な青少年の心のケアをできるだけの人格を持ち合わせていなかったからだ。
というか…ほとんどの街で会ってるもんなお前とは…むしろ私との出会いがお前を変えてる的なところあるから、いつもターニングポイントになってしまうのは必然なのかもしれない…ならば素で、ありのままの私でツンデレに対峙するのがベストなのではなかろうか?気取ることなく、お前の成長なんか知るかよと唯我独尊クソニートの精神でいってこそ、私なのではないのか。
そうと決まれば、私の方が馬鹿みてぇに強いだろと言い放つしかない。心に決めて口を開こうとするも、真剣な様子を見たら茶化す事ができず、己の人の良さを呪った。優しすぎ。雨が降ると君は優しいって野島伸司が言ってたけど雨以外でも優しいわ私は。なめんなよ。
結局何と声をかけたらいいかわからず、私は棒立ちするしかなかった。ついに手を離したツンデレは、わずかに潤んだ瞳を細めると、これからイケメンと会うというのに胸倉を掴んできたので、シャツが伸びたらどうすんだ!と危うくキレかける。優しさどこに消えたの?

「さぁ行けよ」

しかし遊んでいられるのもそこまでだった。
いつもみたいに凄まれたけれど、今日は何だか気迫が違う。私は雑に振り払おうとした手を止め、熱い視線を受け入れた。舞妓五人抜きをするなんて一言も言っていないが、もはやそんな事はどうだっていい。
ツンデレの眼差しから、強さとは、の答えを読み取れそうな気がして、私は彼の手に指を添えた。互いに生まれたての仔馬のように腕を震わせつつ、息を止める。
お前も…最強のトレーナーになるって夢…追い求めてるんだったな。私もニートを求めてるけど、残念な事に現職はただのトレーナー…しかもお前が望む最強の名をほしいままにしてるトレーナーよ。
でも最強なのは私じゃなくてカビゴンなんだよな。やっぱ一筋縄ではいかないというか、ミニリュウもらってどうしたらいいかすらわからないし、そのミニリュウがいまいちテンション上がり切ってない理由も全然わかんねぇんだわ。そりゃいきなりクソニートの手持ちに加えられたらテンサゲかもしんないけど、でも何故か長老は私に託してくれたっぽいし、その辺もよくわからねぇ。一体私に何があり、そして何が強さなのか、お前以上に模索してると思うよ。だって今まで考えた事もなかった。ずっとポケモン強かったから。

「やってみろよ」

私より一歩先を行くツンデレは、少し悲しげな声色で言い放つのだった。

「俺は中には戻らない。お前が勝つところなんて見たくないからな」

手を振り払い、意外にもいつもの突き飛ばしはなく、ツンデレは走り去っていった。引き止めようと伸ばしかけた両手は途中で止まり、意図せずリビングデッドのようなポーズを取るはめになってしまう。ゾンビになってもニートしてやるわ馬鹿野郎。
消えゆく浪速のスピードスターを見つめ、半開きになっていた歌舞練場の扉を、私はとりあえずそっと閉めた。感傷に浸る時間が主人公には必要なので。沈みかけの夕陽をバックに、黄昏ながら乱れたシャツを直す。
ツンデレの奴…本当に変わったな。私が誰にも負けはしない絶対王者であること、まぁ最初から知ってただろうけどようやく認めたかよ。長い道のりだった。頑なな姿勢を貫いていたツンデレが、自分と私の実力を理解する域に達したかと思うと、何だか感慨深い気持ちになってくる。そして着々と何かを掴み始めているツンデレに対し、私のこの成長してなさといったらな。カメラ技術しか上がってない。いらねぇよこんなスキル。

強いってどういう事だろうなぁ。伝説のポケモンに選ばれた奴なら、それがわかるのかな…か弱い私にはわかんないよ…箸より重いものとか持てないし。茶番はいい。ツンデレのせいで忘れかけてたが私は強さを求めてここに来たんじゃない、伝説厨を探して爆走してきたんじゃねーか。
もう一度ツンデレが走り去った方向を見たら、彼の姿はどこにもなかった。このリメイク追加イベントでたくさんの人が萌え狂ったんだろうな…などと考えつつ、震える手の感触を思い出して、ちょっとセンチな気分になる私なのであった。
しょうがねぇ、五人抜きしてツンデレの気持ちでも考えてみるか。一人一秒だけど。考える暇ねぇよ。

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