「誰もがあんさんのようになれるわけではあらしまへん。マツバはんもそう…」

サイヤ人五人抜きという偉業を成し遂げた頃には、私の心は落ち着いていた。タマオの意味深な言葉に耳を傾け、握りしめたカンペを開き、それをポケットにしまう。技名叫ぶのって恥ずかしいな…と初歩的な躓きを体験しながらも、トレーナーの指示に従うポケモンってそれだけで込み上げてくるものがある…などと思い、健気なハクリューの姿にちょっと感動したりしていた。相変わらずローテンションだけど。さっきの頭突きだけハイテンションなの何だったんだよ、許さねぇからな。コブできたわ。

ツンデレ氏が舞妓さんに敗北する傍らで、私は昨日捕まえたばかりのハクリューで五人抜きを達成できたりする世の中である。それはやっぱ才能なのかもしれないし、運なのかもしれないし、単にハクリューが元々強いだけかもしれない。それでもやっぱり、成し遂げたっていう事実はあるんだよな。ホウオウに選ばれたかもしれない事実もあり、それが私の人生に何も関係ない事ならいいんだけど、でも記録をしなきゃならないから、無関係ってわけにもいかないんだよね。
別れ際のイブキの言葉が、心の中で不意に沁みてくる。私が諦めたら、負けた方は惨めになる…。そうだよ、私の夢は断たれてないし危ぶまれてもない。大体最初から、ニートになるためなら何でもするって決めてたじゃんかよ。それを貫くのが私の礼儀!たとえマツバと気まずかろうとも、同じ夢追い人、きっとわかってくれる!はず!
ヤンデレだったらどうしよう…とすでに半泣きだが、私は決意を固めていた。上等だよホウオウ。主人公補正で選ばれたこのコネ、惜しみなく使ってやる。これでもし舞妓の勘違いとかだったらさすがに全員ぶん殴るからな。誰も報われねぇよ。地獄。

「うちらの目に間違いはおまへんでした」

怪しむ私をよそに、自慢のイーブイ進化系が倒された事で一層の確信を得たらしい舞妓たちは、ついに壇上から私の傍へとおりてきた。振袖の女達にぞろぞろと囲まれ、たじろぎながら呼吸を乱す。
こ、怖い…!サイヤ人怖い…!なんか全員バトルになった途端悟空なみにワクワクすっぞって顔してたから本当に怖かった…血が騒いでる。戦闘民族としての人格が全面に出てる。近くに来たらいい匂いしてきたけどそれも含めて怖いわ。
とにかく全てに恐怖している私は、不意に舞妓が何かを取り出した時、結構ガチにチャカだと思ってつい両手を挙げてしまった。殺さないで!と心の中で叫び、目を閉じるも、一向に銃声が響く気配はない。生への手応えも感じる。
もはやこの舞妓たちをカタギですらないと思っているので、力付くでホウオウの元まで拉致られるのではないかと私は危惧していた。リメイク前はあんなに無害そうだったじゃないかお前達…どうしてこうなったの…だって私に気付かれず尾行をし続けるって相当な手練れですよ。いくら私が鈍感クソニートといえど五人交代で四六時中見張られてたらさすがに気付くだろ。気配すら感じなかったからリメイク版じゃないのかと思ったわ。まぎらわしい。
絶好調にメタりつつ震えながら目を開けると、舞妓のタマオが私に差し出していたのは拳銃ではなく、全く馴染みのない謎の物体であった。職人が鉋で削った高級品みたいな木箱の中に、小さな何かが入っている。

「あんさんこそ、これを持つに相応しいお人…さぁ受け取ってくださいまし」

目の前に持ってこられたが、私の両手は下がったままである。箱の中を凝視し、怪しいものではないか必死に目を凝らした。
大体ね、何でもかんでも信じると思ったら大間違いなんですよ。主人公たるもの、全力の善意でNPCに受動的でなくてはならないという考え方自体私は反対だから。だって絶対おかしいでしょ!?まず最初からおかしいからね!歌舞練場入ったらいきなりこんな事になるし、この舞妓たちだって実際相当胡散臭いぜ?ホウオウを招き寄せる人を探す事が使命って何。宗教じゃん。ドラクエの世界だったらわかるよ、でも違うから。ポケットモンスターだから。CERO:Aのゲームでよくストーカーなんて思い切ったことやるよな。でもCEROがAなら…別に身の危険は…ない…?
重要なことを思い出した私は、舞妓からそっと木箱を受け取る。中に入ってるこれはなんだろう。鈴かな…?そう、全年齢対象でチャカなんてものが出てくるはずがないんだ。私は任天堂のホワイトな部分を信じ、怪しい木箱を静かに見下ろした。
タマオの口振りからして…重要なアイテムなのは間違いないだろうな。ホウオウ呼ぶのに使ったりするんだろうか、フルーラの笛みたいな。そんな大事なものを…こんな渡し方で大丈夫なの?緩衝剤とか入ってませんけど。
おそらく鈴と思われる物体は、古そうなデザインのわりに真新しく、相当大事に保管されていた事は一目でわかった。重要文化財とかじゃないでしょうね。壊しても責任持てないからね私!
これといいマスボといい、何で今日は貴重なものばっかり持たされるんだ…とプレッシャーに押し潰されながら、とりあえず蓋を閉め、それでこれは一体何のアイテムなんだよとタマオに問いかけようとする。大事なもんなんですよね?重要度を教えてくれんか?取り逃すとストーリーが詰むドラクエ7の石版くらい必須なもの?こんな鈴で私の人生詰ませたくないけどな。
めちゃくちゃ大事ならメルカリ出品用の緩衝剤で包むけど、と進言しようとしたところで、いきなり歌舞練場の扉が開いた。勢いよく開かれた音で私は再三びくつき、もうこれ以上の急展開はやめてよ!と祈ったけれど、忘れてはならない。私には、これから伝説のポケモンと会うという重大イベントが残されている事を。

「おねえさん!」

叫びながら入ってきたのは、和服姿のロリだった。全然知らん子。たぶん舞妓の下に就いてるモブとかだろう。やけに慌てた様子で息を切らし、胸を押さえながら彼女はタマオに訴えかけた。水でも飲んだ方がいいんじゃないかと助言する間もなく、幼女は核心に迫る言葉を投げる。

「大きなポケモンの影がスズの塔の上に…!」

心の準備ができていない私は、この台詞で硬直した。緊張に膝が震える。

え?もう来たの?ホウオウ。
忙しなさすぎて身も心も右往左往だ。どよめく舞妓たちを横目に、私は一人でカイジなみのざわつきである。
ちょっと早くない?リハと違くない?逆に間が良すぎじゃね?
まるで私が舞妓五人抜きするのを待っていたかのようなタイミングに、全てを見透かされているみたいで鳥肌が立つ。これが神と呼ばれるポケモンの力、か…。全てを見通せるなら私を選んだ理由がますます謎だってんだよ。スイクンみたいに文明の利器に興味ある系?一番いいカメラ持って行ってやるから待ってろ。
何やらひそひそと話し込んでいる舞妓たちにハブられている私は、怪しい鈴を持たされたまま無表情でその場に立ち尽くす。一応このイベントの目玉でしょ私。置いてけぼりにしないでもらえますか?いまだに状況いまいち読めてないんで道中ちゃんと説明してくれよ。なんで私に目を付けたのかとか、舞妓の使命の詳細とか、あと一番はこの鈴ね。本当に何これ。ハンドベルみたいに演奏を求められても私無理なんですけど。音色が汚すぎてホウオウ帰ったりしたらどうすんの。
あまりに謎すぎるので妙な想像ばかりしてしまう私を、タマオは機敏に振り返る。完全に蚊帳の外だったからJKみたいに爪とか見てたんで、サボリを見つかったような心境になり無駄に慌てた。何をやってるんだ私は。
一人焦る私をよそに、舞妓たちはテンションが急上昇していた。考えてみれば彼女らもホウオウとのご対面は初めてなのかもしれない。年相応の表情で気合い充分に微笑むと、私の肩に順々に手を置いた。

「ほなレイコはん!」
「は、はい」
「うちらは先にスズの塔に行ってますえー!」

叫んだと同時に、超高速参勤交代なみの速さで、五人とポッと出の幼女は歌舞練場から去った。カタカタ鳴る下駄が遠くへ行くと、この場は一気に無音になり、少し傾けた木箱からわずかに鈴の音が響くのみとなった。またハブられた、と五人の連携についていけない事を嘆き、それ以上に今回も例に漏れず単独行動を強いられた事実が、私には衝撃だった。
お前ら…なんで…なんでそんなに私を一人にする?
そこじゃんスズの塔!一緒に行ったら良くね!?別に各々自家用車で来てるわけでもないんだし六人で歩いて行こうよ!何なんだよ!準備とかあるのかな!?手伝うよぉ!お前もし私がプレッシャーに押し潰されて逃げたらどうするつもり!?信じられない。今の僕には理解できないね。
BOSSのCMだったらこの惑星の住人は単独行動を好む…ってトミー・リー・ジョーンズが意味深な顔で言ったであろう状況に、私は溜息をつきながら歌舞練場を出た。
もう…いいや…なるようになると思って頑張ろう。悩んでる時間もないみたいだしな。私はもらった鈴をリュックにしまい、夕暮れの街を小走りで駆けた。

前回訪ねた時はほぼ門前払いだったスズの塔の番人も、今回は事情を察しているのだろう。通行証のバッジと羽根を探している間、何やら物憂げな表情で語り出した。一方の私はエンジュのバッジをもらったのが遥か昔すぎて、どこにしまったのか忘れているからわりと窮地である。整理整頓しろ。

「このスズの塔は、空を飛ぶ伝説のポケモン…すなわちホウオウが身を休める場所として作られました」

塔の成り立ちを話す番人の坊主と、そんな神聖な塔で荷物を広げる私。カオスだ。コンビニでもらったおしぼりを全部取っておくのはやめようと誓った瞬間である。
たった一匹のポケモンのために作られた塔って事は本当マジで神なんだな、エンジュの人にとってのホウオウって。しかも普通の人は入れないから観光地の役割も果たしてないし、超VIP待遇じゃん。つまり私がホウオウを捕まえたら…この塔は私のものになるって事…?
見つからないバッジの代わりにマスターボールを握りしめ、坊主に隠れて息を飲む。こんな動機でボール投げたらマスボといえども避けられそうだな。シルフの技術開発部号泣。

「そして二度と降りてこなくなったホウオウを呼び戻すために、何人もの人間がこの塔を登って行きながら、いまだ誰一人…目的を果たせた者はいないのです。ジムリーダーのマツバもその一人…」

偶然か必然か、マツバの名前が出た瞬間、バッジケースは見つかった。開いて中を見せれば、坊主は静かに頷き、塔への道を開ける。意味深な台詞には、塔のデザインが気に入らないんじゃない?とかふざけた事を返せる余地などなかった。当たり前。
何人も無理だったなら私も無理なんじゃないの?普通に考えて。トレーナーの方じゃなくて塔に問題がある可能性だって捨て切れないと思うな。こんなWi−Fiも飛んでないような古い塔に帰巣したいと思いますか?私は嫌。劇的ビフォーアフターを勧めるね。
匠の冗談はさておき、他の人になくて私にあるものが存在するとしたら、それはやっぱり…清く正しい心ではないと思うんだよな…マジで。
いや正しいよ?すごく清い。でも本当に心の底から清い人は、ホウオウ捕まえたらスズの塔の土地の権利書もらえるじゃん!とかいう発想すら出てこないと思うわけ。舞妓さん達はいいこと言ってくれてたけど…そこにどうしても引っかかるんだよな…そういうのじゃなくてもっと…私だけが持っているもの…私だけが持ってる…それは…それは100レベのカビゴンです。ヴェルタースオリジナル。
考えても仕方がない。答えはホウオウのみが知っているんだ。私は思考を放棄し、値段を聞いた奴は皆死んでいった高性能カメラを背負って、足を踏み出した。

「さぁ、お通りなさいまし」

坊主に見送られて進んだ先に待っていたのは、いろんな意味で衝撃的なものであった。

さっきの建物は離れのようなところなんだろう。まるで色付いた紅葉が案内するよう道ができ、その先にそびえ立つ立派な建造物こそ、スズの塔であると一目でわかった。
でけぇ。元から匠の技だったわ。こんな住まいを用意されて降臨しないとかホウオウ贅沢すぎじゃね?伝説だからって調子乗ってんじゃないの?気に入らないなら私にくれよ。観光地にして儲けてやるからよ。
邪まな気持ちを抱いた罰か、落ちてきた葉っぱが私の顔面に張り付いた。この落ち葉が私の清らかでない心を証明してるから。自然は全てをお見通しだからね。荷が重いと嘆きつつ並木道を歩き、幻想的な景色の中を場違いなニートが進む。

すごい…きれいな場所だ…金とニートの事ばっか考えてる心が洗われるようだよ。落ちた葉で埋め尽くされ、地面はほとんど見えない。赤と黄色が夕焼けに染まり、帰る頃には日が沈んでいるだろうから、もうこの光景は見られないかもしれなかった。
貴重な景色を見つめながら歩いていると、わずかだが少し心が落ち着いてくる。ちょっとテンパりすぎだったからな…いくら伝説といっても所詮はポケモン…いつも通り、贔屓目なくやればいいんだよ。私にできることはそれだけさ。いつだってそうしてきたじゃないか。
穏やかな気持ちでスキップする私であったが、直後にこの幻想的な風景は、心乱される地獄絵図へと豹変した。
塔までもう少しというところで、枯れ葉の絨毯は途切れ始める。ちょうどその境目くらいに、その人は立っていた。最初に私がエンジュに来た目的であり、しかし今は極力会いたくなかった存在。
でも、無理なんだ。私がいくら避けたところで、彼には全てお見通しなのである。
足を止めると、落ち葉の擦れる音が消えた。一瞬で風も吹かない空間へと変えるその実力、さすがポケモン界のヤンデレを全て背負ってきただけの事はあるぜ。感心してる場合か。

「マツバさん…」

落ち葉…似合いますね…イケメンだから…。
茶化せるわけもなく私は息を止め、やはりそう簡単に伝説のポケモンに会えるわけがないと、思い知らされるのであった。

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