ヤンデレトラップを命からがら脱出しホッとしたのも束の間、スズの塔が十階建てと知り、気力の半分が持っていかれた気分である。
いや高すぎでしょ。そんな高くする必要あった?もっと下まで降りて来させたらいいだろ、ちょっと過保護すぎなんじゃないホウオウに対して。そういうところが人間地雷だったんじゃないですか?過干渉は毒親の始まりですよ。私もネグレクト気味だったからわかるわかる。そんな重い設定はない。
こんなところに好んで登りたがるなんて正気の沙汰じゃないなマツバさん…まぁ長年思い続けたホウオウに会えるなら苦でも何でもないんだろうが…果てがないように思える階段を一段のぼるたび、私は溜息を漏らした。
コラッタとゴースしか出ないから記録もさして必要なさそうな点だけは評価しつつ無心で歩いていると、やっと上方に空が見えてきた。もはや階段をのぼり切る事が目標と化していた私は、これからホウオウとの対決が待ち構えている事も忘れて嘆息する。

な、長かった…本当に長かった…この土地の権利書をいただこうなどと一瞬でも考えた私が愚かだったね。死んでもいらん。
先程まで出ていた夕陽はいよいよ沈みかけている。昼と夜の間で時が止まる…まさにさよならを教えてって感じだね。私が教えてやったのはマツバのビッグドリームへのさよならだったけどな。ごめん。泣きそうです。
広い屋上に顔を出すと、先に来ていた舞妓さん達はすでに定位置についており、全員が一斉に私を見た。ロボットのように統一感が取れた動きには恐怖しかない。完全にホウオウ降臨マシン。お前らもマツバ同様特殊な訓練受けてきたの?前時代的すぎる。二十一世紀だぞ今。
シティガールの私にとって、使命に生きるエンジュの人々の葛藤などは想像する事しかできないが、なんていうかこう…今日のために頑張ってきたわけだからまぁ…責任重大ですよね、私。やらかせない。やらかせないが三脚は設置させてもらうわ。私もニートの使命があるから。幼い頃から追い続けてきた点に関しては同じだもの…一緒にすんじゃねぇよ。
何故か膠着状態の私と舞妓であったが、そっと後ろ手でリュックを開け、中から畳んだ三脚を取り出す。傍から見ればトンファーでしかないけど、微動だにしない五つ子に私はさらに恐怖を覚えた。いきなり棒状の何かを取り出した女にどうしてノーリアクションなの?ホウオウしか目に入らないの?

「そうどす。ここがホウオウをお迎えするところ…」

そして聞いてもいないのに語り出した。何も言ってないのに会話が成立している…?これは…哲学…?もはや何もわからないが、特に咎められなかったので私は頷きながら三脚を置いていく。なるほど…などと相槌を打って舞妓の横にカメラを設置する不審行動、自分で言うのも何だが普通に事案…ですよね。まぁ主人公には箪笥を漁っても壺を割っても怒られないルールがあるから似たようなものだろう。どうせホウオウに会うのも主人公補正のおかげだろうし。

そう、私はいまだにわからないでいる。何故ホウオウが私をご指名なのか。どうして私でなければならなかったのか。人間は騙せてもホウオウは神と呼ばれるポケモンである。私が清く正しく美しいトレーナーでない事くらいお見通しのはずだ…マツバだって君は強いだけじゃんって言ってたくらいだし…こんな時ポケモンと会話ができればホウオウの気持ちがわかるのに…。これより数年後、ポケモンと話せる電波と出会う事を私はまだ知らない。知りたくもなかったが。
四方に設置し終え、準備完了した私を待っていたかのようにMIK48センターのタマオは続きを話し始めた。お待たせして申し訳なかった。

「うちらが毎日修行を積んだ踊りと、あんさんに預けた透明なスズが響き合う時、大空を舞うホウオウが再び舞い下りて来るのどす」
「えっ、あのスズ?」

さっきもらったやつか。やべぇな普通にリュックにしまっちゃったよ。慌てて荷物を広げ、本当にきちんと整理整頓をしようとこの時ばかりは心に誓う。捨てろコンビニでもらったおしぼりは。どうせそんなに使わないんだから。
暗くなってきたので視界が悪く、手探りで木箱の感触を確かめる。気持ちが焦っていく中、ふとリュックの底がわずかに光っているのが見えた。
なんだ…?ホタル…?節子なのか…?戦争の物悲しさに思いを馳せて手を伸ばすと、ようやくタマオにもらった木箱を見つけたと同時に、中から光が漏れているのがわかった。急いで御開帳すると、透明なスズがかすかに発光しているではないか。いよいよという感じがし、私は息を飲む。
本当に来るのかホウオウ。鈴を光らせてまで何しに来るんだろうな。私のマスターボールに収まりに来るとは考えにくいから、やっぱ戦いに来るって事だろうか。
戦闘民族ばかりでうんざりしながら大事に鈴を持ち、踊り始めた舞妓たちを見つめた。当然登美丘高校ダンス部みたいなバブリーダンスではなく、舞妓さんらしいしなやかで優雅な踊りである。五つ子の強みを活かした統率の取れた動きは、日本舞踊、能、歌舞伎、狂言などの知識が一切ない私でも感動するものがあった。

スゲー。普通にかっこいいな。井森ダンスしかできない私とは大違いだ。
緩やかに着物を翻し、あちこち移動するせいでもはや誰がタマオかわからなくなっていると、突然透明なスズが手の中で揺れた。風も吹いていないのに鳴り出して、あまりのホラー演出にうっかり落としそうになってしまう。
なに!怖!どっから音出てんだ!?こういう仕様で合ってる!?その辺のゴースがイタズラで動かしてるとかじゃないよね!?今ゴーストタイプに敏感なんですよ!絞められた首がひりひりするんですよ!
怖いの!と101回目のプロポーズの浅野温子のように舞妓に縋れば、彼女達は動きを止め、揃って上空を見上げていた。ハッとして私も同じ方を見ると、遥か遠くに光が現れていた。一瞬月かと思ったが、それは徐々に近づき、ついに姿を現す。
輝いた羽根は、昼と見間違う明るさを放ち、私達の前に舞い降りる。眩しい!そしてでかい!ビーカネルで出てくる巨鳥みたい!

「あれこそがホウオウ…この地に古くから伝わる空の守り神…!」

出、出ー!ホウオウ奴ー!
私はすぐさま図鑑をかざし、データを読み込ませる。来い!と祈れば、即ロードが完了した。
来た!虹色ポケモン!タイプ炎・飛行!登録完了!私の仕事、終わったぜ!

拳を握りしめ、ニートドリームを掴んだも同然の事態に私は静かにほくそ笑む。
よし!よかった本当よかった!今までいろいろありました、舞妓にストーキングされ、マツバにプレッシャーをかけられ、ロケット団弾圧の御礼に羽根をもらって、みんなの大いなる夢を聞かされる中、私だけクソニートドリームという状況に気まずさを覚えたりしながらも!ついにここまで来た!もういいよ!もういいですけど私は!顔合わせも済んだ事だし!
数メートルはくだらないと思われるホウホウの翼が羽ばたき、私の髪はバッサバサになびいているが、横風に強い特注の三脚はびくともしない。完璧だ。親父もウツギ博士もこれだけ撮影してれば文句はあるまい。完全に一仕事終えた気分の私に、ホウオウは強い眼光をぶつけてきたので、俺たちの闘いはこれからだという事を思い出した。

「これまで何人もの人が挑戦しながらも果たせなかった事が…レイコはんの心と透明なスズが響き合ってとうとう出てきはった…」

タマオが感動したように声を漏らしているが、果たしてそうだろうかと私は疑心暗鬼に陥る。
私の心と鈴が響き合うなんてこと…あるか?私の心はいつも一つ、ニートになりたい、それだけだ。確かにニートになるにはホウオウに会わなきゃならなかったけど…こんなアイテムが私の不純なニート化を手助けしてくれるとは到底思えない。
となると、ホウオウ側にも私に会うメリットのようなものがあるはずだ。どうしても私と対峙したい、そして私もニートになるためホウオウに会いたい、その心が二人を引き合わせた。でも何で?ホウオウは何用なの?スイクンみたいに文明の利器に興味がある系?
ホウオウとじっと目を合わせていると、何だか体が熱くなってくる。というか普通に気温が暑いな!こいつが炎タイプなせいじゃね!?とはいえギラついた鳥から発せられるエネルギーが、単なる炎だけでない事は何となく伝わってくる。こういう目つき、私知ってる気がする…。
何の既視感だろうと考えていれば、タマオは私とホウオウと交互に見つめたあと、いつまでも進まないお見合いに痺れを切らしたみたいに口を開いた。

「レイコはん、ホウオウは…あんさんのようなお方が現れるのを待っていたんと違いますか…?」
「私のようなお方…」

どういうお方なのかわからなくて復唱する。ニート…いやそれ以外だとやっぱめっちゃ強い以外に思いつかないんだが…。
ひとまずボールを取り出し、この塔でカビゴン使って大丈夫かと思案していた時、ホウオウの視線が一身にボールに注がれるのを見た。食い入るように凝視され、鳴き声か雄叫びかわからないものを上げた瞬間、私はこれまで戦ってきたトレーナー達の顔が脳裏に浮かぶのを感じた。そしていきなり閃きが走ったのである。

わかった。何でホウオウが私に指名入れたのか。答えはずっと前から出てたじゃねーか。

歌舞練場で戦った舞妓たちの目つき、私と対峙した強敵たちの顔つき、そしてマツバが言った、君は強いだけという台詞。確かに私にはそれしかない、人と違うと言ったらたった一つ。それは最強のカビゴンを持っているという事!

「強い奴と戦いたいだけか!」

闘争本能に従って来たんかい!そりゃずっと人里に下りてなかったら相当くすぶってるだろうな!
結局戦闘民族だらけって事じゃん!強い奴は強い奴と戦いたくなるらしいけど!お前もそれかよ!本当に神か!?
そっちの舞妓もホウオウも同じ穴のムジナだった事実に、己の罪深さを痛感せざるを得ない。強いってのは…ハイリスク&ハイリターン…人類史上最強のトレーナーを発見したホウオウは私を無視する事ができず実力を確かめにきたと…そういうわけかい。肩をすくめ、思うところはありつつも、わざわざご降臨くださったホウオウの期待に応えるべくボールを放る。
何にせよ記録もできて助かってるんだ、恩に報いるくらいはしてやりたいね。私も強い奴と戦うのは嫌いじゃない、伝説のポケモンと一戦交えるなんて普通に光栄ですよ。でもそれは最後に必ず私が勝つから面白いんだよな。仙道彰もそう言ってた。
わざわざ負けに来るなんて…強さに憑りつかれた鳥も物悲しいよ…などと考えつつ、実は私は相当ホッとしていたりする。
だって強い奴と戦いてぇっていう孫悟空タイプなら、別に私の人格とか清らかな心とかを認めて舞い降りたわけじゃないって話になる。どう考えても手持ちにしてほしい的な顔してないからな。凶悪。修羅。血潮を燃やす事しか考えていない顔。怖すぎなんだけどこの空間。サイヤ人しかいないのかよ。
いつかホウオウも真に心を通わせるトレーナーを見つけるかもしれない…それがマツバだったら…いいよね。そう健気な事を思いつつ、神だろうと容赦なくワンパンで仕留めていくレイコであった。本望だろサイヤ鳥。

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