恐ろしい戦いだった…。
戦闘不能に陥り、ついに地上に舞い降りたホウオウを見つめ、負けても尚輝き続ける翼に私は目を細める。弱っていても神々しく、私達の力を確かめて満足したのか、ギラついていた瞳は穏やかな色に変わり始めていた。
これがホウオウ…と私はじりじりと近付き、これまで使い道がなかったすごい傷薬のスプレーをホウオウめがけて噴射しながら、カビゴンとの熾烈な戦いを振り返る。

恐ろしい戦闘だったよ、まさかワンパンで終わっちまうとは。
念のためカビゴンに覚えさせておいた雷パンチが功を奏したというか、逆効果だったというかで、まぁ降臨から計算すると三分くらいは戦闘時間あったかな…即席麺が出来上がる速度で勝負がついてしまうというのは、さすがに空気読めなさすぎだろうと私はカビゴンを軽く叩いた。
おい。舞妓たちキョトンとしてるでしょ。もうちょっと何とかならなかったか?そりゃイーブイ進化系五人抜きの時点で私の強さは熟知してたと思うよ、でもホウオウって伝説のポケモンだから、さぞかし熱いバトルが展開されるんだろうなってみんな思うだろ普通。私だって少しは思ったよ。微塵も関係なかったな。普通の鳥だった。なんか今日のために踊りの稽古をものすごく積んできただろうに、こんな秒速で終わってしまった事、本当に申し訳なく思う。こりゃ帰りもマツバに首絞められるわ。その時は死のう、潔く。空気読めなくてすみませんでした。

何だかお通夜みたいな雰囲気で居たたまれない中、ギリ消費期限が切れていなかったすごい傷薬で立ち直ったホウオウが、再び夜空へ羽ばたいていく。電灯いらずだった塔は、ホウオウが離れていくごとに暗くなっていった。もうすっかり夜だ、この三分の間に。すまん。
上から下まで輝きっ放しなので、当然その鋭い瞳も光っていたけど、私を見つめる眼差しは決して恨み、つらみ、妬み、嫉みなどはなく、充足感を訴えているように思えて少し救われた。
何か本当に…俗世の様子を見に来たみたいな感じだったな…もしかしたら本気じゃなかったのかもしれねぇ。地上に現れなくなったホウオウが、単に今の時代のトレーナーが如何程のものか見てみたくて降り立ったのかもしれない…そしてどうやら地球最強らしい私を代表に選んだ…と。地上は任せたぞ的な…そういう感じですか?命運託した…責任重大ってわけですか?
偉い奴の考えてる事はわからないよ。ジオングの足が飾りなのもわからないような連中だし。何にしても私は神と呼ばれる戦闘狂ポケモンに試され、ワンパンバトルで及第点をもらい、そして無事に記録ができた…それだけは事実である。
終わった…と解放感に満たされながら、去りゆくホウオウを見つめていると、タマオが近くまでやってくる。もはや本当にタマオかどうかすらわからねぇ。全員同じ顔。名札つけといてくれないか。

「それがあんさんのお考えどすか…」

えっ、なんかまずかった?
意味深なタマオの台詞に思わず振り返り、それならそれで別にいいですけど?的なニュアンスだったらどうしようと焦る。
なに。何か問題ある?いやないとは言えないと思うわ、三分だからな。もしかして私がマスターボールで格好よくホウオウを捕まえる姿を想像してたとかじゃないですよね?期待を裏切ったなら申し訳ないですけど、でも私ほど宝の持ち腐れになる人間もそうそういないですよ。ホウオウ所持損。飼えない。何食べるかもわかんないし。絶対に無理だな。人間社会カースト下位であるニートが神なんかと暮らせるか。生活水準違いすぎるだろ。
これがホウオウのためなんですって!と力説しようとしたところで、タマオは柔らかな笑顔を私に向けた。特に怒っていたわけではないと察し、心の底からホッとする。
よかった。エンジュ人ってなんか…陰険なイメージあるから怖くて…。偏見やめろ。

「最後のホウオウの眼差し…やすらぎに満ちておりました」

三分バトルのわりにはな。心の広い鳥でよかったわ。

「うちらの方から何も言う事はあらしまへん。ええもんを見せてもらいました。おおきに」
「いえ…こちらこそ…」

互いに深々と頭を下げ、お開きの空気に私は夜空を見つめた。遠くの空がまだ光っている。
相当な発光でしたよあれは…眩しかったな…こんな時こそ変装用のサングラスを装備するべきだったんだろうがさすがにおふざけをしていい空気ではなかった…カメラは設置しまくったけど。こっちは真剣なんですよ!
そうだカメラ回収しなきゃと三脚を片し、その間に舞妓たちは一人ずつ私に声をかけながら塔を下りていった。ほなさいなら、お元気で、おおきに、せやかて工藤、おきばりやす…どこかに服部平次が混ざっていた気がしなくもないが、全員満足げだったため、彼女たちも重大な使命から一時的に解放されてホッとしていたのかもしれない。そして次の世代に私の伝説を語り継ぐがいい。あのホウオウをワンパンで追い返した不届きなトレーナーの事を…やかましいわ。
結局最後まで団体行動を避けられた私は、静まり返った夜の楼閣を一人で歩く恐ろしさに震え上がっていたけども、残念ながら俺たちの恐怖はまだ始まったばかりだったんだよな。

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