怖いのは幽霊よりも生身の人間である。それが旅の教えだ。

「マ…っ!」

駆け足でスズの塔を下りた私は、エンジュの街の明かりが見えて安堵したのも束の間、入り口のすぐ横に立っていた人物を見て引きつった声を出してしまった。普通に考えて誰もいないと思ってたところに人がいたら驚くでしょ。別に他意とかないから!

「マ…ツバさん…」

何故、まだ、いる。
まさか滞在しているとは思わなかったマツバの姿を見て、私の心臓は止まりそうだった。
マ?本当に?ずっといたんですか?私がカメラ設置したり舞妓が踊ったり三分で勝負ついたりしてる間ずっと?そんなに長くもない。主に私の即席バトルのせいで。本当にすまないと思っている。
さすがにさっきの件もあるので警戒態勢の私は、YOSHIKIのように首にコルセットを巻きたい気持ちになりつつも、紅に染まったこの私を慰める奴はもういないので突き進むしかなかった。何より出口、一ヶ所しかない。痛恨。

「ここまで見えていたよ、虹色の光が」

一歩踏み出そうとした時に突然話しかけられ、私の足は宙に浮いた状態で止まる。なんて間が悪いんだ、と心の中で悪態をついたら、石畳を踏み外して体が揺れた。危うく転びそうになったところを支えてくれたのは、さっきその手で私を絞殺しかけた疑惑のあるマツバだった。

「一緒に行こう」

冥土に?と言いそうになった口を塞ぐ。全然笑えねぇ。この私が苦笑すら忘れたわ。取られた手を震わせながら、しかし血の通った温度に穏やかさを感じたりもして、何だか板挟みになる。
ど、どうする…?一応謝っとくか?なんか普通に失礼なこと言っちゃったからな…愛が重いとか…推しアイドルに高い時計を贈ったのにメルカリに出品されてるの見てブチギレるキモヲタかよとか…ホウオウがおやすみって呟いたら、夢の中で会おうね〜ってリプライ飛ばすクソリプマンかよとか色々…そこまでは言ってねぇよ。
悩んでいると、突然私たちの間に光が灯された。懐中電灯でも持ってたのか、と顔を上げれば、そこには先程渡した虹色の羽根があり、ホウオウが去った今でもわずかに輝きを放っている。

「これのおかげで明るいからね」

渡すんじゃなかったー。終わってから託せよクソニート。本当お前は余計な事しかしないな。過去の自分に憤り、灯りを持つマツバに手を引かれ、拒否する言葉を持ち合わせていない私はされるがままである。
無灯火でも大丈夫だよ…こちとらすっかり野宿慣れした獣なんだから…草むら、山、荒野などを駆け巡り、すっかり野蛮人と化してしまった私に光は不要なの…早く人間になりてぇ。
無様にもすっ転びかけた私を支えるこの手が優しさに満ちているのか、それともバイオゴリラになってしまうのか、見極められないまま小径を進む。意を決してマツバの顔を見上げれば、それは希望的観測だったのかもしれないけれど、憑き物が落ちたように見えなくもなく、私はますます困惑する。
ブラックマツバか?それともホワイト?もしくは中の人的に電磁戦隊メガブルー?

「…さっきはすまなかった」

オフホワイトだった。
素直な謝罪に、私は思わず深く息を吐いた。手を握り返して、ヤンデレルートが回避できた事に、何だか涙さえ出そうである。
よかった…このままヤンデレキャラと化して常に命を狙われる展開になったらどうしようかと思った…だってゴースト使いってそういうポジじゃん…パジャマだった衣装もリメイクで雰囲気ある感じになっちゃったし、首に手はかけられるし、もうCERO:Aも終わりだなって思ったけど、やはり全年齢は強い…!本当によかった…!
随分と申し訳なさそうな声色に、私も反省の気持ちが増してきて、たまらず左右に首を振る。

「私もすみません…いろいろ失礼な事を…」

啖呵切ったわりにホウオウも私の人間性に惹かれたわけじゃなかったからな、普通に恥だわ。さすが神と呼ばれるポケモン、勝負には負けたがニートの手持ちになるつもりはない、そういう気概があったね。私も特に欲してなかったし。いやニートから拒否られるのもホウオウのプライド的に許し難いかもしれないけど…仕方ないよ環境が違いすぎるんだから。ジルベールとセルジュだってそうだったでしょ。
風と木の詩が聞こえているこちらをよそに、ホウオウと私の冷え切った勝負を見ていなかったマツバは、何だか居心地悪そうな声で尋ねてきた。

「…僕に気を遣ったのかい」
「いや違います…本当に…全く…」

私がホウオウをワンパンで倒してみすみす逃がした件について、マツバは自責の念を感じていたらしいが、そんなものは微塵も覚えなくていいから安心してくれと苦笑した。
本当にマジでお前に気を遣って捕まえなかったとかじゃなく、お互いその気がなかった。フィーリングだから。目が合った瞬間わかるから。これは最強のカビゴン見に来ただけだなってのがわかる。動物園と同じ。所詮檻の中のゴリラよ。ヤマブキのシャバーニ目指してやろうか?

「マツバさんの言う通り…私ただ強いだけだから…他に何にもないんですけど…」

喋りながら語彙の消失を感じ、私は唸る。
神と対峙してはみたものの…やっぱりよくわかんねぇな…強いのは強いんだけど脳筋的な事じゃなくて…真の強さって何なんだろうな…でもそれってトレーナーである限りはポケモンと一緒にいる事で見えてくるもんだと思うから、この全く懐いてないハクリューとかとも向き合っていけば何かわかるのかもしれない。またいつかホウオウに会った時、別にゲットされてやってもいいけど?的にチラチラされるような人間にならなきゃならないってことだ。お互いに。
それでもやはり、脳筋的強さは私の旅には欠かせないという事が今回また証明されてしまったね。

「でもそのおかげでニー…夢が叶ったも同然なんで、単に強くてよかったです!」

ニートと言いかけた事をごまかすべく、明るい口調で語尾を強めた。
あっぶな。もはや夢と書いてニートと読むくらいニートがしみついてやがる。私の口が勝手にニートを発するための形になってるから。気を付けてよ。世間体大事なんだから…まぁマツバにはバレてるかもしれないけど。バレてるからこその憤りだった可能性が微レ存。すまん。ニートなのにホウオウと邂逅して本当にすまなかった。

「…また会えますよ、きっと。たぶん…恐らく…マツバさんの方がずっと立派な人だし…」

己の慰め下手加減に絶望していたら、悲しげにマツバは笑った。まるで会えないと知っているみたいで、私の方が泣きそうになる。イケメンの切ない笑顔無理なんですけど。涙腺が自爆しそう。なんで頑張っても報われない事があるんだ…と非情な現実に唇を噛み、しかし神を愛するというのはそういう事なのかもしれないと虹色の翼を思い浮かべた。
あんなもん絶対手に入らないと思うもんな。後光が差すほど神々しかった…ワンパンでやっちまったとはいえさすがの私にもあの迫力は伝わってきたし…惹かれた時点で負け、それが伝説厨の宿命なのかも。羽根を渡したのは逆にマツバをさらなる地獄へ叩き落とす行為だった可能性に気付き、少し後悔したが、いつの間にか彼の瞳から憂いは消えていた。ハッとした私は、同じ夢追い人として大切な事を思い出す。
そうだ…たとえどんな困難が待ち受けていようとも諦めない、それが夢を追う者…!わずかな希望があれば縋り付く、そうせざるを得ないのが私たちなのだ。夢のスケールが違いすぎてもうこれ以上語るのもしのびないが、とにかく頑張ってほしいと思う。自分のためにも、それから挫折した人のためにも。

「…君は強い人だよ、レイコちゃん。君自身の強さだと僕は思う」

さっきはあんなこと言っちゃったけど、とバツが悪そうに目を伏せた慰め上手なマツバに格の違いを見せつけられ、私は素直に照れた。優しい。イケメンな上に優しくて地位もあるとか全パラメータに能力値全振りしてあるだろ。ホウオウも何が不満なのか私には一切わからないね。やっぱ長い間生きてると目が腐ってくるんじゃないか?鳥は夜目きかないしよ。次会ったら眼鏡市場連れていってやるから覚悟しとけ。
マツバさんももうちょっとヤンデレっぽさを抑えたら…などと真面目にホウオウとのお見合いを考えるあまり無言になり、別れの時が近付いている事に私は気付かなかった。小径を抜けたところで我に返って、二人同時に足を止める。

何か微妙な空気だけど私行かなきゃ…チャンピオンロードの記録に。普通に鬱。即ニートのためには立ち止まっている暇はないので、次行きますね、と決意を込めてマツバに告げる。
同じ時代に生まれちまったばっかりにマツバのビッグドリームを踏み潰した私には…夢を叶える責任がある。そう思うよ。知ったこっちゃないと思うところもあるけど、でもマツバのこと普通に応援してたしいい人だと思うから、出会ったみんなの温かさ…それはちゃんと持って帰るよって…タイプワイルドになろうと決心したわけ。だから行くよチャンピオンロード。ファイヤーが破壊して地形が変わったチャンピオンロード。恨みを抱いて進もう。鳥ポケモンは鬼門、はっきりわかんだね。
当分カビゴンには雷パンチ常備でいこうと誓い、そんな怒りと悲しみをエネルギーにする私を見て、マツバは何か感じるものがあったのかもしれない。握っていた手を引くと、わずかに体を寄せてきた。イケメンが近い。というか私ずっとイケメンと手を繋いでいたんじゃないか…?もう二度とないかもしれない機会を特に意識せず過ごした自分の喪女力に絶望していると、彼は私をじっと見つめて呟いた。

「君は自由に旅をして…いろんなものを見てきたんだね」

そんなに自由でもないとは言わないでおいた。普通に不自由。ゲーフリに決められた道しか行けないから。

「少し…羨ましいな」

お互い無いものねだりだと気付き、何だかますます悲しくなって、私はたまらず俯いた。
これが…これが人生…!ままならない現実に直視し続け、自分が持っていないものを羨ましく思う、それでも私たちは生きていく…ゲームフリークが伝えたかったのはこういう事なの…?違うだろうな。
全く羨ましがられるような人生ではないけど、マツバの生い立ちを考えたら正直言葉がなかった。何不自由なく生きてすまん、せいぜい親父の人格がクソってくらいだよ、私の苦労なんて。結構でかいな。
今からでも間に合うよ、と軽率には言えず下を向いていたら、マツバはそっと私の肩を抱き、逆に慰められるという情けない事態になってしまったので、このままではよくないと顔を上げた。
おい何イケメンに慰められてんだ?調子乗んなよ喪女。所詮お前はシャバーニになれない野生の野蛮なゴリラ、同情する資格はねぇんだからな!

「マツバさん…」
「え?」
「次にお会いする時は…もっと立派な人間になっていたい…そう思います」

作文かな?
今は顔向けできねぇ!と私は駆け出し、己の人間性の低さ、働かずに生きようなどという甘さに目頭を熱くさせ、エンジュの街を疾走した。
そう…私は立派な人間になる…誰も私がニートしてても文句を言わないような…そんな圧倒的力を持った人間にならなきゃいけない。何よりこういう場面に直面したとき普通に気まずいわ。マツバのような素晴らしい人格者と対等でいられるほどの人間性は持ってないと地獄ですよ。まぁミナキくんくらいの無職な伝説厨だったら別にこのままでもいいんですけど。あの変質者と同じレベルなのかよ私。それはそれで嫌だわ。私の方がさらに下かもしれんし。もう生きていられない。

誰かと親しくなるとその人の悲しみとかに共感しちゃって良くないな…無駄に性格いいからつい同情的になっちまうぜ…やはり誰とも関わらず家から出ないのが一番だろう。そう結論付け、人生について学んだのか学んでいないのかよくわからないレイコであった。

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