CM明け。

「そなたの実力…確かに偽りなし」

マダツボミマスターヨーダは、厳かな物言いで、対峙した人物にそう告げる。その言葉を聞いているのかいないのか、ポケットに手を突っ込んだ状態で少年は立っており、これが軍隊だったら平手打ちだぞと無礼な態度を改めさせたくなった。

あの赤いロン毛…不良らしい舐め腐った態度…そして揺れる柱に合わせて首を振るマイペースなワニノコ…。全ての特徴が一致し、私はコナン顔で身構えた。

間違いない、あいつ、研究所に押し入ったポケモン泥棒だ!

ここで会ったが百年目!と殴りかかろうとしたが、長老はまだ話を続けていたので、紺青の拳はひとまずそっとおさめる。どっちが不良かわからねぇな。

「だが、もう少しポケモンを労るべきですぞ。そなたの戦い方はあまりにも厳しすぎる…ポケモンは戦いの道具ではないのです…」

ジブリに出てきそうな雰囲気で爺さんはそう諭していたけれど、相手は聞く耳持たずといった態度で、私の方がブチギレそうであった。年長者に向かってなんだその顔は、と全然関係ないのに喝を入れて市中を引きずり回したくなる。ヒビキくんを悲しませた罪が、今レイコを修羅にした。

もちろんそんな事するわけにはいかないから、一度冷静になろうと心を落ち着けた。私がデビルマンになっちまったらヒビキくんもっと悲しむだろうしな…ここは大人として、然るべき場所で然るべき判決が下されるのを望むべきよ。
深呼吸してカメラをしまい、とりあえず奴が一体何をしているのか様子を窺う。しかし見れば見るほどチンピラで、昨日弱者呼ばわりされた恨みなどが徐々に蘇ってきた。

相変わらずのクソガキだな。ヒビキくん五十人摂取しないと緩和されないレベルの憎たらしさ。こんなクソデカ態度で最強のトレーナーになれると思ってんのかよ?なれるわ。何故なら私というソースがここにいるからです。うるせぇ。
どうやらドロボーイは、マダツボミマスターと戦って見事勝利をおさめたらしい。昨日盗んだばっかなのにベテランのヨーダに打ち勝つとは…結構やり手みたいだ。子供の急成長に驚くと共に、苦言を呈されていた事も気になって、私は渋い顔を二人に向ける。

もう少しポケモンを労るべきって…どんな勝負だったんだよ、とりあえず通報した方がいいか?
泥棒に加え虐待の罪も有り得そうな事態に、私もジジイと共に神妙な顔を作る。子供とはいえ悪人は悪人、やはり盗みを働くような奴がまともにポケモンを扱うわけがなかったか。昨日の時点で気付いていれば…ワニノコは傷付かずに済んだのに…。胸を痛める私をよそに、トレーナーの足元でワニノコはずっと柱に釘付けだったので、こいつ全然傷付いてないなと真顔に戻った。

図太すぎじゃない?本当に盗んだ奴か?怯えてる様子とか全然ないんだけど。まぁ繊細なポケモンだったらド田舎から出た時点でストレスマッハだろうし、図太いに越した事はないんだろうが、それにしたって太すぎるでしょ。
感情の有無がわからないワニノコを見つめていると、長老のアドバイスに一言も返す事なく、少年は踵を返した。人を無視するという常人なら最も躊躇われる行為をいとも容易く行なうその姿、まさにアウトレイジ。このまま野放しにしておくのは危険だ、やはり通報しかない!

どこへしまったかわからないポケギアを探していたら、相手は私に気付いたらしく、対峙するよう足を止めた。さすがにド突いた女の顔は覚えてたか、と少し安堵し、しかし覚えているのに謝罪しない事へは憎しみしかなかった。詫びろ早く。こっちは短気なんだぞ。

また突き飛ばす気か?とウルトラマンのポーズで威嚇し、バッドボーイを睨みつける。すると彼は悪びれた様子も通報に怯える様子も見せず、普通にマスターヨーダをディスった。

「…フン。偉そうに長老なんて名乗ってるくせに、全然歯ごたえないじゃないか」

なんか世間話されたぞ。知り合い感出してくるんじゃねーよ。
なに自然に喋ってんだこいつ。さすがの私も困惑し、一体何を考えているかわからない令和の子供に、こっちが怯えるレベルだった。

マジか?どういう神経?お前…窃盗犯だよな?私がウツギ研究所の事件を把握してる事も当然わかってるよな?にも関わらず焦りもしないその態度、どういう事?ワニノコ共々図太さカンストしてるの?

完全に舐められていると感じ、私は歯を食いしばって殴りかかりそうな体を抑えた。
お前…あの私の強さを見てよくそんな態度を…。いや、泥棒した足でそのまま観光地に来てるくらいだ、もはや心臓に毛が生えていてもおかしくはないだろう。のん気に長老で腕試しまでしてるしな。常識の通用しない悪党に、私はそれ以上考えるのをやめた。とにかく良心が欠如し、神経まで太い、それだけわかれば充分よ。あとは獄中で反省しろ!俺は無能警官を攻撃表示で召喚だ!

通報待ったなし!という気持ちだったが、でもあの警官にも普通にムカついてるしな…とポケギアを下ろし、怒りの矛先が狂ったコンパスなみに定まらない私は、しばしその場で考えあぐねる。

一触即発の私達とは裏腹に、ワニノコはまだ柱を見ていて、そのうち置いて行かれている事に気付くと、小走りでアウトレイジの元まで戻ってきた。完全にトレーナーとして認識しているその姿に、騙されるな!と警笛を鳴らしたい限りである。

お前ら…揃いも揃ってお馬鹿さんなの?ワニノコ氏さぁ…お前は研究所のポケモンだったでしょ!自分の生い立ちを思い出して!それともウツギ博士のこと嫌いだったのか?そりゃ気が合わない人もいるだろうけど…でもこいつよりはマシじゃね!?安パイな妻帯者と犯罪者じゃ天秤にもかかんねーよ!今からでもやり直せる、研究所に戻って別のトレーナーにもらわれていった方がいいよ。私はもう引き返したくないから付き添わないけど。クズ。

私も大概人間性が底辺だったが、こっちの泥棒もいい勝負である。長老をディスっただけでは飽き足らず、煽るような台詞を吐いて、トレーナーの風上にも置けない態度を披露した。まぁ元々置けなかったが。

「…当然だな。ポケモンに優しくとかそんな甘いこと言ってる奴に、俺が負けるわけがない」

追ってきたワニノコを見下ろし、さらに尖った価値観を暴露するのだった。

「俺にとって大事なのは、強くて勝てるポケモンだけ。それ以外のポケモンなんてどうだっていいのさ」

言い切ったクソガキは、そのままマダツボミの塔を引き返していった。何故私にそんな重いことを言う…?と慄き、語彙無しコミュ障ニートは偉そうに説教できる立場にないので、ただおろおろするばかりだった。そういうトレーナーもいるだろうと思ってはいたけど、こうも断言されると反応に困った。

ええ…?マジ?なんか…あったのかお前…トラウマとか…あるのかな?それとも単純にクズ?
想像以上にこじらせていたドロボーイに、私は怒りも忘れて衝撃を受ける。言いようのないショックが私を襲った。それに対して何も言えない自分もつらかったのだ。

私も半分はニートだ…とても真っ当なトレーナーとは言い難いので、何がトレーナーの正解かわかるはずもないけれど、でも私個人としては…強くて勝てるポケモン以外どうでもいいとは思えないっていうか、一度縁を結んだ相手なら尚更そう思うっていうか、つまりワニノコを放置する事を躊躇う!このクズの元に!

「ちょっと」

私は泥棒を追うワニノコを呼び止め、小走りで駆け寄った。

「あいつと一緒にいなくてもいいよ、別に」

お前盗まれたんだよ、と言うと、ワニノコはちょっとよくわかんないですね…的な表情で首を傾げた。真性の馬鹿なのかもしれない。

こいつ…IQがないのか?一応言葉は伝わってる感あるけど…全く感情が読めねぇ。あいつにも私にも怯えた様子はなく、どうにもマイペースみたいで、また柱を真似して揺れ始めている。
今の話…?聞いてた?強くて勝てるポケモン以外はどうでもいいらしいぞ。つまりお前が弱くて負けるポケモンだったら捨てられるかもしれないって事だ。やばいと思わないか?やばいよ。トレーナーには責任ってもんがあるんだ、たとえ情がなくても責任取れないのは駄目だよ。私はニートだけど、でもカビゴンを養うためなら働…働き…働くしか…働くしかないんだ…!それがトレーナーの重みだよ…ッ!

自らのアイデンティティを捨てなくてはならないほど、トレーナーは過酷な生き物である。その覚悟がない奴かもしれないんだぞこのガキは。なんたって盗みをするくらいだからな。一度人道に背くと一生背き続ける事もある…そんな危ない奴についていくなんて、私は絶対お勧めしないね。
でも、盗んでまで欲しかったのかと思うと、それはそれで何かを感じたりもするんだな。

「…研究所に戻らなくていいの?」

今なら付き添ってやってもいい、と寛大な心を見せたのに、これに関してワニノコは、何故か即答した。揺れる体を停止させ、強く頷くと、そのままトレーナーの方を向いた。あんなに呆けた様子だったにも関わらず、いきなり断固たる意志を見せつけられ、私は呆然としてしまう。単純に謎だった。
私とワニノコの雑談に気付いたのか、泥棒少年はワニノコをボールにしまうと、再び私を一睨みして去って行く。ムカつきすぎて反射的に110番しかけたものの、思い直して手を止めた。

「何なんだ一体…」

去りゆく姿を見守りながら、私は眉を下げて呟く。
おかしな奴らだな。あのガキもおかしいけどワニノコも相当変わってるぜ。昨日今日会ったばっかだってのに、しかも倫理観の欠如した泥棒だってのに、まるでちゃんとトレーナーだと思ってるみたいで、いろいろと理解が及ばない。

あのガキに、私の知らない一面でもあるんだろうか…たった一日で絆が芽生えたとか?愛に時間は関係ないかもしれないけど、全然想像つかないや。
ワニノコが特に帰りたがっていないという現実に苦い思いをしつつ、でも何だか無下にできない私は、結局ポケギアをしまって二人の行く末を見守るのだった。
すまんウツギ。ワニノコ、戻りたくないってよ。ドンマイ。

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