深刻なストーカー被害状況に、もはや示談は絶望的と思ってもらいたいところである。
「どうも…」
他人行儀な挨拶をし、私は軽く頭を下げた。
サイホーンロード、違ったチャンピオンロードを駆けて私の元にやってきたのは、特に久しぶりでもないツンデレ氏であった。最後に会ったの歌舞練場のあれだから結構気まずいぜ?お前が成し遂げられなかった舞妓さん五人抜きを昨日今日捕まえたポケモンで完勝したからな私は。何をお伝えしたらいいかわからない。才能有り余っててすいませんとか?嫌味すぎだろ。
勝手に気まずくなってるこちらをよそに、ツンデレは至って普段通り、むしろ一皮剥けた感すら醸し出して私の前に立っていた。子安武人のように歌ウ答エでも見ツケタのか、ちょっと大人びた雰囲気もある。舞妓に負けたのが堪えたのかもしれない。私に負けても堪えろよ。心折れてもいいレベルだぞ。
「…今からポケモンリーグ挑戦か?」
「まぁね」
相変わらず挨拶もなく会話が始まるNPC方式に、もはや慣れた自分が恐ろしかった。言えよ、こんにちはと。言ったら絶対びっくりするけどさぁ。私が挨拶を期待しなくなるのが先か、お前が挨拶をするのが先か、これは倫理観を賭けた真剣勝負…ポケモン勝負より大事なんだからね。そんなわけない。
こんなところまで来てポケモンリーグに挑戦しない方がおかしいとは思うけれど、一応確認してきたツンデレに私は頷く。という事はお前もか。お前も…バッジ持ってんの?アカネちゃん…大丈夫だった?号泣する彼女から強奪するという卑劣な手段に出ていないか心配する私をよそに、ツンデレは続ける。
「しかし気付いただろ、ここまでにトレーナーが一人もいなかった事に」
「そう!それずっと思ってた!孤独だった…」
お前は私をストーキングしてただろうからわかんないと思うけど、一人でこの洞窟は…なかなか堪えたぜ。私はこれまでの道のりを思い出し、静かに目を閉じる。
ゲートをくぐるまでは結構人がいたと思う。皆ポケモンリーグを目指して進んだりたむろしたりしてたけど、洞窟に入った途端にサイホーン地獄で一瞬立ち入り禁止区域かと思ったからね。誰もいない。見事に無人。この道で合ってるのか不安にすらなったけど、お前がここにいるって事は正解だったらしい。みんな道のりの険しさに脱落していった…そういうわけですか。それがわかっただけでも出会った甲斐があったな。じゃあもう解散で…いいよね?よくねぇよ。
「フン…どいつもこいつもだらしがない」
「全くですな」
「…まぁそういう意味では、ここまで辿り着けたお前は見どころがあるのかもな」
はい出ました、伝家の宝刀どこから目線。
お褒めの言葉を頂戴し、怒る気力すらない私は死んだ目をしながら溜息をついた。それはどうも…とツンデレすぎるツンデレの賛辞を受け取っておく。何だかんだとこの空気にも慣れた。
あの暴力的で失礼極まりない初対面に比べたら…とんでもない進歩ですからね。散々人を弱い弱いと罵倒していた彼が…み、見どころがあるですって!?この上ない称賛。圧倒的成長。無視せずここまで関わってきてよかった…そう思わせる、最大級のデレであった。
本当どうしちゃったの?見どころがあるレベルじゃない事はこの際さておいて、随分と人間性がマシになったツンデレに、私は微笑ましさすら覚えてしまう。ちゃんと意味のある旅してるんだな…それに引き換え私ときたら…わからない事ばかりが増えていくって感じだぜ…金髪のイケメンを心の中でキモヲタ呼ばわりしちゃうしさ…シンプルに人が悪い。本当に夢主かな?
でも何か…強いってのは便利だけど、それには責任が伴うっていうか…私がただ強いってだけでいろんな人が傷付いたり夢を失ったりしてるのを目の当たりにして…もう少し思慮深く生きなきゃって思ったもんですよ。別に私のせいじゃないとは思うけども!でも普通にあとでこっちが困る事になるからな。アフターケアができてこそ真の強さかもしれないね。強すぎるポケモンを持つとはどういう事なのか、それを模索していこう。手始めにお前が練習台だ。マツバを慰めるのは失敗したがお前の敗北はちゃんと私がケアしてやる。だから安心して行きなさい、ポケモンリーグへ。負ける前提で話している事については謝罪しよう。
見どころがあるってやつ…録音しとけばよかったな…とツンデレの貴重なデレに浸る私であったが、所詮彼とやる事なんて一つしかないのだと、次の瞬間思い知らされる。
「だが!それももう終わりだぜ!」
急に声を荒げたかと思ったら、ツンデレの手にはボールが握られていた。私はお馴染みの展開の到来にハッとする。
完全に油断してたわ。そりゃこいつが世間話するために私を呼び止めるわけないわな。暇かよ。褒められたから何か良きライバルの感じ醸し出して今日は終了かなって思ったけども、どうやらツンデレが私の下手な慰めの練習台になるのは思いの外早かったらしい。このサイホーン地獄を抜けてもまだ元気が有り余っているなんて…お前こそ見どころあるじゃん。私ほどじゃないけどな。
「何故なら…ここで俺がお前を叩き潰すからだ!」
やっぱりね!いつもの展開!
私とあなたの関係にはド突き、罵倒、そしてポケモン勝負の三つがワンセットとなっている事を今完璧に思い出したわ。ろくなもんない。
正直原付を押してのでこぼこ道、疲労は想像を絶するレベルであったが、多少はまともな人間になろうと誓った今日の私は一味違う。正直だるい、この筋肉痛が一体いつの筋肉痛なのかももはやわからないし、どうせ勝敗は決まってるんだから、無駄にポケモンを痛めつけて終わるだけかもしれないって気もする。しかしワカバから前科一犯を経てここまでやってきたツンデレの集大成!見届けてやりたい!この私が!ファーストど突きを受けた人間として…!そして数多くの挫折を味わわせた人間としてだ。
叩き潰しのプロの私を叩き潰そうなんて百年早いわとこちらもボールを取り出した。これまでの軌跡を聞いてください。まずロケット団再興の夢を叩き潰しました。次にマツバのホウオウドリームを叩き潰しました。そしてお前の!最強のトレーナーになるっていう夢を…私はまた叩き潰す…!心を鬼にして…!どんだけヘルクラッシャーなんだよ。もう家でおとなしくさせてくれ。
やはり引きこもるのが一番と結論付けながら、私は口を開いた。
「そういえば…私勝ったよ、舞妓さん」
いきなり自慢してきたクソ女にツンデレは顔を歪めたが、気にせず語彙なしトークを続ける。
「他にもいろいろあって…でもやっぱポケモン強いだけじゃダメなんだよなって思ったよ。私自身も強くならないと…」
真剣に語りながらボールでお手玉をし、ツンデレはそれを目で追う。早くポケモン出してくれんか?と言いたげな空気は伝わったが、それでも黙って待機してくれているので、彼も人の話を聞けるほど成長したのかと目頭が熱くなる。
こんなに立派になって…親御さんに見せてあげたいですな。しかしよくわからないが親御さんに会ってはならない予感がする、よくはわからないが。何故かそんな気がする。絶対。
カビゴンとハクリューの目が回る前に手を止め、私はボールを握りしめた。考えてみれば私も初心者トレーナー同然である。今まで散々お前に偉そうな事を申し上げたが…いやお前の偉そう加減に比べたら些細な偉ぶりだったけど!でも次に会った時、心の底から偉そうに振る舞えるような人間になっていたいと思ったわけ!君には愛情と信頼が足りない、私もそういう台詞言ってみてぇんだよ!いま私が言えるのは、お前にはゴーストとユンゲラーを通信進化させてくれる友達が足りない、それだけだ。締まらねぇ。
「というわけで付き合ってもらうから。私の精神修行に」
互いに意味のある勝負にしよう!今まではお前の成長にしかなってなかったけど、今日からWin−Winなんで!学ばせてくれ私にも何かを!ひとまず漠然としたものでいいから!でも具体的にはカイリューに進化する方法などが学びたいかな!動悸が不純。
ようやくボールを投げた私に、ツンデレは少し驚いたような目をすると、不躾なのか感心したのか判断がつかない台詞を吐く。
「…お前でもそんなこと思うんだな」
どういう意味だよ。何も考えてなさそうってこと?しばき倒してやろうか。
悩みなさそうと暗に言われてキレたが、確かに今までの私はトレーナーとしての葛藤など抱えていなかったため、素直に黙った。
まぁ…実際何も思うところなかったからな…ヌルゲーだと思ってた。強い者は強いなりにいろいろあるんだって事わかったよ、さすがの私も。たかがポケモン勝負、されどポケモン勝負…その勝敗で人生が変わる人もいるんだ。君もそうだろツンデレ。そして彼の父親もそうであった事をレイコはまだ知らない。一生知りたくねぇよ。