修行が私のスピードに追い付かない。

「…勝てなかった」

安定の秒殺を決めてしまった私は、本当にこれで精神修行になるのか疑問に感じつつ、敗北に打たれるツンデレとの微妙な空気に頭を抱える。心意気が変わってもカビゴンの容赦ない一撃は変わらないので、ポケモン勝負の奥深さに思わず唸った。
ゼロの執行人応援上映のチケット完売速度くらいまたしてもさっさと勝ってしまったけど…考える暇すら与えてくれなかったが大丈夫か。これで本当に成長できる?いま学んだ事といえば、もうどの技使っても勝てるからあみだくじとかで適当に決めていいって事くらいだよ。まるで成長してない。
まぁ勝負中だけが学びの場じゃないから…後々振り返って沁みてくるものがあったりするし…何事も積み重ねよ。大人になってあのとき感じたノスタルジーの意味が初めてわかった映画のように…。いつかこのクソガキも私の中で思い出になっていくのかもしれないなと思ったら、少しだけ寂し…くねぇわ。お前との思い出暴力と暴言しかねぇよ。
でもまぁ…彼が大人になったとき偶然再会して…敏腕商社マンとかになってたら私も感無量ですよ…いや嘘やっぱちょっと嫌だわ、私より出世しないで。かと言ってレイコじゃんウェーイwwwみたいなのも無理だから。極力そのまま絶妙に性格悪く、かつ犯罪を犯さない大人になっていてほしいと思う。そして恩人に私の名を連ねてほしい、願いはそれだけよ。結構な高望み。

敗北したツンデレは事実を噛みしめるように呟き、ポケモンをボールにしまった。私は経験値稼ぎで出したハクリューを見上げ、やはり進化しない現状にますます焦りを募らせる。

「…全力で戦ったのに」

私も全力で祈ったのに、カイリューに進化しない。
ポケモンリーグは目の前に迫っている。帰りは空を飛んで行きたいという願望を叶えるには、もはやあとがない状況だ。レベル的にも余裕はないぞ。ツンデレ相手に偉ぶってる場合じゃない私は、世間の評価と自分の実力が見合っていない事に絶望すら抱いた。
マツバさんは私のこと強いって言ってくれたけど…実際はハクリューが進化しないだけで心砕ける豆腐メンタル…。そりゃあな、ニートのためなら全てを薙ぎ払い突き進む覚悟は持ってるよ、でも空を飛ぶためにそこまでガチにはなれないよ…だって私一人の問題じゃないし…下手な事してハクリューの心身の健康が損なわれるのも困る。丈夫なカビゴンしか育成例がないばっかりに何もわからない…俺は…俺は弱い…!
打ちひしがれる私をよそに、ツンデレは普段通り目つきは悪いが、どこか満足げな表情で私を見つめていた。そして今の私には心が痛む言葉を放つのである。

「お前が持っていて俺にないもの…あのドラゴン使いに言われたこと、何となくわかったかもな…」

なるほど、やはりそれは美的センス…ですね?
イブキの一件の時にも長老が似たような事を言っていたので、私は答えの出ない謎かけに再び唸った。
痛い…心が…!マジで何なんだよ、お前らになくて私にあるものって何!?美的センスじゃないなら何だ!?最強のカビゴン!?みんな私に何を見出したの?照れずに教えてくれんか?何だかんだここまでお前に付き合ってやった優しさなどが沁みたんですかね?それかもしれない。私にあるもの、優しさ。でもそんな優良トレーナーだったら絶対カイリューに進化するじゃん!?振り出しに戻る。

「私は…」

とうとうツンデレから認印を押されたが、果たして本当に非行少年に認められるだけのトレーナー性を持ち合わせているのか、私は甚だ疑問であった。この常時秒殺勝負に一体何があるのか見出せない。ハクリューが進化する頃にはわかるんだろうか。しないかもしれないけど。笑えねぇよ。

「私も…君だけが持ってるもの…何となくわかるよ…」

それは目つきの悪さや素行の悪さではなく、上手く言えないが…将来性…いや違うな…伸びしろ…もちょっと違う…違うけど何かあると思うな、そういうポジティブシンキングなやつ。私に何度叩きのめされても雑草のように起き上がってくる謎のメンタルの強さとか、良く言えばひたむきさがあったのではないでしょうか。
褒められたので褒め返そうとしたが、語彙が完全に死んでいるので、ツンデレはちょっとよくわかんないですみたいな顔で私を見上げていた。解せない。言っとくけどお前の語彙も同レベルだからな。自分だけ国語力あるみたいな顔すんなよ。

でもそういうものかもなぁ、と不意に私は思う。自分に何があるかなんて自分じゃわからないのかもな…わかっている事といえば美貌、明晰な頭脳、品格、オーラがある事くらいか…どれもねぇよ。
しかし、いま私が認めてもらわなきゃならないのはただ一人…そう、ハクリューである。このシードラゴンに相応しいトレーナーにならないと、いつまで経っても空を飛ぶは手に入らないし、こいつのテンションも安元洋貴の声のように低いままだ。ちゃんと考えていかなくては。進化しない理由を。ツンデレだって頑張ってるんだから。
私には私の良さがあり、それが何かはわからないが、ひとまず空を飛ぶためにひたむきに頑張っていくしかない。それだけよ。諦めるな。絶対立派なカイリューにしてやる、そして破壊光線でワタルを倒す、私をチョウジのアジトに巻き込んだ憎しみを込めて…まだ根に持ってる。
根暗なハクリューをボールにしまえば、馴れ合いモードを終えたツンデレはいつも通り強気な瞳を向けた。

「…俺は最強のトレーナーを諦めたわけじゃない」

いや悪いがそれだけは諦めてくれ。それはもうどうにもならん。すまん。

「今の俺が勝てない理由、きっと見つけ出して強くなる。そしてお前に挑む」

真剣に宣戦布告されたと思ったら、次の瞬間ツンデレは近付いてきて、何故か私の手を力強く握った。突然の事に、内心で不届きな事を考えてるのがバレたのかと思ってうっかり謝罪しそうになったけれど、そんなエスパー能力があればそもそも私のようなやばい女には関わっていないはずだから違うだろう。うるせぇな。
まさかここにきての握手!?と謎のスポーツマンシップを疑うも、手が反対だ。普通に痛くて解こうとしたら逆に指が絡まり、深みにはまって絶望する。壊死。カタギなのに指詰めるはめになったらどうしてくれんだ。
絶対こいつ出生がやばいよ…と怯える私をものともせず、相手は話を続けた。

「その時は…持てる力すべて出して負かしてやるさ」

そう告げた時、私は初めてツンデレが笑うのを見た。いつもの鼻で笑うあのクソ憎たらしい笑みじゃなく、まるで好敵手にいつまでも変わらぬ強さを求める海馬瀬人的な表情に、作画も加々美高浩に見え、私は目をこすった。笑顔の表情筋が死んでいなかった事への衝撃で、たまらず手を握り返す。何だかちょっとした感動だ。綾波レイが笑うと胸が熱くなるあの感情に似ていた。
思わぬ出来事に、私の中の霧も晴れた気分で、ついつい調子良く口を開いてしまう。

「…いつでも来なよ。実家はヤマブキ、二階建ての研究所風民家が目印」

どんな家だよと言いたげなツンデレを無視して、私も微笑みを返した。

「それまで最強をキープして待っててやるから」

さすがに指の痛みに耐え切れず、私は手を振り払った。それを咎める事なくツンデレは踵を返し、いつものツンツンした態度でチャンピオンロードを引き返すも、ド突き芸をしないというデレを展開して私の感動を持続させる。
キープするまでもなく私は最強のままだと思うが…でも本当にツンデレが挑んできた時、ちゃんと偉ぶれるくらい立派な人間になろう…そう感じさせる瞬間だったね。すぐに絆される自分に呆れながらも、たまには悪くねぇなと反省はしない。
なんか…あのデレを見るために今日までの日々があったのかもしれない…忘れがたい手の感触に浸り、でもやっぱ痛いので優しく撫でる。どんな握力してんだクソガキ。ピンポイントに骨を痛めつけるんじゃねぇよ。プロか。
うっかり実家情報を与えてしまった事はあとで後悔するかもしれないが、今は本当にいつでも来いって気分なので、私もリーグに向けて気を引き締めた。三年前に勝ったとはいえカントーとジョウトを股に掛ける絶対王者だからな、セキエイリーグ。ここで必ず勝ってカイリューに進化させ、そして成長したツンデレをいつか実家で迎え撃つ…もし来る時は昼から来てほしい。ニート職人の朝は遅いんで。立派な人間になる気配がねぇな。

「笑うと可愛いじゃん…」

ツンデレが去った方を見て呟きながら、まぁ私の方が可愛いけどな、と謎の対抗意識を燃やすレイコであった。そういう好敵手じゃねぇから。

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