20.ポケモンリーグv

その日、ニートは思い出した。
彼がすぐにまた会える的な発言をしていた事を。
それがフラグだったという恐怖を。

「待っていたよ、レイコちゃん」

私は待ってなかった、この展開。

「ワタル…?さん…」

ぶっちゃけミニリュウのオブジェみたいなのが見えてきた時点で嫌な予感はしてたけども、しっかり初見リアクションをして私は呆然と口を開ける。怒涛の四天王抜きをし、チャンピオンの間に辿り着いた矢先の出来事であった。

私の名はレイコ。ツンデレストーカー撃退術の専門家である。
チャンピオンロードの出口付近でDQNに絡まれ、ストレートなポケモンリーグ入りは阻まれてしまうも、何だかんだ成長したツンデレ氏に感化されてしまい、まるで真っ当な少年少女の青春のような物語を展開しながら、私はとうとうリーグへ足を踏み入れた。人生二度目のセキエイ高原である。
ここまで…長かった。本当に長かったよ。ヤマブキを旅立ってからV6は三人結婚しちゃったし、もう心の支えはリーダーと三宅だけって感じで、とにかくいろんな事があった。つらい事もたくさんあったし、まぁほぼつらい事で構成されてますけども、でもそれももうすぐ終わりだから。ましゃの結婚を乗り越えた強い女なの私は。みんな…幸せにな。私もここを突破しニートに一歩近付く!

というわけで意気揚々と乗り込んだのだが、三年しか経っていないのにリーグの顔ぶれは結構変化していた。案外入れ替わりの激しい部署なのかもしれない。ワタルもクビになってたくらいだからな。いやクビかは知らないけど、どう考えても明日からもう来なくていいよってやつでしょ。きっと人に向かって破壊光線撃ったんでしょうね。なんか手慣れてたもん、カイリュー共々。ああはならないようにしようね、とハクリューに言い聞かせ、いまだ進化しない事からは目を背けつつ進んだ。
カンナさんの代わりに変態マスクのイツキが一番手だったため、もうあの凍るような目つきで見られずに済むんだ…とホッとしたのも束の間、私がカメラを設置し始めると、あっキミが例の…とお察し顔をされたので普通に心外だった。迷惑カメラ設置行為語り継いでんじゃねぇよ。
半分は見知った顔だったから軽めのノリで挨拶して、カリンさんの名言もちゃんと聞いてね、行く手を阻むもの全てをなぎ倒し、そしていよいよチャンピオンと対戦というところで、私は見事にフラグを回収してしまったのである。

「…なんで?」

チャンピオン、ワタルじゃん。魔神英雄伝。
三年前から随分と豪勢になった廊下をひたすらに歩き、その長さに辟易していた私の目の前で、本革のマントがたなびいた。
そして思い出したのである。チョウジのアジトでワタルが意味深に、俺はまたすぐ会えると思うけどね?的なフラグを立てていた事を。思わず頭を抱え、疑問をぶつけざるを得ない。なんで?と。何がなんで?なのかすらわからねぇ。全てがわからないからなんで?って感じ。もう説明とかいらないけどな、逆に。
もしかしたら夢かもしれないと思い、私は両目をこすり、深く呼吸をしてゆっくりと開眼する。きっと目の前にはドラゴン使いじゃなく、マントも着用せず、生え際の後退を恐れずオールバックにしている事もなく、露出狂じゃないポーズのチャンピオンがそこに立っている事でしょう。私は祈りながら顔を上げた。

しかし、現実は非情である。
完全にワタル。360度どう見てもワタルだわ。破壊光線ぶりだね!笑えねぇよ。

「…リーグから退いたはずでは?」
「四天王を辞めたとは言ったけど、リーグを辞めたとは言ってないだろう?」

揚げ足を取るワタルに失笑し、私は半分諦めの気持ちでカメラを取り出した。常に余裕綽々の相手に、私のような小卒が太刀打ちできるはずもなく、溜息と同時に深く頷く。
お前マジかよ。元々四天王の大将とかいう権力オブ権力って感じのポジションだったのに、さらに力をつけて牛耳ってやがるのか今。悪質。それならそうと早く言って?何サプライズみたいな真似してくれてんだよ。どうせならフラッシュモブくらい湧かせろや。感動した振りしてやるからさ。
いま思えばおかしなところはたくさんあった…。私は思い出とは呼ぶには早すぎる出来事を脳裏に浮かべ、チャンピオン戦を前にテンションを急降下させていく。
四天王辞めたわりに衣装は派手になってるし、経済的困窮も見られず、ニート特有の世間に申し訳ないと思いながら生きている感もなければ、至って堂々とした立ち振る舞い…私に四天王クビジョークを投げつけられても一切動じなかったのは、それより出世してたからなんだな。謎はすべて解けた!できたら迷宮入りしてほしかったけど。
他人の出世を妬むクソニートの私は、予想外の展開に、詐欺に遭ったような気分とはまた別の要因でやや焦っていた。

何故ならワタル…普通に強い。主に種族値が。
三年前と直近のアジトの光景を思い出し、倒しても倒してもカイリューが出てくる無限ループは、フリーザーを所持していない旅パトレーナーを苦しめるだけの恐怖があったと想像する。
大丈夫かなこれ…確実に前よりも強くなってるだろうし、何よりグリーン、私、レッドによる怒涛の三連敗から這い上がってくるだけの精神力があるわけだから、メンタル的には確実に負けてる事でしょう。クソガキ三連星にやられるとか心折れるわ普通に。それで繰り上げ当選したの?なんかすまんな…ただ一言、すまん。それだけよ。
一度無敵のスタープラチナカビゴンで勝ってるわけだから、別に恐れる必要はないのかもしれない。四天王も難なく突破したし、何より今回はハクリューもいる。数多のゴローンやサイホーンを蹴散らしてきた龍の体は、もはや鋼タイプと見間違うほどガチガチになっている事だろう。にも関わらず私は緊張していた。圧倒的な焦りがある。異様。しかし理由はわかっている。
情緒不安だ。ハクリューが進化しないから。

それは恐怖。焦燥。スリル。ショック。サスペンス。無表情でパラパラを踊ってしまいたくなるくらい、私は冷や汗が止まらない。
マジでどうしよう。たぶん勝てるのは勝てる、慢心してても勝てるだろ絶対。それくらいカビゴンは信頼しているが、問題はハクリューだ。
別にハクリューだって、もはやこの間までミニリュウだったとは思えないほどの飛躍を遂げている。ぶっちゃけ強い。いくらカイリューだろうとせいぜいお前のはマックス50レベでしょ?攻略本見たから間違いないよ。私のハクリューは優に越えてるから。絶対。万一のドラゴン対策として冷凍ビームを覚えさせてたところも天命のようなものを感じるわ。でもそういう事じゃなくて…なんか…。
ドラゴン使いとしての正解を見せつけられてしまったら、いよいよ私に愛想を尽かすのでは?
進化拒否という前代未聞の反抗期を迎えている状態に、私は崖っぷちだ。捨てられる…!とどっちがトレーナーだかわからない事を思い、小刻みに震えた。お願い!いい子になるから!部屋の片付けもちゃんとするし!掃除機だって毎日かける!寝転びながら生活できるようベッド周りに物を置きまくるのもやめるから!だからお願い見捨てないで!空飛ばせて!宇多田ヒカルのように大空で抱きしめてよ!
私の悲痛な叫びと緊張を悟ったのか、ワタルは和ませるにしては嫌味っぽい言葉を投げた。

「カメラは設置しなくていいのか?」
「お気遣いどうも…」

先手を打たれて顔を歪ませながらも、ワタルは時間を与えてくれたのだろう。悩める挑戦者のためにささやかな心遣いができる、そういうところもチャンピオンには必要な素質なんでしょうね…そんな素敵な人が何故人に向かって破壊光線を撃つのか。オンオフが激しすぎるだろ。
三脚を組み立てる傍らで、私は考えた。しかし考えても結局やることは一つなのだ。
ワタルを倒すしかねぇ。もはやここまで来たら他にする事ねぇよ。最善と思ったポケモン勝負をする、そしてワタルに打ち勝ち、彼よりも強いポケモンを育てられるトレーナーである事をハクリューに誇示するのみ。所詮脳筋だからな。ぶっちゃけ何が悪いのか本当にわからない。進化しない原因が私の人間性にあるんだったらもうどうしようもないけど、でもそんなに嫌われてるならこんなに強くなるか?とも思うし…短い道のりとはいえわりと普通に打ち解けた感もある…まぁ上司に逆らえず嫌々飲み会に参加し続ける部下的な心境だったら申し訳ないけど。労基に相談してくれ。
家電芸人顔負けのスピードで三脚とカメラを設置し終え、私の気持ちも固まった。私がテンパってるとハクリューだって不安がるっていうかドン引きするだろうしな、しっかりしないと。どうせ勝てるから大丈夫大丈夫!大した事ないって生え際トレンディエンジェルくらい!殺されるぞ。
むしろワタルから学ぶくらいの気持ちでいかなきゃ…ドラゴン使いの、そしてトレーナーの何たるかを…。でもどんなアドバイスをされても一つだけ譲れない事がある。それはファッションです。マント、絶対嫌。

「…お待たせしました」

ボールを構えてワタルの前へ立つと、それまで優しげな雰囲気の兄ちゃんだった彼が、一気にチャンピオンの風格漂う目つきとなり、私は早々にびびり倒すはめになった。
こわ。ドラゴン使い怖いわ本当。イブキさんも高圧的だったし長老も質問厨だし…チンピラの血筋強すぎる。それともドラゴンを手懐けるにはこのくらいの威圧感が必要だっていうの?自信なくなってきたわ。だって私…気弱だし繊細だし優しすぎるところあるから…茶番するだけの図太さはあるんだな。

「君の実力ならここまで来る事はわかっていた」

怯える私をよそに、ワタルは前座トークを始めたので、こちらも気を取り直す。だろうな、と言いかけた口を塞ぐ理性はまだあった。
わかってたからこそ何も知らない私を嘲笑ってたんでしょ、あの日あの時あの場所で。憎い。アジトイベントが憎い…!怒りの湖ではギャラドス相手にボール投げて肩壊してるのを見られるし、サングラスとマスクでうろついてるの見られるし、挙句似てないとっつぁんのモノマネをもっと練習した方がいいと思うな、と天沢聖司みたいに上から目線で評価をされた私の憎しみ、おわかりいただけただろうか。自業自得じゃねーかよ。ヤな奴!
お前をコンクリートロードに沈めてやる!と意気込む私の闘志を感じたワタルは、不敵に微笑みボールを構えた。あの日と同じくこのセキエイリーグで、彼との三年越しの再戦が今、果たされようとしていた。

「何も言う事はない。ただどちらが強いか戦って決めるだけ…」

戦わなくても決まっているとは思うが、水を差すと初手破壊光線で来られる可能性がなくもないので黙って頷く。まだ生きていたいから。
私も二つのボールを取り出し、落ち着いていこ!と女子団体スポーツみたいな声掛けをしてプレッシャーマント男に立ち向かう。
私はまだまだ未熟どころかトレーナード素人…ワタルのようなベテランには及ばないところも多い事だろう。しかしここはポケモンリーグ!勝つか負けるか、それだけを決める場所!極論を言うとポケモンさえ強ければ私の人格の良し悪しは微塵も関係なくなる場所だが、でもそれまで培ってきたものを全部ぶつけるのがここなんで、私の人格もちょっとは影響されてるんじゃないかと思う!そしてそれがいい意味で影響されていればいいと思う!いつも世話になりっぱなしでありがとうカビゴン!ローテンションながらもついて来てくれてありがとうハクリュー!ミニリュウ時代に頭突きされた傷は実はまだ時々疼くけどありがとう!これが終わったら一緒にCTを撮ろう!病院に直行する新チャンピオンとか嫌すぎるが、健康を気遣う優良トレーナーである事は評価していただきたい。あなたも受けよう、がん検診。
気遣ってるわりには肥満で検査に引っかかりがちなカビゴンのボールを握りしめ、私たちは同時にポケモンを放った。相手のギャラドスの威嚇で空気が震え、ワタルのマントもラスボスみたいに舞い上がる。戦いの火蓋は切って落とされた。

「最強のトレーナーとして、リーグチャンピオンとして…ドラゴン使いのワタル、いざ参る!」

ネタバレをさせてもらうと、次のページでは最強とチャンピオンの称号、どっちも私が貰ってるからな。

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