一つショックだった事がある。それは怒涛のカイリュー抜きをしても、ハクリューが進化しなかった事だ。

「…終わった」

ワタルの呟きに、私も同じ事を思った。
終わった。ハクリュー、進化せずに終わってしもうた。

相手がカイリューを出し始めてからは、全てハクリューで応戦した。ひたすらに冷B連打という感じで、素早さはこっちが抜いてたから結構レベル差はあったに違いない。種族値180の差を物ともせず勝利をおさめたハクリューであったが、その体が山吹色に変わる事はなく、アデルの熱い色よりもブルー、つまり変化なしという結末だった。完全に進化待ちモードだった私は、戦闘が終わっても一向に兆しが見られない事に、思わずキョトンとしてしまう。素。

嘘でしょ。本気か?あんなに熱い戦いを繰り広げたのに?信じられなくてウルトラマンみたいなポーズでうろうろしてしまっても無理はないだろう。ヘアッ!
どういうこと?気付かないうちにBボタン連打してたかな?ガチでショックなんだが。これはカイリューにならずにレベルカンストも有り得るかもしれない。ボールに戻すのも忘れるほどの衝撃が走る。全力疾走で。
正直、さすがにもう進化するだろと心のどこかで思っていた私である。どこかっていうか全面的に思ってたからな。だってワタルのカイリューなんて見たら、オラも早くああなりてぇ!って思うもんじゃない?その気持ちが体に現れたりするもんじゃない?スーパーサイヤ人、目覚めの時じゃない?違ったらしいわ。界王拳20倍止まり。ショックです。ノーマルに普通にただシンプルにショックすぎて、じわじわと焦りの感情が這い上がってきた。
どうしよう。これ本当にやばいんじゃないか?

「勝った君にそんな顔をされると、負けた方は立場がないな」

苦笑気味にワタルにそう言われ、ハッとしながら私は口角を上げた。しかし笑っていられずすぐさま真顔に戻る。すまんな、勝利には慣れてるけどポケモンの育成には慣れてないもんで。本当にトレーナーかな?
もはやワタルに怯えている場合ではない。私は二度目のチャンピオン君臨というおめでたい事実も忘れ、専門家に話を聞くべく震える足で駆け寄った。破壊光線怖いとか言ってらんねぇ。たとえ傷付いたピカチュウを見てサトシにビンタしたアニポケ第一話のカスミのような迫力で怒られようとも、今はびびってる時じゃないんだ。そしてチャンピオンになった事に喜んでる場合でもない。そこは嘘でもはしゃいどけよ。

「ワタルさん…」
「何かあったのかい?」

優しい。惨敗した挙句チャンピオンになっても一切喜ばないクソニート相手にもこの優しい一言。格の違い見せつけられるね。申し訳なさが加速するわ。恐ろしい男ではあるがワタルは不屈の心を持った正真正銘の人格者…もはや破壊光線をネタにはできまい。私は心を入れ替え、この人を信頼して打ち明けようとハクリューを指しながら口を開いた。

「進化しないんです…私のハクリュー…」

病気かも…と年相応の少女の如く不安を吐露すれば、ワタルはハクリューに近付いた。そう、チャンピオン戦という熾烈な闘いを終えたあととは思えないほど無傷なハクリューに…。強すぎて気まずい。ごめん本当。

「確かに…もう進化しててもおかしくないな」

やっぱそうなんだ。ドラゴンプロのワタルにそうジャッジされ、私はますます不安に駆られる。

「…龍の穴でもらったんです。ほらあの、私が空を飛べるポケモン持ってないって言ったら、カイリューにしたら?って教えてくれたじゃないですか、それで…そのために…」

空を飛ぶという単語で徒歩帰宅を思い出してしまった私は、さらに地の底みたいなテンションになり項垂れる。そうだった忘れてた…二重苦だった…単純に進化しなくて心配な上に、進化しないと空を飛べない、まさに終わらない地獄。自分もかなり力を付けたと思っていたのにハオの巫力が125万という圧倒的な数値だと知って絶望したような気分だよ。
落ち込む私をよそに、こちらの雑な説明を受けたワタルは、それだけで何かに気付いたようだった。ハクリューの頭を撫でると微笑みを交わしていたので、お前マジで男にだけ態度良すぎないか?と私は進化反抗期野郎を般若の形相で睨みつけた。
ヒビキくんの時もそうだったけど何?イケてるメンズには妙に愛想良くない?私にはわりと塩じゃん、対応。解せないわ。解せないっていうか解してたまるかよ。面食いも大概にしとけよな、そんなところばっかトレーナーに似なくていいから。いや誰が面食いだよ。石油王食いだよこっちは。余計悪い。
ポケスペでは癒しの力を持つ事で有名なワタルだが、果たしてハクリューの不調の理由は判明するのだろうか。絵になる青い龍と本革マントの組み合わせに何だかちょっとジェラりつつ、私もやっぱもうちょっと威厳ある格好するか…と考えていた時、ワタルは振り返った。そして遠慮なく言い放つ。

「体には異常なさそうだから…原因は君だろうね」

言い草。もうちょっとオブラートに包んでくんない?繊細なんで。破壊光線撃ったりできない弱メンタルなんで。ネタにしないと言ったそばから掌を返してしまった事は申し訳ないと思う。
お前のせいだよ!とはっきり言い放たれてしまい、薄々勘付いていたとはいえ私は項垂れた。
やっぱり…私のせいなのか…私がクソニートでダメ人間でトレーナー素人でチャンピオンになっても特に感情もなく、空を飛ぶ事と石油を掘る事しか考えていないカスだから…心を開いてくれないっていうのか…でしょうね。私も嫌だわそんなトレーナー。
いやでも!でもそんなに言うほどかな!?自分をディスりながらもすぐさま擁護に回った。
何だかんだでホウオウは認めてくれたし!?ツンデレの更生に付き合ってるし!?ヤンデレの介護もした!ロケット団も成敗した!時に心を痛め、共に泣き、そして様々な人と喜びを分かち合いながら旅を続けてきたじゃん!?結構成長したと思うけどな!自分で言いますけど!性格もそんなに悪くないよ!優しいところもある!顔も悪くない!クソガキにモテる、つまり子供に好かれる女!
でも何でかこのドラゴンには嫌われてる!非情!

「やっぱ…私と旅するの嫌なんですかね…」

思わず肩を落として愚痴を吐くと、それを見たハクリューが急におろおろし始めた。違うよ、と言ってくれてるのかもしれないが、男の前だと猫被って、別に泣かせるつもりとか全然なくてぇ〜!と言ってるけど陰ではブスをいじめてる女、みたいなリアクションにも見え、私の疑心暗鬼は止まらない。
何もわからん。不満があるならジェスチャーとかで教えてほしい。本当にわからない。だって結構楽しくやってたじゃん?確かにカイリューになれって言いすぎたところはあるかもしれない、プレッシャーだったのかもな。進化の話になると急にテンション下がるから、荷が重いと感じていたんだったら謝るよ。もういい自由にやってくれ。進化しようがしまいがもはやどうでもいい、ただ何故進化しないのかを知りたいの私は!改善点を指摘していただかないと弊社としては対応のしようがないんですよ!お願いします!契約切らないでください!
土下座もいとわない覚悟でいれば、ワタルはベテラントレーナーの風格で私の肩に手を置いた。

「それは君が直接ハクリューに聞いてごらんよ」

だってドラゴン語わからないから…もしかしてドラゴン使いともなると言語のやり取りまでできるんですか?何者だよ。でも確かにカビゴンとは何だかんだ意思疎通できてるから、ハクリューともそこまでの仲にならなきゃいけないって事かもしれないな。それはわかってるんだけどさぁ。初心者だからそんなすぐに上手にできないよ…すぐに上手くやろうとしてるのが悪いのか?だってすぐに欲しいもんな、空を飛ぶ。捨てられない邪心に悩まされる私に、ワタルの上級者アドバイスが突き刺さった。

「言葉にしないとわからない事もあるんじゃないかな」

そんな彼女みたいなこと言うなや。愛してるって言ってくれなきゃ不安なんだよ系かよ。アダ名西野カナにしてやろうか?
やっぱドラゴン語わかるのかなこの人…と、どんどん人間から遠ざかっていくワタルを見つめ、私はひとまず頷いておく。
まぁハクリューもカイリューも賢いポケモンみたいだからな…ある程度のコミュニケーションは取れるんだろうが…私が馬鹿なので受け取りができないところが問題ですかね。出力専門。つらいわ。まさかポケモントレーナーに学の無さが影響してくるなんて知りたくなかったよ。小卒乙。
頑張りますとしか言えず、悲しみに暮れながら私はハクリューをボールにしまった。最後に目が合い、何か言いたげなのはわかったけれど、全くドラゴン語が理解できず溜息をつき、あまりの情けなさに目頭が熱くなる。ちょっと自分本位なところがありますね、と小学校の三者面談で担任に言われた過去が蘇るわ。微塵も成長してない。
何にせよ、カイリューを3タテしても、進化の恩恵は受けられなかったというわけである。試合に勝って勝負に負けたって気分だ。本当に強いトレーナーってワタルみたいなのを言うのかな…まぁチャンピオンが本当に強くなかったら問題だと思うけども。本当に強ければ破壊光線を撃ってもいいみたいだし。まだ言う。

いつまでもこんな場違いなところにいるわけにはいかないので、殿堂入り手続きをするべく、私は奥の部屋に足を向けた。これは…勝手にやっていいのか?それともワタルがやってくれるのかな?三年前はグリーンが後先考えずに告ってきたせいで一人で適当にやったんだけど。恥ずかしいこと思い出させんじゃねぇよ。
キョドっていると、ワタルは私の背中を押して歩き出したため、どうやら付き添ってくれるらしい。最後まで慰めの言葉をかけてくれたから、普通に親切で逆に怖かった。怯えすぎ。

「焦る事はないさ。君ならきっと大丈夫」

優しい。優しいけど徒歩帰宅を余儀なくされた私の焦りもわかってほしい。
自分本位じゃ駄目なんだな…ポケモンって…。当たり前の事を再認識しながら、またあのサイホーンロードを通らなきゃならないのかと思うと、心底憂鬱なレイコであった。
もういっそハクリューに乗っていくか!でかいし!やめてやれ。

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