「この部屋に入るのも久しぶりだな…」

ワタルはそう言ったが、私は同じ感想を言えなかった。確かに入るのは久しぶりだったけれど、内装があまりにも違いすぎたからだ。
どこだここ。私の知ってる殿堂入りルームじゃねぇ。

なんという事でしょう。ジオンの戦艦のブリッジのようだったFRLG、そして赤緑版の風呂場のタイルのような床から大変身。かつてはポツンと置かれたパソコンが物悲しさを放っていた一角には、レッドカーペットが敷かれ、部屋全体が黄金に輝いているではありませんか。
なに匠雇ってくれてんだよ。どんだけ税金使ったんだ?三年前と全てが様変わりしていたポケモンリーグに、私は最後の最後まで驚かされる事となる。
床も光ってるし。ワタルが久しぶりに入るって言うくらいだから普段誰も入らないんだろ?清掃の人以外。完全に金の無駄。そりゃ全力で戦ってやっと殿堂入りだってなった時に、床が風呂場のタイルじゃさすがにテンション下がりまくりだろうけど、でもこのクオリティ必要ですか?豊臣秀吉の茶室じゃねぇんだからよ。

感心とドン引きが同時に襲い来る中、私はワタルに連れられ、まばゆい空間をゆっくり歩いた。こんな軽装で来ていいところではなかったと後悔し、その点ワタルはマントが背景とマッチしていて、だからわざわざその衣装なのかな…とぼんやり思う。どう考えても趣味だろうけどな。オーダーメイドが目にしみるわ。
奥まで来たところで、足を止めたワタルはご丁寧に殿堂入りの説明を始めた。知ってると思うけど、とそれとなく嫌味っぽい前置きをしながら。だから知らないんだって、こんな匠の部屋。

「ここはリーグチャンピオンの栄光を称えるため、激しい戦いを勝ち抜いたポケモンたちを永遠に記録する場所だ」

激しい戦いと言ってもらえてありがたいよ。ごめんな、こっちはかすり傷以下で。
心の中で謙虚さの欠片もない事を考えていれば、罰だとでも言わんばかりに今の私にはつらすぎる褒め殺しが始まったので、思いがけず膝に矢を受けてしまう事となる。

「今ここに、ポケモンへの優しさと信頼…」

はいダメージ1。

「自分への強さと厳しさ」

続けてダメージ2。

「大事なものを持った新しいリーグチャンピオンが生まれた」

私が持ってるのはポケモンを進化させない才能だけどね。ダメージ3です。

「さぁレイコちゃん、君と君のパートナーを記録しよう」

ボコボコにされたわ、大事な瞬間の前に。
ワタルからの純粋な賛辞に、私は呼吸困難に陥って白目を剥いた。本当にそう思ってる!?と問い詰めたくなったが、ここで揉めてもニートが遠ざかるだけなので冷静に堪える。
嬉しい…嬉しいけどつらい…自己評価は低いから…。ポケモンへの優しさと信頼は…まぁまぁクリアしてると思うわ、人並みに。でも自分への強さと厳しさは皆無だからね。どの辺にそれ見出したの?空を飛ぶ縛りしてるところかな?厳しすぎるくらいじゃねーかよ。私だって課したくねぇよこんな縛り。何のしがらみもなく生きていく、それがニートなんだからね!
もう一生翼を得られない事さえ覚悟しながら、謎の記録マシンにボールを置き、カビゴンとハクリューの晴れ姿に拍手を送った。せめて完全体ニートと化す前に…一瞬でもお前たちのこの勇姿に相応しいトレーナーになるから…100レベの持ち腐れと言われないために真っ当に生きるから…殿堂入りと共に誓おう。まともな人間になる。人格に問題のないニートとして認めてくれたら…その時は…進化してくれると嬉しいよ。果たして人格に問題のないニートがいるかどうかはさておいて、私は人格がクソなためチャンピオンは辞退しますとワタルに告げ、神エンディングが流れる中、しばしご歓談する事となった。

「そういえば…フスベは俺の故郷なんだ」
「存じ上げております」
「長老やイブキが迷惑をかけなかったかい?」
「いえ…そんな事は…」

あったわ。控えめに申し上げてありまくりだったけど、イブキさんが破壊光線の餌食になるのはかわいそうだから苦笑してごまかしておく。
ワタルの軽快なトーク術により、己のコミュ障が嘘のように故郷の話や旅の苦労などを私は語った。龍の穴の事を教えてくれたお礼、そしてツンデレにつけ狙われている事への忠告をし、お開きの時を待つ。
ツンデレ氏もそのうちポケモンリーグ来るんじゃないかな…そしてマントのドラゴン使いがチャンピオンだと知った時、きっと私と同じリアクションをする事でしょう。そして蒼井翔太の力でアジトをやり直し、破壊光線を阻止するかもしれない…目つきの悪すぎるピピ美に思いを馳せながら、私も何か一矢報いようと頭を捻った。

「長老といえば…嫁でも貰って落ち着いてほしいって言ってましたよ」

結婚適齢期の男に揺さぶりをかけるべく、私はフスベでの記憶を掘り起こした。
ドラゴン使いのチャンピオンという圧倒的キャラ付けに惹かれる女性は多いだろう。しかし現実問題、やはりマントはネック…!このようなご意見が届いております。おかえりって出迎えた時にマントで帰ってこられると生活感がない(20代女性)、実家に行くとみんなマント着てそうだからこっちも気遣ってマント着なきゃいけないかなと感じる(30代女性)、日々のマントのアイロン掛けが嫌だ(10代女性)などなど…。こだわりのファッションが仇となって婚期を逃し続けているに違いない。生え際も気になってくる年齢、そんな時に、結婚したら?なんて軽いノリで言われたら、さすがのワタルといえども多少は堪えるのではないか、私はそう思った。
しかしこちらの意図と反して、ワタルはまたしても余裕ありげだった。そんな事まで喋ったのか、と照れ半分呆れ半分に苦笑したのち、何故か決め顔で言い放つ。

「悪いけど、俺は一途なんだ」

へー。謎の情報開示。どこ向けかな?
左様ですか…と婚期の遅れにすら興味がなさそうなワタルに返事をして、一体何をすればこいつの調子を崩せるんだ?と私はますます頭を抱える。
まぁ今は結婚してもしなくても幸せになれる時代…あのゼクシィがそう言ってたくらいだから、ワタルもワタルの人生を進んでいるんだろう。私もニート一本だしな。あなたが幸せならそれで…みたいな謎の親心みたいなのを芽生えさせながら、何に一途になっているのかは聞かないでおいた。恐らくドラゴンタイプの育成…もしくは理想のマントの追求…あとはクッキングバトル…あたりかな。前者二つはガチです。

「私も結構一途ですよ」

ニートにな。常人には理解されないものを求める者同士、これからも頑張っていこうじゃないか。
どこから目線な事を考えていた時、全ての記録が終わったようで、私はボールを回収した。いろいろと課題は残っているが、とりあえず一段落ついたという感じである。
何だかんだでジョウトの果てまで行ったんだな…原付と徒歩でよくぞここまで…そして帰りも同じである。鬱だ。せめて暗くなる前に帰らせてもらおうと振り返れば、ワタルが思いの外近くに立っていて露骨に驚いた。うわ何!びっくりした!何なの!マントのせいで影がでかいから怖いのよ!
打ち上げしようとか言い出さないよな…と上司の飲み会の誘いに怯える部下のような気持ちになってしまったが、やはりこの男…単独行動の鬼である。むしろ向こうからお開きの空気を醸し出してきて、そういうドライさは嫌いじゃないと思うレイコであった。

「君のハクリュー」
「あ、はい」
「カイリューに進化した時にまた戦えると嬉しいな」

また挑みに来いってこと?嫌だよ普通に。お前知らないだろ、私の四天王戦どんだけアウェーか。気まずいから勘弁して。
そっちから察して来いやと言えるはずもなく、曖昧に笑っていると、ワタルは手を差し出してきた。ツンデレに関節技を決められた直後なので警戒してしまったが、ワタルは善人には善良なマントマン…私は善人だからいける!と意を決して握手の申し出に応じ、控えめにイケメンの手を握った。特に関節を責めてくる事はなかった。当たり前。
最近よく男の手を握ってるけど…大丈夫かな私…代償に死んだりしないだろうか。マツバとツンデレに続きワタルまでもがお手付きとなってしまい、一生分の異性交流をしたかもしれないと喪女は思った。
私のようなクソニートがチャンピオンと握手なんてもう二度とないかもしれないぞ。刻み付けよう、この記憶。背筋を伸ばし、そろそろいいかなと離そうとしたが、ワタルは握力を緩めないので、ついつい私は関節破壊光線に怯えた。痛くはないけど長い。もうよくない?と相手を見つめると、目力から圧を感じ、思わず背を反る。

「約束だ」

これ再戦の約束に頷かないと離してくれないやつだな。

「…はい。是非…」

否応なしに返事をさせられ、手が離れた瞬間、私は距離を取って会釈をした。そそくさと部屋をあとにし、あんなのもうほぼヤクザやんけと心の中で悪態をつく。やっと肩の力が抜けたのは、セキエイのポケモンセンターに戻った時だった。

やはり…恐ろしい男だった…ワタル。絶対に再戦するマンとしての本気が違った。極力セキエイ付近には近付かないようにしよう。まず進化するかどうかもわからないし。ハクリューのボールをジョーイさんに預け、私は姿が見えなくなるまでそれを見送った。
でもワタルがああ言ってくれたって事は希望はあるのかな…カイリューへの進化。ツンデレには愛と信頼足りてねーから!ってバッサリ切り捨ててたみたいだし、お世辞や嘘で慰めたりはしない人だろう。そう思わせてもらうわ。私も希望を捨てずにいく。でも焦るのはやめる。ハクリューと気持ちが通じ合うのを気長に待つよ。今までだって原付と二本の足で歩いてきたわけだしな、空を飛ぶがなくたって別に…全然…平気だから…。
ここを出たらチャンピオンロードを引き返さなきゃならないのかと思うと、いっそポケモンセンターで引きこもりたいと思ってしまうニートなのであった。微塵も平気じゃない。

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