21.ハナダの岬

シロガネ山というところは、私が思っている以上に厳しい環境に置かれた山らしい。何が厳しいかっていうと、入山許可がおりるのがまず厳しかった。

「トキワのグリーンバッジ、それからセキチクのピンクバッジは古いものですので、こちらではお通しできませんね」

チャンピオンロードを引き返し、道中にあったシロガネ山の管理事務局に寄ったところ、上記のような回答を受け、私は項垂れていた。
刑事事件にも時効があるように、バッジにも期限があったのだ。
そもそもシロガネ山が一般トレーナーに解放されるようになったのはここ近年での事…入山の条件は、ポケモンリーグ制覇、カントーのジム制覇、ジョウトのジム制覇、この三つである。
ポケモンリーグは、別にいつ勝ち抜いた時の記録でも大丈夫らしい。問題はジムバッジだ、こいつで引っかかった。
私がカントーを制覇したのは三年前で、その時のジムリーダーと、今のジムリーダーは面子が変わっているから、トキワとセキチクの二ヶ所だけ新たに挑まなくてはならない、それが私に課せられた使命だった。そして新しいジムリーダーからバッジをもらってこいと。
確かにサカキはもういない、そしてキョウも四天王になってたから、後任がいるのは当然だろう。でもさぁ…別によくない?いつのバッジだって。私強いぜ?そりゃ運転免許だって更新あるし、昔は強かったけど今はからっきし、みたいなトレーナーが迂闊に山に入って死亡なんて事になったら問題だってのもわかるよ。わかるけど、ポケモンリーグ帰りの女によくもまぁそれが言えたよな。腑に落ちねぇ。半ギレで揉めながらも、渋々了承して、私は深い溜息をつく。

正直に申し上げて…カントー行ってまたジョウト戻るの…だるいです。
私は原付の上でぼーっとしながら、このままトキワに行くか、それともワカバに引き返すか決めかねていた。
マジでどうしよ。だるいな。だってトキワとセキチクって全然場所違うじゃん。何がだるいって徒歩&原チャなのこっちは。チャンピオンロード抜けたばっかりなんですよ。普通にしんどいな。親父のバイトでおつきみ山にも行かなきゃならないし、カントージョウトを行ったり来たりはさすがに堪えるぜ…いつ空が飛べるかもわからない精神的苦痛も相まって、私は呆然と雲を眺めていた。

そんな時、虚無の中にいる私の元へ、一本の電話が入った。お久しぶりのCV井上和彦、ウツギ博士である。
要略すると、こうだ。

「レイコさん!ポケモンリーグチャンピオンおめでとう!君に渡したいものがあるんだ。ワカバの研究所まで来てくれるかな」

以上。ウツギ博士でした。出演五秒。
本当はもっと細かい賛辞などがあったが、私は生き急いでいるので割愛させてもらった。何より、渡したいものがあると言われてろくなものを渡された覚えがないので、かなり気だるい思いでワカバまで引き返したものである。
だって卵とかマスボとかそういうのばっかだぜ?あのおっさん。絶対いらないものでしょ。リーグ優勝を祝ってくれたのは素直に嬉しいけど、たまには豪華客船のチケットとかさぁ、そういうご褒美的なやつくれてもいいと思うね、私は。期待するだけ無駄だと思うけど。

「無駄じゃなかった!」

研究所から出た私は、自ら立てたフラグがこんなに喜ばしい結果を生むとは思わず、ワカバの地でそう叫ぶ。博士から渡された紙切れを見つめ、豪華ではなかったが客船にタダ乗りできる事実に、リーグチャンピオンになってよかったと心から思わずにはいられない。常日頃から思えよ。
お察しの通り、ウツギ博士からもらったのは卵でもマスボでもなく、クチバ行きの船のチケットであった。アサギから出ている連絡船のようで、部屋も食事も用意されているなかなか有り難いプレゼントである。
マジかよウツギ〜!よかったー無視しなくて。博士からの電話とかマジだりィわって感じだったけど本当に出てよかった。やっぱウツギ博士も人の親だから労いの気持ちを持ち合わせてるっつーか?そういう配慮だよね、大切なのは。うちの親父とは大違い。熱く掌を返しながら、私は原チャリをすっ飛ばし、アサギの港から意気揚々と船に乗り込む。

進路に迷いまくってたけど…このまま先にカントー行ってバッジ二つ集めてくるか。あとおつきみ山でダンシングピッピの記録もしなきゃだし、どっちもそんなに難易度は高くないと思うからさっさと済ませてシロガネ山とやらに行こう。
新ジムリーダーに失礼極まりない事を考えながら、カントーまでの徒歩移動を免れた喜びを噛みしめつつ、ニートはしばしの安息を得るのであった。
尚、この安息は二行後に終わる事となる。


「えっ、カントーにも?」

私に安息終了のお知らせを言い渡してきたのは、久しぶりの登場となるあの生物であった。

何事もなくクチバの港に着き、全身筋肉痛という重い病を患いながら街までの道を歩いていた私は、広い海の眩しさに目を細める。
帰ってきたな…カントー…。クチバとか全然遊びにも行かないから故郷感全くないけど、でもカントーはカントー。横浜は所詮東京とは違うけど、それでもカントーはカントーだから。
初っ端から地元に喧嘩を売っている私に罰でも当たったのか、そんなカントーの海に、何やら怪しげな気配を感じて振り返る。原付に跨ろうとした矢先に神々しい空気が舞い込んで、一体何事かと癖でカメラを構えた。
いま何か神が降臨してくる時のあのファーっていうSEが聞こえた気がしたんだが…?旅の疲れで幻聴が聞こえている可能性もなくはないが、残念な事に気のせいではなかったらしい。目をこらして海を見ると、水平線を遮るよう何かが水の上に立っていた。あんなところに立てる生物なんて可能性は一つしかないのに、その上どう考えても見覚えのあるフォルムで、私は思わず顔をしかめる。
たなびく紫の毛、結晶みたいな頭、そして尻尾なのか何なのかよくわからんリボン状のあれを身に纏い、四足歩行で真っ直ぐこちらを見据えている。完全に忘れていたが、私はストーカーをもう一匹抱えていた。ダーツの旅のカメラにやたら映りたがる小学生のようにフレームインしてくる、あのポケモンを。

「スイクン…何故ここに…」

まさかのカントー進出。ご無沙汰しております。
戦争から帰った家族を出迎えるように、そこには船を下りる私を温かく見守っていた存在がいた。ファンの皆様お待たせしました。ストーカーポケモン、ではなくオーロラポケモンこと、スイクンである。焼けた塔で私のカメラに興味を示して以来、水辺で何度か邂逅を果たした伝説のポケモンだ。出会いすぎてもはや伝説って感じしねぇけど。膝丸のドロップ率くらいの珍しくなさ。もう故郷に帰ってくれ。

水のきれいなところにいるはずのスイクンが、こんな豪華客船だらけの横浜港に何故いるのか考える間もなく、奴は水切りの石のように軽やかに駆けてくる。一瞬海が割れ、遠く離れていても風圧がわかるくらい急発進したスイクンに、カメラが飛ばされないようしっかり構えた。別に撮らなくてもいいけどな。
こちらに近付くにつれスピードは上がり、何故か一直線に向かってくるから、さすがに事故が起きたらまずいと私は一瞬逃亡を図ろうとした。しかし、ここで目覚める必要のなかったカメラマンの血が騒ぎ、真正面からスイクンを迎え撃つ。

猛スピードで走るスイクン…こんな画…一生撮れないかもしれない!
その瞬間、私には神が舞い降りていた。ウテナにディオスが降臨するように、篠山紀信が乗り移って、ぶつかりそうなのも構わずスイクンを撮り続けた。言うなればそれだけの魅力がスイクンにはあるという事だ。思わず撮影せずにはいられない、圧倒的な美しさ。死んでも撮れと心が叫びたがっているんだよ。
乗り移ったのは紀信じゃなくてスイクン厨の彼だった可能性も否めない中、ついに赤い瞳が間近に迫る。普通、何かが飛んできたら人は反射的に目を閉じてしまうものである。しかしまばたきをする暇さえ与えられずに、私は衝突を覚悟した。F1の事故くらい悲惨な結末も有り得たが、そこは伝説のポケモン。ギリギリで止まると水しぶきを上げ、カメラの前でポージングをし、事態は収束した。顎のラインに自信でもあるのか、やたら強調したあと、なかなかやるな…みたいな顔をされる。

マジで何なんだよお前は。記録者の血を騒がせるんじゃないよ。元からそんな血ないし。
無意味な勝負をしてしまった…とカメラを下げ、潮風と海水を浴びた髪を振り乱す。お前のせいで一張羅が台無しじゃねーか。連絡船で寝るために着込んだ大事なジャージがよ。一番濡れていいやつ。
防水のカメラを拭いていると、まだ映り足りない様子でうろうろしていたスイクンが突然、何かに気付いたように猛スピードで走り去った。来たのも急なら帰るのも急。またしても飛沫を浴びてしまい、あの犬にはいつか雷パンチをお見舞いしてやらなくてはならないと固く誓う。
本当いい加減にしとけお前。陸地で会いに来いや!きれいな水辺から横浜港にまでレベルが落ちてんだからもう陸でいいだろ!横浜ディスが止まらないのもお前のせいだからな。本当は中華街も大好きだしサンマーメンも最高だと思っています。今さら取り繕っても遅い。
そしてスイクンが走り去った事で私はもう一つ大切な事を思い出す。久しぶりで忘れていたが、このパターンはもはやパンをくわえた女学生が曲がり角で運命の人と出会うくらいお約束…。私が水辺に来る!スイクンが来る!スイクンが去る!そのあとに来るのは!?もちろん!?あの!?

「惜しかったな!ここで待ち伏せしていればスイクンを挟み撃ちにできると思ったのだが!」

出、出〜!変質タキシード奴〜!ご無沙汰〜!
専用BGMと共に現れた男に、私は虚無感を隠す事なく無の表情を作って立ち尽くした。カントー編は楽勝、なんて思っていたさっきまでの自分を呪いたいくらい、初っ端から面倒な展開のオンパレードである。

「ミナキくん…お久しぶり…」

一応人間らしく挨拶をすれば、相手もそこに関しては確かな人間性があったので、手を挙げて応えてくれた。よかった。ここで挨拶スルーされたらお前にも雷パンチをお見舞いするところだったよ。
ご存知とは思うが、やってきたのはマツバの伝説厨友達、首から上だけがまともなミナキくんだった。スイクンに会うという事はイコール彼とも会うというわけで、つまり騒がしい。ただただ騒がしい。友達なのに全然違うじゃんマツバとさぁ。共通点なに?やばい奴ってとこ?一番共通しちゃ駄目だろ。
何はともあれ第一声の時点で引っかかるところがたくさんある。私は額を押さえ、どこから指摘したらいいのか…と唸った。

とりあえず全然惜しくはなかった。遅かったんだよお前が。数分はここにいたよスイクン。まぁどんだけ入念に準備をしていても、ミナキが来たら奴はすぐに逃げてしまうだろうからあまり意味はないと思うが。人間でもポケモンでも、ストーカーに怯えない者はいない。それがわからないうちは心を通わせる事はできないだろう…一方的な愛は本当の愛ではない、そう思います。何が言いたいかというと帰っていただきたいって話だ。地下通路通ったらすぐ故郷だろお前。八王子の田舎に帰れよ。私は都心で生きるから。もうヤマブキが恋しくて田舎ディスが止まらないよ。
寝起きで機嫌も良くない私は一心にタオルで髪を拭きながら、語りかけているのか独り言なのかわからないミナキの声を聞き、もはや返事をするのも気だるい心境である。

「水の上を走って行かれたら手の出しようがない…」

悔しげに拳を握りしめているミナキであったが、私はまだ次のステップへ進めないので頭を抱えたままだ。
待ちなよ。スルーできないから言うけど、待ち伏せとか挟み撃ちって何?
彼の第一声を思い出し、明らかにおかしな陳述を不審に思う。
待ち伏せってのはまぁスイクンの事でしょう。水辺を好むから、次はこの辺に来るんじゃないかなって思って張り込みをするのはわかるわ。いい推理だと思う。でも挟み撃ちは?まるで私が船からおりて来ることを知っていたかのような発言なんですけど、どういう事なんですかね。打ち合わせとかも全然してないし。私は船から、ミナキくんはクチバからスイクンを追い込もうね!なんて一言も言ってねぇ。個人情報の漏洩に敏感なニートは、もはやストーカーを何匹飼っているかわからない状況を嘆く。
怖い。この物騒な世の中が怖いよ。なんか全然そういう素振りないもんなこの人…スイクンストーカーの一環として私をストーキングしてるっていう悪気のない純粋な感情が逆に恐怖を煽るよ。
怯える私をよそに、ミナキはようやく私と視線を合わせ、しかし懲りずにスイクントークを続ける。

「こうしてスイクンを追い続けているおかげで…最近わかってきた事がある」
「…好きな女のタイプとか?」
「近いぜ」

マジかよ。微塵も興味ねぇ。

「それは…近頃のスイクンは何かを求めて行動しているという事だ」

全然ちげぇじゃねーかよ。危うく口から軽やかにぶっ殺すぞって出てくるところだったわ。人格変わるから本当にやめて。まともな人間になるって決めたばっかりなんだから!
何も求めず行動してる奴なんかいねぇよ!とまともな指摘をしかけて踏みとどまる。この適当な男に熱くなったら負けだ…いつもの知的でクールな自分を取り戻してよレイコ。峰不二子のように大人の余裕で男を翻弄し続けたあの日々をさ…。一度もねぇわ。
本当に一切の興味もなかったが、私は落ち着きを取り戻すべく、怒りをおさえてミナキに尋ねた。

「何かってなに?」

もしかして…ナショナルジオグラフィックへの掲載?
さらに体を絞り脚線美を磨いてきたスイクン氏…あの雑誌に載る事を目標としていても何らおかしくはない。もしくはプラネットアースか…。NHK進出を目論む悪い顔のスイクンを想像する私に、何故かミナキは意味深な顔で微笑むと、左右に首をゆっくりと振った。

「悔しいが…好きなタイプの女かもな」

あ、ここで回収されるんだ…それ。マイペースすぎてついて行けないよ。
スイクンってそんな邪念の塊みたいなポケモンだった?どっちかというと篠山紀信を求めているように思えるんだが。ポケモン界の宮沢りえの姿を思い出しつつ、まぁ長年スイクンを追ってきたミナキだからこそわかる事もあるのかもしれないと思い、無闇に否定するのはやめておいた。
私が知っているスイクンは所詮フレーム越しの姿…サンタフェの宮沢りえしか知らないニートが、森田剛に敵うわけがないって話よ。こいつも別に剛じゃないけどな。

「…ミナキくんはどんな奴がタイプなの?」

話の流れで、単純な興味からつい尋ねてしまったが、とんでもない爆弾が振ってきた時の事を想定していなかったため、私は少し焦った。
どうしよう…迂闊な質問しちゃったけど…スイクンガチ勢がスイクン恋愛ガチ勢だったら何もリアクションできないぞ。
ポケモンと人。両者の間に絆や愛が生まれる事はあるだろう。しかしその愛のベクトルが思わぬ方向に向かっていた場合、私は知人として、彼の気持ちをどう受け止めるべきか…わからない。思うだけなら尊いだろう、しかし一歩間違えば悲惨な結果になる、種を越えた愛とはそういうものだ。人間同士だって上手くいかない事も多いのに…わざわざ茨の道を選ぶなんて…勝手にスイクン恋愛ガチ勢認定をしていると、ミナキは私の肩にそっと手を置いた。
うわ久しぶりのセクハラ。もはや懐かしさすら感じちゃったよ。スイクン求めて紆余曲折あるわりには清潔感のある手袋に感心しつつ、私は肩甲骨を回してさりげなく手を振り払う。そして審判の時を待った。

「それはもちろん…」

も、もちろん…スイクン…?
私はドキドキしながら、自由恋愛、引いちゃ駄目だ、と言い聞かせ、再び手を置いてきたミナキを今度は強めに振り払う。何でいちいち触るんだよ。触ってないと喋れない病気か?
誰が何を好きだろうと自由なので、全てを受け止める覚悟で深呼吸をした。誰も傷付けないのなら…いいんだよ、ミナキくん。スイクンを愛するのも君の自由。そして私がまだ見ぬ運命の石油王を愛するのも自由だ。堕落を愛するのも自由、無職を愛するのも自由、全てが自由。だから私は働かない。これは人間に与えられた権利なのだから。
労働が義務である事を忘れる私に、ついにミナキは言い放った。真っ直ぐ目を見る彼の真摯な表情といったら、何だか込み上げてくるものさえある。イケメンだけど微妙な気持ちになっちゃうよ。顔がいい奴って顔面の代償に大切なものを失ってしまう生き物なんだろうな。

「スイクンが認めるような…強さと気高さを持ったトレーナーだぜ」

人間だった。そしてかなり局地的だった。
何故かウインクをしてそう告げたミナキに、私は拍子抜けして半口を開けた。へー…と聞いておきながら感情のない返事をしてしまい、しかし気を悪くした様子を見せないミナキの人の良さに安堵させられる。いい奴。スイクン以外わりと関心ないんだろうな、助かるわ。私もニート以外関心ないからお揃いだね。一緒にするなよ。

「そんな奴いるのかな…いやまぁミナキくんがそうなれたらいいというか…スイクンに認められたらいいのになとは思ってるけど…」

若い二人がくっついてもらえたらストーカーをまとめてお払い箱にできるし。邪心しかない気持ちで彼のストーキング成就を応援すると、ミナキは何だか寂しげに笑って、三回目の肩タッチを懲りずに行なってきた。もはや振り払う気も起きない。それよりもミナキくんにしては珍しい表情が気になって、私も少し眉を下げた。

「優しいな、レイコ」

あ、なんかデジャブだぞ。エンジュのヤンデレが今一瞬脳裏に…このパターンはまさか…あの悪夢…ホウオウと同じなのでは…。
いやそれはない!と自身に言い聞かせ、逆に今度は私がミナキくんの肩を力強く叩いた。
大丈夫だって!いけるいける!ミナキくん頑張ってるもんな!スイクンもきっと応えてくれるよ!私は優しくも強くも気高くもないし、このように平気でジャージで出歩く事ができるクソニートだから!ホウオウもスイクンも全然興味ないから応援できるってだけだから!そんでニートになるのに必要だってわかったら掌を返して貴様らの夢をぶち壊す、そういう女だよ!マジでカスやんけ。悲しくなってきたわ。
自虐でダメージを受けるという斬新な傷付き方をしたので、一刻も早く一人になりたかった私は、スイクン追わなくていいの?というミナキ撃退台詞を吐き、厄介払いを試みた。思惑通りミナキはハッとしたように目を見開くと、ワタルのよりは安そうなマントを翻して私に背を向ける。

「じゃあなレイコ!悪いが次は私が先にスイクンを見つけるだろう!」
「全然悪くないから頑張ってください」

ローテンションで激励し、去りゆくミナキに手を振った。当分水辺には近寄らないようにしようと誓い、私もクチバの港から足早に去っていく。どうにも嫌な予感を覚えながら、それを振り払うよう先程撮ったスイクンの映像を見て、私は目を細めた。
何回かスイクンに会ったけど…明らかにカメラにしか興味ないよな…。マジでプラネットアースにご購入いただきたいくらい激レアな映像を何度か巻き戻し、やがてスイッチを切る。
スイクンを追っているミナキくんしか見た事がないので、対象を失った彼が一体どうなってしまうのか私には想像もつかない。なんか…叶わなくてもいいからせめてずっと追いかけていられるような…そういう感じであってほしいとは思う。夢は生きる希望だからな。でも伝説のポケモンを愛するというのは刹那的な事であるというのもマツバの一件で学んだ…それを覚悟して焦がれてるんだとしたら…みんなすごいよ。私なんて絶対ニートが叶うと信じてこんなカメラマンもどきみたいな真似してるんだし。ニートが待ってなかったら絶対やってないからな。やるわけねぇだろ、こんな変質者としか出会わない旅。地獄。
その地獄も悪くないと若干思っている事には、気付かない振りをしているレイコであった。そして当分水辺に近寄らないようにしようという決意も次のページでは完全に忘れているのであった。馬鹿なのかな?

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