空を飛ぶ縛りを課せられている私、ポケモンニートのレイコは、ハナダシティのポケモンセンターで爽やかな昼を迎えていた。
スイクン、ミナキ、スイクン、ミナキ、の仲間呼び連鎖から解放され、ようやく旅を再開し、何とかハナダまでやって来てポケセンに一泊したわけだが、とにかくここまでの道のりが長かった。ダイジェストでお送りさせていただきたい。

現在、シロガネ山の記録をするべく、登山条件であるジムバッジ集めをしている私は、ひとまずセキチクのピンクバッジを入手し、次の目的地であるトキワシティを目指している。
ていうかセキチクジムのアンズ氏ってキョウの娘なんだな。全然似てねぇじゃん。普通に可愛いお嬢さんだったんだが。まだまだジムリーダーとして初々しい様子を思い出し、私は眠気覚ましに歯を磨く。
まぁキョウのおっさんもシュッとしたダンディダディではあるからな…毒ポケモンの使い手、一体どんな毒親かと思えば、普通に父を尊敬してるとのたまったので、私の心は半分死んだよ。たぶん私親父を尊敬してるとか一生言う機会ないぜ?四天王として家を空ける事が多く、家族に時間を割けないであろうキョウでさえ娘に尊敬されてるってのに、一日中家にいるうちの親父は何故私からゴミ同然の扱いを受けているのか。正解は人格の差です本当にありがとうございました。
そんな私が何故ハナダにいるのかというと、そのゴミ親父のおつかいのせいである。おつきみ山でダンシングピッピの記録ね。満月の夜にしか現れないと言っていたので、時期が合う今のうちに行っておこうと考えての事だった。ニビから行ってもよかったんだけど、どうせトキワ行くからハナダ側から山越えた方が手間がないだろう。そんでカントーを原付で行ったり来たりして、マジで空を飛びたいと痛感してるってわけ。

あれからハクリュー…特に変化なし。相変わらずのローテンションだが、ポケモン勝負はそれなりに好きみたいなので、バトルこそカイリューになれば真価が発揮されるぞ、と思いつつも、あまり口を出すのはやめておいた。とりあえず様子見。別にカイリューにならなくたって手元には置いておくつもりだから、進化にこだわる自分を捨てるところから始めてみようかと思う。本当に空を飛ぶが必要になったら…その時は…プテラもいるし…いや徒歩だな。どこだろうと歩いていくわ。アホウドリの事は忘れ、支度を終えた私は原付に跨り、そびえ立つ山を見上げた。

満月の夜に踊るピッピか…ていうかピッピとか本当に出るのかな?前におつきみ山行った時は全然見当たらなくて地獄を見たんだが。元々数も少ないらしいし、人の気配感じると逃げちゃうから本気で大変だった。マサキの野郎が合体してたのもピッピだしさぁ…トラウマしかねぇよ。

「あ」

この時、マサキという単語で私は思い出してしまった。かつて奴が住んでいた、カップルだらけの岬を。

あそこだ、北の高台。
気付いてしまったようだな!と項垂れ、私は名前が最悪すぎる例の橋を遠目に見る。

ど、どうする…。行くか?
次にスイクンが現れるであろう場所として、ミナキが言っていた北の高台というのは、恐らくハナダの岬の事だろう。あんなカップルしかいないような場所にスイクンが来るわけないだろ!と思うも、船だらけのクチバ港にも現れていたため、もはや節操などないように思える。
この間までの私なら完全スルーだっただろうが、ミナキくんの切実な思いを知った今、非常に悩ましい限りであった。
彼は私と真剣勝負をしているつもりだろうし、何より決着がつくのを願っている気もする。正直私もはっきりさせたいところはあるわな。スイクンが何を求めてうろついているのか。いつまで私に自分を撮らせる気なのか。終わりは来るのか、来ないのか…わからない…わからないけど、行ってみないと何もわからないわけだから、やっぱ行くしかないんじゃないか、この状況。目に見えない大きな力が動いてる気もするし。そう、ゲーフリのシナリオという大いなる力が…。主人公である以上抗えない重力に、私は引き寄せられていく。

ま、実際会えるとは限らないしさ。いつもスイクンの方から気まぐれにやって来ていたので、行ったところでいるかどうかはわからないのだ。もしも会えたら、これ以上付きまとわないで!ってカビゴンの雷パンチをお見舞いして追い払おう。正直迷惑ですから。生き急いでるのニートは!お前の撮影に割いてる時間はねぇ!神に近しいポケモンであろうとも私の自由を侵害する権利はない。伝説のポケモンを愛する男達の思いが届かないように、伝説ポケモンの気持ちもまた届かない事がある…我々は対等なのだと教えてやらなくてはならないんだ、あのモデル気取りの犬にな!
所詮ミランダ・カーにはなれないポケモンの姿を思い浮かべながら、私は決意した。ハナダの岬へ行く事を。
やっぱ決意しなきゃよかったな〜と思うのはおよそ二行後です。


「やばたにえん…」

まさかハチ公像くらいの気軽さで、伝説のポケモンがその辺にいるなんて事があるだろうか。普通はない。あまりに自然に座っていたから、岬に来るカップルの待ち合わせ場所と化してそうである。プライド持て。準禁止級伝説でしょ!
平日の昼間だからか幸いにもカップルはおらず、マッドサイエンティストハウスの前で私は因縁の相手と対峙した。

地元の人のような佇まいで居たわ、スイクン。これはいよいよミナキ終了のお知らせかもな。
いつもは向こうからやってくるスイクンが、今日は私が来るのを待ち構えていたみたいに佇んでおり、長かったような短かったような撮影の日々の終焉が迫っているのを感じて、私はリュックから届いたばかりの最新、そして高性能なカメラを取り出した。元はピッピ撮影用に用意されたものだったが、ここで使わずしていつ使うという感じである。動作確認もしたいし。伝説ポケモンをテストに使うなよ。

これまで、スイクンの様々な姿を私はカメラにおさめてきた…ウォーキング、ターン、ダッシュ、アクロバット、爆睡、死んだふり、などなど…。この貴重な映像の数々は、後世の研究のために役立てられる事でしょう。心なしかいつもより瑞々しく輝いているスイクンは、ゆっくりと立ち上がり、ただのハチ公像ではない事を知らしめる。
そんなスイクンにも、一つだけ捉えていない姿があった。自身の美しさ、威厳、格の違いを存分に見せつける事のできる瞬間…そう、ポケモン勝負である。

生態撮影だけでは飽き足らず…ついにその領域にまで達してしまったか。ホウオウもそうだったけど伝説のポケモンって戦闘好きなの?まぁ力を持っていたら誇示したい気持ちわかるけどな。誇示しまくってきたニートは素直に共感し、カメラを構えながらボールを取り出す。
いつもならデューク更家を完コピして歩き出しているスイクンが、今日はこちらの出方をうかがっているような様子を見せ、奴はこの勝負に全身全霊を注ぐ気なのだと直感でわかった。夢主はニュータイプみたいなところあるから。そして悟る、これが最初で最後の一戦なのだと。
今まで私の前に現れていたのは…自分の限界バトルを撮るに相応しいポケモンカメラマンかどうかを見極めるためだったのかもしれない。どう考えても篠山紀信の方がいいと思うんだが、まぁ彼は多忙だからな…暇そうな私で妥協したってところか…。いや妥協で付きまとってんじゃねぇよ。最高のムービーにしてやるから覚悟しとけ。プロは写真が上手すぎるから何を撮っても芸術になってしまう故、ドスケベ写真は素人が撮ったものの方が下品で劣情を誘う…と紀信も言っていたように、プロには出せないアマチュアの味があるという事を思い知らせてくれる。
そしてこの場にはもう一人リスナーが不可欠だよな!

「レイコ…」

数分遅れでやって来た足音を聞き、私は振り返る。揺れるマントが止まった時、視線を合わせた。

「ミナキくん…」

遅い。何故いつも遅い。もはやどこから指摘したらいいのかわからず、顔を歪めて唸った。
ミナキくんさぁ…最近登場ペースは早いのにどうして登場速度は遅いの?現れたミナキにまずダメ出しをして、私はしばしスイクンに待機をお願いした。スイクンと会うのが最後なら、ミナキくんと会うのも最後だと思うので、これを機に恨みつらみをぶつけておきたいところであった。いやまぁタマムシ住みらしいから地元でばったり会うかもしんないけども。できれば会いたくないという意味で最後にいくつか言わせてくれ。まず登場速度からな。
なんで私のあとに来るの?本当に謎。これまではしょうがないよ、スイクンの動きはほぼ予測不能だったから、追いついてきただけでも見事なもんだと思う。あなたの執念は素晴らしいものだった。
でも今回は来る場所わかってたじゃん!私にヒントくれたよね?北の高台だって言ったよね!?わかった時点でテント張って野宿しとけ!カップルに白い目で見られようと待機し続けるんだよ!今まで何してたの?私なんかジムバッジゲットしてハナダで一泊していろいろ休んだりもしたから結構時間あったよ?スイクンがいつから待ってたかは知らないが、少なくともここで見張ってたら私より先に会えた事は間違いないですよ。それとも何だ?実はずっとここで野宿してたけどちょっとお手洗いに立ったタイミングでスイクンと私が来てしまった、そういう事なの?わからん。わからんがミナキ、お前は間の悪い男だ。私があなたにお伝えしたいこと、それは間の悪さをどうにかしろ、これが一つ目です。

「…やはり君には敵わなかったか」

待て。まだ言いたい事がある。話を先に進めようとするんじゃない。本当にフィーリング合わないなミナキくん。NPCだから仕方ないかもしれないけど。何でもないです。
心の中で愚痴を吐き出す私と同様に、ミナキもまた内心で考えていたのかもしれない。穏やかな表情ではあったが、諦めを感じさせる声色で呟くと、彼はスイクンを前にしているにも関わらず静かなテンションで、私を真っ直ぐ見つめた。一途な眼差しにトラウマが蘇った私は、胸が痛むあまり愚痴を言う気分はどこかへ消え去ってしまう。
ウッ…頭が…!ホウ…オウ…マツバ…ヤンデレ…!不吉なビジョンが脳によぎり、忘れるべく首を左右に振った。

違う、もう同じ轍は踏まないというか、今回は微妙に事情が違うから!
所詮伝説と準伝説ではレアリティも違う事も考慮しながら、私はミナキに一歩近付く。

「あのね、ミナキくん…」
「いいんだ、気にするな…エンジュの焼けた塔で初めて会った時から、何となくわかっていたんだ。スイクンはきっと君を選ぶだろうってね」

そう。スイクンは選んだ。私をトレーナーにではなく、専属カメラマンにね。
もはや完全諦めムードのミナキに、待って、と何度も語りかけるも、彼は鈍感夢主よりも難聴なのかもしれない。最後にスイクンを目に焼き付けているのか、私の事は完全無視だった。ぶん殴るぞ変態タキシード。
なんかもう普通に面倒臭ぇな…。認知の歪みが発生している状況に、私は半分だらけながらも焦った。

ホウオウの時は…あれはガチにレアケースだったじゃん。降臨すること自体が奇跡みたいなもんで、上京理由が私と戦うためだったってところがまぁ…選ばれた感あったというか、私がこの世に誕生してなかったらホウオウが降臨する事もなかったくらいのスケールだったでしょ。そして今度はいつ舞い降りてくるかわからない、だからこそつらいものがあったよな。私が世界最強だったばっかりに起きてしまった悲劇であった。

でもスイクンはその辺にいるからよ。私はおとなしく待っている忠犬スイ公を見て真顔になる。
こいつは私の人格とかトレーナーとしての能力とかマジにどうでもいいと思うわ。ただ自分が輝く瞬間を撮ってくれる…そういう人間を見つけてしまった…そして自分の最も美しい時を遺すに相応しい人物だと判断し、全力で戦う姿を捉えてもらうべくここに現れた、それだけのこと…。いま見返しても私が撮ったスイクン映像、かなりいい感じだからな。この水の表現とか宮崎駿の世界みたいで素晴らしいよ。芸術。ナルシスト犬と私はフィーリングが合うって事なんだろうね。この人の前でなら全てを曝け出せる、そういうカメラマンって…いるでしょ。ヤマブキの菜々緒と呼ばれた私にはわかるな…その気持ち。無論呼ばれた事などあるわけがないので、茶番もそこそこにし、ミナキくんへの弁解はほぼ諦めてカメラの電源を入れた。
簡単に言うと、撮影に来ただけです。現場だからここは。

「ほら見てごらん!スイクンは待ってるぜ!自分の身を預けるだけの力を持ったトレーナーと、全力で戦えるのを!」
「いや…私にはそうは見えないんですけどね…」

マジレスしつつ、こうなったら実際に見せるしかないと私はカビゴンを繰り出した。途端に戦闘態勢になったスイクンは神々しいオーラを放ち、私はフレームから目が離せない。
圧が違ぇ。いつものクソ茶番撮影とは何もかもが違う、被写体が見せる本気!お前はミランダ・カーにはなれないと言ったこと、今ここに謝罪しよう。息を飲むほど優美な姿は、ごちゃごちゃ考えていた私の思考を取り払うほど凄まじかった。
戦う姿が一番美しいとスイクン自身が知っている感じだ…ミナキが熱中するのもわかる気がするよ…。ワンパンで倒されるなんて思ってもいないんだろうな。本当にすまん。しばらくは攻撃受けておいてあげるから許してくれ。
あのスピードについていくには私も集中しなくてはならない。ここでスイクンが満足する映像を撮らないとリテイク要求されそうだからな…もう嫌だよこんな一銭にもならない仕事。一発で終わらせるから!それでもう…どっか行って二人共。ニートの邪魔しないでください。切実。
ミナキに構っている暇はないので、私は今のうちに大事なことを伝えておいた。

「最初に言っとくけど…別にミナキくんに気を遣ってるわけじゃないからね」
「え?」

それだけ告げて、私は動体視力の限界に挑んだ。飛び跳ねるスイクンに三半規管が乱されまくるも、平穏生活を邪魔されたくない一心で食らいついていく。無心でボールを追う錦織圭のように。
私はホウオウやスイクンが身を預けるだけの力を持ったトレーナーじゃないし、ハクリューを進化させる事もできないクソゴミカスニートだけど、でも本気で夢を追ってる奴に気を遣って捕まえるのを躊躇うとかそんな不誠実な事はしない。単純にスイクンもホウオウもいらねぇ。それだけだ。逆に聞くけど捕まえてどうすんの?エサは何?夜にならないと手に入らないルナムーン草しか食べないとか言われたら秒で野に放すわ。それくらいの覚悟持ってんだろうなお前ら。
食糧問題を提唱している間に、スイクンが何やらやばそうな技を放ちそうだったので、私はカビゴンに戦闘許可を出した。別に何も恨みはないけど、残念ながら勝利の映像を残してやる事はできないんだよ、スイクン。何故ならホウオウの時に覚えさせておいた雷パンチが、まだ残っているのだから…。
期限ギリギリのすごいキズぐすりを用意しながら、稲妻が走った青いボディを見て、これはこれで美しいやんけと満足する私であった。
芸術って痛いんだな。

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