22.おつきみ山

長きに渡るストーカー被害から解放された私は、一息つく間もなく、おつきみ山へ向かっている。
私の名はレイコ。翼の折れたエンジェルだ。折れたっつーか生えないっつーか、スイクンやミナキに構っている暇など本当はないんだけど、これも学びの一貫とし、決して無駄な時間などではないんだと自身を納得させて、ハクリューのボールを握りしめていた。
依然として空を飛ぶ縛り、進行中である。全然進化しないね。気配もない。進化しないのはお前のせいやぞ!ってワタルが言ったから、とりあえずそれを手がかりに私はトレーナーとして、そして人間として学びの日々を送っているわけだ。

結局いろいろやってみるしかないからな。進化するしないは置いといて、ハクリューと微妙に理由もわからずぎくしゃくしたままってのは今後の生活に影響も出てくるだろうし。円滑な関係を築きたい、そしてそのためなら努力は惜しまずにいよう…こんな立派な事を考えている時点で私の徳はだいぶ積まれてると思うんだけどどう?進化してみたくならない?そういうとこが駄目。カス。

下心を捨て切れずにいる私であったが、まぁあのツンデレがしっかりトレーナーやってるくらいだから私もいけるだろ…と根拠のない自信を抱いたところで、見事にその罰が当たる事となった。
噂をすれば影。いや私の場合、してなくても影である。何故ならそう、主人公なので。
山越えマジでしんどいなと半ギレでおつきみ山の洞窟に足を踏み入れた瞬間、私の原付のライトが衝撃の人物を照らした。
どうやら山の中腹にお土産屋さんができて以来、ピッピを見に来る観光客が増えてるらしいから、別に誰かと遭遇したっておかしくはなかった。三年前だって様々な山男と擦れ違っては挨拶を交わしたものである。
しかし、入っていきなり知り合いと出くわしてしまうのが私の悲しい宿命なわけだ。その上、もう当分会わないだろとタカをくくっていた相手だった事がさらなる衝撃を生んだのである。
暗い洞窟でそいつが振り返った時、私たちは同時に口を開いた。

「ツ…っ」
「よぉ、レイコじゃないか」

ンデレじゃねぇ。どちらさま?
フレンドリーに話しかけられ、私は自分がとてつもない勘違いをしていた事に気付き、鼻で笑う。
ごめんごめん、知り合いかと思ったけど違ったわ。見知らぬ他人の登場にホッと胸を撫で下ろし、私のファンかな?と前向きに現状を捉える。
風貌がそっくりだからあのストーカー小僧かと思って焦っちゃったよ。やだなぁ幻覚を見るなんて。私の知ってる彼は挨拶とかしないんで。よっ!とか言わない。いきなりの本題が奴のアイデンティティだからさ。決してこんな黒い服を着て赤毛のアホ毛を揺らしながら極悪な目つきをしてるような奴では…。

いやツンデレー!ご本人ー!

「お前もカントーに来てたのか」

マジ誰だよお前!やっぱ本人確認できないんだけど!そのフランクさ何!?どこで手に入れた!?いくらで買ったんだよ!
目も耳も疑った私は、まさかの場所で再会したツンデレを五度見し、計り知れないショックを受ける。こっちは全く成長していない中、彼の突然のコミュ力上昇は刺激が強すぎたのだ。

嘘でしょ?本当誰?完全に別人なんだが?夢?幻?蜃気楼?友達になった覚えもないのに、よぉ、なんて人間らしい挨拶を交わされ、私は震えた。そして怯えた。
こ、怖い…子供の急成長が…!この間まで寝返りも打てなかった赤子がもう歩き出しているかのような衝撃で、開いた口が塞がらなかった。
マジか?重ね重ね言うけど本当にツンデレ?チャンピオンロードで会った時はいつも通りだったのに、今日はこんな…挨拶に加え親しみやすいテンションで会話を…信じられない。まさかここまで付き合ってきた結果、ようやく更生の兆しが現れたのだろうか。そうだとしたら感無量だよ。涙出そう。こんな僻地で号泣したらどうしてくれんだ。言葉には気を付けてくれ。
散々挨拶をしてほしいと願ったのに、いざ挨拶をされるとテンパってしまうという本末転倒な私だったが、いつまでも呆然としているわけにはいかない。成長したねツンデレ君…と心の中で老婆心を育てながら、私は平静を装い答えた。

「来てたっていうか…私はこっちが地元なんでね。そっちこそ何でこんなところに?修行?」
「こっちのトレーナーにも結構強い奴がいるからな。ポケモンを育てるのに都合がいいぜ」

まともに会話が成立している。夢みたい。私今日死ぬのでは?
本当に泣きそうになってしまい、どうやら相当優秀なコミュ力矯正医の治療を受けたようで、ツンデレは流暢な一般会話を展開していた。もう…すごい。すごいな。チャンピオンロードで会った時もこの上ないデレを見たと思って感動したが、会うたびにそれを上回っていくね君は…こうやって再会を重ねていくうちに、いつか私のことをお姉ちゃんなんて呼んでくれる日も来るかもしれない…いやそれはいいわ気色悪いから。チェンジで。ショタコン人気ナンバーワンヒビキとチェンジな。一気に犯罪臭が加速するじゃねーか。
そのコミュ力矯正名医紹介してくれよと切実に頼みたい私に、ツンデレは急に声を荒げる。

「…レイコ!」
「は、はい」

びっくりした。ボリューム揃えてくんない?
思わず敬語で返事をしてしまい、屈辱に耐えながら私は背筋を伸ばす。洞窟内に反響した声で寝ていたズバット達が飛んでいき、そこはまるで私とツンデレしかいないみたいに静かな空間となった。ピッピまで逃げたらどうしてくれんだお前。次の満月三十日後だぞ。

「お前が強いのは、もう俺にもわかってる…」

今日やばくない?デレのバーゲンセールすごくない?ツンが90%オフなんですけど。
これ以上は冗談抜きで泣くぞと顔に力を入れ、あれだけ否定し続けた私の強さを受け入れた彼の成長っぷりに、感動の嵐が止まらなかった。
強さとは己の弱さを認める事だって舞妓さんも言ってた…ツンデレも自らその境地に達したわけか。泣けるわ。やっぱ己と向き合う事が本当の強さへの近道っていうか…自分を知らなきゃポケモンの事なんてわかるわけないって事なんでしょう。私もちゃんと考えよう。ハクリューへの態度が高圧的でなかったか、パワハラなどはなかったか、しっかり見直していかなくちゃな。成長したツンデレのおかげで私も成長できた気がし、これこそ意義のある交流であると実感する。本当スイクンストーカー回は何だったんだよ。あれはあれで学べたけども。芸術などをな。

都合のいいところだけ聞き、じゃあ私はこれで…と感動した気持ちのまま立ち去ろうとした。ありがとうツンデレ。私の実力を認めてくれて…なんか励みになったよ。ここで会えてよかった。次に会った時も人間らしい会話をしようね、と勝手にお開きにしようとしたのだが、基本的に主人公というのは自分からイベントを終わらせる事ができない生き物なので、当然別れられるはずもなく、彼の手に握られたボールを確認し、私は瞬時に思い出した。

あ、そうだよね。君とはいつもそうだもんね。会話だけでは終わらない、そういう脳筋ゴリラみたいな関係だったな、常に。トレーナー同士だから当然とも言えるけど。今ナチュラルにトレーナー面してしまったが本職はニートでした。お詫びして訂正いたします。

「だけど俺は…戦わずにはいられないんだ…!」

そう言ったツンデレに否応なくボールを投げられ、強制戦闘の合図に私は苦笑した。
戦わずにはいられないって。シャブやん。戦闘シャブ。私と勝負しないと禁断症状が出るらしいツンデレは、さっさとポケモンを出して好戦的な態度を取ってくる。仕方ないから私も応戦し、こっちの面でも成長したか見てやろうじゃねぇのと上から目線でジャッジした。何様?
アウェーのジョウトでもホームのカントーでも負けはしないが、この時ツンデレは精神的揺さぶりをかけてきたので、私は一瞬フリーズする事となった。
最強のカビゴンになぎ倒されるツンデレのポケモン達…次々と交代される中、相手はそれまで手持ちにいなかったゲンガーを繰り出した。新しく捕まえたのか、と思うも、ふとある事に気付いて、私は首をひねる。

ツンデレのポケモン…全部で六体だよな。四体倒したからこのゲンガーを入れて残り二体…あと出てないの何だ?ユンゲラーとゴーストもいたはずだけど、それだと数が合わない。今まで手持ちを変えてこなかった一途なツンデレ氏が、ここにきてチェンジというのもおかしな話なので、私は段々と真理に近付いていく。

ゲンガー…ゲンガーって…あれだよな。ゴースの最終進化、すなわちゴーストの進化系。
まさか、と思い至り、私は顔面蒼白で叫ぶしかないのだった。

「通信進化!」

お前交換してくれるような相手いたのかよ!コミュ力の成長怖ぇー!

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