23.トキワジム

久しぶりに訪れたグレンタウンの変貌ぶりには、さすがの私もお気楽なテンションを保っていられない。
私の名はレイコ。この三年ほぼ外出していなかったヒキニートだ。家にこもっていたので、何年か前にグレンの火山が噴火した事はニュースでしか知らないし、ジムも研究所もあのやべぇ屋敷も消滅した様子を見るのは、何気に初めての事だった。かつて栄えて…はいなかったけども、少なくとも五棟はあった建物が一棟に減ってしまった姿は、なかなか衝撃的である。

マジで無くなったんだな、グレンタウン。ミュウツーの証拠隠滅のために町を破壊したという都市伝説があったりなかったりだが、元々住民も少ない町である、復興する事もなく、休憩所としてポケセンが設けられる程度におさめられていた。私も一休みがてら目的を果たそうと、建て直されたセンターに向かっている。

何故私がこんなお通夜みたいな町に来ているのか…その理由を話させてもらっていいか?愚痴だけど。どうしても聞いてほしい、魂の嘆きをね。

ツンデレとおつきみ山で別れた私は、さっさとピッピを記録し、真っ直ぐトキワシティに向かっていた。まさか踊るピッピがあんなキレのあるダンスを披露するとは思わず、衝撃の光景を忘れられないまま走り続け、のどかな田舎町に到着する。
シロガネ山の記録に行かなきゃならない私は、その登山条件であるセキチクとトキワのバッジを入手するため、わざわざこんなド田舎にまで来てやったのだ。さっさとバッジを手に入れて入山、という気分だったのに、ジムに入った私は、受付でテンション下がりまくりの一言を告げられる。

「すみません、ジムリーダーは不在でして…いつ戻るかもわからず…」

疲弊した顔で教えてくれたその人は、毎度毎度ジムを空けるリーダーに困り果てていると溜息を漏らした。困ってるのはこっちも同じなので、何とかしてくれと頼み込んだのだが、今日はグレンに行ってる事しかわからないらしく、ジム内は鬱蒼とした雰囲気に包まれていく。居たたまれなくなった私は建物を飛び出し、止む無くリーダー捜索のため、グレンまでやって来ているのだった。
狭い島を歩きながら、焼け野原と化した山を見上げ、私は深い溜息をつく。

マジでこの世界…クソだな。世を儚んでも罰は当たらないんじゃねーか。
そもそもなんでジムリーダーがジムを空ける?仕事じゃないの?いついかなる時もトレーナーの挑戦を受ける、それがジムリーダーの役割ですよね?真面目に責務を果たしてきたリーダー達の顔を脳裏に浮かべながら、私は拳を握りしめた。
有り得ねぇ。トキワジムの奴って責任感を母胎に置いてきたわけ?サカキも副職のヤクザが忙しくて不在だったし、何で一番継いじゃいけないところ受け継いでんだよ後任の奴。苦情入れるぞ。どこのどいつか知らないけど、ここは私が秒殺して世間の厳しさを教えてやらなきゃならないようだな。覚悟しとけ。

そもそもまともなジムリーダーが稀である事は置いといて、半ギレの私はここでふと、トキワのジムリーダーの情報が何一つない事に気付き、足を止めた。怒りに任せて出てきてしまったが、知らない奴をどうやって探そう…と頭をひねる。
まぁ…いいか。狭い島だし、観光客もいねぇ、ジョーイさんとかに聞けばわかるだろ。わかんなかったら島中の奴に声かけたらいいんだ。ニートの執念なめんなよ。

まだ見ぬジムリーダーに憎しみを抱いていると、言ってるそばから第一村人を発見し、私は早々に声をかけた。山を見つめる若い男の後ろ姿には、どことなく既視感を覚えたけれど、スルーして口を開く。これが波乱を呼ぶ再会になるとは気付かずに。

「すいません、お尋ねしたいんですが…」

言い切るか言い切らないかというところで、私は衝撃の光景に言葉を止めた。振り返った人物と目が合い、久しぶりの再会である事が嘘みたいに、すんなりと相手の名前が口から飛び出てきた事にさえ、私は驚いてしまう。

ちょっと大人びた雰囲気はあるけど、変わらぬこの憎たらしさを残したクソガ…いや少年は…!

「ぐ、グリーン!」

何でお前がここに!マサラより過疎ってる町を確かめに来たのか!?

寂れた孤島で思わず大声を上げてしまった私の目の前には、祖父の七光りと言われながらも己の力だけでチャンピオンにまで登り詰めたクソガキの象徴こと、グリーンが何故か立っていた。何をするわけでもなく山を眺める不審な姿のせいで二度驚くはめになり、開いた口が塞がらない。

え…マジでこんなところで何を…?ていうかグリーン…ですよね?互いに目を見開いて硬直し合う状態に、私は不安を募らせる。
いや間違いなくグリーンだな。三年経とうがお前のクソガキオーラは消せやしねぇよ、現役を退いても達人が一目でわかるのと同じようにね。
久しぶりだなぁと半ば郷愁に浸り始めた私とは裏腹に、少し背の伸びた彼は、呆気に取られた様子だったため、その間抜けな姿を思わず鼻で笑ってしまった。

どうした、驚いてるのかいグリーン、私が輪をかけて美しくなったことに。
まぁ…当時は私も小娘だったし…こんなにきれいなお姉さんに変貌してたら、さすがのグリーンも私だとわからないかもしれないわね…。
この三年で女子力が最下層まで落ちた事を棚に上げ、いい女を気取って髪を掻き上げていると、相手はようやく口を開いた。

「レイコ…何やってんだ?こんなところで」

気付いてたのかよ。じゃあ早く言えや。
私の美しさに驚いていたわけもないグリーンは、三年前の延長線にいるかのように、至って普通の口調で声をかけてきた。調子を狂わされた私は溜息をつき、当たり障りない挨拶から告げていく。

なんだよ…めっちゃ普通じゃん。三年だぜ?三年振りならもっと何か言う事あるんじゃない?ヤダ久しぶり〜!とか言って手を取り合いながらはしゃごうよ!友達いないんだからこういう時こそ浸らせてよ!
悲しい願いはさておき、私も所詮リア充にはなれないから、結局ローテンションで突き進むしかないのであった。

「それはこっちの台詞ですよ…久しぶりだな、元気そうじゃん」
「レイコも相変わらず暇そうだな」

暇じゃねぇ。人生稀に見る多忙を極めてるのがわからないのか。
たとえ死ぬほど暇でもこんな辺境の地に来るわけねぇだろ、と目を血走らせ、失礼すぎるグリーンにすぐさま弁解した。

「めちゃくちゃ忙しいんだよ今…!お前と再会の喜びに浸ってる間もないくらいに…!」
「なんでだよ?」
「それもこれもトキワのジムリーダーのせいなんだって!」

怒りをぶちまけた時、何故か一瞬グリーンは驚いたように身を引いた。謎の態度に引っかかりつつも、憤りを発散させる事の方が今の私には重要だったため、これまでの経緯を語り出す。

親父のせいでまた旅に出されたこと、ジムを回って再びリーグを勝ち抜いたこと、シロガネ山の記録に行かなきゃならないこと、そしてそのためにトキワのジムバッジが必要なこと…。聞くも涙、語るも涙な私の人生悲話を、意外にもグリーンは黙って聞いていた。気味が悪いな…と引きつつも、走り出したトークは止まらない。そしてあらかた話し終えたあとの、グリーンの第一声はこうだった。

「お前…トキワのジムリーダーが誰か知らないのか?」
「知らん」
「…だと思った」

正直に答えるとあからさまに呆れられ、私は眉をひそめた。

なに、もしかして有名な人なの?小栗旬…とか?
三年引きこもった結果、私は情弱を極めてしまったので、不意に目に入るニュース以外に関しては限りなく無知であった。ひたすらに惰眠を貪り、生の喜びを感じている間に、平成が終わろうとしているわけである。そんな私がトキワなんてド田舎のジムリーダーの事を知ってるわけがないでしょうよ。こち亀が終わった事すらかなりあとに知った女だぞ。なめてもらっちゃ困る。

全く自慢にならない世情への疎さを披露する私に、グリーンは再三溜息をついて山を見上げた。さすがにグレンの火山が噴火した事はリアルタイムで知ったからね、と意味のないアピールをしながら、同じように上を見る。
完全に禿山になっちまって…と滅びた都に思いを馳せれば、グリーンは静かに口を開いた。

「そんな事より…」

人の苦労話をそんなこと呼ばわりすんな。

「この有様を見てみろよ…火山がちょっと噴火しただけで町一つなくなっちまった」

どうした急に。まさか復興支援にでも来ていたのだろうか。
茶化せるわけがない雰囲気に、そうだな…としか言えない私は、凄まじい居たたまれなさに胸を痛めた。

な…なんだっていうんだグリーン…そんなマジなネタを再会して早々に話し始めるなんて…。俺もただのクソガキじゃない、チャリティーに参加するくらい成長したのだという意思表示か?立派じゃないか。見直したよ。
私もかつてコンビニで釣銭を募金した事を思い出し、最終的にこの状態に落ち着いた町を見渡してみる。
いや本当にびっくりしたよ当時は…死火山とばかり思ってたから衝撃的だった。つい何年か前に歩いた土地が丸ごとなくなるなんて、そりゃあ私も思うところあるよ。何気にいろいろあった町だしな、主にマサキのせいだが。
旅に危険はつきものとはいえ、こういう不測の事態はどうしようもないから、なんか…無力だ…って感じだよね。人間の限界的な。仕方のない事なのかもしれないけども。
つられてしんみりしていれば、グリーンも似たような事を考えていたらしく、私達は真顔で佇む事となる。

「ポケモン勝負で勝った負けたといっても、自然が身震いしただけで俺達は簡単に押し流されてしまうんだ…」
「そうだな…」

わかるよ…と私は素直に相槌を打った。私が一番それを痛感するぜ…なんたって最強トレーナーだからな…。いくらポケモン勝負で圧倒的な力を誇っていようとも、大自然の力の前では何もできないただの無職…今でさえ1ミリも社会の役に立ってないゴミだってのにさ…つらくなってきたわ。
もしかしてマサラタウンも数年後は海の水位が上がりすぎて水没するという滅びの運命にあるんだろうか…とまで考えたところで、自身のキャラクター性を思い出したのか、グリーンはいつもの調子に戻った。

「…まぁいいや。俺はトレーナーだからな、強い奴がいたら戦いたくなっちまうんだ」

そう言ったグリーンの表情から、何か企みのようなものを感じた私は、嫌な予感に思わず一歩引いた。あくどい笑みを向けられ、警戒せずにはいられない。

何その意味深な顔。まさかここで戦うとか言わないよな?悪いけどそんな暇はないぞ。長かったこの旅にもな、やっと終わりが見え始めてるわけ。大詰めなんですよ。よって早く終わりたいんだ。私もトレーナーだが強い奴がいても特に戦いたくはならない!何故なら半分ニートなので!以上です!
貴様とここでやり合うつもりはないオーラを全面に出している私だったが、グリーンは依然として不可解な表情を浮かべたまま、意外な事実を私に告げた。

「トキワのジムリーダーならもう戻ると思うぜ」
「えっ」
「一緒に行くか?」

まさかの有力な情報源だっただけではなく、アッシーを引き受けるとまで言い出したグリーンに、いよいよ不信感がピークである。

なに、マジで何なの?そんなに親切な人だったか?当時のイメージと違いすぎる行動には、臨機応変に生きてきた私も戸惑わずにはいられなかった。
いや…グレンの現状に思いを馳せる感性まで持ち始めたのだ、彼も成長しているという事なのでしょうね…。何せ三年経ってるからな、私が自室で腐っている間に、グリーンは社会経験を積んで立派な大人になりつつあるのだろう。それでも怪しさは拭えないけど。だって絶対不審でしょ。

「…なんか企んでる?」
「別に?」

思わず尋ねたが、見事なすっとぼけを披露されたので、それ以上の追及は自重しておいた。せっかくトキワまで送ってくれるって言うんだ、気が変わらないうちに送り届けてもらおう。だって私には空を飛ぶ縛りが課せられているからね。強く生きような。
賢そうなグリーンのピジョットの背に乗りながら、これが人生最後の飛行になるかもな…と悲しい事を考える私は、このあとに待ち受ける衝撃の展開を、予想する事すらできていないのであった。

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