24.シロガネ山

グリーンに勝ち、微妙に気まずい時間をやり過ごし、バッジチェックゲートをくぐった私は、日本最高峰の山を見つめて佇んでいた。

私の名はレイコ。正直山をなめていた女だ。

「あれは人が登れる山ですか?」

シロガネ山のポケモンセンターで、凍えながら私はジョーイさんに尋ねる。まぁ普通は無理でしょうね、とあっさり返され、ストーブに当たりながらこの世の不思議を嘆いた。

何故、素人に入山許可を出す?日本政府は頭がおかしいのか?
未踏の地、シロガネ山のポケモンを記録するため、早速現地に辿り着いた私であったが、わずか数十分で出鼻を挫かれ、近くのポケセンに避難していた。このポケセンもジョーイさんしか勤務しておらず、もちろんここに来るまでの間も、人の姿は見ていない。洗礼、という言葉を、心から理解した瞬間であった。

シロガネ山。カントーとジョウトの間に位置するこの場所へ、下調べする事もなく訪れてしまった私は、大自然の恐ろしさに身を震わせている。

途中まではよかったよ。ぼちぼち人が通れる道になってたし、坂道から転がってくるドンファンを避けながら、何とか山ガールスタイルで進む事はできていた。
でも洞窟は無理じゃね?人間が入っていい場所じゃなくね?

この山には山頂へと続く洞窟があり、その手前にポケモンセンターが配置されている。しかし休憩スポットはそこだけで、洞窟へ足を踏み入れたが最後、もう休む事もできない過酷な環境が私を待っていた。端的に言うと暗くて寒くて歩道がなかった。詰みである。

「帰りてぇ…」

泣き言を呟く私を、ジョーイさんは哀れむように見つめていた。やめろ。余計につらくなるから。

いや本当こんなにきついとは思わなかったわ。洞窟に入った瞬間なんかもう…思い上がるな人間…って感じの空気だったもん。
気温は氷点下、陽の光も差さない暗闇で、酸素濃度も薄く、足場の悪い道を抜けたと思えば、崖を登らされ、どこから湧いてるのか湖があり、やっと洞窟を抜けても、外は吹雪である。何も見えない銀世界の頂を目指すには、心構えが足りなさすぎた。そしてやる気を削がれた私はセンターまで引き返し、ジョーイさんと駄弁っているというわけである。
温かいお茶を飲みながら、もはやここから一歩も出たくなくて、自分自身との戦いに負けそうだった。

マジにやばいだろこんなん。普通に死ぬでしょ。チャンピオン経験者、地方ジム制覇という条件だけで来ていいところじゃない。確かに野生のポケモンは強いよ、こんな場所に住んでたらそりゃドンファンも鋼のようなボディになると思うわ。だからって登山家でもない奴に入山許可を出すな。私と野口健を足してようやく及第点よ!

なんてところに来てしまったんだ私は…いや行けって言ったの父さんだけどさぁ…。乗り越えられるビジョンが見えず、テンションがどんどん落ちていく。
恐ろしい事に、これだけ環境が劣悪でもカメラは凍る事もなくしっかり作動しているので、どうやらこのレベルの山でも記録可能らしい。ここまで来ると技術の発展は人を殺しかねないね。こんな事のために使うべきじゃない力だよ。ダイナマイトを発明したノーベルの気持ち、こういう事かな?
せめてあの吹雪さえ止めば何とか突破口は見えそうなんだけど…と溜息をつき、駄目元でジョーイさんに尋ねてみる。

「山頂の吹雪って…止む事あるんですか?」
「ありますよ。山の天気は変わりやすいし」

マジかよ。即レス余裕だったか。
詳しく聞くと、止む事もあれば降る事もある、降ったと思ったら止む、止んだと思ったら降る、つまり天候の把握は不可能なので、運に賭けろという話らしい。人生行き当たりばったりの私だが、さすがに命は大事だ。死んだらニートどころじゃないからな。そんな雑な感じで命賭けられるかと憤慨せずにはいられない。
とはいえ、ここで生死について考えていても仕方ないから、準備を徹底して再挑戦するしかないわけだ。落ち込む私を、ジョーイさんが頑張れ、頑張れ、と語尾にハートを付けながら励ましてくれたので、行くしかなくなったという方が近いかもしれない。少女を死地に送り込むのやめてくれないか?二度と白衣の天使を名乗らないで。

どうも頂上付近はポケモンもあまりいないらしいから、意外と記録作業も皆無だったりしてな。そう願おう。吹雪が晴れるまで洞窟内で待機する手もあるし、きっと何とかなるでしょうよ。大丈夫、私は主人公だから絶対死なない。ジョナサン・ジョースター…?ウッ頭が…!

こうしてレイコの奇妙な登山の幕は開き、そして新たな出会いを、頂上で果たす事となる。

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