「本当に止んだ…」

暗い洞窟内でテント生活を送り始めた途端、ついにその時は訪れた。
外の吹雪が止むまで待機してたんだけど、山頂に近付くにつれポケモンの気配がなくなり、ハナダの洞窟くらい異質な空気が漂う中で、私は大自然の猛威から逃れた瞬間を感じた。

マジか。わりと早々に止んだな。電波ないからソシャゲもできないし、どうやって暇を持て余すかって感じだったけど、これは知恵の輪の世話にならずに済みそうだぞ。
慌てて山頂へ向かい、見渡す限り真っ白な景色に気が狂いそうになりながら、生物の気配を探る。
まぁ吹雪で足跡は消えてるとしても…こんな見晴らしのいいところにポケモンなんかいないっしょ。一応カメラは回しておくけど、わざわざ酸素の薄い場所を好む生き物は絶対いねぇ。断言してもいいわ。フラグとかじゃなくてな。

雲より高いところにいると思うと足がすくんだが、滅多に見られない絶景に、私はつい息を止める。これまで何度か崖をのぼったり谷を下ったりしたものだが、こんなに高い山は初めてではなかろうか。
すげーな。見渡す限り白だ。少し青空が見えてはいるものの、あとは全部白。うっかりしてたら帰り道がわからなくなるくらい、同じ景色が広がっている。
全く正気じゃないよ…こんなところに私のようなか弱い少女を派遣するなんて…。気の狂った親父への憎悪を募らせながら、再び吹雪に見舞われる前に、私はさっさと仕事に取り掛かった。

とりあえず頂上にカメラ設置して今日は帰ろう。吹雪で飛んでいくかもしれないけど、その時はその時だし、どう考えても何もいねぇから大丈夫だろ。延々と白い風景を撮り続ける狂気のカメラを固定するべく、いよいよ一番上まで到達したその時だった。何もいないと思っていた場所で、信じられない事が起きたのは。

背を丸めながら歩いていた私には、前方に何かが立っている事に気付かなかった。
そうでなくとも生物の気配はなかったし、足跡もない、山頂への道は洞窟を抜けるしかないので、先客がいれば普通は気付くはずである。だって吹雪いてたからね。常人なら、雪が止むまで洞窟で待機している事だろう。
でも目の前にいる人物は違った。私に気取られる事なく、堂々と頂に立っていたのだ。恐らく吹雪の中を。
それも何故か、半袖で。

「イエ…ティ…?」

イエティとは、ヒマラヤ山脈に住むと言われている未確認生物である。全身毛むくじゃらで二足歩行の…。

いや人間ー!人間いるー!

「え?え、えっ、え…え?」

恐らく人生で一番テンパった瞬間だっただろう。まるで公式から供給という名の爆弾が投下されたオタクのように奇声を発し、突然現れた人間を五度見した。

え?嘘でしょ?人?本当に?
自分の目が信じられず、私は何度も瞼をこすった。酸素欠乏症で脳がどうにかなってしまったのかと思ったが、悲しいくらい肉体は正常なので、幻覚ではなさそうである。それでも我が目を疑う事はやめられなくて、一歩も動けないまま対象を観察し続けた。

いや…嘘だよね?マジ?人…?人だろうか。人でないなら何なのかって感じだが、人がいる事も相当おかしいからな。だって吹雪だったんだぞ今の今まで。台風レベルに荒れ狂った怒りの湖でギャラドスとキャッチボールを繰り広げた私でさえ匙を投げた自然現象なんだ、そんな中普通に立ってるなんて…何者なんだよ。範馬勇次郎か?

しかし、私の目に映る相手の姿は、そんな屈強な男などではなかった。
赤い帽子を被り、雪を纏った服は、どう見ても半袖である。年は私とそう変わらないかもしれない。まさか遭難して立ったまま息絶えたのでは…?と慌てて近付けば、わずかに動いたため、逆にますます恐怖を覚えた。

い、生きてる…この雪の中を半袖で…!
次々と襲い来る驚愕の事実に、私は完全にパニックだった。向こうも私に気付いているだろうに、何故か一言も発さない事が怖すぎて、もはや記録どころではない。

やべーよ。こんなところにいる奴がまともなわけない。麓のポケセンのジョーイさんも私の来訪に、人が来たのは久しぶりだって言ってたから、こいつがここにいる事実がおかしいんだよ。どうやって来たんだ?ポケセンに寄らずに真っ直ぐ山頂を目指したのか?そしていつからいるんだ?そもそもなんでいるんだ?
マジでお前は誰なんだ!

まさか見てはいけない系なんじゃ…?と慄いた私は、ゆっくり後ずさろうとした。すると相手はとうとう動きを見せ、思わず身構える。
もうやだ怖い…!なに!?やっぱ霊!?遭難した少年が成仏できずに彷徨ってるの!?地縛霊になるにしても場所は選びなよ…!Wi−Fi環境整った場所とかさぁ!
テンパる私をよそに、謎の雪男はポケットに手を入れると、そっと何かを取り出した。銀世界でやけに映える色を見た私は、思わず前のめりになり、まさかの物体を凝視する。

あの赤と白のツートンカラー…馴染みのある球体…そしてどこからか聞こえてくるチャンピオン戦と同じBGM…!これは…まさか…!

「トレーナー!?こんなところに!?」

絶対こんな場所で目が合う相手いねぇだろ!と戸惑いつつも、つい反射でカビゴンのボールを投げ、応戦してしまう私であった。順応すんな。

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