風の吹き始めた山頂で、人生という重いワードを出された私は、そんな凄まじい情念を抱かれる覚えがなさすぎて、ただただ混乱していた。レッドと名乗った少年の身元がド田舎ボーイである事は判明したものの、グリーンの幼馴染という情報以外、私の手札はないのである。

いやマジ誰なんだよ。レッドなのはわかったけどさ、まぁ三年越しに出会えて嬉しいとは思うよ。グリーンと同系統のパリピかと思ったら全然真逆のおとなしめな容姿、ポケモン勝負の腕はえげつなかったが、無口でストイックな純朴少年って感じじゃん。半袖がミステリアスすぎるけどな。わりと意味不明なところはありつつも、でもこんなに強いトレーナーに出会ったの初めてだったから、何かさすがの私も気分が高揚したってもんですよ。雪山なのも忘れて熱い思いが込み上げたと思うわ。

でも人生狂ったって何?出会う前からそんな事ある?

初対面だよな?と何度も何度も記憶を辿り、それでもやはり心当たりのない私は、神妙な面持ちで首を傾げるばかりだ。身に覚えのない事で人生狂ってもらっても困るので、事情を聞かせてくれと落ち着いた口調で相手に頼んだ。
するとレッドは、今にも山頂から突き落としてきそうな雰囲気とは裏腹に、姿勢を正して語り始める。態度の高低差が激しすぎて、私の戸惑いは止まらない。

「あれは今から三年前…」

そんでいきなり遡ったな。人生って言ったわりにまだ三年しか狂ってねぇじゃねーか。
それでも本当に三年狂ってたんなら相当な話である。私も根が狂っているから三年ニートをしていたが、なかなか激動に満ちた期間だったと思うぞ。
三年前といったらちょうど旅に出されて各地を転々としていた時期だが…と、つらかった旅路に思いを馳せ、レッドの声に耳を傾ける。

「君がシルフカンパニーでロケット団とやり合っているちょうどその頃、僕はヤマブキシティの近くで暴走族とポケモン勝負をしていた…」

そんな誰彼かまわず勝負するなよ、危ないんだから。
人のことを言えない私は、レッドが暴走族をボコってた事と私がロケット団をボコってた事と何の関係があるのかまるでわからず、そして寒いからできれば巻いてほしいと視線で訴えた。
マジで極寒だから。頼むよ。そっちはもう寒さの感覚がないかもしれないが、私は生身の人間だからね。取り出したカイロを握りしめ、長い話になるんだったらスタバに移動したいと心から願う。しかし人生を狂わせた私にそんな甘えは許されず、レッドの果てしない回想はしばらく続いた。早くしないとここに私の氷像が建つぞ。

「まさかシルフが大変な事になってるなんてその時は気付かなかったよ。あとでニュースで知ったんだ…テレビは突如として現れた謎のヒーローの話を連日放送し、そしてその正体を探ろうとマスコミは血眼になっていた…」

やけに語りが上手いレッドはさておき、私も当時の事をぼんやりと思い出し始めていた。
懐かしいな…実家と音信不通になって様子を見に行ったら街ごと乗っ取られて…私がニート生活を送る大切なヤマブキを世紀末にするわけにはいかないと、かなり無茶をした覚えがあるよ…。向かってくる下っ端団員をなぎ倒した日々は、三年前とはいえ思い出にするには早すぎる気もする。

思えばシルフの社員も警察もわりと良くしてくれたな…未成年なのもあって、私が事件を解決した謎のヒロインXである事はしっかりと伏せられている。こちとら平穏に無職生活を送りたい身…目立ちたくないから絶対に黙っていてくれとお願いしたのだ。だって嫌だろ、シルフを救った凄腕トレーナーがニートだったら。社長にマスボ返せって言われちゃうよ。

どうやらレッドの転落人生はシルフの事件と関係があるらしい。一瞬レッドがロケット団側の人間で、解散に追い込んだ私を逆恨みしている可能性も考えたが、彼は田舎でのびのび育ったボンジュールフレンド…悪の道に染まる事はまず有り得ないだろう。
それなら一体何なんだ…!なんでモノローグから入るんだよ!結論まだ!?凍死しちゃうって!
無口かと思ったら意外と話が長かったレッドに翻弄され、徐々になくなっていく爪先の感覚に泣いた。二度と雪を好きになる事はないだろうと心から思うレイコであった。

「シルフを救ったトレーナーは謎に包まれていたけど…一つだけ、社長の証言にヒントがあった。それは…カビゴンを連れた、赤い帽子を被った少年だったということ…」
「はぁ…」

つい気の抜けた返事をしてしまったが、レッドの風貌を見て、私はゆっくりと目を見開いていく。記憶力がない事に定評のある私だけど、シルフから去る時に、そのフレーズを口にした覚えがあった。

そうだ。あの日あの時あの場所で、ごった返すシルフカンパニーからそそくさと退散する直前、私は確かに言った。
これだけの大事件なんだから、君の事を隠しておくのは難しいぞ!と言う社長に、それなら捏造してほしいと。赤い帽子の少年とかが解決した事にしてくれ!と。なんか雑な感じにお願いをした事は、さすがの私もきちんと覚えていた。特に何か意図があったわけでもなく、私としては任天堂のヒーローといえばマリオなので、そういうのを想像して言っただけなんだけども。
奇しくも同じ特徴を持った少年を前に、私の心はざわついていく。

なに…怖い…どういうこと…?何かを掴みかけているけど確信には至らないこの感覚…モヤモヤする…!もう早く教えてくんない!?どんだけ尺取るんだよ!三年越しの出番だからって時間割きすぎだぞ!

「そして…僕がチャンピオンになって間もない頃…」

まだ続くよ〜三年分の台詞量全部使い切るつもりだよ〜。

「マサラの実家に、突然マスコミが押しかけてきた」
「それは遠路はるばる…」
「何が何だかわからなくて理由を聞いたら、なんと…!」

急にテンションを上げてきたレッドに恐れおののいた次の瞬間、ようやく全ての謎が解けた。

「シルフの事件を解決したのは、僕という事になっていたのだった…」

完。

数分に渡って語り続けていたレッドの話は、そこで一度止まった。私は呆然とレッドを見つめながら、風で乱れる髪を整える事もなく、脳内でパズルのピースが完成するのを待った。そして最後の一つがぴったりはまった時、手にしていたカイロを落とし、衝撃で大きく口を開ける。顎が外れたイワークの如く。

「あ、あああ…!」

思わず唸り、やっとレッドの言わんとしている事を理解した。そしてこれまでの道のりで引っかかっていた事が、全て紐解かれていく。

そうだ…思い出した!最初はヒワダタウン…確かガンテツの爺さんが、妙な事を言っていた。
ロケット団はレッドっていう少年が解散させたはずだから、復活してるのはおかしいと。
いや私なんですけどね!?ってその時は思ったけど、あそこから伏線は張られていたのだ。ワタルもレッドが私を探してたって言ってたし、思い返せばレッドの痕跡はそこらへんに何気なくあって、再会したグリーンがレッドについて特に何も言わなかったのも、きっと込み入った事情があったからに違いない。だってグリーンは私がシルフに乗り込んだ時に一緒にいたんだから、事件の全貌を知ってんだぞ。にも関わらず、お前が解決した事件が何故かレッドの仕業になってるぜ、といつもみたいにチャラチャラ報告してこなかったという事は、言いづらい何かが起きたのだ。彼の人生を狂わせる何かが。

で、それは一体…?と固唾を飲んでレッドの言葉を待っていると、また微妙に長い話が展開される。

「チャンピオンになって知名度が上がった僕は、シルフを救った少年と特徴が一致していたせいで、謎のヒーローだと勘違いされてしまった…これが悲劇の始まりだった…」

どんだけ溜めてくるんだよ。答えはCMのあと!って引っ張ってくるタイプのやつじゃん。
などと思いつつ、完全に私の軽率な発言が発端のようなので、もはや黙って聞く他ない。正直彼の語り口調に惹かれている自分がいるのも事実…早く続きを聞かせてほしいと、絵本を読んでもらう子供のように胸弾ませながら、実際は全く胸が弾まないトークを待った。

「おかげでマスコミは家に張り付き、外に出ればカメラのフラッシュを浴びる日々…事件について聞かれたって僕は無関係だし、人違いだと答えても、もったいつけてんじゃねぇぞ!ネタはあがってんだ!と罵声を浴びせられ、ついに母はノイローゼ…耐えかねた僕はマサラを出て、誰もいない場所を目指した…」

悲しい目をし、レッドは天を仰ぐ。

「…それがこのシロガネ山だった」

降り始めた雪が彼の顔に落ちたところで、レッドのマシンガントークショーは終わりを告げた。一気に押し寄せてきた情報量を処理できず、私は佇み、そして理解が追いついた頃には、自然と膝を地面につけていた。
両手を雪に埋め、ゆっくりと頭を下げる。

「大変…申し訳ございませんでした…!」

土下座である。

半沢直樹も驚く謝罪を述べ、私は心の底から反省した。今回の旅で、責任感というものを嫌というほど学んだために、彼の悲痛な心情を察してしまったのだ。
この三年間のうのうと暮らしていた私は、せめてZIPくらい見ておくべきだったと猛省する。

なんという…なんという運命のいたずら…!こんな事ある?ドラマじゃん!
彼と私の、擦れ違いゆえの結びつきに驚くと共に、やはり申し訳ない気持ちがせり上がってくる。

マジかよ〜ごめんて〜。だってそんな事になるとは思わないじゃんか〜!赤い帽子の少年なんて世の中に腐るほどいるし、カビゴンを持ってる子だっていっぱいいる事だろう。
でもチャンピオンレベルに強いのは君だけだわな!そりゃそうなるかもしれん!すまん!キャラが被っていたばっかりにこんな…マスゴミに苦しめられて…胸が痛んで仕方ないよ。

報道のパワーは凄まじい。今やネットで手軽に情報が収集できる時代…真実と虚構が交差し、マスメディアの在り方について問われているわけだが…いまだにプライバシーへの配慮を忘れた人間が横行しており、しかしそれは受け取り手である我々も変わっていかなくてはならないという、社会全体の問題なのだ。堕落するあまり、メディアへの関心を喪失した私のような人間が生んでしまった被害者…それが彼、レッドなのである。

情報発信力の高い都会に住んでいながらこのザマで恥ずかしく思う…と己の愚かさを嘆き、できる範囲で償おうと合掌した。

つらかっただろうな…あんなド田舎に人がいっぱい来たらそりゃストレスだろうよ…。ご家族や町民の方にもご迷惑をかけて本当に申し訳ないと思う。マジで思ってる。話なげぇなってディスったのも謝るよ!

ジョウトに来てさぁ、自分の言動が何らかの責任を生むって…痛いほど思い知らされたんだよ。マツバのホウオウドリームも砕いたし、ツンデレ氏の最強になるって夢も砕いたし、ロケット団も復活しちゃっていろんな人に迷惑かけて、私も迷惑被って、こうなるなら三年前にもっと何かやれる事があったのでは?って思ったりしたわけ。
だけども、やはり保身が第一だった私は、最強の力を振るいながらもその責任を果たす事なく、のんびりヤマブキに引っ込んだ…そのせいでレッドがこんな雪山に籠り、環境に順応するため自らイエティとなるしかなかったという、ロミジュリより痛ましい悲劇を招いてしまったんだよな…。あまりにも軽率。人間として最低だよ、加えて無職だし。このまま雪に埋まってしまいたいレベルだぜ。

きっと私の事はグリーンに聞いたんだろう。もしくはお前の相棒が名探偵ピカチュウだったかのどちらかだな。ハリウッドおめでとうございます。
何にせよ罰は甘んじて受けようと思う。マスコミに名乗り出てもいいし、他に要求があれば飲むよ。お前も半袖になれと言うのなら…それもいいだろう。かつてないほどの覚悟を秘める私の前に、レッドはゆっくり近付いてきた。顔を上げられずにいると、彼はまたもやトークを繰り出してくる。

「グリーンから…レイコはすごく強いって聞いた」
「あ、はい…左様でございます…」
「君に打ち勝つ事を目標に…ここで修行をしてたけど…」

哀愁漂う感じに呟かれ、私のいたたまれなさは極限である。

本当ごめんて!倒してごめんな!?だって強いから私!償うっつってもわざと負けたりとかはできないからね!それとこれとは話が別なんで。ポケモン勝負に忖度はなし、それがこの世界の全てよ。
びくびくしながら次の言葉を待っていたが、レッドもポケモン勝負至上主義世界のことは熟知しているらしく、そこに関しての恨み言は特になかった。それどころか、何だか清々しさを感じる声色となり、寒さに耐えかねた私も、声を聞いて立ち上がる。

「でも…負けてしまった。全力だったのに」

呟いたレッドの瞳は、憑き物が落ちたみたいに揺れていた。さっきまでオルタ化していた雰囲気から一転し、まるでこの山頂のように澄んだ目が、濁り切った無職の私を真っ直ぐ見つめる。

「三年…」

もはやこの年月を聞くだけで胸が痛むわ。暗い三年を過ごさせてすまない。

「ずっと君の事を考えてた…」

重い言葉に俯くしかなく、でも元はと言えば悪いのはロケット団じゃん?などと水を差すこともできないまま反省していたら、段々と事態が好転していく気配を察知した。いつしか風が止み、ぽつぽつと雪が落ちてくる空も、さっきより明るくなり始めているではないか。それに合わせてレッドの声も柔らかくなっていくから、気圧の変化に影響されやすい人なのかな…とどうでもいい事を考えてしまう。本当に反省してんのか?

「そのうちに何だか…君と戦う日を心待ちにする自分に気付いて…」

そしてようやく山の亡霊は、呪縛から解き放たれたかのように微笑むのだった。

「だから、戦えて嬉しかったよ。ありがとう…」

いい子かよ。とてもグリーンの友達とは思えないんだが?
自然に握手を求められ、私は手袋を外してそれに応じた。半袖で突っ立ってたとは思えないくらい温かい掌に、完全なる人外みを感じるも、彼の人柄の良さも伝わってきて、感情が波打っている私は思わず感涙しそうである。

マジで普通のいい子じゃん。ここで握手できる?私なら無理だね。あと三年は恨み倒すと思うわ。だって人違いでプライバシーを侵害されて親はノイローゼだぜ?確実に司法に訴えるだろ。挙句ポケモン勝負で敗北してこの笑顔。マサラが生んだ奇跡だな。もう頭が上がらないよ。
まぁ元凶はロケット団って事で割り切ってくれてんのかもしれないな…実際そうだし。何にしても懐が深い。許してもらえたという事でいいんだろうか…と曖昧な表情をしていれば、ついにレッドから判決が下った。

「本当はもう気にしてないんだ。母さんのノイローゼも治ったし」

いやそれは絶対嘘でしょ。私への恨み言、かなり長かっただろうが。練習したよね?あの語り口調は三年間熟考したに違いないよ。
疑いを止められない私だったが、本人がそう言ってくれるなら、これ以上の言及はやめようと頷いた。気持ちはどうであれ、清算を望んでいる事に間違いはないんだろうし。その方が私もありがたいからな。今回の反省を活かし、二度と危ない団体には関わらないと誓うよ。自分で落とし前がつけられない事に首突っ込むのはよくないからな。尚、この誓いが即破られる事になるとは、この時のレイコは知る由もない。

「本当にすいませんでした…でも、私も…会えてよかったよ」

素直な思いを吐露し、私は照れ笑いを浮かべた。

実在…したんだな、レッド氏。グリーンのイマジナリーフレンドじゃないかって疑った日々もあったけど、ちゃんと存在しててよかったよ。マサラに人がいなさすぎて友達という幻想を生み出したグリーンの心のケアをする展開とかマジで悲惨だからな。杞憂に終わって安心致した。そしてあいつにさえ友達がいるのに私にはいないところは残念でならない。泣いてもいいかな?

かくして私とレッドの奇妙な確執は消失し、しばらく共にサバイバル生活を送る事となるのであった。

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