03.ハクダンシティ

二輪車通行禁止の看板に、何度項垂れた事だろう。

メイスイタウンを抜けると、ハクダンの森というところに辿り着いた。ポケモンが生息しているので、騒音や排気ガスの元となるバイクでの通行は禁止なのだそうだ。もちろん原付も無理。つまり徒歩である。
乗れないとなると、このボロ車はゴミ以外の何者でもない。大体なんで森を抜ける以外に道がねぇんだよ、他の道路用意してくれゲームフリーク。文句を言いながら原付を押して進み、トキワの森に激似という事もあって、私は足早に憂鬱な森林地帯を通り抜けた。
さすがに来て早々に森の記録はだるいわ。また今後来よう。今は早くプラターヌを殴りたいし。どこにいるか知らないが、少なくとも森にいない事だけは確かでしょう。山犬の姫じゃない限りな。

小休止しながら、何故かカロスのタウンマップまで搭載している図鑑に目を通し、私は大体の地理を確認する。
この先がハクダンシティで…その次のミアレって街がカロスの中心なのか。これが一番都会みたいだな。一刻も早くミアレへ行く事を目標にしよう。やさぐれた心を癒すのはやはり都心。森を抜けたばかりのレイコはそう確信するのであった。
鬱蒼とした森のオーラを取り払い、休憩も終わったしそろそろ行くか、と念願の乗車を果たすと、後方から無数の足音がこちらに迫っているのを感じた。もしやと思って振り返れば、サナが手を振っているのが見え、追いつかれた事を察する。悲しい事に、私は原付がないとWi−Fiが繋がってない時のスマホなみに遅いらしい。本当に旅のベテランですか?

「一番乗りはレイコか」

サナに続いてカルム、そして先に行ったはずのティエルノとトロバまでもがやってきたので、迷わず行けたという点ではかろうじてベテランの面子を保てそうである。よかった、何故かハクダンの森がトキワの森と同じ構造だったから路頭に迷わずに済んだわ。使い回しマップ大歓迎です。
ほぼ一本道で迷うはずがない事はさておき、意外と早く再会してしまった事に若干の気まずさを覚える私は、少年探偵団に適当な返事をしながら会話に加わる。

「ポケモンの動きってユニーク!もっとダンスに取り入れたいよねぇ」
「ティエルノさん、ポケモンの動きに見とれすぎなんですよ…!」

やれやれ感を出すトロバとマイペースなティエルノは一緒に行動していたみたいだが、森のポケモンにティエルノが見とれていたせいでタイムが落ちたようだった。私は何にも見とれてないのにこの速度だってのにな。強いて言うなら己の美しさに見とれてたけど。どの口が言うんだよ。
一人で茶番を展開する私をよそに、トレーナー初心者のサナが、参考までにそれぞれの進路を尋ねていく。

「ねーねー、みんなはこのあとどうするの?」

漠然とした質問に、優等生のトロバが真っ先に答えた。

「もちろんポケモン探しです。博士に頼まれた事ですから」

どうやら弟子の彼らも、我々同様ポケモン図鑑を博士にもらって旅をしているらしい。手当たり次第だなプラターヌ。私という者がありながら。とはいえ私のように明確な指示は出されてはいないようだから、少年たちには自由な旅を望んでいると見た。自分で図鑑を渡さないという雑さを披露する反面、ポケモン博士らしい柔軟な一面も見られ、ますますプラターヌへの疑問は渦巻いていく。
マジで何なんだろうな。面識がないというだけでやけにプラターヌの事を考えてしまう…どうせ蛭子能収みたいな奴だろうに…。勝手な想像を打ち消すよう首を振って、少年たちの会話に集中した。

それにしても…自由の身だってのにトロバっちは本当に真面目なんだな。私だったら博士の頼みとかガン無視してカロス観光して終わるぜきっと。図鑑とかもうその辺に放り投げてカビを生やすに違いないよ。ミアレに常駐して毎日ブランチ、都会の喧騒を遠目に見ながらエスプレッソを味わう…そんなニートになっていた事でしょう。
そもそもそんな奴に図鑑を託したりはしないという気付きは無視して、トロバに感心の声を上げながら、今度はティエルノの回答を聞いた。

「僕はいろんなポケモンのムーブを見たいねぇ」

こっちもこっちで熱心さを感じる。ダンスが得意なティエルノ氏は軽快に踊りながらそう答え、見かけによらず機敏な動きに思わず拍手を送った。やけにぬるぬる動くと散々プレイヤーに言われ続けた意味を理解し、DDBは伊達じゃないと思い知る。
将来の夢はダンサーなのか知らないが、何でもダンスに直結するタイプなんだねティエルノは。レクサスがモルフォ蝶の発色原理を応用した色の車を作ったように、彼もまたポケモンの動きをダンスに活かそうと思っているわけだ。目標がはっきりしている子供たちを目の当たりにし、意識の高いカロス地方にニートの私はかなり怯えた。

こいつら…ちょっとしっかりしすぎじゃない?私が子供の頃って何してた?ニートだよ。言わせんな。
天と地ほどの差を見せつけられながらも、こんな事で挫けてる場合ではない。私だってずっと一途に夢を追い続けてんだからな?そのために今頑張ってんだよ。今までも頑張ってきたよ!ただちょっとそれが人には言えない夢なだけで、それを叶えるために様々な苦難を乗り越えてきたんだ。胸を張っていこう。何も恥じる事などないのだから。いや恥だろどう考えても。
太宰治より恥の多い生涯を送っている私は、不意にサナに話しかけられた事に驚いて、さらに恥の上塗りをするところであった。落ち着け。

「レイコとカルムはどうするの?」

ニート!と元気よく言いかけた口を慌てて塞ぎ、咄嗟に誤魔化す。

「私はトロバと一緒かな…」

そもそも選択権などない私は自分の仕事をこなすだけなので、それだけ言ってカルムに話を投げた。すると、彼の口からすっかり忘れていた存在をほのめかされ、ハクダンシティを素通りできない事情ができてしまうのだった。

「俺はハクダンシティのジムリーダーに挑戦」
「え?ジム?」

見事に失念していた施設名を、私は思わず復唱した。怒り、悲しみ、憎しみにとらわれて記憶の彼方に追いやられていたが、この旅では避けて通れないものがある。それがポケモンジムだった。野生ポケモンのみならず、トレーナーの扱うポケモンも記録しなくてはならない私にとって、ジム戦は必須イベントなのだった。

マジかよ、ジムあるんだこの街。三番目の街絶対ジムある説はカロスでも立証され、じゃあ忘れんなよと自分を叱責せずにはいられない。本当に旅立ち七回目ですか?古戦場のたびに初見リアクションするビィくんなみの記憶力かよ。
もはや九九もすべて言えるか怪しい私は、何にしたって挑んで記録して勝つだけなので、いつものようにこなすのみである。昨今はジム戦よりリーダーに辿り着く前の仕掛けで躓く事が多いからな。フキヨセジムの南斗人間砲弾絶対忘れないから。死人出るでしょ。

「レイコも挑戦するのか?」
「まぁ…ポケモンリーグに行きたいとは思ってるんで…」
「じゃあレイコと俺はライバルかな」

これまでの旅同様ベルトコンベア式にこなすだけよ、とトレーナーの風上にも置けない舐め腐った事を考えていた私へ、カルムは何気なくそう告げた。思いもよらぬ宣言にたまらず二度見し、青春を感じるキーワードに戸惑いを隠せない。それは、ニート期間中に忘れかけていた大事なものを取り戻させる、核心的な一言に思えた。

ら、ライバル…!?私と君が…互いに高め合って競う相手…!?
そんな大層なもんじゃないよ!心の中で首を振りまくる私は、真剣にジムに取り組もうとしている彼の姿に大いに反省して、己の醜さを痛感した。

やめて…目指すところはチャンピオンじゃなくニートである私にそんな眩しい言葉をかけないで…!ジムリ8人全員秒殺してオワオワリだなって何気なく考えてた自分が恥ずかしい…!どれだけ圧勝しようとも、ポケモン勝負には一戦一戦に価値がある、そう思う心も真実なのに、ポケモンリーグさえもニートへの布石でしかない私にとって、ライバルという純粋な言葉は、エレンへのミカサの愛くらい重く響いた。

そう…。そうだな…同じ道を進む者同士、確かにライバルと呼べるかもしれないね。ごめんカルム。親父への怒りでトレーナーの本質を忘れてたけど、私も心を入れ替えるわ。たとえ全てのジム戦がベルトコンベアのような流れ作業であろうとも、心を込めて戦うから。カルムにいい影響を与えられるようにベストを尽くすから。たとえ全てカビゴンのワンパンで終わるとしても。たとえ一戦に5秒かからないとしてもね。心込める暇がねぇよ。

てかサナと私の勝負を見といてよくライバル宣言できたな。明らかに常軌を逸してたでしょ、私の強さ。まぁカルムはいろいろ詳しいってサナも言ってたし、相当自信があるって事なのかもな。他人の自信過剰さをとやかく言える私ではないので、ライバル宣言には曖昧に頷き、これ以上感情が死ぬ前に私は原付を徐行させながら立ち去った。生き生きと輝く四人の子供たちを見ていると、薄汚れた大人の自分を痛感させられ、胸の奥がキリキリと痛んだ。

何故…私をガキ共と会わせたんだプラターヌ…!無職なんて言ってないでトレーナーとしての煌めきを見つけなよっていうメッセージなの?余計なお世話だよ。病院の問診票の職業欄に無職って書かなきゃならない時点でもういろいろとつらいんだ、これ以上追い打ちをかけないでいただきたい。
大きな溜息をつきながら、私はそのままジムへと挑み、やはりワンパン秒殺ベルトコンベアになってしまった事を、何となく気に病んでしまうのだった。お前がライバルとか言うから…!言うから…!

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