特筆する事もなくハクダンジムを攻略した私は、早起きが祟って死ぬほど眠かったので、ひとまず街で一泊した。ミアレまで行く元気はなかった。

カロスの旅もまだまだ序盤だが、次こそ都会進出なので、少しは気分も晴れるというものである。
マジでこの辺普通に田舎だからな、中心にでかい噴水とかあってお洒落な街ではあったけど、人通りが圧倒的に少ない。虫ポケモンも多いしさ。ジムリーダーのビオラさんも虫タイプ使いだったし、人より虫の方が多い可能性は否めないよ。何よりまず道路が狭い。移動手段とか総員ローラースケートだから。原付浮いてるから。そういう法律でもあるの?ってくらい光GENJIで溢れていたため、カフェテラスでブランチを摂りながら、私は行き交うスケーター達に目を細める。

みんなすごい軽やかに滑るな。メイスイタウンでも見かけたから、チャリや車よりスケート移動の方が一般的なのかもしれない。どんな国だよカロス。ブラジルでいうところのサッカーがこの国ではスケートなのか?国民的スポーツ。確かに原付では入れない狭い場所へ記録に行くにはいいかもだけど、ニート生活で失われた体幹が私のスケーターへの道を絶っている気がするぜ…。
あれば便利そうだけどな、と遠巻きに見つめながら、浮いてるボロ車でミアレシティを目指した。後々気付いたけど、浮いてるのは原付が珍しいからじゃなくて、めちゃくちゃボロいからだなこれ。


きれいな花畑の近くで、排気ガスを撒き散らしながら走るのはしのびなかったが、その甲斐あって早々に道路を駆け抜ける事ができた。
のどかだなー。天気もいいし、カメラの性能もいいし、実に順調に進んでると感じるよ。このまま何事もなくミアレに辿り着けるといいな…なんてささやかな願いを抱く私は、抱いた時点でフラグを作っている事に気付かず、街へと続くゲート前で、怪しい二人組と遭遇してしまった。

やっと都会に行ける、と意気込む私の行く手を阻むように、誰かが立っている。徐行しながら近付いていくと、同じ服を着た男女のコンビである事がわかり、轢くわけにもいかないので、私は原チャを停止させるしかなかった。どう見てもただのモブでない事は明白だった。何故ならキャラデザがあるから。こんなところで判別させないでほしい。
あんまり関わりたくないと思いつつ、どいてもらわないと都会への進出はかなわないので、道を開けてもらうよう頼もうとした。しかしその前に話しかけられてしまい、不審者にありがちなやばさをひしひしと感じるのだった。

「君はフラベベというポケモンをご存知ですか?」
「は?」

出たよ、挨拶の概念を失った奴が。
いきなり意味のわからない質問をされ、すでにテンションは降下済みである。やばいよやばいよと脳内で出川哲朗が騒ぎ立て、私は顔を歪めた。脈絡なく話しかけてくる奴に、ろくな人間はいないからだ。

誰だよこいつら。笑いの刺客か?
左の少年は色白金髪、右の少女は褐色黒髪で、見た感じはそんなに変な印象は受けなかった。年は両方同じくらいに見えるな。お揃いの服はエリートトレーナーが着ているものに似ているので、案外トレーナーなのかもしれない。トレーナーなら目が合った瞬間勝負が始まるというぶっ飛んだシステムがあるから、多少おかしくてもスルーできるけど、でも戦う気配は見せないし、完全に不審だ。待ち伏せを疑う行動も相まって、私の警戒心はあべのハルカスより高くなる。

とりあえず名乗れよ。フラベベは見せてやるからさぁ。
話が進まなさそうなので、私は図鑑を取り出し、さっきこの辺で記録した花みたいなポケモンのページを見せる。

「これか?」

なんか花の上に乗ってた奴でしょ?花畑に大量発生してたからなかなかインスタ映えする一枚が撮れたものですよ。
それぞれ好みでもあるのか、決まった花に乗ってるわけでもなさそうで、結構カラフルな感じになっていた。でかい花が横切るからマジで何かと思ったよ。びびらせないでくれ。
そのフラベベが一体どうしたんだ、と怪しい二人に尋ねれば、少年の方が私の図鑑を見て感心の声を上げる。

「おおっ!ポケモン図鑑に登録されてますね!」

急にテンションを上げられ、驚きのあまり一歩引いたが、驚くのはまだ早かった事を次の台詞で思い知らされた。

「なるほど!さすが博士が選んだポケモントレーナーですね」
「え?」

いかに私が鈍感夢主とはいえ、博士、という単語で何も察せないほど鈍くはなかった。少年の発した台詞に食いつき、ただの不審者でないと知った私は、二人への警戒を解いていく。

もしかしてこいつら…プラターヌ博士の知り合いか?となるとトロバやティエルノと同じ弟子?それとも集めたポケモンの数によってフラッシュとかダウジングマシンとか学習装置をくれる役割の助手?
どれでも構わないが、とりあえず名を名乗れよと無礼な連中を睨んだ。だから誰なんだよお前らは。公式立ち絵が存在しないところとか怪しすぎるだろ。

「フラベベはなんと、フェアリータイプという最近分類されたばかりの新しいタイプなんです」
「タイプ相性を見直すきっかけになりましたのよ!」

あのドラゴン使いがクソびびってるやつか。
金髪の台詞に被せるようにして、初めて少女の方が喋った。やたら気が強そうで怖いわすでに。
完全に引いてしまっていたが、二人はあくまでも挨拶なしにドラゴン使い涙目の話を通すつもりらしい。今作から導入の新タイプを推したい気持ちも大人の事情もわかるが、まずは筋を通すべきでしょうよ。わざわざ私の通行を阻止してるんだから、お忙しいところ大変恐縮ですがわたくしこういう者です…って名刺を出す、それが万国共通の礼儀よ!
お忙しいどころか暇なニートである事はこの際どうでもいいんだ。フラベベの紹介より自己を紹介しろとジェスチャーで訴えかければ、ようやく二人に私の思いが届いたらしい。しかし、この期に及んで彼らはフェアリーを推しながら名乗るという斬新な試みを行なってきたので、そこまでフェアリーに力入れたいならもうそれでいいよ…と戦意を喪失する私であった。

「で、あたくし達、プラターヌ博士に頼まれてフェアリータイプを他のタイプのポケモンと戦わせていましたの」
「そうですか」
「麗しいあたくしの麗しい名前はジーナ!」
「僕はデクシオ」

そんで急に名乗るし。脈絡とかがない!
一気に情報を与えられ、私は身を引きながら頷く以外にリアクションを取れない。

いや名乗れとは言ったけど文脈とかさぁ…流れがさぁ…あるじゃん。このタイミングで名乗られるとは思ってなかったから一瞬で忘れそうだわ。なんて言ってた?ジーナと…デク…シオ…?やっとプラターヌの名前を覚えたのにまた四文字以上の横文字を記憶しなければならない状況に、私は一人涙する。山田一郎二郎三郎の覚えやすさが沁みるぜ。

とりあえず…まぁありがとう、名乗ってくれて。すっきりしたわ。やはりプラターヌ博士の手先なんだな。奴は一体何人の弟子を抱えてるんだよ?毎年増えるシステムなの?
私はレイコです、と名乗り返しつつ、いまいち怪しい二人をじっくり観察した。
何が何だかわからないが、トロバやこのジーナ&デクシオも素直に従っているくらいなので、案外プラターヌってのはいい博士なのかもしれないな…いや悪い博士はいないと思うけども!私が思っているよりまともな人間である可能性も出てきて、ますますプラターヌの全体像がぼやけていった。
虚像を追っているような感覚に悩む私をよそに、デクシオは話を進めていく。

「二年前、プラターヌ博士からポケモン図鑑を託された、言うなれば君たちの先輩です」
「ああ…なるほど…」
「最も、トレーナー歴でいうならあなたは僕たちより大先輩ですけどね」
「大とか言うな」

失礼すぎじゃない?大先輩て。めちゃくちゃ年寄りみたいじゃねーかよ。
煽りなのか天然なのか知らないが、デリカシーの欠如したデクシオにブチキレ、私はその辺を飛んでるフラベベを投げつけたい衝動に駆られた。
やっぱろくなもんじゃねーなプラターヌ。弟子の教育がなってなさすぎるもん。自己紹介は遅いし、フェアリータイプのゴリ押しはすげぇし、そっちの麗しガールは態度でかいし、大後輩ボーイは事実をオブラートに包んでくれないし、こんなのもうまともな博士に期待する方が馬鹿げてるでしょ。
やっぱ蛭子能収だな、と競艇へ向かう博士の姿を想像していると、とうとう私はプラターヌの真の姿と対面する機会に恵まれた。いつ会えるのかと思っていた博士は、案外すぐ近くにいたのである。

「よろしければあたくしがポケモン研究所に案内致しますわ!」
「えっ?」

麗しいジーナの突然の申し出に、麗しいレイコも驚いた。

「プラターヌ博士はミアレにポケモン研究所を構えておられます」
「な…」

なんだってー!?

デクシオの解説を聞いた私は、雷に打たれたような衝撃を受けた。両目を見開いて後ずさったが、それは決して大袈裟にリアクションを取ったわけではなかった。

ミ、ミ、ミアレに…研究所…?
ミアレって、カロス一の大都会じゃなかったか…!?
想像を絶する展開に、私の頭はパンク寸前である。脳内では革命のエチュードが鳴り響き、しばし呆然と天を仰いだ。

はぁー!?なめてんのかプラターヌ!ポケモン研究所といったら、その地方一番のド田舎、もしくは二番目にド田舎の町にあるべきものでしょうが!
のどかな自然が広がる土地で、ポケモン達にストレスを与える事なく業務を粛々とこなす、それが今まで私が見てきたポケモン研究所だよ!それを…ミアレですって?コンクリートジャングルで悠々自適にモーニング食ってんじゃねぇぞ!スタバのコーヒー持って職場に行くな!あのオーキド博士でさえトップバリュの安いレギュラーコーヒー飲んでたんだぞ!貴様のような無名の博士が優雅な暮らしを許されると思うなよ!

これまでの流れを踏襲しない自由なプラターヌに、私の怒りは限界を突破した。
許せねぇ。よくわからねぇが許しちゃおけないな。別にどこに研究所を構えようと自由だし業務内容によっては都心の方がやりやすい事もあるだろうけど許すわけにはいかない。何故なら癇に障るから。完全に私情じゃねーか。

私にあんなド田舎に来させといて…自分は大都会のシャレオツなオフィスでお仕事ですか?手紙一通寄越しただけで図鑑もポケモンも弟子任せ、仁義ってものが欠けてやがるぜ。やはり乗り込んで文句の一つや二つや三つや四つ言わないと気が済まねーな。何より早く都会に行きたいんで。コンビニすらろくに見つからない田舎から早く脱却したいレイコであった。

「…いいだろう。行こうぜ、大都会ミアレのポケモン研究所とやらに」

急にやる気になった私は、お供のジーナとデクシオを引き連れ、滲み出る怒りを隠せないまま、ミアレシティへと続くゲートへ足を踏み入れるのであった。
首洗って待ってろプラターヌ!

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