あたしとフォッコちゃんの初めてのバトル、レイコに見てほしいな!と無邪気に意気込んだサナが、何も見せられないまま倒れた時、私の胸はかつてないほど痛んだ。手加減などできるはずもない私のカビゴンは、目にも止まらぬスピードで一撃を繰り出し、そしてボールに戻っていく。慈悲などない、それがポケモン勝負だと教えるかのように。
呆然とする二人に、私は声をかけられず俯いた。

だから言ったじゃん!デビュー戦で戦う相手間違ってるって!デビュー戦じゃなくても戦いたくない相手なんだって!クイズ番組で対戦相手が水上颯だったらどう思う?終わったな…って絶望するだろ?それと同じだ。許してくれ。
東大医学部のプリンスならぬニートレーナーのプリンセスは、一体二人に何と言えば…と悩んでいたけれど、サナの明るい性格がその心配を杞憂にしてくれた。

「すごい!」

チートだろテメェ!と言われる事も覚悟した私だったが、ポジティブな言葉に顔を上げ、目を輝かせるサナと視線を合わせた。ま、眩しい!

「すごいんだね、レイコ!」
「え、ど…どうも…」

初めての勝負で秒殺されたにも関わらず、サナの口から出たのは称賛の言葉であった。素直に感心するその様は、やさぐれた私の胸を打ち、これが真っ当な少女の在り方か、と衝撃を受ける。
い、いい子すぎる…!私だったら絶対心折れるわ。この世の全てを憎んで引きこもってただろうね。今も引きこもりたい事はさておき、とりあえず恨まれていない事にはホッとして息をついた。
いろんな地方のクソガキを見てきたせいで子供に恐怖心を抱いてしまう私に、コーチのように見守っていたカルムが声をかける。

「本当に強いんだ」

疑っていたのか知らないが、彼は私の実力をそう評した。曖昧に笑ったけど、心の中では高尾山の天狗よりも自惚れている。左様。私、本当に強いです。

「今度俺とも勝負してよ」

どうやらクールな江戸川少年のお眼鏡にかなったらしい。あんな一方的なボコりを見てもそう言える神経は称賛に値するわ。あれかな?凄すぎると逆に試したくなるやつかな?めちゃくちゃ腕相撲強い奴にあえて瞬殺されてみたくなる心理みたいな。絶対違うだろ。
どうでもいい事を考えながら頷くと、サナが耳寄りカルム情報を私にお届けした。

「カルムのパパもママもすごーいトレーナーなの!だからいろいろ詳しいんだって!」
「へー。そうなんだ」

サラブレッドだったのか。サナと違ってやけに落ち着いていると思ったら、ご家庭でポケモンと触れ合う機会が多いからなのね。カルムの生い立ちを少し理解できた気がし、まぁ私の方がすごーいトレーナーですけど…と無意味な張り合いをしていれば、彼は何だか複雑そうに言い放つ。

「両親の話されても、俺には関係ないけどね」

日頃から親の事を持ち出されてる感を醸し出すカルムは、あんまりその話をしてほしくなさそうな雰囲気だった。親が偉大すぎるゆえのコンプレックスでもあるのか、さっきより表情にクールさが増す。
両親共にすごいトレーナーなら…確かにちょっと嫌かもな。何やっても比べられるし。
親の影響はどこまでも付き纏うものである。私もいろんな奴を見てきたよ。祖父がポケモン研究界の世界的権威の奴、親父がマフィアのボスの奴、養父がカルト宗教を陰で操るやべぇ人間だった奴…むしろまともな親がいる方が稀だな。うちもあれだし。みんな同じだから安心してくれ。できねぇよ。

親は親、子供は子供、君の言う通り関係ないよと頷き、私もクソ親父に縛られない自由な人生を生きると決めた。今まさに縛られている事は忘れてくれ。

「私も今は研究手伝いなんてやってるけど、親父と同じ道に進む気なんてないしな…自由にやればいいと思うよ」

そもそも同じ道に進むには学歴が圧倒的に足りないのだが、それには気付かなかった事にした。

「レイコの父親もポケモン博士なのか?」
「いや…博士っていうか…研究家…?」

カルムに父の事を尋ねられたが、いまいち親が何をやっているかわからないという悲しい事実を再確認し、目頭を押さえる。
父さん…一体何者なんだろうな…引きこもってるわりには著名な博士と知り合いだし…ポケモン研究界って狭いんだろうか…。今回のプラターヌ博士との共同研究は、これまでの私の実績に向こうが目をつけた事が発端らしいけど、その前から交流はあった感じなので、いろいろと謎多き父である。さすがに最高位の学位までは持ってないだろ、と実父を侮りながら、まぁどのような実績があろうとクソ親父である事には変わりない。大切なのは親の悪影響を受ける事なく、我が道を信じて進むこと、それだけよ。引きこもりという最大の汚点を受け継いでいる事は棚に上げ、私はカルムに決め顔で言った。

「ま、親がどんなでも私には関係ないからね」

カルムの台詞をパクると、彼は少し笑って見せた。可愛いやんけ。ようやく年相応の少年っぽさを垣間見た気がし、世間話も一段落ついたところで、私は原付に跨った。

さて…今度こそ行かせてもらっていいかな?千里の道もニートの道も一歩からなんでな、時間は無駄にできない。この闘志が燃えているうちにプラターヌを殴ってしまいたいんだよ。私は憎しみを胸に秘め、ヘルメットを被りながら二人に別れを告げる。

「じゃ、短い間だけどよろしく!」

仮初めのお隣さん達へ言い放つと、サナが首を傾げた。

「短い間って?」

エンジンを噴かす私は、サナの言わんとしている事がわからずキョトンとしてしまったけれど、そういえば研究の手伝いに来たとしか言っていなかったので、事情を話しながら出発した。体がニートを求めて勝手に動き出してしまうレイコであった。

「やる事やったらカントーに帰るんだ!」

そう、だからあなた達は幻のお隣さん…ご近所物語ができるのはわずかな間だけである。驚いた顔のサナに手を振り、私はメイスイタウンを疾走した。旅に出会いと別れはつきもの、私がカロスにいる間にトレーナーの何たるか、そして働きもせず偉そうに生きる事への恥などを存分に学んでくれたまえ。自らを人柱にしながら、いち早く田舎を脱出するべく意気込んだけれど、すぐに森が見えてきて鬱になる私であった。
これだから田舎って嫌!

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