04.ミアレシティ

プラターヌにドン引きして重くなった足取りが嘘みたいに、私の気分は一新した。トンネルを抜けたら雪国だったように、ゲートを抜けたら大都会だったからだ。

立ち並ぶビル、有象無象の人間たち、果てなく続くコンクリートロード、優雅に歩くパリジェンヌ…。目に見える景色すべてが私の求めていたもので、何故ゲート一つ隔てただけでこんなに雰囲気違うんだよと衝撃を受けながらも、感動で立ち尽くした。

と、都会だ…!ミアレは、本当に都会だったんだ…!

それまでのド田舎とは打って変わってのビッグシティは、私の荒んだ心を救った。これが3DSの力…!と技術を遺憾なく発揮する任天堂に感動を覚え、しばし呆然と立ち尽くしてしまう。

やっと…やっと都会に着いたよ…!これで私もタピオカ女子デビューできるぜ…。旅のせいで流行に乗り遅れている私は、久しぶりのコンクリートジャングルに浮かれた。そして思い出した。こんな凄まじい都会に、プラターヌ博士が研究所を構えている事を。

いやマジにこんなとこ住んでんのか?許し難いな。特に理由はないけど許しちゃおけないわ。陰キャ代表として引導を渡さずにはいられないよ。
人が苦労してる間にタピオカ三昧している姿を想像すると、はらわたが煮えくり返りそうである。

何がタピオカだ、あのオーキド研究所だってまだナタデココがブームなんだぞ。お前らも時代を逆行させてやるから覚悟しとけ。
謎のキレ方をしながら、ジーナとデクシオに連れられ、私はミアレの街を歩いていく。どこもかしこもでかくてきれいな建物ばっかりだ。それでいてクラシカルな雰囲気もあり、情緒溢れる土地である。ローラースケーター達も、田舎を走っている時より心なしか活き活きして見え、やはり都会は精神を救うな…と痛感せざるを得ない。

あの街の真ん中にあるエッフェル塔みたいなやつはなんだろう…なんて考えている時、彼らはぴたりと歩みを止めた。つられて停止した私を振り返ると、そばにあった建物を指して、視線を誘導する。

私はてっきり、都会の街並みに見とれるあまり、研究所を見逃してしまったのかと思った。
だってそれっぽい建物全然なかったもんな。でも目に入らなかっただけかもしれない、ビル街が眩しすぎて。どんだけ餓えてんだよ。
浮かれ観光客のような気分だった事を恥じ、苦笑しながら二人が指差す方を見る。けれども研究所らしきものはやっぱりどこにもなく、彼らの前にあるのは、非常に立派なお宅だけであった。何故か門に、モンスターボールのオブジェがついている。

なに、ここ。ていうか…なんで門にモンスターボールついてんだ?しかも狛犬のようにシンメトリー。どんな趣味?

センスの死んだ金持ちの家か?と上から下まで見上げ、その時ふと、表に看板が立っているのが見えた。遠いながらも見覚えのある文字列に、私はハッとして冷や汗を流す。

え?待ってよ。嘘だよね?

まさか…ここが…研究所じゃない…よね?

「この建物が、プラターヌポケモン研究所」
「はぁー!?」

チンピラのように叫んだ私は、紹介された物件を二度見し、そしてさらにもう一度見た。あまりに立派すぎる佇まいに、もはや怒りもピークだったのである。
これまでの常識を覆す研究所には、私の感情を揺さぶるだけの存在感があり、そして豪華さがあった。その中で最も憤りを感じさせたのは、何とまさかの、三階建てだった事である。
私は震えた。怯えたチワワのように。

ふざ…ふざけんなよプラターヌ!はぁ〜!?マジで言ってんのか?これが…これがポケモン研究所だって!?ミアレの表通りだぞ!都会の一等地に三階建てだぞ!有り得ない!世界の均衡が保てなくなっちゃうよ!

規格外すぎる建物に、私は絶句した。今まで出会った博士たちの顔が走馬灯のように蘇って、誰も彼もが田舎の安い土地で細々と研究に明け暮れていたというのに、このプラターヌときたら、こんな都会のメインストリートで優雅にタピオカミルクティーである。許せるはずがなかった。必ずやかの邪知暴虐の博士を成敗せねばと決意した。

いやこんなものを見せられたらメロスも走らずにはいられないだろ。私は闘志を燃やし、研究費の捻出に苦しむ田舎の博士たちのためにも、プラターヌの性根を叩き直してやると誓う。

ふざけやがって…これはもうあれだな、どうせセレブの道楽だろうよ。研究なんて他人に任せ、自分はミアレで遊び放題…金に物を言わせる日々を繰り返し、貧乏人を見下しながら生きているに違いないな。だから私をわざわざ呼びつけ、図鑑もポケモンも他人に預けるという不誠実な真似ができるんだ。そんな奴にポケモン博士をやる資格は…ない!

妄想上のプラターヌにブチギレる私の事など知る由もないデクシオは、ドアを開けて私をエスコートし、ジーナの方は憎き研究所への第一歩を促した。

「さぁ入りましょ!」

上等だよ。行ってやろうじゃねーか。もはや何が来ようと驚きはしない、感情を捨ててプラターヌにラップバトルを仕掛けてやるぜ!

「ようこそ!プラターヌポケモン研究所へ!」

うわ〜!受付がいる〜!

即オチ2コマで崩れ落ちた私は、知的な受付嬢に出迎えられ、完全に心が死んだ。有能オフィス感を出されては、ニートの私などひとたまりもなく、粉微塵になって消えてしまいそうである。

は〜?めちゃくちゃいい会社のオフィスみたいなんですけど。デボンコーポレーションかと思ったわ。
ドアを開けたらほぼ無人、の研究所ばかり見てきた私にとって、親切にも受付が立っている状況は衝撃しかなく、そして長年提唱してきた問題がついに改善された事に、何だか安堵もしていた。

さすがミアレに研究所を構えているだけの事はある。セキュリティ、まさかの万全とは。

ド田舎研究所には、助手はいても受付がいる事など有り得なかった。それどころか施錠もしていないし、人に見つからず結構歩き回れるし、挙句ウツギ研究所なんて泥棒入ってるからね。どこへ行っても杜撰な安全管理に辟易していた私は、やっとまともな価値観の研究所に出会えたことに、少し気持ちが前向きになった。

やっぱ都会だからな、さすがにセコムもアルソックもなしは有り得ないよね。他の博士たちも田舎と侮らず、警備保障くらいは何とかしてもらいたい限りである。
安全対策のことばかり考える私の横で、ジーナは受付とやり取りし、私を博士に会わせる算段を整えていた。一階のフロアも広く豪勢で、前衛的な絵画などが飾られており、とても研究所とは思えない。

恐ろしい…カロス地方…。もしかしたらこれが普通で今までの研究所の方がおかしかったのでは?という気さえしてきたけど、そういうところもひっくるめて恐ろしいよ。
趣味でド田舎研究所やってた可能性が微レ存…?と己の価値観が怪しくなってくる私だったが、ジーナにエレベーターの前まで連れて行かれ、もはや後戻りはできない事を痛感させられる。いや元々するつもりないけどな。ここまで来たらどんな奴か見定めないと眠れないよ。そして必ず文句を言う。図鑑くらい自分で手渡せよ、と。

「アサメタウンからここまで長い道のりだったわね!博士は三階でお待ちかねよ」
「え…一緒に行ってくださらない…?」
「大人でしょうに…さっさと乗りなさいな」

正論が痛すぎる。怖気づく私の背を押し、ジーナとデクシオは閉まるドアの向こうで手を振った。研究所にエレベーターがある時点で衝撃だというのに、一人で箱に乗せられ、段々と緊張感が膨らんでいく。

押し込まれちゃった…大人だから…。丁寧に案内してくれたかと思えば突き放しやがった弟子共を恨み、遠くなっていくミアレの街並みを窓から見下ろして、私は深呼吸する。

何はともあれ…いよいよだ…本当にここまで長い道のりだったが…やっとプラターヌとの直接対決…。コミュ障だからといって、いつもみたいに言われるがまま棒立ちする私にさよならバイバイするのは今だよ。
私にカロス図鑑作成を頼んでおきながら…あんなド田舎を図鑑の受け渡し場所に選んだ挙句、来るのは本人ではなく弟子という事態、何度考えても有り得なさすぎる。私の図鑑どんだけ高いと思ってんだよ?実写デビルマンの興行収入くらいなら越えてるんじゃないか?

さすがにそこまでではないにしても、こっちは遊びでやってるんじゃないんだ、誠意のない相手を許しちゃおけない。こんな奴に未来ある少年少女を任せてられるか!とカルムやサナ達の分まで怒る私は、エレベーターのドアが開いたと同時に、勢いのまま飛び出した。しかし常識人のあまり、敬語は捨てられないレイコであった。真面目か。

「失礼致します!」

走り出したニートは止められねぇんだよ!と言わんばかりの威勢であったが、目の前に広がる高そうな絨毯と、その上で佇む白衣の男を見た瞬間、私の中の常識が変わった。

私は、世界がスローモーションで見える現象を初めて体験した。
まばたき一つ一つが重く、瞼を開くたび、映し出されるものが変化する。黒いパンツに身を包んだ長い脚に、濃いブルーのシャツと、その上に羽織られたオートクチュールのこだわり白衣、そしてどこからともなく聞こえてくるお洒落な専用BGM…。
後ろ姿からでも細身とわかるその男性が振り向くと、彼の周辺にだけまばゆい何かが発生したような気がした。B612で加工してもこうはならない輝きに、私の思考は停止し、元々少ない語彙の数が、一瞬で一つとなってしまう。

「い…」

目が合った瞬間の、突風が吹いたような衝撃を、きっと一生忘れないだろう。驚愕の初対面に、私は思わず叫んだ。

「イケメン!」

嘘だ!こ、これがプラターヌ博士!?
はぁ〜?全部許すんですけど〜!?カロス編完だわ。お疲れ様でした。レイコ先生の次回作にご期待ください。

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