衝撃のあまり取り乱して完結してしまった私は、いやニートになってないのに終われねぇよと己を取り戻し、その精神だけで何とかこの場に立っていた。目を合わせているだけで伝わってくる圧から逃げたいような、逃げたくないようなで、不可解な感情が私を襲う。

なに?この…イケメンの圧は。イケメンという概念が物質となって襲い来るこの感覚は一体何なんだよ…!?
改めて目の前の男をまじまじと見つめ、その奇跡的なルックスに、やはり脳汁が梨汁より噴射されそうである。

い、イケメンすぎる…!これがプラターヌ博士…!?正気か!?
なんでこの顔で博士やってんだ!とキレそうになる私は、完全に平常心を失い、魂がイケメンに屈するのを感じた。それまでくすぶっていた怒りや憎しみが蒸発し、とうとう相手に話しかけられた時、全てが無に帰す事となる。

棒立ちする来客の正体に気付いたイケメンは、その黄金比とも言える顔面を明るくすると、両手を広げて歓迎のポーズを向けた。

「やっと会えたね!」

微笑みながら辻仁成みたいな事を言う博士に、私はいまだに反応もできず、ただ見とれた。白衣を揺らして近付いてくる相手は、距離が縮まるほどイケメン度が増していき、いっそ叫び出したいくらいであった。

い、イケメン…イケメンすぎる!イケメンすぎる!
いやイケメンすぎるだろ!こんな事がポケモン界でまかり通っていいのか!?絶対駄目!性癖歪むぜ!?世の少年少女たちが旅立つのを諦めてミアレに常駐する、そういうレベルのイケメンだろ!

「遠路遥々こんにちは!僕がプラターヌ!」

あ〜!確定情報来てしまったよ〜!プラターヌ確!イケメン確です!
早々に自己紹介され、このイケメンがプラターヌ博士だと判明してしまった事に、私は項垂れた。もはや絶対逆らえないと悟ったからだ。

誰だよ蛭子能収とか言ってた奴は。私だよ。
もはや蛭子さんの方がよかったレベルの事態は、どんどん混乱を生んでいく。

マジかよ…マジで?なんかもう全然頭回らないや…。だって絶対こんな結末誰も予想してなかったでしょ。
生意気な孫がいるジジイでもなく、冴えないオッサンでもなく、野性味あふれるオッサンでもなく、強面のジジイでもなく、化物語に出てきそうな苗字の女でもない…まさかプラターヌ博士が、白衣の似合う、ワカメヘアーで無精髭の、神話級のイケメンだったなんて…!

並みのイケメンにはそれなりに耐性のある私だったが、神話クラスは卒倒不可避だった。こんなの絆10のヘラクレスくらい強いだろ。
放っとくと延々と容姿について語りかねない私の不審さに、プラターヌ博士もようやく気付いたのか、心配そうに小首を傾げ、目の前で手を振ってくる。その一挙一動さえ毒だった。美しさは罪って本当だったんだな。

「もしもーし?大丈夫?」

博士からの訴えでようやく、会話の成立しないやばい女と化している事に気付いた私は、ハッとして背筋を伸ばした。完全に自分の世界に入ってしまっていたが、ここはポケモン研究所である。そう、ミアレの一等地に建った豪華な研究所だ。怒りに震え、分不相応だと判断した研究所…しかし今となってはどうでもいい。だってイケメンだったからな。何でも許すわ。価値観がクソすぎる。

「失礼しました…カントーから来たレイコと申します…」

改めて礼儀正しく挨拶し、イケメンを直視して石化しないよう深々とお辞儀をした。顔を上げたらイケメドゥーサが待ち受けている事に変わりはないが、少しでも冷静になろうと、博士の顔面回避に努める。

まずいな…この男を見ていると正常な判断力が失われてしまう…こんな事で大丈夫なのか?この先プラターヌ博士の顔に慣れる時が来るんだろうか…?美人は三日で飽きると言うけど…そんなレベルじゃないように思えるぞ。
しかしいつまでも頭を下げてはいられないので、意を決して顔を上げると、薄目でも伝わるイケメンオーラに、私は再び圧倒された。リフレクターが瓦割りで破壊された気分だった。

「いやー嬉しいなー!ずっと会いたかったんだよ!」

し、死んでしまう…!喪女死んでしまいます!軽率な発言はやめてください!

イケメンから放たれた好意的な台詞には、この人殺し!と危うく叫んでしまいそうになるほど、凄まじいパワーが込められていた。熱烈な歓迎を受けるとさすがの私も動悸が激しくなり、命の危険も感じてくる。

致死量の青酸カリみたいな奴だなプラターヌ…!喪女の身がもたねぇぞ。
落ち着け、と自分に言い聞かせ、イケメンというだけで人が死んだ歴史はない事を思い出し、何とか正気を保った。
大丈夫だ、相手は照橋心美じゃない、普通のポケモン博士だよ!並外れた顔面戦闘力を持っているとしても、それが何だっていうんだ!?こっちのニート力だって尋常じゃないんだ、目的のためならイケメンさえ踏み台にしていく、それが無職のプライドでしょ!?

私は奮い立った。プラターヌ博士に視線を向けながら、決して屈しない強い意思を持つ。
一瞬も気を抜けない。うっかりしてるとウホホ〜イケメン〜とか言っちゃいそうだからな。絶対シャブやってると思われるだろ。

「覚えてないかな?随分前に会った事あるんだけど」
「すみません…それがさっぱりでして…でもとてもお世話になったと聞いてます」

そういやなんか親父が言ってたな、博士は命の恩人だとか何とかって。半信半疑だったけど、プラターヌ博士の反応を見るに、虚言や妄言ではなさそうである。
マジでこんなイケメンに命を救われたのか?覚えとけよ幼女の私。こんな顔面一回見たら絶対忘れないだろ。脳みそ何も詰まってないんじゃないの?

自らを卑下しながら記憶がない事を詫び、そして会話が途切れたところで、私は会ったら聞こうと思っていた事を博士に直球で尋ねた。何気に疑問を抱き続けて遥々ミアレまで来たけれど、イケメンにいくら絆されようとも忘れちゃならない事もあるのだ。

「あの…プラターヌ博士。どうして私をカロスに呼んでいただいたんでしょうか…」

よくも呼びやがったなこの野郎、という気持ちを抑え、私は尋ねた。
そう、確かに私は有能で優秀なポケモンマスターに最も近い人間…古今東西果てから果てまで有名無名に関わらず、誰もが私に研究協力を仰ぎたい事でしょう。

しかし、それ以外にも理由がある的な事を、うちのクソ親父は言っていたのだ。なんか…とある現象に立ち会った事があるからみたいな…そういう謎のやつ。勿体つけて教えてくれなかったから、博士本人に聞くしかないだろう。
まぁそれ次第によっては?今までの非礼も?許してやっていいっていうか?わざわざカントーから、どうしてもレイコさんじゃないと駄目なんだ!と望まれて派遣されて来たってんなら…今までの事は水に流しますよ。別にイケメンだからとかじゃなくてな。全然違う。顔の問題じゃないから。

固唾を飲んでプラターヌ博士の返事を待っていれば、彼は微笑み、私を称賛しながら理由を語り始めた。整った顔面パーツを眺めていると、何かもう理由とかどうでもよくなってきて、二秒で前言撤回をする私なのであった。親殺されても許す顔だろこれは。

「もちろん、たくさんあるよー。君が優秀というのもそうだし、お父さんとは古くからの知り合いだからね。いつか共同で研究できたら…って話してたところで…」
「そうですか…」
「でも一番の理由は…みんなが来てから話そうか」

ええ…?謎の焦らし。逆に聞きたくなくなってきたわ。
どうしてか先延ばしにする博士に、私はまず怯えた。
いやだっておかしいだろ、そんなに焦らすような理由なの?まさかと思うけど無職だからじゃないよね?僕が君をカロスに呼んだ理由…それは無職だからすぐ来てくれると思ったからさ!とかみんなの前で言われたらさすがに殴るからな、顔以外を。

完全に顔面が本体と化したプラターヌ博士へ苦笑を向け、おせーてくれよォ!とスピードワゴンみたいな真似ができるはずもなく、そのまま私は沈黙した。理由がどうであれカロスに派遣された時点で私の平穏は終わってるからな、もうわりとどうでもいいや…という気分になったのだ。
なんかその特別な理由のせいで記録以外もさせられたりするのかと不安になったものだけど、どうもそういう雰囲気はないし、本当にどうでもいいかもしんねぇ。
無職さえバレなければ何でも構わんという驚異の無関心を発揮している私とは裏腹に、博士は感謝の気持ちが止まらないらしく、二億四千万の瞳を輝かせながら話を続けた。マジで億千万の胸騒ぎ起きそうだな。

「いやー共同研究を快諾してくれた時は本当に嬉しかったよ!どうもありがとう!」

私はしてねぇけどな。今すぐ固辞したい。

「その上アサメの家に住んでくれる人まで紹介してもらっちゃって…お世話になりっぱなしだ」

かなり有り難い気持ちを抱かれているようだが、博士が父への感謝を告げれば告げるほど、私の実父への怒りも募っていき、顔が引きつって戻らない。この爆発しそうな感情、本当どうしたらいいか教えていただきたいもんですね。親父を始末すれば治まるかもな。せいぜい夜道には気を付けろよ。

あの家も本当だったら私が悠々自適に生活してるはずだったのに…と気分が落ち込んで、深い溜息をついた。
大体お前も住めないのに家買うなよ…軽率すぎるだろ…そのせいでホイホイ釣られて来ちゃったんだからな、顔が良くなかったら絶対に許してないって事を忘れるんじゃねーぞ。いや忘れてくれ。私がイケメンの前では無力なことなど誰にも知られたくないよ…。

情緒不安になっている私に、博士はようやく博士らしい態度となったため、私もいい加減見とれてる場合じゃないと気を引きしめた。

「それでは早速、きみの図鑑をチェックさせてくれるかな」

いきなり仕事モードになった博士に、私は慌てて図鑑を差し出した。そういやプラターヌ博士はただのイケメンじゃなくてポケモン博士だったな…と改めて思い出し、よろしくお願いしますと一礼する。

完全に顔面戦闘力が凄まじすぎて意識飛んでたけど…研究手伝いがメインなんだもんな。この顔を眺めるのが私の仕事ではないので。しっかりしろよニート。目的を見失うな。
新発見のフェアリータイプも完璧に記録した図鑑、とくとご覧あれと鼻高々に思い、博士が図鑑をチェックしている間、私はプラターヌの顔面をチェックし、どこまでも懲りない自分を恥じた。もう見るな顔は。

「おお!いい感じになってきたねー!さすがだよ!」

邪まな気持ちを抱く私とは裏腹に、博士は純粋な図鑑評価をしてくれたので、いよいよ申し訳なくなってきた。顔ばっか見てすまん。でも他に一体どこを見れば…南斗六聖拳のシュウのように自ら両目を潰すしかないのだろうか…。
思い詰めるこちらをよそに、博士は謎の方向に私を称賛する。

「君にはきらめきがある!とにかくいい感じ!」
「ど、どうも…」

雑。語彙がないのかと疑わざるを得ない雑な褒め方だったんだが?大丈夫なのかこの人。
フィーリングで評価され、私は苦笑を漏らした。まぁ悪印象を与えてないなら良しとするか…むしろあんだけ顔面に見とれてぼーっと突っ立ってたのに、ドン引きする事なく対応してくれるあたり神なのかもしれない。優しい。ちょっと抜けてるところはあるけど、きっといい人なんだろうな。会う前は憎しみを募らせるばかりだったが、博士の人柄が垣間見えた気がし、恨みつらみが消え失せていくのを感じる。別に顔に絆されたわけではないから誤解するなよ。

どう足掻いても顔に絆されている私は、戻ってきた図鑑をしまい、語り出した博士に静かに耳を傾ける。

「カロスの子供たちはポケモン図鑑を託されて旅に出る。僕もそうしてきたしね」

じゃあカロスの人間でもなければ子供でもない私は何故…と憂いていると、プラターヌ博士は早々に答えを寄越すのだった。

「君を選んだのは、優秀な人材がほしかったのもあるけど…」

真っ直ぐ見つめられ、またしても惑わされた私は、相手の顔から目を離せない。

「他の子供たちと違って、君はカロス地方を知らない…そこにグッときたわけ!」

なるほど!
ってなると思うか?ならねぇよ。

博士からの召喚理由に、私は放心して、ついつい投げやりな返事をしてしまった。左様でございますか…と口にしながらも首を傾げ、まさかそれが一番の理由じゃないよな?と眉をひそめる。

カロスを知らない奴なんて世の中たくさんいるだろうよ、しかも私子供じゃないし。有能だから研究を手伝ってほしかった、カロスを知らないからグッときた、という理由以外にもまだ何かあるってこと?多すぎだろ理由。理想の人材かよ私は。

「それに…どうしてももう一度会いたかったんだ、レイコさん」

何だか意味深なことを言われた時、エレベーターのベルが鳴った。カルムとサナが勢いよく降りてきたのを見て、やっとイケメンを凝視する時間に終止符が打たれると感じ、ホッとする私なのであった。

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