強くないと謙遜しておきながら実は相当の実力者…というわけでもなかったプラターヌ博士は、仰る通り、本当に強くはなかった。正直ですねって感じだ。言葉の裏をかいていろいろ苦悩したけれど、いつも通り一瞬で勝負がつき、何だか振り回されている自分に情けなさを覚える。

「いやー参ったなーすごいじゃないか!噂通りだよ!」

博士は爽やかにそう言ってくれたが、賛辞を素直に受け入れる余裕はなく、私は苦い顔をした。
勝ったのに…負けた気がするこの気持ちは何故…!そして四人でポケモン勝負ができるほど広い研究所も癇に障るし…!複雑な感情を抱きながらもボールをしまい、とりあえずブチのめしても博士が気を悪くしなかった事にだけはホッとした。
よかった…いい人で。それ以上に変な人だけどな。

心の中で好き放題言っていると、そんな私を見透かしたのか、博士はじっと見つめてきて、焦りやら高揚感やらで心臓が破裂しそうになる。

な、なに…!?変な奴だって思ってるのバレたか?顔に出てた?確かに表情筋が正直な事は認めるけど、でも実際変じゃん博士!容姿以外は変だよ!顔は本当にいいけど!そう!顔は本当にいいから見つめないで…!喪女が蒸発してしまう…!
危うく気体となってしまいそうな私に、博士はとうとう口を開いて、さらに謎に満ちた台詞を吐きだした。

「大体わかった!」

何が!?無職なこと!?

「レイコ!君は面白いポケモントレーナーだね!」

どこがよ!?やっぱ無職なところか!?

具体的な言葉を吐かないせいで、博士が何を言わんとしているかわからず、私は焦った。私の面白いところなんて無職な点くらいだし、他に思い当たらないから、ニートバレしているのではないかと冷や冷やする。いや別に無職も面白くねぇよ、真剣だっつの。

一体何が博士のツボだったのか知らないが、強いではなく面白いと評された事をどう受け止めるべきか悩み、結果無言になった。コミュ力のないレイコであった。

「今でもすごく強いけど、でももっと強くなる可能性を秘めてる。たとえばこれ」

そう言うと博士は、おもむろに何かを取り出した。七色に光るそれは、あまり馴染みが無いなりにも覚えがあり、私はすぐに正解を導き出す。ホウエンのボンボンにもらったけど、正直かなり持ち腐れている宝の石ではないか、と。

これ…あれだよなぁ?なんか仕組みはよくわかんないけど一時的にパワーアップするために必要なあの!剣盾では廃止されたあの!格差がありすぎて賛否両論あったあの!あれ!

「このメガストーンを渡しておくよ」

そう、メガストーンじゃな。
いきなりのプレゼントに、私は既視感を覚えて目を細めた。

な、懐かしい…メガストーン…お前、元気だったか?
あれは今から数年前…ホウエン地方を旅していた時の事だ。石好きの男から突然メガバングルを貰い受け、若干メガシンカに携わった私は、もちろんこのメガストーンの事も知っていた。

あの時は手持ちにメガシンカ対象ポケモンがいなかったから、現地で世話になったラティオスと一緒に暴れたんだよな…懐かしいぜ…。それっきり使いどころがなかったけど、まさかここでまた出会う事になるなんて。人生わからないもんだね。
恐らくルカリオナイトと思われる石を凝視し、まぁ今キーストーンないから使えないけどな…と冷静になりながら、貴重品入れにしっかりと保管した。出会ったばかりのニートにこんな重要なものを授けるプラターヌ博士の気前の良さに驚きつつ、サナとカルムにもそれぞれ渡しているのを見て、さらに驚いた。

メガストーンのバーゲンセールかよ。そんなに配り歩いて大丈夫なのか?かなり価値のあるものなんじゃないの?
メガシンカの普及率を見るに、貴重である事は間違いないだろう。それでも若い世代に託して可能性を広げたいという心意気、立派だね博士。私が困窮したら闇市で売りさばくかもしれないってのに…なんて寛大な人なんでしょう。

さすがに売らないにしても、マスボなみに使わないと思うので、何だか微妙に申し訳ない気持ちになってくる。
私がルカリオ持ってるの知ってわざわざ用意してくれたのかな…すまねぇ…シンカさせずとも充分強いし、そもそもメガシンカのエフェクトが長すぎて使わない私をどうか許してほしい…。心の中で謝罪していると、博士はエレベーターの方を向いて口を開いた。

「さてと、僕の読みではそろそろみんなが揃うね!」

エスパータイプのプラターヌが言った通り、直後に到着のベルが鳴って、トロバとティエルノがやってきた。
博士のくせにポケモン勝負は仕掛けてくるし、貴重な石をホイホイ渡すし、サイキッカーだし、イケメンすぎるし、マジで相当変わってるなこの人…何者なんだよ。どんどん怖くなってくるんだけど。

ミステリアスなイケメンに慄く私達の元へやってきた二人は、少年探偵団が集結している光景を見て、少し驚いていた。

「あれ?皆さんもういらしてたんですか?」

予想通り現れた二人に頷き、博士は読みが当たった事をドヤるよう、私に向かって何故かウインクをする。

「ね?」

やめろ。私の中の全喪女が今死んだわ。イケメンすぎて。

「よーし!みんな揃ったね。それじゃ改めて!」

教師のように注目を集めた博士に、我々は整列して耳を傾けた。罪なイケメンに惑わされつつも、何とか背筋を伸ばして、年長者らしく凛々しい姿勢を取る。
危なかった…不意打ちで死にかけたわ…マジでやめてくれ。イケメンすぎて死亡した人間第一号となって新たな人類史を刻みたくなんかねぇんだよ。
ウインク一つで歴史が動きかけている私の前で、博士は実に博士らしい言葉を紡ぎ、若きトレーナー達の背中を押した。

「最高のトレーナー目指して、ポケモンとの旅を楽しんでよ!そしてカロス地方のポケモン最大の謎、メガシンカの秘密を解き明かそう」

やっぱ謎なんだメガシンカ。謎すぎるから新作では撤廃になったんじゃないか?何でもないです。

「そう!先程渡したメガストーンは、戦いでの新たな姿!メガシンカの秘密の手がかりなんだよ」

もらった石を見つめながら、サナとカルムは各々リアクションを取っている。そもそもメガシンカって何?的な表情だ。気持ちはわかる。私も最初はマジで意味わからなかったからな。今もわかんないけど。
ホウエン地方での旅を思い出し、まるでデジモンのように姿が変化した時の衝撃を、私は昨日の事のようによみがえらせた。

いやあんなの普通にびびるだろ。いきなり石が光ってさぁ?そんで戦闘終わると元に戻るし、そして何回もホイホイできるものでもないし、そもそも何で一時的にパワーアップするのか解明されてないし、とにかく謎の現象だった、メガシンカ。そしてホウエンのド田舎ならまだしも、こんな先進的な大都会にオフィスを構えていてもまだその謎が解き明かされていないとは驚きだよ。
ニートとガキに解けると思ってんのか?と苦笑していると、プラターヌは私と視線を合わせ、またもや喪女を殺しに来るのかと身構えた。しかし彼の口から出たのは、さっきから私が聞きたがっていた事へのアンサーであった。

「レイコさん。君をカロスに呼んだのは、君がホウエンでメガシンカに立ち会った事があるからなんだ」

謎は全て解けた。
博士にそう言われ、ぽかんと口を開ける私は、様々な思惑を理解し、思わず脱落する。

そうか…このプラターヌ博士、メガシンカを主に研究してやがるのか。

唐突にメガストーンを渡された理由もわかり、私は溜息を漏らした。ポケモン博士と一概に言ってもそれぞれ専門分野があり、博士ごとにそれは異なるが、きっとプラターヌ博士の専攻はメガシンカだったんだ。そしてわざわざ私に目をつけた理由もそれだ。
報告例の少ないメガシンカ…それを体験した私は貴重なデータサンプル…研究分野と人材が一致したために、私がカロスに召喚され、今こんな事になっている…そういう話なんだろ!?過去の自分に首を絞められているのね!?
ニートになるため旅をしているのに、その旅で実績を積めば積むほどオファーが舞い込むという悪循環を、私はもどかしく思った。熱くなる目頭を押さえ、この連鎖を断ち切りたいと願ってやまない。

ちくしょう…ホウエンでの旅のせいでまたこんな…!ダイゴが石なんてくれるから…!罪のない御曹司を憎み、そしてルビサファリメイクが出たせいでメガシンカの時系列をごっちゃにせざるを得なくなった原因であるゲーフリをも憎んだ。余計なことしやがって!ややこしいな!

憎悪の炎が止まらない中、変に期待されても困るので、とりあえず博士には私が特に役立たない事をきちんと伝えなくてはならない。無の表情のまま顔を上げ、私はしがないニートである事を主張した。

「でも私…ほぼ知らないですよ、メガシンカのこと」
「重要なのは君がメガシンカを体験しているということ。誰も気付かなかった発見があるかもしれないから」

あ、そうですか。でしたら結構です。
無能でも大丈夫と励まされ、私はそれ以上何も言わなかった。

何か全体的にノリが軽そうだな。新たな発見があればラッキー、みたいな印象を受ける。
こんな都会オフィスにいるくらいだから、もっと厳しくポケモン研究についての指導などがあるかと思いきや、わりとフラットな博士らしい。図鑑を自ら渡さないのも、あんまり堅苦しく考えなくてもいいっていうメッセージだったのかもしれないな…。まぁ私のは手ずから渡すべきだと思うけど。金額考えろよ。大人だろ。

微妙に根に持ちながら黙り込んでいると、優等生のトロバが首を傾げ、博士の発言に疑問をぶつけた。

「メガシンカ…?ポケモン図鑑はどうするんですか?」
「それがトロバくんの考える最高のトレーナーなら是非とも完成させようよ!」

ちなみに私も図鑑を完成させまくっている最高のトレーナーなんだが、こうなりたいかどうか、よく考えてみた方がいいと思うぞ。放っといてくれ。

「サナはメガシンカ気になります」
「メガシンカについて調べるならコボクタウンはどうかなー!あそこは歴史のある町、何かヒントがあるかもしれないね」

多種多様な子供たちの声に応えるプラターヌ博士に、何だか小林よしひさ的な包容力を感じ、私の心も幼児に戻りそうである。

体操のお兄さんと子供のような距離感、やはり研究所にしては異質だ。親しみやすさがカンストしているプラターヌ博士は、確かに良い人なのが伝わってくるので、サナ達がすぐに打ち解けるのも頷ける。神話級のイケメンでさえなければ、私もあの子たちに混ざってブンバボーンを踊っていたかもしれない。

気前よくメガストーンを渡してくれたけど、そんな事よりまずは旅を楽しんでくれって感じっぽいな。各々好きなことをやるのが一番だと、それが何より己とポケモンのためになるのだと、そういう根明らしい信念が伝わってくるよ。
そんな事より家で寝たい根暗の私は、旅への希望を膨らませる眩しい子供たちに目を細め、人間性の差などを感じてつらくなりながら、プラターヌお兄さんのありがたいお言葉を聞いていた。

「いいかい?ポケモン図鑑を埋めるために色んなところへ行けば、様々な考えの人と出会う事になるだろう!」

すでにニートにも出会ってるしな。

「時としてぶつかる生き方、考え方をまず受け入れ、何が大事かを考える事で、君達の世界は広がるんだ!」

ほんまそれ〜と言いかけた口を塞ぎ、私は静かに頷いた。大御所のような貫禄で腕を組み、その言葉が聞きたかった…と思わずブラックジャックしてしまうほど、博士の言葉に心が動いた瞬間だった。

マジでそうだから。私もいろんな奴に会ってなぁ?働き方改革やらプレミアムフライデーやらの話も聞き、それでもやっぱりニートになるのが大事だって改めて気付いて世界が広がったもんだよ。狭まってんじゃねーか。
有り難い話を湾曲して理解していると、不意にカルムと目が合った。まさか私がニートである事に気付いた…?と怯え、早速生き方がぶつかるのではないかと危惧する。

何その意味深な眼差しは?他の生き方は受け入れるけどニートは無理ですね…的な?労働の義務を放棄する非国民とはわかり合えませんよ…みたいな!?やめてよ!無職とはいえタマムシのゲームコーナーで貯めた資金が私にはあるんだから…!コインじゃねーか。

反社と提携していたブラックなゲーセンを思い浮かべている間に、カルムはニートから視線を逸らした。そして博士を見ながら、自分の生き方をぶつけていく。

「どれだけ人と違うかが俺の価値だと思う。そういう意味で俺はメガシンカを使いこなしたい」

何やら切実さを孕んだカルムの声に、博士は優しく微笑んだ。みんなそれぞれちゃんと考えている事に、私はただ感心する。

まだ旅も始まったばっかだってのに…それなりに興味を引かれる事や目標があるんだな。もしかしてニートの事しか考えてないのって私だけ?地獄かよ。上昇志向の国、それがカロスって事か。無職にはつれぇな。
しかし共に渡仏したグリーンもまた留学目的だったので、向上心がないのは国民性ではなく、私の怠慢である事を思い知らされるレイコであった。もっとつれぇわ。

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